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『俺はもうお前の姉じゃない』


その言葉を残酷と感じるのはきっと自分勝手だからだ。


『俺たちは本物の兄弟じゃない』


笑顔で告げられた内容に、頭の奥がずきりと痛む。


『鬼道家という繋がりを失くした俺は、お前とはもう何の関係もない赤の他人だ』


あくまでさり気無く、他に何もないだろうと柔らかく微笑んで。


『俺とお前は兄弟じゃくなったけど、サッカーをしてれば繋がってるさ』


でも、それだけじゃ足りない。他の誰にでも与えられるような簡易な繋がりは望んでいない。
毎日毎日繋がりを感じるために死に物狂いでサッカーをしたけれど、欠漏が上回り希求する心が育つだけ。

ひゅっと息を呑み、緊張で震える体を宥めようと脳裏で数を数える。
これから願うのは自分の都合のみで相手の意思や主義を握りこむ酷いもの。
こんなのは間違っている。間違っていると判ってる。
判っていても、それでも愚かにも望んでしまう。

ごめんなさい。
手放せなくて、ごめんなさい。
どうしたって、無理なんです。あなたがいる世界を知れば、失った時間を思い出せない。


「父さん、お願いがあります。───もしも俺が優勝出来たら、あの人に勝つことが出来たなら」



だから、これは罰なのだ。
どうしたってあの人しか望めなかった自分への、神が下した断罪だろう。




「・・・・・・」


鬼道家の息子に与えられた個室の窓のカーテンは開きっぱなしで、目に眩しい夕日が容赦なく世界を照らす。
日差しだけでは薄暗く、電気をつけるには明るい時間。
一人で過ごす時間に思い返すのは、圧倒的な敗北を与えられた試合のみ。

真っ白なシーツを握り、ぎりぎりと歯を食いしばる。
きつく閉じた瞼の裏に浮かぶのは、両腕を広げて立ちはだかった仲間の姿。


『・・・あなたは、ここで終っちゃいけない』


微笑を浮かべ、彼らは自分を庇って全員倒れた。
全くノーマークのチームだった。
無名で、情報すら出回ってない、注目の集まってない相手。

油断していた、としか言いようがない。
連日の酷使で錆付いた体は思い通りに動かず、目の前で倒れてく仲間の姿だけが嫌になるくらい明確に記憶された。


『あなただけは、絶対に守る!』


一人、また一人と、動けない自分の盾となり仲間が失われる。
もっと冷静になっていたら。
どんな相手だろうと、一切の手抜き無しで挑まねばならないと知っていたのに。
何故、と思考が空回りする。
格下の相手だろうが、ノーマークの出場校だろうが、獅子が全力で獲物を狩るように本気で闘わねばならなかったのに。

今日の鬼道は司令塔としてもキャプテンとしても失格だった。
勝つためのゲームメイクをするどころか、チームを機能させる前に全てが終っていた。
苦しくて、悔しくて仕方ない。
自分のことしか考えてなかったのに、仲間は鬼道を想ってくれていた。

これでは駄目だ。
先日からずっと空回りしてばかりで、挙句の果てに全て失った。
サッカーを通して取り戻すどころか、薄い絆も仲間の信頼も、全て掌から零れ落ちる。

不自然に喉が鳴る。
空が茜色から藍色へと変わり、鬼道は嗚咽が零れそうになるのを堪え、ゆるゆると唇を持ち上げた。


「───どうして、ですか」


不自然に歪んだ問いかけは、それでもきっちりと音になった。
唇をきつく噛みすぎたのか口内に鉄錆臭い味が広がり、ぎゅっと眉間に皺を寄せる。
全てを振り払うように瞼を閉じて、泣きたい気持ちを堪えた。


「何故、あなたがここにいるんです・・・っ」


個室の入り口に背を凭せ掛け、腕を組んでこちらを見る人に問いかける。
いつの間に入り込んだのか知らないが、気がつけばその人はそこにいた。

今、一番傍に居て欲しくて、一番近寄りたくない人。
押さえ込みたい感情は、激しく揺さぶられ表に出たいと心を震わす。
傍に居てくれるだけで溢れそうになる想いに蓋をし、駄目だと上半身をベッドへ埋める。
姿は見えなくなったのに、声だって何も聞こえないのに、それでも全身で存在を感じ取る自分は、なんて浅ましいのだろう。

