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「お兄ちゃんを、お願いです、お兄ちゃんを助けてくださいっ」


きょとりとした顔でこちらを見詰める彼女にそれを願うのは随分と虫がいい話だ。
つい数日前に『他人の癖に』と詰ったくせに、他に頼れる相手が浮かばなかった。
両脇に番犬のように控える風丸と一之瀬が視線を鋭くし、また怒られると恐怖に体が震える。
それまで穏やかな雰囲気を保っていただけに彼らの憤怒はギャップが激しく、思い出すだけで体が強張った。
睨み付ける眼光を正面から受け止めたのは、せめても彼らに誠意を見せるつもりだから。
逃げ道を用意せず身一つで挑み、何を言われてもあえて享受すると示したかったからだ。

部活が終わり、キャプテンとして戸締りが残っていた円堂と、先日から彼女から離れようとしない二人以外室内には誰もいない。
数十分前まで部活で賑わっていたグランドからも生徒の声はほとんど聞こえず、限りなく静寂に近い部室は恐怖を更に煽り立てる。
微かに震える体の横で白くなるほどに拳を握り、それでも真っ直ぐに視線は逸らさない。


「お願いします!お兄ちゃんを、助けてください!」
「・・・随分と虫がいいな。『他人の癖に』と詰った口で、君はそれを願うの?」


ひやり、と底冷えする怒りを表に現した一之瀬は、瞳を眇めただけで雰囲気を一変させた。
風丸は何も言わなかったけれど、決して助け舟を出してくれそうにない。
腕を組み静観の姿勢は見せているが、瞳に宿る激情は一之瀬と対して変わらなかった。

反射的に怯みそうになる心を奮い立たせ、ぐっと奥歯を噛み締める。
一度出した言葉は二度と口には戻らない。
どれだけ後悔しても一度は口にした暴言は戻らず、目の前の人が許してくれても事実が消えることはない。
円堂が責めない分だけ自分を責めても、なかったことには出来ない。
泣きたくなるくらい自分が情けなくなり、けれど泣くのは卑怯だと言われたのを思い出し嗚咽を堪えた。


「厚かましいのも、図々しいのも判ってます。あなたを詰った私が、お兄ちゃんのことを頼むのも筋違いだって判ってます。でも、私じゃ駄目なんです。庇われるだけの私じゃ、お兄ちゃんの拠り所にはなれないんです!」
「・・・今の俺は鬼道と本当の意味で赤の他人だよ。今更お前以上の支えにも拠り所にもなれないんだけど?」
「私はっ・・・私は、鬼道の家の子供にはなりません!」


ぐっと拳を握り、声を大にして叫ぶ。
そうしなければ勢いに飲まれて何も伝えられなくなりそうで、それは駄目だと脳裏に浮かぶ人のために、足を踏ん張り肺から息を一気に吐き出す。
この言葉を言えば、全てが丸く収まると信じて。
自分が鬼道の家に行かないと知れば、きっと円堂はまた戻ってくれる。
居場所を奪う気がないと理解してもらえれば、兄との関係も改善される。
そう、信じていた。
けれど。


「だから?」
「え?」
「お前が鬼道の家の養子になるかならないかはお前の自由だ。あの人の娘になるのがお前ならいいと思ってたけど、別に嫌ならそれでいい。けどな、勘違いしないでくれ。お前が鬼道の娘になることと、俺が円堂のままで居るのと別の話だ」


机の上に腰掛けた彼女は、淡々とした口調でそう告げた。
普段の子供っぽくも見える感情豊かな面は微塵も窺えず、酷く冷静で大人びた姿に瞠目する。

自分を鬼道の家の娘にしたいから、自身を鬼道から外したのだと思い込んでいた。
それなのに、鬼道の娘になる気はないと申し出ても、彼女の心は揺らがない。
凪いだ湖面のように、波紋一つ立たずそこに居る。


「俺は自分の意思で鬼道から抜けたんだ。その重みは、きっとお前には判らないだろうな。ああ、けどお前は鬼道にならないから知らなくていい。これからも知る必要はない。───お前の兄が背負い、俺が背負っていたものは、『捨てました。けれど後悔したのでもう一度仲間に入れてください』つって抱えれるような安易なものじゃないんだよ」
「でも、キャプテンは」
「俺があっさりと鬼道の家を捨てたと思ってる?なぁ、音無。お前は俺を何だと思ってるんだ?へらへらして周りの言葉に動かされない、単純馬鹿か?」
「ちがっ」
「まあ、お前の評価はどうでもいい。けどな、これだけは理解しろ。───俺は、お前と違ってあいつの傍に居続けることは出来ない」


