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「ねえねえ、冬姫ちゃん」
「ん?何?」
去年試行錯誤して作った柔道部。
その一人目の後輩の声に、部屋を掃除していた手を休めて振り返る。
親友の一人に言わせればレッサーパンダ似の彼は、最近になって漸く部活をサボらなくなってきた。
夏休みも間近の季節、これから練習に集中する時期なのでそれはとてもありがたい。
人を惹き付ける魅力のある旬平に釣られ、見学の人数はぽつぽつと増えて来ている。
それは柔道部を確立させるべく悲願をいつの間にか持っていた冬姫にとって歓迎すべきことだった。
きょろきょろと好奇心に満ちた瞳が特徴的なこの後輩は、少しばかりませた部分があるが憎めない可愛さもある。
年下扱いすると拗ねるところが年下らしく、冬姫も、そしてもう一人の柔道部員の嵐も、彼を弟のように可愛がっていた。
旬平自身も冬姫と嵐によく懐き、今ではたまに一緒に遊びに行くくらいまで仲がいい。
柔道部内でも好奇心旺盛な彼は、きっと新しい噂でも手に入れたのだろう。
全身で聞いて聞いてと訴えている。
ちらり、と視線をもう一人の部員へと向ければ、彼は一直線に雑巾掛けをしている最中で、集中しているのかこちらにまだ気づいていない。
生温い暑さに耐え切れず、最近はずっと窓と入り口を開放しているが、それは些細な抵抗に過ぎず、彼の額からは絶え間なく汗が流れる。
それを確認すると、小さな声でどうしたのと問いかけた。
「あのね、冬姫ちゃん。この学校にいる桜井兄妹って知ってる?」
とても聞き覚えのある名前に、ぱちぱちと目を瞬かせる。
それをどうとったのか、旬平はにっと悪戯っぽく微笑んだ。
「実はね、あの桜井兄弟の幼馴染がこの学校にいるんだけど、知ってた?」
「・・・うん、まぁ。それって割と有名だよね?一年生は知らなかったの?」
「んー・・・桜井兄弟の存在は有名なんだけどさ。そうじゃなくて、実は幼馴染がいるって話。こっちは一年にまで噂が回ったのは割りと最近。何でもあの桜井兄弟は幼馴染を滅茶苦茶大事にしてるらしくってさ。目に入れても痛くない特別扱いなんだって。年下だろうと年上だろうと近づく男はつるし上げ。すっげーよな」
「・・・まぁ、確かに」
心当たりがないでもない。
冬姫の幼馴染は極端に過保護なところがあり、自分たちのテリトリーの中で構おうとするきらいがある。
彼らが袋ネズミかカンガルーであれば、確実に冬姫をポケットに仕舞いこんで連れ歩くだろう。
構いたがりな琉夏は当然に、あれでいてお兄ちゃん気質の抜けない心配性な琥一も絶対に。
「んでね、一年の間で今その幼馴染がどんな人間かって噂が立ってるんだ」
「それはまた・・・」
随分と下らない。
喉奥で言葉を何とか飲み込む。
それを知ってどうするのだろうと思うが、好奇心など理由がないものだろう。
呆れ混じれの眼差しを向ければ、ひょい、と彼は肩を竦める。
「冬樹ちゃんは知ってる?」
「───・・・・・・おい」
きらきらしい眼差しを向けた彼の肩を、ぽん、と嵐が叩く。
可哀想なくらい体をびくつかせた旬平は、恐る恐る振り返った。
ちなみに彼とは違い冬姫に驚きはない。
旬平の背後から静かに怒りを滲ませた嵐が近づいて来るのは見えていたし、彼が本気で怒ってるわけではないと知っているから。
伊達に一年以上ほぼ毎日一緒に部活をしていたのではない。
二人きりの柔道部を支えるために得た感覚は伊達じゃないのだ。
だが未だに嵐の人となりを理解し切れていない旬平の額からは、絶え間なく汗が流れ落ちる。
少し可哀想なくらい怯えている旬平に助け舟を出すか否か。
迷っている間に、第三の選択肢が差し出された。
「冬姫」
開け放しになっているドアの外から聞き慣れた声がして、条件反射で振り返る。
