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ベッド脇の明かりだけが灯された室内は静かだった。
そのお陰で、普段なら気にならないだろう大きさのすうすうとした微かな寝息が耳まで届く。
靴音を立てないようにゆっくりとベッドに近寄れば、こちらを振り向かない背中がぴくりと揺れた。


「・・・ごめんなさい、父さん」


息子の手をきゅっと握った少女は、今にも消え入りそうな声で囁いた。
心から罪悪感を搾り出したらこんな声になるのではないだろうか。
少なくとも、まだ十五歳の少女が出すようなものではないだろう、鎮痛で重苦しい雰囲気を持っていた。


「ごめんなさい、父さん。私は、最後の最後で振り切れなかった。サッカー以外は望まないと決めたのに、この子の伸ばす手を拒みきれなかった。有人を本当に想うなら、この手を取ってはいけなかったのに。そのために、鬼道の家から出たのに、ごめんなさい・・・我侭を通してもらって、結局私は」
「───守」
「この子は鬼道財閥の跡取りで、私はその補助すら出来ないのに、十年後、隣に立っていることすら出来ないのに、無責任な真似をして、ごめんなさい」
「守」
「父さん・・・私は、あなたに何の恩返しも出来ません。孤児だった私を引き取り、留学までさせてもらって、色々と良くしていただいたのに、新しい娘も、鬼道のお役に立つことも、有人の手を放すことも、何一つ満足に出来ない。ごめんなさ」
「やめなさい、守」


震える声で懺悔する娘の背中はとても小さく、泣きたくなるような哀切を運ぶ。
いつだって完璧で、誇らしかった自慢の娘。
与える全てを吸収し、自制心に優れ、臨機応変に長けた娘は、女の身であっても自分の後継者に指名したいほの天賦の才の持ち主だった。
特にサッカーに関して言えば神に愛されたとしかいいようのない才能を有し、将来的には財閥の一員になってもらうとしても、留学すらさせても惜しくなかった。
親馬鹿と言われようと誰に向けても自慢で、愛しく可愛い我が子。


「お前は何も悪くない。謝らなくていい。───謝らなくて、いいんだ」
「でも」
「鬼道の家を出てもお前は私の可愛い一人娘だ。有人の妹ではなく、お前が私の娘なんだ。娘は、お前だけでいい」
「・・・父さんっ」
「娘のために何かしたいと思うのは、父として当然だ。例え籍が抜けたとしても、守は私の娘であるのに変わりはない。何、恩ならたっぷり返してもらう。お前は、十年後だって生きている。私の娘は天寿を全うして、大往生してもらう。いつか最高の伴侶を得て、子供をなし、孫に囲まれて、そうしてお前は人生を終える」


背中から抱きしめた体は、また一段と痩せたようだった。
口にした言葉は何の根拠もない、彼女に言わせると妄言に入る部類だろう。
それでも鬼道は信じている。
今まで幾度もサッカーをする上で奇跡と呼ばれる行為を起こした娘だ。
きっと、今回だって、諦めなければ先はある。

こんなときでもやっぱり涙を流さない子供は、抱きしめる鬼道の腕に空いていた手を添えた。
きゅうっと手に力を篭めてしがみ付くなど、いつ以来だろう。
早熟な子供は甘えるのをやめるのも早かった。
空気を読み、先を読み、動くのが常だった。
鬼道の娘としては良い傾向だが、父親としては複雑だった。


「神がお前を欲したとしても、私は渡す気はない。私はお前のバージンロードをエスコートする夢がある。お前を手に入れる幸運な男を一発殴り、お前の子供を腕に抱く野望がある。私がぼけたら面倒見てもらい、死に際も看取ってもらうつもりだ」
「・・・父さんったら」


気が早いよ、と笑った娘を強い力で抱きしめた。
そう、神が望んだとしてもくれてやる気はない。
この子は、娘は、他の何を差し出したとしても、絶対に与えてやらない。


「ごめんなさい、父さん。私は本当に親不孝な娘です。───あなたの些細な夢は、私では叶えられないけれど、でも、悔いがない人生を送ります。差し伸べてくださる手を取れなくてごめんなさい。でも、私には、サッカーが必要で」
「それがなければ生きているとは言えない、か」
「はい」


漸くこちらを見た守は、昔のような笑顔を見せた。
サッカーは二度と出来ないと、宣告される前の、庭で弟と戯れていたときのような、明るく穏やかな笑顔。

猛烈に泣きたくなった。
二年ぶりに笑った娘は最愛の弟と手を繋ぎ、それでも自分の『生きる未来』を欠片も信じていない。
夢物語と朽ちた希望に縋ることもせず、諦念を抱いて消える日を待っている。

ちらり、と姉の手を握り眠り込む息子に視線を向けた。
有人が守に抱く想いなら、『守』を変えてくれるのだろうか。
ただ一人、守が特別と定めた子供は、頑固な心を解せるだろうか。


「覚えておきなさい、守。お前は私の娘で、掛け替えのない家族だ」
「はい」


素直に頷いた少女の頭を優しく撫ぜる。
縋りつく手は小さくて、まだ本当に子供なのだと腕の中にかき抱いた。


「ねえ、父さん。もし、私が」


続く囁きに、きつく瞼を閉じて息を呑む。
もしも、この子が変わらなければ。


「───判った」


果たさねばならない約束は、親としての義務なのだろう。
それがどれだけ鬼道の心を刻むものでも、子を守る親として、果たさねばいけない義務なのだろう。

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