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その日、朝から円堂の様子がおかしかった。
いつもなら朝練に顔を出すなり元気良く挨拶をするのだが、今日の彼女は片手を上げて『おはよう』と静かなものだった。
部員たちが戸惑う空気にも気づいてるだろうに、部活中きっちりとメニューをこなしながらも、いつものような陽気さもない。
横を見れば、彼女と同じでムードメイカーの一之瀬もどんよりとした空気を背負っていた。


「・・・なぁ、豪炎寺」
「ああ」
「円堂から、なんか聞いてる?」
「いいや。問い詰めても大したことじゃないとかわされた。お前こそ、一之瀬から何か聞いてないか?」
「俺も同じ。土門は気にしなくていいから、の一言で終ったんだけどさ、あれってどういう感じなのかね?やっぱ、鬼道さんがらみか?」
「さぁな」


眉間に皺を寄せる土門に、豪炎寺は緩く首を振った。
何か心配事があるなら言ってくれればいいのに、と思いながら、何処まで踏み込んでいいか判らない。
いつだって笑っている彼女の表情が曇るだけで心のバランスが傾く。
笑っていて欲しい、と思うのはきっと友達なら当然で、肝心なことを口にしてくれない円堂にもどかしさを感じた。
隣に居る土門も同じようで、渋い顔をして二人を眺めている。
円堂と一之瀬の間には他人が割り込めない空気があるが、もっと心を開いてくれればいいのに、と嘆息した。


結局授業が始まっても円堂の様子は変わらず、悶々としている内に午前中の授業は終わる。
そして始まる昼食の時間。チャイムと同時に駆け出した円堂に瞳を丸くした。
普段なら何となく一緒にご飯を食べているのだが、今日に限って脇目もふらずに教室から一直線に出て行く。
何処に向かうのか知れないが、しばし呆然として席に座っていると、ひょこりと土門が入り口から顔を出した。


「おい、豪炎寺。こっちに一之瀬来なかったか?」
「いや・・・どうしてだ?」
「授業終了と同時に走って行っちまったからさ。円堂のとこに来てるのかと思って。でも、円堂も居ないみたいだな」
「ああ」


はんなりと眉を寄せて頷けば、首を傾げた土門も目を眇める。
結局円堂が口を割らなかったように、一之瀬も彼に口を割らなかったのだろう。
水臭いと思うが、それよりもどうしてという想いの方が強い。
信頼されていると思っていたのは勘違いだったのだろうか。
不意に疼痛を感じた胸を服の上から押さえ込むと、豪炎寺の様子を見た土門が苦笑した。


「ま、あんまり気にするなよ。もしかすると、本当に大したことないのかもしれないし」
「・・・ああ」
「風丸が居れば違うのかもしれないんだけどな。今日は法事で休みだっけか」
「ああ」


幼馴染と言うだけあって円堂の機微に聡い風丸なら何かわかったかもしれない。
そう考えると益々胸が痛み、違和感を不思議に思った瞬間、それは始まった。


『はーい、皆さん。お昼の時間、楽しんでる?』


室内に響いた声にびくりと体を揺らし顔を上げる。
音源はスピーカーで、普段なら昼食時は放送委員による穏やかなBGMなどが流れるそこからは良く知った声が流れていた。


『今日、昼食前の少しの時間、放送室をハイジャックさせていただきましたのは俺、円堂守と』
『一之瀬一哉でーす!』


朝から今までの時間、どちらかと言えば暗い雰囲気を醸し出していた二人の明るい声に、土門と顔を見合わせて瞬きを繰り返す。
サッカー部の連絡事項かと思ったが、それも違うようだ。


『実は今日俺たち昼飯がないんだよね。そこでカンパを募りたいと思います』
『今から五分後に体育館で俺たち二人でパフォーマンスを行います!そんで、それをもし気に入ったら、何か昼食のおかず差し入れください』
『放課後には部活もあるし、マジで死活問題なんだ。パンやおにぎり、お菓子もOK!』
『暇な人とお弁当に余裕がある人は宜しくねー』


一方的に告げると、ぶちりと放送は切れた。
教室内はしーんと静まり返り、誰一人として状況を理解していない。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「何やってるんだ、あいつらは」
「まさか、朝から暗かったのって昼飯がなかったのが原因?」


ぽかん、と口を開けた土門の気持ちがよく判る。
まさか昼食がなくて朝から元気がなかったというのか。
何処かのクラスから『円堂ー!!一之瀬ー!!』と染岡の怒声がドップラー効果を得て遠ざかる。
それに釣られたような足音が響くと、あっという間に自教室からもクラスメイトが駆け足に出て行った。