そこには想像通りの二人組みが並んで立っており、自然と微笑みが浮かぶ。
「琉夏君、琥一君」
「よう、冬姫」
「そろそろ部活も終わりだろ?一緒に帰ろう」
「うん。───でも、まだもう少し。雑巾掛けが終わったらゴミを捨てて戸締りをしなきゃ」
「判った。じゃあ俺が持ってってやる。ルカ、お前はこっちを手伝え」
「了解。冬姫、俺にも雑巾頂戴」
「手伝ってくれるの?」
「うん。代わりに、今度おにぎり作って。俺、冬姫のおにぎり大好き」
「はいはい。じゃあ、琥一君のはサンドイッチだね。三人で遊園地に行こうか?」
「いいね。じゃあ、コウの予定も聞いておく」
にこり、と微笑んだ琉夏は、手渡された雑巾を持つとさっさと仕事を始める。
彼の視線は他の二人には向かず、ただ一人冬姫だけを見ていた。
先ほどまでいた琥一も同じであったことに気がつくと、思わず苦笑してしまう。
一年生にも噂が流れるだろう過保護ぶりだ。
手早く雑巾掛けをする琉夏を尻目に、旬平が呆然とその光景を眺める。
口を開いた間抜け面の彼の肩を、嵐がぽんと叩いた。
「一年生は知らないかもしれないが、冬姫が桜井兄弟の幼馴染って言うのは二年生以上には有名な話だ。お前もこれから先柔道部にいる限りは付き合いがあるだろうから覚えとけよ」
「・・・何を?」
「俺が冬姫と柔道部を立ち上げた翌日に、あいつら二人で乗り込んできたんだ。『冬姫の努力を無駄にするなら、いつでも道場破りする』ってさ。全く、過保護な兄弟だよな」
「・・・本当に、すみません」
呆れるでもなく怒るでもなく、淡々とした口調が耳に痛い。
そんなことをしていたなんて初耳だが、聞いても彼らならやるだろうとむしろ納得だ。
一年以上経って新たに知る事実は肩身が狭すぎる。
「気にするな。あいつらがああなのは入学式から知ってる」
「・・・そうですか」
もう、どこを気にしていいか判らない慰めに、眉を下げて苦笑した。
ああ、蝉の声が聞こえる。
「ん?何?」
去年試行錯誤して作った柔道部。
その一人目の後輩の声に、部屋を掃除していた手を休めて振り返る。
親友の一人に言わせればレッサーパンダ似の彼は、最近になって漸く部活をサボらなくなってきた。
夏休みも間近の季節、これから練習に集中する時期なのでそれはとてもありがたい。
人を惹き付ける魅力のある旬平に釣られ、見学の人数はぽつぽつと増えて来ている。
それは柔道部を確立させるべく悲願をいつの間にか持っていた冬姫にとって歓迎すべきことだった。
きょろきょろと好奇心に満ちた瞳が特徴的なこの後輩は、少しばかりませた部分があるが憎めない可愛さもある。
年下扱いすると拗ねるところが年下らしく、冬姫も、そしてもう一人の柔道部員の嵐も、彼を弟のように可愛がっていた。
旬平自身も冬姫と嵐によく懐き、今ではたまに一緒に遊びに行くくらいまで仲がいい。
柔道部内でも好奇心旺盛な彼は、きっと新しい噂でも手に入れたのだろう。
全身で聞いて聞いてと訴えている。
ちらり、と視線をもう一人の部員へと向ければ、彼は一直線に雑巾掛けをしている最中で、集中しているのかこちらにまだ気づいていない。
生温い暑さに耐え切れず、最近はずっと窓と入り口を開放しているが、それは些細な抵抗に過ぎず、彼の額からは絶え間なく汗が流れる。
それを確認すると、小さな声でどうしたのと問いかけた。
「あのね、冬姫ちゃん。この学校にいる桜井兄妹って知ってる?」
とても聞き覚えのある名前に、ぱちぱちと目を瞬かせる。
それをどうとったのか、旬平はにっと悪戯っぽく微笑んだ。
「実はね、あの桜井兄弟の幼馴染がこの学校にいるんだけど、知ってた?」
「・・・うん、まぁ。それって割と有名だよね?一年生は知らなかったの?」