黒縁眼鏡が窓から差し込む夕日で反射し、円堂の表情は見えない。
普段は生き生きと輝く栗色の瞳は、今はどんな色をしているのだろう。
机に腰掛けてリラックスしているように見えるが、張り詰めた緊張の糸はいつ切れてもおかしくないように感じた。
まるで底が見えない深い闇に手を伸ばしてるようだ。
必死に縋り付こうとしてるのに、実態を掴ませず本音すら探せない。

これが鬼道家の娘と言うのなら、自分は絶対に無理だ。
人生で踏んだ場数が違いすぎる。
大人相手でもこれほど緊張を強いられる状況に陥ったこともなく、冷や汗がとめどなく流れ落ちた。
勘違いしていた。
この場で注意するべきは、嘲るように口角を上げる一之瀬でも、警戒心をむき出しに様子を窺っている風丸でもない。
目の前で王者の貫禄を惜しみなく晒す、絶対の君臨者だ。


「それでも、私はあなたに願い続けます」
「・・・・・・」
「『血が繋がらない他人の癖に』。私はそうあなたを詰りました。後悔してます。あなたが責めない分だけ自分を責めて、それでも自分を許せません。───だって、その言葉はそのまま私に反射するものでもあるんですから」


真っ直ぐに、恐怖に震える心を叱咤して視線を上げる。
一歩でも引いてしまえば、二度と向き合えない気がした。
怒りを露にするでもなく、語気荒く詰るでもない。
ただ静かな眼差しを向ける人を、ここで逃げれば正面から見れなくなる気がした。


「私は『音無春奈』。私の両親は音無のお父さんとお母さんです」


大事なのは血の繋がりなんかじゃない。
そんなのは、他の誰より知っていた。
親が亡くなり施設へ預けられ、先に貰われた兄とも会えなくなり寂しさで泣いた夜に、優しさを与えてくれたのは『血の繋がりがない』家族だ。
夜の闇に恐怖した日、友達と喧嘩して帰った日、兄を想って涙した日、差し伸べてくれた掌は温かく幸せを運んだ。
血は繋がってなくても、自分は『音無家』の『春奈』。
自分たちは家族で、それを誰に否定させる気もない。
そして───愛されている自分は、誰よりも否定してはいけない。


「一度口から出た言葉は消えません。言った人間の脳裏にも、言われた人間の心にも、言葉は刻まれ消せません。謝罪は無意味と知ってます。だから、都合がいいと知りながら、私は言葉を上書きします。あなたは『鬼道有人』の『姉』です。血の繋がりなんて関係なく、彼の『家族』なんです」
「・・・・・・」
「私を許せないなら、許さなくていいです。嫌っても、憎んでもいい。だから・・・お願いです!お兄ちゃんを助けてください。あの日からお兄ちゃんはご飯も碌に食べてないです。毎日気絶寸前まで体を酷使してサッカーをして、そうしないと眠れないって。このままじゃお兄ちゃん遠からず倒れちゃいます!」


言いたいことを言って、ぐっと頭を下げる。
望まれたら、先日の兄と同じように土下座をしても構わなかった。
脳裏に浮かぶのは痩せた兄の姿。
雷門中に姿を現したときよりも酷く衰弱し、そのくせ瞳だけがぎらぎらと輝いていた。
自分と姉を繋ぐ絆はもうサッカーしかないのだから、と、それだけでも認めてもらいたいと。
怖かった。このまま彼が消えてしまうのではないかと、狂おしい想いに恐怖した。
体に流れる血だけが家族の証になるわけでないと理解しつつ、矛盾して、たった一人の血の繋がった兄を失いたくなかった。

沈黙が暫く続き、ふうとため息が聞こえる。
それは対して大きな音ではなかったけれど、静寂に包まれていた部室には響いた。


「顔を上げてよ、音無」
「キャプテンが了承してくれるまで上げません」
「・・・なら、そのまま聞いてくれ。あのな、俺は別に憎くてあいつを放置してるわけじゃないんだ。今ここで手を差し伸べるのは容易い」
「それなら」
「けどな、さっきも言ったように俺はずっと傍に居ることは出来ない。いつか来る別れを知りながら、それでも依存させろと言うのか?より深い絶望を与えると知りながら、この場だけを凌げと?」