「あー・・・俺たちも行く?」
「ああ」


困ったように眉を下げて問う土門に頷くと、きっちりと弁当箱を握って体育館へと向かった。


驚くことに、と言うべきか、それとも想像通りと言うべきか。
急な呼びかけにもかかわらず体育館には結構な人数が集まっていた。
ぐるりと見渡せば特徴的な色の頭をした染岡が、最前列で壁山や半田に押さえ込まれているのが見えそちらに足を向ける。
どうやらサッカー部の面々も全員集まっているらしく、豪炎寺と土門が最後のようだった。


「よ、お前らもやっぱ来たんだ」
「そりゃそうでしょ。あんな放送入っちゃ気になるし」
「一之瀬君も円堂君も言ってくれればご飯くらい分けてあげたのに」
「本当よ!全く、サッカー部の恥さらしだわ」
「って言いながら、何気なく雷門は一番最初に来てたよな」
「うんうん」
「うるさいわね!私は理事長代理として何が始まるか見届ける義務があるんです!」


松野と半田にからかわれて顔を真っ赤にして訴える夏未を秋が苦笑して宥める。
軽く会話をする内に五分はあっという間に経過したらしく、舞台袖から問題の二人が出てきた。
結構な人数が揃っているのに全く物怖じせずに、むしろマイクを持ってノリノリで舞台の上で手を振っている。
いっそ天晴れな強心臓だと感心していると、不意に一之瀬が口を開いた。


『皆、俺たちへの差し入れ持ってきてくれたー?』
「きゃー!!持って来ましたぁ!」
「面白い見せもんだったら、弁当全部やってもいいぜー!」
『あはは!よーし、今言ったの聞いたからな!後悔しても知らないぞ!』


ぱちり、とウィンクした一之瀬に、女子が奇声を上げる。
まるでアイドルのトークショーのようだ。
隣に立っていた円堂が一之瀬からマイクを取り上げると、視線をこちらに向けて悪戯っぽく笑う。


『んじゃ、そこのカワイコちゃん二人は舞台右端まで行ってもらえる?あそこに家庭科室から借りてきたお皿が置いてあるから、カンパの整理を宜しく』
「ええ!?いつの間にあんなの準備してたの!?」
「カワイコちゃんて、私も入るの?まさか、この私に手伝えと?」
『早く早く。準備が出来ないと余興も出来ないよー』
「・・・とりあえず、行ってきたら秋。周りの視線が痛い」
「雷門も早く」


戸惑いながら向かう秋に、憤然とした夏未。
二人が用意されたテーブルの前に着くと、円堂と一之瀬が顔を見合わせた。
盛り上がるテンションに、彼らの人気の高さを知る。
人懐っこい性格の二人だから誰とでも仲良くなれるのは知っていたが、驚きは隠せない。

呆然としている豪炎寺や染岡に、土門が苦笑した。


「あいつら、あれで結構人気があるんだよ。一之瀬も円堂も人好きがする性格だし、学年問わず顔見知りが多いし。気がつけば知らない奴と一緒に遊んでる、ってのも珍しくないんだぜ?」
「にしてもアイドルか何かみたいになってるぞ。何であいつらだけ」
「二人ともフェミニストで女の子に優しいし、男相手にも捌けた性格で人気あるんだ。購買とか行くと何気に上級生に奢ってもらったりしてる」
「・・・要領がいいやつらだな」
「本当に。羨ましくなるぜ。ファニーフェイスで可愛い雰囲気持ってるしな、本性がどうであれ」


染岡と土門の会話に耳を傾けている内に、舞台でも動きが始まる。
トークショー交じりにカンパの仕方などを説明していた彼らは、それが一通り終ったらしい。
気がつけば一之瀬はサッカーボールを持ちにこにこと笑顔を向けている。
二人で技でも披露するのかと思えば、円堂は一之瀬から離れて舞台袖まで歩き出した。
何をするのかと注視していると、彼女は体育館に置いてあるピアノの前まで行き蓋を開けるとカバーを取った。
制服の腕をまくり椅子に腰掛け、指慣らしとばかりに鍵盤に触れると舞台中央に居る一之瀬に頷く。
頷き返した一之瀬は、制服の上着を脱ぐと舞台下の土門へ投げて寄越した。
慌ててキャッチした土門に笑いかけると、マイクへ向かって一声。


『それじゃ、俺たちのパフォーマンス楽しんでいってね!』


にこにこと微笑むと、マイクのスイッチを切って脇へ避けた。
離れた場所に置かれたマイクを確認し、円堂が笑う。


「と、言うわけで行くぞ一哉」
「OK!」
「三、二、一」


軽い掛け声の後、流れるように円堂の指が動いた。
比喩表現でもなんでもなく、本当に。

ピアノの上を指が動き、どこかで聞いたことがある曲が流れる。
聞いたことはあるのだが曲名が出てこない、そんな有名曲。


「うわ、すげぇ・・・」
「超絶技巧曲の『剣の舞』だよね?円堂君、ピアノ弾けたんだ」
「マジパねぇな!一之瀬もこの曲に合わせてリフティングとか、どんだけだ」


複雑に音階が刻まれて、アップテンポなそれにあわせて一之瀬が動く。
踵、膝、腿、頭、背中、踝。
体全体を使って踊るようにボールを操る一之瀬は、フィールドの魔術師との呼び名が相応しい天才だった。
超絶技巧曲と呼ばれるだけあり、円堂の紡ぐ曲も凄い。
右と左の指がどう動いているのか不思議になるほど複雑な音がどんどんと溢れ体育館を埋め尽くす。
音楽教師ですら弾けるのかと首を傾げたくなる技術。