かさり、と衣ずれの音がして、床を鳴らして気配が近づく。
一歩一歩距離が縮まるたびに体が強張って、押さえ込もうとする心が歓喜する。
噎せ返るほどの想いに、涙が零れそうになり、噛み切った唇を更に噛み締める。


「───泣き落としだよ」
「・・・」
「お前の妹に泣き落とされた。授業が終わって部活を始めましょうって時に、『お兄ちゃんが・・・っ』って走りこまれてさ。『涙が女の武器ならば、今使わせてもらいます』ってさ。全く、先が恐ろしいな」


必死な形相の妹が脳裏に浮かび、情けなさに消えたくなる。
こんな醜態、この人だけには見られたくなかった。
誰よりも格好つけて見栄を張りたい相手なのに、無防備な様子ばかり見られてる。


「本当にお前ら兄弟は嫌になる。俺の都合なんて考えないで、馬鹿みたいに縋ってくる。勘弁してくれよ」
「・・・すみ、ません」
「お前は鬼道の跡取りだ。判ってんだろ?いつまでも俺に甘えてちゃ駄目なんだ。俺はお前の傍に居続けることは出来ないんだぞ?正義のヒーローはマントを外して仮面も取ってもう隠居生活を送ってるんだよ。自分の生活をまったり楽しんでるの。それなのにどうしてお前らは俺を引っ張り出そうとするんだ?」
「ごめ、なさ」
「いい加減にしてくれよ。何でそうなんだよ。どうしてお前はいつまでも手が掛かるんだ───有人」
「ごめ・・・っ」


反射的に出た謝罪が中途半端なところで止まる。
何を言われたか理解できず、暫く脳が活動を停止した。

脳が答えを弾き出す前に、体が勝手に反応し、ゆっくりと視界が色を取り戻す。
布団に蹲っていた体を伸ばして前を見ると、痛みを堪えるような表情をした人が、瞳に悲しみを湛えていた。


「どうして俺なんだ。どうして俺じゃなきゃいけないんだ。お前は俺を選べば不幸になる。お前は、俺だけは選んじゃいけないんだぞ『有人』」


ふっくらとした唇から呼ばれた名前に、瞬きすると目尻から涙が零れ落ちた。
ゴーグルは外してベッド脇に置いてあるので、雫は顎を伝ってシーツへ落ちる。
はたはたと止め処なく流れる涙は、喜びの証だった。

少しだけ放れた場所にいる彼女へ自然と腕が伸び、それでも彼女は眉間の皺を深くしただけで避けようとしない。
思うままに動かない体を叱咤して、ベッドに片腕をついて四つんばいになる。


「俺を求めるな、有人。俺を求めれば、お前は今まで以上の地獄を見る。お前が俺を欲するほどに、絶望の淵に叩き落され今度こそ立ち直れなくなる」


空が藍色からより濃い色へ変色する。
室内も徐々に闇に包まれ、すぐ傍のその人の姿すら消えてしまいそうだった。

言葉の意味は理解できない。
昔から姉は自分より遥かに賢く、及ばない場所に立ってる人だ。
そして正しい目を持ち、判断はいつだって的確だった。
きっと、その姉が言うのだから、今彼女を捕まえれば地獄を見るのかもしれない。
目先の欲に駆られ縋れば、酷い絶望が待っているのかもしれない。
けれど。


「もし、俺が優勝したら」
「・・・」
「俺は、あなたをもう一度鬼道へ引き取るように父さんに願い出ました。あなたの意思なんて関係ない。どうしても、俺の傍に居て欲しかった。望まぬ強さで縛り付けて、雁字搦めにして身動き取れないようにして、怨まれても、憎まれてもいいから、今度こそ解けない絆で結び付けようとしてました。俺には出来なくても、父さんにはきっとその力があるはずだから」
「・・・・・・」
「俺は、最低です。倒れていく仲間を見ながら、それでもあなたを想った。勝たなければあなたを得られないのにと、仲間に庇われながら考えたんです。最低です。俺は、最悪です。あなたが言うとおりに、自分のことしか考えてない」


