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昼間の態度にどうしても納得が出来なくて、気がつけば足は円堂の家へと向かっていた。
部活が終わり、夕香の見舞いも済ませた後なので、外は夜の帳に包まれつつある。
一番星が夕日の向こうで光り、藍色に染まり始めた空は目に見えて色を変えていく。
辿り着いた高級マンションで、暗証番号と鍵を使って入り口を開く。
オートロックのそこは、手渡された合鍵があれば侵入者にも寛容だ。
もう幾度も通い詰めているので、慣れた仕草でエレベーターの前に足を止める。
時間帯の所為だろうか。
たまに顔を合わせる住人たちともすれ違わず、最上階にあるドアの前まで辿り着けた。
申し訳程度にチャイムを鳴らし、暫く待っても出てこないのでそのまま合鍵を使う。
始めはいいのかと躊躇っていたが、ゲームやサッカーに熱中していると誰も開けてくれないと気づいてから、合鍵を使うのに躊躇いはなくなった。
遠慮していたら弱肉強食を絵に描いたこの家ではやっていけない。
手土産に持たされた林檎の袋が当たらないよう気をつけながらドアを開け、二畳はある玄関で靴を脱いだ。
そこで見慣れない靴を見つけ首を傾げる。
いやある意味では良く見慣れたサッカー用のスパイクなのだが、何処となく見覚えがある気がするそれは、この家では初めて見るものだった。
その傍には脱ぎ散らかされた一之瀬愛用の靴と、きっちりと踵を揃えて置かれた円堂の靴。
ほとんどサイズの変わらないそれらの横に、綺麗に整えて靴を置くと、ついでに脱ぎ散らかされた一之瀬の靴も並べる。
人を感知して自然と明かりがつく廊下を歩きリビングのドアを開けて、持ち主不明の靴が誰のものだったかを思い出した。
「お、豪炎寺」
「インターフォンを鳴らしたんだが出てこなかったから勝手に上がらせてもらった」
「悪い、どうにも動けなくてさ。どうせこの時間に連絡無しで来るのは豪炎寺くらいだし、お前ならいいかなって思って。悪いな」
「いや・・・気にしなくてもいい。それより、その状況は?」
リビングにあるソファを背にした円堂は、背中に風丸、腹に一之瀬をへばり付けて身動き取れぬままテレビを見ていた。
ちなみにリビングにあるテレビは家の中でも一番大きいもので、テレビ台にはDVDプレーヤーとテレビゲームの類が仕舞われていた。
観葉植物が数個と、ソファ、床には寝転べるように絨毯とクッションが置かれるシンプルな部屋は、余計なものがないだけに広々としていた。
ベッドにもなるソファはごろごろしながらDVD鑑賞をするのに役立ち、怠惰な魅力は一度したらやめられない。
真夜中に生放送で海外のサッカーを見るときは、床に布団を敷いてソファに並んで盛り上がるのだが、今はそこまで楽しそうには見えなかった。
腹にしがみついて寝転ぶ一之瀬と、背中から覆いかぶさるようにしている風丸は、火花を散らして睨み合っている。
どんな状況か理解できないが、少なくとも彼女が望んでこうなっているわけじゃなさそうだった。
「いや、一哉捜索隊は割りとすぐに河川敷でいじけているこいつを見つけたから解散しようとしたんだけどさ。家に帰るって駄々を捏ねる一哉と一緒に暮らしてるのが風丸にばれて、俺も行くって引かなくてな。仕舞いには喧嘩始めたから無理やり引き摺ってきたらこの状況だ。どっちかを剥がそうとすればどっちかが挑発行動に出て、俺トイレにすら行けない状態」
「夕飯は?」
「食べてない。こいつらが無駄にへばり付くから、身動き取れないし」
「守が迷惑してるから、風丸放れろ」
「まも姉はお前に迷惑してるんだ。一之瀬が放れろ」
「な?超うざいだろ?仕方ないから放置してテレビ見てた。この間一哉が見たいって借りてきた『絶対に笑っちゃいけない』って縛りのあるお笑いのDVDなんだけど、これがまた秀逸でさ。罰を受ける面々を見て俺、爆笑!」
