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「Ciao. Come va?」
「Ciao. Non c'e male, Grazie. E lei?」
「Cosi cosi」


流暢に返された言語に、土門は疑問に対する答えに確信を抱く。
無視されるか誤魔化されるかすると思っていたが、どうやら相手の方が一枚上手だ。

連日の練習に加え、グランドを打つ雨の所為で部活は休みだと昼の内に連絡はまわしたくせに、自分は腰に一之瀬を巻きつけて部室の窓から外を見ていた円堂は、笑みに似た表情を浮かべ視線を寄越した。
一つ年上の年齢を考慮しても随分と大人っぽい仕草に胸が騒ぐ。
普段の底抜けに明るく騒々しい面は作り物じゃないかと穿った考えを持ちそうになるほど、静謐な雰囲気は彼女に似合っていた。


「どうしたんだ、土門?イタリア留学でも検討中?」
「いーや、俺にはイタリア語は難しいや。それに俺も一之瀬も留学するならブラジルって決めてるし」
「そうなの?なら、どうして態々イタリア語?何か俺に聞きたいことでもあったか?」
「ちょっとした好奇心だ。帝国の試合からずっと引っかかってた。円堂って女の子だよな?」
「そうだなぁ。一応生物学上の範囲で確認するなら、女だな」
「じゃあ、どうして男のふりしてるんだ?鬼道さんと試合をするためだけなら、もういいんじゃないか?フットボールフロンティアに女子に参加枠はなかったと思うけど」
「まぁな。でも、俺の場合は理事長公認で男子の制服着てるだけだし。言っておくけど自己紹介のときに男だって言った記憶もなければ、詐称したこともないぜ?周りが勝手に勘違いしてったの」
「よく言うぜ。自分から秘密を明かす気なんて、帝国との試合がなけりゃなかったろ?そもそも何で理事長も黙認してるんだ?」
「黙認には条件がいくつかあったんだけど、一番大きいのは影山の存在かな?俺、実はフットボールフロンティアの出場枠も女で登録してあるから」
「ええ!?そんなの許されるのか?」
「許されちゃったんだなぁ、それが。影山は俺にこの上なく執着してるからな。あいつの役職、覚えてない?」
「影山の役職・・・?あ」


指摘されて漸く思い出したそれは、中学サッカー協会副会長。そして自校の理事長は会長。
つまり、二人の相反する想いにより円堂守は女でありながら出場枠を勝ち取っていた、ということなのだろう。
随分とスケールの大きい話に頭を掻きながら眉を下げる。
否、彼女の正確な実力を持ってすれば、それでも小さな部類になるのだろうか。
女子であっても、二年前にサッカーは出来ないと宣告されたとしても、彼女の実力は疑いようがない。
生まれ持つ肉体的な才能、それに磨きをかけるメンタル的な才能、さらに人を惹き付けるカリスマ性。
今ですら凄いの一言なのだから、きっと以前はそれこそ自分とは比べるべくもないプレイヤーだったのだろう。
嘗ての一之瀬のように、いいや、嘗ての一之瀬ですら憧れた高い位置で。


「イタリアでもそうだったのか?」
「・・・何が?」
「イタリアジュニアユース代表、マモル・キドウ。同い年のライバルであり相棒のフィディオ・アルデナとコンビを組めばまさに最強。女でありながら男子のリーグで活躍する特例を許された万能の天才。不屈のポラリスと呼ばれたミッドフィルダーと白い流星と称されるフォワードは最年少でありながら著しい活躍でその年のリーグ優勝に貢献した」
「へぇ、良く調べたな。もう、二年も前になるのに」
「思い出したんだ。一之瀬が事故に合う前に、一度だけ雑誌で目を通した。アメリカをサッカー大国にと望んだあいつが見つけた小さな記事にはこう書かれていた。『日本が生んだ奇跡の天才。天性のカリスマと状況を見極める確かな目、機械のような正確な技術に心を奮わせる存在感。いずれ、世界を背負うプレイヤーの一人になるだろう』ってな。その当時はまだジュニアユース代表でもなんでもなかったけど、頭角は現れてた」
「わお!随分と俺を買いかぶってんなぁ、その記事。そんなにご大層なもんじゃなかったし。ただ、普通の人よりも活躍の場を与えられ、徹底した技術を学ぶ機会に恵まれたサッカー大好き少女だっただけだ」


へらり、と笑顔を浮かべて頭の後ろで腕を組んだ人は、感情を全く読ませてくれない。
『円堂守』という人は、知れば知るほど奥が見えない人間だ。
土門がネットやアメリカの友人経由で調べた内容によると、少しだけ彼女の経歴で疑問が沸く部分がある。
先日の帝国戦で彼女の恩師と語った影山は、『二年前に交通事故で二度とサッカーを出来ないと宣告された』と言っていた。
実際にアメリカの友人から得た情報によると、円堂は一之瀬がリハビリで通っていた病院に入院していたらしい。
一月意識を取り戻さずにいて、どこからか『鬼道守』が入院したという事実を嗅ぎ付けた一之瀬がサッカーに誘い続けたと言っていた。
だが、そこでずれが生じる。
土門が得た『鬼道守がイタリアから姿を消した時期』と、『彼女が交通事故でサッカーを出来ないと宣告された時期』には微妙なずれが生じるのだ。
帝国キャプテンの座を捨てたと鬼道は口にした。
それは元々帝国学園に入学する前に日本に帰ってきていた、と取れないだろうか。
さらに影山は『抱えている爆弾は一つじゃない』とも言っていた。
もしかして円堂が言っていた『最後のライン』とはそれに関連する何かではないのか。
深読みしようと思えば幾らでも出来る要素があるのに、組み立てるには絶妙にピースが足りない。


