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「ったく。心配しただけこっちが損だったってわけか」


部活後、残ってマネージャーから受け取った部活の日誌を読んでいた円堂に不貞腐れて訴える。
すると眉を下げて笑う土門に気がついた円堂が、くっと口角を持ち上げた。
まるで全てお見通しと言わんばかりの視線に自然と眉が寄る。
滅多に見せない表情だが、たまに見ることがある表情に緩く首を振った。


「・・・どう考えても、皆騙されてるよな」
「誰に?」
「お前に。───明るくて元気が良くて素直で」
「まんま俺じゃん」
「何処が。お前、一之瀬に似てる。腹に持った一物を滅多に見せないとことか、その性質の悪い笑顔とか」


そんでもって、嫌になるくらいたまに見せる部分が魅力的なところとか。
口外しなかった言葉はしっかりと届いていたらしい。
くつりと喉を震わせて笑った人は小首を傾げると、いっそ無邪気に見える笑顔を浮かべた。


「何それ?酷い言い草だな。俺、傷ついちゃいそうだ」
「嘘つき」
「どうした土門。なんか不機嫌だな」
「だとしたら円堂の所為だよ」


不機嫌な声を出したら、また笑われた。
土門が見る限り、『円堂守』はとても複雑な回路を持っている。
一見すると素直で陽気で面白いことが好きで子供っぽい。
けれどよくよく観察すると言動は計算され、笑っているように見える姿も本当じゃないと気づく。
他の仲間は気づかないようだが、観察眼に優れていると自認する土門には判った。

円堂が仲間に寄せる信頼に嘘はない。
その態度も、優しさも、寛容さも本物だ。
ただ、本音を見せないだけ。それがどうしようもない違和感を生む。

性懲りもなくまた円堂の腰に懐き倒している幼馴染を一目し、また視線を鋭くする。
きっと土門の視線に気づいてるだろうに、一之瀬は優雅に無視をしていた。
夕暮れに暗くなりつつある室内で、牙を抜かれた獣のように、若しくは炬燵でまどろむ猫のようにゆったりとした雰囲気で甘える幼馴染は、土門が知る一之瀬と僅かに被らない。
彼は元々要領が良く甘え上手だが、誰かにここまで自分を晒すような行動はしなかった。
この姿を見せ付けられる分だけ、他の誰かよりもある意味において気は許してくれているのだろう。
それが喜ばしいかと問われれば、『是』と答えるのには間が空くだろうけれど。

複雑な想いの根底に流れるものの意味に気づきたくない。
目の前の幼馴染はいつだって自分の前を行き、追い付けっこなかったし勝てたためしもない。
だから、気がつかなければ、それで想いは収束する。
水に濡れた枯葉の下で燻る火種は、薄汚れた煙だけ立ち上らせて炎すら出さずに鎮火する。
土門はその時をただ待てばいい。
負けることには慣れている。こと、目の前の幼馴染に関しては特に。


「そういや、俺今日始めて円堂のお嬢様っぽい部分を見た気がする」
「ん?どういう意味」
「ピアノ、弾けたんだな。鬼道さんの『姉』って割りにお嬢様っぽい要素がないから驚いた」
「ははははは、さらりと失礼だな土門」
「だってさ、日頃からサッカーサッカー言ってるし。結局制服も男子のままだし、態度も豪快で男前だし。何より俺より女にもてる」
「まあな」


冗談交じりに訴えると、顔色も変えずに肯定された。
それはそれで男として複雑だ。
実際それが本当なので笑いしか漏れないが、同性相手なら何も考えないで居られる。
一之瀬の手前どうする気もないくせに、一丁前に嫉妬心を向けようとするなんて馬鹿らしい。
自嘲しつつもままならない心に反応するようのそりと一之瀬が体を起こした。


「お、一哉起きた?こいつに俺のお嬢様らしいとこ教えてやってよ」
「守のお嬢様らしいとこ?どこ?」
「・・・可愛い反応するじゃねえか。反抗期か、コラ」


腰にへばりついたままの一之瀬の首をヘッドロックして、ぐりぐりとこめかみに拳を押し付ける。
イタイイタイと叫ぶ彼に首を傾げた土門は、今日一日ついて回った疑問を口にした。


「ってか、一之瀬。お前今日ずっといらいらしてるな。どうしたんだ?」
「・・・別に」


ついっと視線を逸らした一之瀬の頬はぷっくりと膨らんでいた。
その頬を無遠慮に指先で突いて遊ぶ円堂に、土門は本気で感心した。
こう見えて彼は怒ると大変におっかないのだが、彼女は全く頓着していない。


「実はさ、こいつ昨日からずっとこんなんなんだよ。俺がさ、有人と話してたっつったら膨れちゃってさ。飽きもせず、ずーっと怒ってんの。おかげさまで朝食抜きだし昼飯なしだし、昼だってパフォーマンスに連れ出すまで朝からメール十五通も出させられた」
「・・・はぁ?何で一之瀬と円堂が喧嘩すると二人で飯抜きなわけ?」
「そりゃ俺たちが一緒に暮らしてるからだろ。あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないな」