「んー・・・桜井兄弟の存在は有名なんだけどさ。そうじゃなくて、実は幼馴染がいるって話。こっちは一年にまで噂が回ったのは割りと最近。何でもあの桜井兄弟は幼馴染を滅茶苦茶大事にしてるらしくってさ。目に入れても痛くない特別扱いなんだって。年下だろうと年上だろうと近づく男はつるし上げ。すっげーよな」
「・・・まぁ、確かに」
心当たりがないでもない。
冬姫の幼馴染は極端に過保護なところがあり、自分たちのテリトリーの中で構おうとするきらいがある。
彼らが袋ネズミかカンガルーであれば、確実に冬姫をポケットに仕舞いこんで連れ歩くだろう。
構いたがりな琉夏は当然に、あれでいてお兄ちゃん気質の抜けない心配性な琥一も絶対に。
「んでね、一年の間で今その幼馴染がどんな人間かって噂が立ってるんだ」
「それはまた・・・」
随分と下らない。
喉奥で言葉を何とか飲み込む。
それを知ってどうするのだろうと思うが、好奇心など理由がないものだろう。
呆れ混じれの眼差しを向ければ、ひょい、と彼は肩を竦める。
「冬樹ちゃんは知ってる?」
「───・・・・・・おい」
きらきらしい眼差しを向けた彼の肩を、ぽん、と嵐が叩く。
可哀想なくらい体をびくつかせた旬平は、恐る恐る振り返った。
ちなみに彼とは違い冬姫に驚きはない。
旬平の背後から静かに怒りを滲ませた嵐が近づいて来るのは見えていたし、彼が本気で怒ってるわけではないと知っているから。
伊達に一年以上ほぼ毎日一緒に部活をしていたのではない。
二人きりの柔道部を支えるために得た感覚は伊達じゃないのだ。
だが未だに嵐の人となりを理解し切れていない旬平の額からは、絶え間なく汗が流れ落ちる。
少し可哀想なくらい怯えている旬平に助け舟を出すか否か。
迷っている間に、第三の選択肢が差し出された。
「冬姫」
開け放しになっているドアの外から聞き慣れた声がして、条件反射で振り返る。
そこには想像通りの二人組みが並んで立っており、自然と微笑みが浮かぶ。
「琉夏君、琥一君」
「よう、冬姫」
「そろそろ部活も終わりだろ?一緒に帰ろう」
「うん。───でも、まだもう少し。雑巾掛けが終わったらゴミを捨てて戸締りをしなきゃ」
「判った。じゃあ俺が持ってってやる。ルカ、お前はこっちを手伝え」
「了解。冬姫、俺にも雑巾頂戴」
「手伝ってくれるの?」
「うん。代わりに、今度おにぎり作って。俺、冬姫のおにぎり大好き」
「はいはい。じゃあ、琥一君のはサンドイッチだね。三人で遊園地に行こうか?」
「いいね。じゃあ、コウの予定も聞いておく」
にこり、と微笑んだ琉夏は、手渡された雑巾を持つとさっさと仕事を始める。
彼の視線は他の二人には向かず、ただ一人冬姫だけを見ていた。
先ほどまでいた琥一も同じであったことに気がつくと、思わず苦笑してしまう。
一年生にも噂が流れるだろう過保護ぶりだ。
手早く雑巾掛けをする琉夏を尻目に、旬平が呆然とその光景を眺める。
口を開いた間抜け面の彼の肩を、嵐がぽんと叩いた。
「一年生は知らないかもしれないが、冬姫が桜井兄弟の幼馴染って言うのは二年生以上には有名な話だ。お前もこれから先柔道部にいる限りは付き合いがあるだろうから覚えとけよ」
「・・・何を?」
「俺が冬姫と柔道部を立ち上げた翌日に、あいつら二人で乗り込んできたんだ。『冬姫の努力を無駄にするなら、いつでも道場破りする』ってさ。全く、過保護な兄弟だよな」
「・・・本当に、すみません」
呆れるでもなく怒るでもなく、淡々とした口調が耳に痛い。
そんなことをしていたなんて初耳だが、聞いても彼らならやるだろうとむしろ納得だ。
一年以上経って新たに知る事実は肩身が狭すぎる。
「気にするな。あいつらがああなのは入学式から知ってる」
「・・・そうですか」
もう、どこを気にしていいか判らない慰めに、眉を下げて苦笑した。
ああ、蝉の声が聞こえる。
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