ぽろぽろと涙が零れシーツに染みが広がる、
視認するのすら難しくなった人に、それでも必死に手を伸ばす。
後どれくらい進めばベッドの端なのか、落ちたらきっと受身も取れないだろうとか、どうでもいい考えが脳裏に浮かんで消えていく。


「俺は今あなたを求めることで将来地獄を見るのかもしれない。酷い絶望に叩き落されるのかもしれない。でも───それは、ここであなたを捕まえなくても同じなんです」


伸ばした手が何かに触れると同時に、がくりと体がバランスを崩す。
来るべき衝撃に身を強張らせるが、柔らかな感触にしっかりと受け止められた。


「あなたじゃなきゃ駄目なんです。あなたがいいんです。俺の世界は大切なものは幾つかあるけれど、あなたはその中でも特別なんです。我侭だって判ってます。負担に思われるのも当然です。嫌がられたって理解できます。けどそれでもどうしたってあなたを求めずにいられない。鬼道の家に引き取られたその日から、俺の心はあなたを希求してやまないんです」


暖かな体にぎゅっとしがみ付く。
昔は身長差があって、良く抱き上げてもらっていた。
ほのかな香りは昔と変わらず、懐かしさに鼻0の奥がつんとなる。
他の誰にも見せれない心の柔らかな部分は、彼女の前でだけ無防備になった。
さらけ出した弱さは苦笑と共に受け止められ、触れる優しさに幾度安堵したことか。

こんな想いは迷惑にしかならない。
それでも、ずっと捨てれなかった。
兄弟として暮らしていた間は、ずっと気づかないふりが出来た。
二年前に捨てられたと思い込んでからも、憎しみの裏には強い想いがあった。
やっと再会して、解かれた手に絶望した。
何でもいいから縋るものが欲しいと、相手の都合も鑑みずに動くほどに。


「ごめんなさい・・・あなたを望んで、ごめんなさい」


ごめんなさいと繰り返す。
ただただ涙が零れ落ち、酷い奴だと自分を詰る。

仲間が斃れたというのに、試合に負けたというのに、それでもこの人がいるだけでどうしたって幸せなのだ。
迷惑だと拒絶されても、勘弁してくれと訴えられても、この人が良くて、この人じゃなきゃ駄目なのだ。
歓ぶ自分に嫌気がさす。
呆れるくらいに勝手すぎる。
嫌悪と羞恥で死にたくなるのに、この腕は絶対に放せない。


「俺はまだ子供です。だから我侭を言わせてください。俺の我侭を聞いてください。───お願いです、姉さん」


最低な言い草だ。
鬼道家の人間とは思えない甘ったれた態度に、同情を誘うような引きつった声。
縋りつく腕に力を篭めて、柔らかな体に頬を摺り寄せる。


「お前は馬鹿だ」
「・・・はい」
「俺が思ってたよりも、ずっと大馬鹿だよ有人」
「はい」
「その上甘ったれで泣き虫で、ちっとも成長していない。本当に手が掛かる、俺の『弟』」


抱きつくだけだった体が抱きしめられぎゅっと力を篭められた。
連日の暴挙も合わせ体が軋んで悲鳴を訴えているが、それでも拒絶しようと思えない。
むしろもっときつく抱きしめて欲しかった。

久し振りに感じる温もり。
大好きな人からの抱擁に、涙腺は決壊し益々勢いを増して涙が溢れる。
馬鹿だ馬鹿だと繰り返す声は優しくて、我を通したことを後悔できない。


「ごめんなさい、姉さん。あなたを自由にしてあげれなくてごめんなさい」
「もういい。お前は絶対いつか俺の手を取ったことを後悔する日が来るだろうけど、居られる間は傍にいてやる。お前が───俺以外の誰かを見つけられるまで、その間はお前の傍に居てやるよ」


俺の負けだ、と苦笑する人に、口の端が上がった。
それは永遠に俺の傍に居てくれるという意味ですか、と聞かなかったのは、最後の理性が働いたからに違いない。

倒れた仲間も、負けた試合も決して忘れはしない。
けれど今だけは。


取り戻した温もりに甘えれば、優しい手のひらが髪を梳いた。
久方ぶりの安息に、徐々に意識が闇へと落ちる。
懐かしい闇は、彼女に包まれて眠った幼いあの日と同じものだった。

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