まさかの言葉に息を呑んで一之瀬を見れば、彼もこくりと頷いた。
日本に帰った一之瀬が何処に住んでいるかずっと疑問だったが、思わぬタイミングで疑問は氷解した。
口を開けて呆然としていると、思い切り何か突っ込まれた。
ふんがふっふと何処かのアニメ並みの声を出して租借すると、ふんわりと甘みが広まり柔らかな感触が美味だ。


「何これ」
「今日の戦利品。お前のクラスの女の子からの差し入れ」
「美味いな」
「だろ?それで、なんだっけ?俺のお嬢様らしいところ?あるぞー、とっておきの秘話が」
「秘話?」
「おう。これを聞くとお嬢様って納得だ。知りたいか?」
「・・・何?」


ぐっと顔を近づけられ、思わず息を呑んで問いかけると、にいっと円堂は意地の悪い笑みを浮かべた。
この表情は見せる相手やタイミングを選ぶものなので、実は結構気に入っていたりする。
曲がってるなと自分の嗜好に苦笑すると、声を潜めた彼女が内緒話をするように小声で囁いた。


「実はな、俺には許婚がいた」
「許婚ぇ!?」
「そう。イギリスの大財閥の一人息子。しかも出会いはパーティーで向こうの一目惚れの末、一年以上アプローチの結果俺が折れたんだぞ。ついでに奴は初恋だったらしいが、その想いは一週間で叩き折った。俺を許婚にするため態々日本語を覚えてきて鬼道の家に逗留しやがったんだけど、その時丁度俺には出来たばかりの弟ブームが来ててさ。つい、お嬢様ぶるのを忘れて素で相手したら、夢砕かれて打ちひしがれてた」
「・・・酷いな、それ。俺には円堂がお嬢様ぶってる仕草が想像できないけど、日本語まで覚えて追ってくるくらいにべた惚れだったんだろ?」
「おう。俺に一目惚れしたのが六歳で、親に頼み込んで一年間で日本語マスターするのを引き換えに鬼道の父さんに直接申し込みする権利を得て、俺がいいって言ったらって条件で日本に一月逗留して、その最初の一週間で夢砕かれた。超ウケる」
「ウケねぇよ。同情心で溢れるよ。誰だよ、その可哀想な財閥の御曹司。そんだけ酷いと顔を見たくなるだろ」
「そうだなぁ、土門なら会うかもな」
「へ?俺、お前と違ってパンピーだけど」
「あいつ、俺がサッカーしてるって聞いてサッカーやり始めたんだ。今じゃ趣味を超えるレベルだぞ。いつか、サッカーを通して顔を合わせるかもな」


まさか、と苦笑すると、わからないもんだぞとウィンクされた。
コケティッシュな笑顔を見て、益々見知らぬ男へ同情心が募る。
円堂がどれだけの勢いで化けていたか知らないが、それだけ努力した上で夢破れるとは男として憐れ過ぎる。


「ちなみに奴は六歳の俺のピアノを弾いてる姿に惚れた。真っ白なドレス着てにこやかに微笑んで、髪だって長かったからな。素で話した瞬間のあの顔ったらなかったぞ。普段は年以上に取り澄ましてたくせに、ぽかんと口を開けて間抜け面をさらしてやがった。思えば、あのときの写真を撮っておくべきだったな。約束の期間を大幅に縮めて帰ったくせに、何だかんだで意地になって一年も求婚し続けるから面倒になって受けたけど、関係が解消されるとあいつのツンデレすら懐かしくなるな」


腕を組んで頷く円堂に開いた口が塞がらない。
酷い初恋もあったものだ。
それでも求婚し続けたのだからきっと本気で彼女を好きだったんだろうけれど、どうにも流されている。
もしくは彼女の中では重要度がとても低いと言い換えた方が正しいだろうか。
どちらにせよ報われない顔も知らない相手に合掌していると、ぽんと肩を叩かれた。


「と、言うわけで、こいつの機嫌も朝よりはマシになったし、よかったら土門もうちに来るか?」
「へ?」
「今日は一哉と仲直りしようと朝からから揚げを仕込んでおいたからな。大量にあるし、お前も食ってけよ」
「・・・ホント?守、本当にから揚げ仕込んでおいてくれたのか?」
「おう。お前、好きだろ?それで仲直りしてよ。お前が笑っててくれないと、俺も調子狂う。何も言わずに居なくなって悪かったよ」
「───次は許さない。絶対に出掛ける時は連絡を入れておくこと。家に帰ってくるまで、本気で心配したんだ」
「ごめんな。音無から聞いてると思ってたんだ」
「・・・約束」
「うん、約束。嘘ついたら針千本飲ます。指切った」


鬼道と和解したことに怒っているのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。
連絡なしで出かけていた円堂を単に心配したにしては過保護な気はしたが、口を出すと纏まりかけた話が拗れそうなので黙っておく。
小指を絡ませた二人は額をつき合わせ、ふわりと微笑み合った。

割り込めない空気を一瞬で作り出した二人に、胸がずきりと痛む。
昼間の豪炎寺も似たような感覚を得たのだろうか。
今の自分と同じように胸を押さえていたなと苦笑し、他人の感情までは構ってられないかと仮面をつけると痛みを隠した。

早く早くと密かに焦る。
この想いが消えてしまうように、火種が鎮火してしまうように。
見せ付けられる光景を目に焼きつけ、届かぬ宝を諦めようとそっと瞳を伏せて笑った。

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