「何で円堂君サッカー部なの」


ぽつりと呟いたのは同じクラスの吹奏楽部の少女だ。
確かに、と頷きたくなるほど円堂のピアノは上手い。
一之瀬のサッカーテクニックも秀逸だが、同じくらい円堂のピアノテクニックにも見惚れるものがある。
これだけの曲を楽譜も見ずに弾くなど考えられない。
剣の代わりにサッカーボールを操り舞う一之瀬に、隣の土門がうなり声を上げた。
豪炎寺にもその気持ちはよく判る。
同じプレイヤーとして、彼の技術は嫉妬したくなる領域にあった。

天井に当たらぬ程度に上げられたボールが落ちてくる前にバク転を決め、最後の一音でポーズを取る。
暫くは体育館内は水を打ったように静まり、不意に大歓声が沸いた。


「円堂君、凄いー!!」
「一之瀬君格好いいー!!」
「マジ、すげえよお前ら!」


割れるような歓声に耳を押さえれば、サッカー部の面々は皆同じような反応をしていた。
しかしそんな周囲の様子にも全く余裕を崩さない彼らは、またマイク片手に壇上へ上がる。


『はーい、俺たちのパフォーマンス終了!』
『気に入ってくれた人は出口付近で受付してるカンパ所にお弁当カンパ宜しく!』
『俺たちの大切な昼飯待ってまーす!』


へらへらしながら手を振ると、二人とも夏未と秋がいる場所まで降りていく。
我先にと集まり並べられた皿にどんどんと積まれる差し入れに、豪炎寺は目を丸くした。
そして我先にと駆け寄った人数を要領よく捌く二人の手腕にも、呆れるより先に感心する。
あれだけ興奮していれば長々と捕まりそうなものだが、ものの五分で全員を体育館から追い出した彼らはちゃっかりそのまま入り口の鍵まで閉めた。
昼食後体育館へ足を伸ばす生徒もいるはずなのだが、全く遠慮ない行動だ。


「いやぁ、大量大量。これで俺たちは飢えを凌げるぞ、一哉」
「うんうん、良かった良かった。やっぱ、持つべきは一芸だな」
「・・・いや、確かに一芸だけどよ」
「呆れるくらいの強心臓だね。このてんこ盛りの料理、どうすんだよ」
「何気に手作りのマフィンとかクッキーとか混ざってるぞ」
「あ、こっちは購買限定パンっす!羨ましいっす!」
「俺たちも頑張れば集めれるかな」
「いや、無理でやんしょ。舞台に立ってあそこまで動けないでやんす」


肩を組んで笑いあう二人に、呆れるやら、感心するやらで複雑な視線が向けられる。
だが彼らは一切を気にせず、協力してくれたマネージャーに礼を言いながら自分が食べたいと思うものを物色して皿に取り分けていた。
厚かましいと言える図々しさなのに、憎めないのは彼らの雰囲気によるものだろう。


「・・・凄すぎるぜ、あいつら」
「全くだ」


多大に呆れを含んだ土門の声に頷くと、不意に円堂がこちらを振り向いた。
視線が絡み心臓が撥ねる。
そんな豪炎寺の様子に気づかないのか、箸を持って無邪気な笑みを浮かべた彼女は口を開いた。


「皆も食べようぜ!こんなにあると俺と一哉じゃ消費できねえし」
「早い者勝ちだよ」


笑顔で誘う二人に最初に乗ったのは一年生で、次いで二年の中堅組みも箸を伸ばす。
勢いに押されて豪炎寺も購買限定のパンを手に取ると、そのまま輪に加わった。
結局山と詰まれた食料は何とか昼の内に消化でき、余ったお菓子類は放課後へと回された。

その後二人が昼飯を忘れても差し入れをくれる人間が後を絶えず、一回きりのパフォーマンスで得た効果に彼らは一言こう語る。

『芸は身を助けるもんだ』

効果は立証できたが彼らの後に続こうとする猛者は当然おらず、固定ファンを得た彼らは今日もホクホクと差し入れを部員へ振舞っている。
ちなみに一週間ほどでマネージャーによりカロリーの過剰摂取と判断され、差し入れは一週間も続かずに終わったのは蛇足だろう。

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