「お前は俺たちにまだ何か隠している」
「?どうしたんだよ、土門」
「違和感があるんだ。円堂は鬼道さんを影山から取り戻すために帰国したと、そのために努力してリハビリをしたって言ってたよな?その割りに、先日鬼道さんが来たときには反応が淡白すぎた。影山の一言で見せた怒りは作り物には見えなかった。だとしたら可笑しいのはこの間の反応だ。さらりとした口調で『赤の他人』と言い切れる相手が馬鹿にされた程度で激昂するようなタマじゃないだろ、お前は」
「ならどんな態度なら納得できたんだ?ばりばりのブラコンか?両腕を広げて会いたかったと、今更感動の再会でもしろと?」
「いや・・・そこまでは言わないけど」
「あのな、土門。お前は根本的なところで勘違いしてるけど、俺はあいつの傍に居るために日本に帰ったわけじゃないぞ」


多大に呆れを含んだ声に、瞬きを繰り返す。
帝国戦のときの話を聞けば、そうとしか考えられなかったが、まだ他にも理由があるのだろうか。


「どういう意味だ?」
「俺の目的は鬼道を影山の支配から救うこと。だがその理由は単一ではなかったって意味だ」
「単一ではない?」
「あいつは鬼道の跡継ぎだ。そのあいつが影山の支配下に置かれたままだと、鬼道の家にまで影響が出る。引いては俺たちを養子にしてくれた父に迷惑が掛かるってことだ」
「父親に?」
「そう。俺たちはサッカーの才能が影山の目に留まって鬼道の家に引き取られた。だが、ここで忘れちゃいけないのは、鬼道は一般家庭とは違うという部分。鬼道家の人間には鬼道財閥を背負う義務があり、その為の覚悟が必要だ。どの分野においてもトップでいるのを望まれる」
「だから、なんだってんだよ」
「トップに立てるのは常に一人だ。導き手が分裂すれば下につく人間も分かたれる。俺という人間があいつの傍にい続ければ、組織にいい影響を与えない。元々俺とあいつは血が繋がってない。どちらが有能か比較し、どちらにつけば将来に役立つか。俺たちの仲がいいとか悪いとかそんなの関係無しに打算を抱くのが当然で、より自分にとって都合のいい人間を頭に据えようとする。土壌がしっかりしていない組織ほど脆いものはない」
「だからあえて鬼道家の養子から外れたってのか?鬼道さんの地位を確立するために」
「それも正確じゃないな。俺には俺の夢があり、その夢のために鬼道家から抜けた。幸いにして俺の性別は女だ。財閥の跡取りは男が望ましいと訴える頭の古い狸も多かったお陰で、俺は晴れて自由の身ってわけ」
「いい人フィルターは掛けるなって?」
「そういうこと。それに俺はこうも言ったはずだ。『姉として、最後の役目を果たしたい』ってね」


ぱちり、とウィンクした姿は飄々として掴みどころがない。
自分も年齢の割には落ち着いている方だが、彼女の雰囲気は明るく見えて老獪だ。
探ろうと手を伸ばせば伸ばすほど底なし沼に嵌ってる気がする。
ここで話して聞かせた内容も、土門が納得できるように教えただけで真実は語っていないのだろう。
嘘ではないが、本音ではない。
何の証拠もなく直感だけの判断だが、外れていない自信があった。
けれど。


「これ以上踏み込んだら、お前の腹にしがみ付いてる番犬もどきに食いつかれそうだな」
「あれ?いつからこいつが起きてるって気づいてたの?」
「ついさっきだ。鬼道さんの名前を出した瞬間、腕がぴくりと動いた」
「目端が利くなぁ、土門は。俺が鬼道財閥を継いでたら、お前の手腕は是非欲しいところだな。中間管理職として」
「胃に穴が開きそうだから遠慮しとく。俺にも、アメリカをサッカー大国にしたいって夢があるしな」


狸寝入りしているのを指摘したにも関わらず、円堂から放れようとしない一之瀬に苦笑する。


「探りたかった内容は掴めたか?」
「いいや。益々謎が深まっただけだった。でも、収穫もあったぜ?」
「ふうん?何が収穫だった?」
「お前が一之瀬の憧れのプレイヤーで、とんでもない才能の持ち主だってことだ」
「───全部、過去形だ。俺はもう世界を舞台に走らないからな」
「何故?」
「単純に実力不足だからだ。さ、もう質問タイムは終わり。好奇心は猫を殺すって言うだろ」


さらりと線引きされ肩を竦める。
それでも十分と色々教えてもらった方なのだろう。
土門が他言しないと見抜いたからこそ過去を教えてくれた人の信頼は、裏切るには大きすぎる。


「円堂」
「何だ?」
「今の会話で安心した。鬼道さんを、切り捨てたわけじゃないって判ったからな。そうじゃなきゃ、将来を慮るような言葉が出るはずがない」
「さあ、どうかな?俺は鬼道家への恩義を返すためだけに動いたのかもしれないよ?」
「それはない」
「きっぱり言い切るな。根拠は?」
「勘だよ。───俺が信頼した『円堂守』って人間は、そういう奴だ」
「そりゃまた不確定要素だな」


くつくつと喉を震わせて笑う人は、高貴な猫のようだ。
良く手入れされた毛並みやコケティッシュな雰囲気は、触れてみたいと相手に望ませるくせに、魅了するだけ魅了して安易に自分に近寄らせない。
自分の価値を理解して、どうすればいいか知っているずるい人。

彼女に甘えるように自分の全てを預ける一之瀬は、見た目は猫の子でも中身は虎だ。
猛獣に等しい激しさを持ち、立派な牙と爪を持つ。
その彼を愛玩動物と同じように可愛がる円堂に、勝てそうにないな、と白旗を上げた。

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