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最早帝国学園専用といっても過言ではないレベルで埋め尽くされた病室に、キャプテンと呼べる人は居ない。
彼は自分たちとは違い、個室をとって入院していた。
怪我の状態も程度に差があり、彼が倒れたのはそれまでの連日の苦行とも言える練習の所為だ。
佐久間や源田、他の面々のように蹴られたボールや激しいチャージが原因ではないので、身体的なダメージは少ないだろう。
けど、と佐久間は思う。
けれど、きっと、精神面でもどん底に落ちているのだろう、と。

自分たちのキャプテンである鬼道有人は、人の何倍も責任感が強い。
冷静沈着な仮面の下には熱い想いを抱えており、本質は誰より情熱的だ。
並々ならぬ自制心で押さえ込んでいる豊かな感性は、今はきっと彼を責める方向に向いている。

ここ数日の鬼道の様子は明らかにおかしかった。
試合前だというのにオーバーワークどころではなく、取り付かれたようにサッカーをしていた。
気絶寸前まで体を痛めつけ、ふらふらになりながら帰宅していた。
クラスが違うため授業風景までは知らないが、充血した目や痩せた頬を見れば状態も想像できる。
夜もあまり眠れて居ないのだろう。
手負いの獣が周囲を警戒するように、常に神経を尖らせていた。

どうして、と不思議に思った。
ほんの数日前、『姉』である彼女との試合で、彼は変わったように見えた。
鬼道だけじゃない。
自分たちも、彼女たちとの試合で変わり、『自分たちのサッカー』を始めたばかりだった。
それなのに翌日にはもう鬼道の様子は鬼気迫るものになっており、部活を休んだかと思えば、更に次の日には尋常じゃない雰囲気でサッカーをしていた。
どうしたのかと問い詰めても決して口は割らず、ただサッカーだけを希求して。
それは影山の教えるサッカーをしているときより酷い有様だった。
自らを傷つけることを目的としていて、それ以外を望んでいなかった。
あれは鬼道のサッカーじゃない。


「横になった方がいいぞ、佐久間」
「・・・源田」


隣のベッドの男に声を掛けられ、自然と眉が寄った。
他の帝国の面々より、彼と自分は鬼道に近い。
ぐっとベッドの上で拳を握ると、震える声を絞り出した。


「鬼道さんは、どうしてるんだろうか」
「経過は良好らしい。俺たちとは違い体に受けた傷は少ないから、検査入院程度で済むと」
「そうじゃない!体じゃなく、心だ!!」


確かに、体の傷はほとんどないだろう。
勝手な判断でポジションを捨てて彼を守るのを優先させたのは、佐久間たち帝国学園のサッカー部の面々だ。
勝つことよりも、彼の無事を優先させた。
鬼道は、あんなところで終る人間ではない。
絶対に終わらせてはいけない人だ。
幸いにして連日の酷使で碌に体も動かせないくせに試合に出場していた人は、最初の一撃で倒れてしまった。
動かせぬ体で意識を保つ彼を庇い、佐久間たちは自己満足を得た。
けれど。


「俺たちは勝手にあの人を庇った。だが、俺たちが斃れ行く様を見たあの人は、大丈夫なのか?本当に、大丈夫だと言えるのか!?」


やめろ、と悲痛な声で叫んでいた。
一人、また一人と勝負を捨てて体を張る部員に、喉も張り裂けよと悲鳴を上げていた。
あんな声、一度しか聞いたことがない。
つい先日、彼の『姉』に向かい鉄骨が降り注いだ瞬間の、あの悲鳴。


「俺たちには彼を守ったという自己満足が残った。けれど、あの人には?俺たちに庇われたあの人は、五体満足でありながら試合に出ることも出来ない。常勝無敗を誇る帝国学園は、無名のチームに負けたんだ。───負けたんだっ!」


その敗北は、先日の雷門中のものと比べて遥かに意味が異なる。
得るものは何もなく、文字通り、叩き潰された。
帝国学園のサッカー部としての誇りも、プレイヤーとしての矜持も、勝って再び彼らと試合をするという野望も、何もかもを徹底的に磨り潰された。
これほど悔しい思いをしたことはない。
負けないために帝国サッカー部に入部したのに、呆気なさ過ぎる結果は最後まで試合を続けることすら出来なかった。
けど、何より悔しいのは。


「俺たちはあのフィールドへ、ただ一人だけあの人を残した。・・・誇り高いあの人に、自ら敗北を宣言させた。それが、悔しくて仕方ない・・・っ」


渾身の想いを吐露すれば、隣の男も息を呑んだ。
自分たちの中でただ一人意識を保っていた鬼道は、キャプテンとして試合の放棄を宣言した。
その屈辱はいかほどだろう。
敗北を認めた瞬間を思えば、情けなくて涙が出てくる。


「俺たちは負けた。もっとも最悪な形で、負けたんだ」


つんと鼻の奥が熱くなり、涙を堪えるために喉に力を入れた。
不自然に呼吸が乱れ、溢れる感情のままにベッドを拳で殴りつけた。

どれだけ誇りを傷つけただろう。
傷つく仲間を眺めるだけで、全てが終ってしまっていた。
自分たちはあの試合で、『サッカー』なんてしていない。
ただの絶対的な敗北者。


「・・・それでも、鬼道なら大丈夫だ」


淡々とした口調で語る男に、勢いよく顔を上げる。
怒りを宿した鋭い眼差しを向けても一切怯まず正面から受け止めた彼は、固めた拳を胸に当てた。


「鬼道は強い男だ。踏み躙られても、誇りを折られても、絶対に立ち上がる。諦めたりなんかしない。それが俺たちの、帝国学園サッカー部のキャプテン、鬼道有人だ」
「・・・源田」
「俺たちが居なくとも、あいつは一人なんかじゃない。一人なんかに、ならないさ」


ふっと笑った源田は、どこか悟ったような空気を纏う。
その意味が判らずに首を傾げると、判らないのかと苦笑された。

何となく沈黙が訪れて、視線を窓の外へ寄越す。
病室にノックの音が響いたのは、その僅か後。


「───お前たちに、話しておきたいことがある」


現れた人は、つい先日の絶望を瞳から消して、代わりに強い決意を宿していた。
迷いがない真っ直ぐな眼差しは、彼の心のありようを何より明確に教えてくれる。


「俺は雷門へ行く。そうして、お前たちの敵を取る」


誰より辛酸を舐めさせられた男は、それでも立ち上がることを諦めておらず、その心と同じに真っ直ぐと立っていた。
勝つために下した彼の判断は信じられないほどイレギュラー。
成した瞬間にブーイングを受け、悪意ある視線に晒されるだろう。
あの帝国の鬼道が、とくちがさない連中に後ろ指を指され、見下されるに違いない。
それでも。


「俺は勝つ。お前たちのために。そして、俺自身の誇りのために」


源田の言葉通り、彼は一人じゃなかった。
病室の入り口に背を凭せ掛け、腕を組んでいる人は何も言わずにただ見守っている。
彼女の入れ知恵かと視線を眇めれば、苦笑して肩を竦めた人は緩く首を振った。


「俺は何一つ意見してねぇよ。そいつが勝手に決めたんだ。誰に何を言われても、後ろ指を差されてもいい。お前らの敵を取る方法を選びたい、と。一応、これでも止めたんだ。けど帝国のキャプテンとして、お前らに勝利を捧げたいんだとさ」


飄々とした口調だが、その言葉に嘘はないと信じられた。
あるいは、信じたかったのかもしれない。


「待っていてくれ。必ず、俺は勝ってくる」


そうして背中を向けた人は、確かに一人ではなかった。

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