聞こえる声に感情はない。
けれど、どうしてだろう。
優しさを感じさせない声なのに、兄を深く気遣っているように聞こえた。


「私も、一生お兄ちゃんと一緒にいられるわけじゃないです」
「・・・そうじゃない。俺とお前は根本的に違うんだ、音無」
「違わない。あなたは何があってもお兄ちゃんにとっては大切な家族です。どれだけ仲がいい兄弟だっていつか道は分かたれる。それぞれの人生を歩くために、背中を向けるかもしれない。けど、それがなんだって言うんですか?例え傍に居られなくても、例え姿が見えなくても、絆は一生の残ります。目に見える何かより、そっちの方が大切なんです。少なくとも、今のお兄ちゃんにはあなたが必要で、あなた以上の何かはないんです」


代わりになれるなら、とうに代わりになっている。
あの様子を見ていないからそんなことが言えるのだ。
幽鬼のような姿は、普段の落ち着いていて冷静な彼とは全く違う。
何かあれば駆けつけて助けてくれた頼りになる兄ではなく、単なる『鬼道有人』でしかない人は、こちらを頼る対象としてみていない。
あくまで守るべき、庇護する対象でしかないから、ボロボロになっても笑おうとする。
弱みを見せる相手にはなれないのだ。
彼が、『鬼道有人』が全てをさらけ出せて無防備に甘えれるとしたら、目の前のこの人以外にはきっとない。


「本当に、勝手だな」
「っ」
「お前ら兄弟は相手の都合を考えるって配慮、持ってないのか?」


冷たく突き放した口調に、唇を噛み締める。
何を言われても否定出来ない。
彼女の都合など欠片も考えておらず、兄のことしか見てないのは本当だから。
冷たいと感じることすら厚かましいのかもしれない。


「すみません。キャプテンの都合なんて、私は考えられません。私はどうしたってお兄ちゃんが大切で、そのために必要ならなんだってする気です」
「───それじゃ、俺が音無の両親を捨てろって言ったら、お前は捨てられる?お兄ちゃんが大事だからって、今までの絆を全部なかったことに出来るのか?」
「・・・・・・はい」
「即答できなかった時点でアウトだ、音無。話はそれだけなら俺は家に帰る。今日は外せない用事があるんだ。もう約束の時間をオーバーしてる」


無常な言葉に顔を上げれば、いつの間に用意したのか鞄を片手にドアに手を掛けるところだった。
取り縋ろうと動く前に、一之瀬が間に入り込み体を張って邪魔をされ、掴もうとした体はするりと外に出てしまう。


「風丸、悪いんだけど部室のかぎ閉めを頼めるか?」
「構わないが・・・円堂はどうするんだ?」
「俺は一哉と用事を済ませてから帰るよ。頼りにしてるから、お願いな。あと暗くなってきたから音無を家まで送ってやれ。女の子を一人で帰らせるのは危ないから」
「・・・判った」
「ほら一哉、行こうぜ?んな警戒心ばりばりな小型犬みたいな顔してないで一緒に帰ろ」
「でも」
「いいから。言いたいこと言ったら後悔するのはお前だろ。俺のために怒る必要はない。俺が怒ってないんだからな」
「・・・うん」


渋々と了承した一之瀬を引き寄せると、淡い苦笑を浮かべる。
年上を実感させる態度に、普段の子供っぽさはない。
優しく慈しみに満ちていてとても穏やかで、促す仕草はあくまで自然。

肩を並べてゆっくりと去っていく二人に、喉の奥にこびりついた言葉は吐き出される前に消えていく。
夕日に向かうあの姿は、昔は兄の場所だったのだろうか。
背筋を伸ばして歩く人は、子供の頃の自分と同じで兄の手を握って歩いたのだろうか。
鬼道の家は一般家庭じゃないと言いつつ、そんな普通もあったのだろうか。


「───帰ろう、音無」
「はい・・・」


涙で滲む視界の先で、仲良さげな二人は夕闇へ解けて消え去った。

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