「・・・・・・とりあえずその状態でもお前がそれほど困ってないのは判った。だが夕飯はきちんと摂った方がいい。何か簡単なものでも作ろうか?」
「サンキュー!さすが豪炎寺。いい男は言うことが違うね。ぐずぐずとくっついて喧嘩し続けるお子様と比べるべくもないな。やっぱ、料理できる男はいいねぇ」
「俺も料理くらい出来るよ、守!」
「俺だって、簡単な料理くらい出来る」
「・・・守の食事は俺が作るから、ここで待ってろよ風丸君」
「まも姉の食事は俺が作るから、お前こそここで待ってろ一之瀬君」
「あー、至極面倒な奴らだな。んじゃ、一哉は大盛りナポリタン。ちろたは炊飯器のご飯全部使ってシンプルオムライス。一哉、正々堂々と勝負する気なら、ちゃんとちろたに台所の使い方は教えるように。はい、よーいどん!」
ぱん、と叩き鳴らされた音に反射的に立ち上がった二人は、押し合いながら台所へ消えていく。
カウンター越しにサッカーのチャージの勢いで肩をぶつけ合う二人は、それぞれ冷蔵庫の中身を取り出し豪い勢いで料理を始めた。
怪我をしないかとはらはらしてると、怪我したらその時点で失格な、と煽るように円堂が茶々を入れ、二人の勢いが増す。
唖然とその様子を見守っていると、肩が凝ったのか腕をぐるぐると回してストレッチを開始した円堂は、豪炎寺に笑いかけた。
「助かったよ、豪炎寺。引き剥がす切欠を探してたけど、これが中々難しくてさ。食料も確保できるし、一石二鳥だな。俺たちはDVDでも見てのんびりと待ってようぜ。それとも、お前は晩御飯食べた?」
「いや、まだだ。そうだ。これ、フクさんが持って行くようにって」
「林檎?うわ、超嬉しい!俺、フルーツ大好き!」
「じゃあ、デザートにでもするか?後で剥いてやる」
「マジで?じゃあ、皆で食べようか」
にこにことした円堂はいつもど何も変わらない。
部活が始まる前の騒動も忘れたように、否、何の意味もないとばかりに笑う姿に、豪炎寺は違和感を覚える。
円堂は鬼道を、自分にとっての夕香と同じだと言っていた。
その言葉の重みは誰より豪炎寺が理解している。
だからこそ、部活前の行動を不思議に思った。
サッカー部の面々は納得したようだったが、もう少し内側に入れてもらっている自覚があるだけに気がつく。
もし自分なら、夕香があんなに真っ青な顔で、尋常じゃない様子で自分を探していたなら、もっと動揺するはずだ。
けれど円堂に動揺は見れなかった。突然の行動に驚いてもおかしくないのに、『全くの普段どおり』だった。
まるで、鬼道が現れるのを予想していたようだ。
何もかも判ってて、予定調和だから驚愕しないように見えた。
テレビではなく、ソファに凭れて座る円堂の顔をじっと見ていると、ふうと嘆息された。
ぽんぽんと自分の横を叩くと無言で促される。
誘われるままに腰を下ろすと、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
最近気がついたのだが、この家にいる円堂はプライベートモードに切り替わるらしい。
部活や学校にいるときより、スキンシップ過多になり年下扱いされる。
振り払うほどではないが、乱れる髪にじっとりと眉を寄せると笑われた。
「で?豪炎寺君は、俺に何を聞きたいのかな?」
「・・・鬼道はあの後倒れた」
「そうだろうな。ありゃ二、三日は寝てないぞ。顔の扱け方とか目のしたの隈とか、制服の下の体の痩せ方。どうせ俺と鬼道家の養子の解消に泡食って俺の居場所を探してたんだろ」
「そこまで判ってるのなら、どうしてもっときちんと話を聞かないんだ?あいつはお前と話をしに来たんだぞ?」
「あのな、豪炎寺。俺と鬼道は、夕香ちゃんとお前と違う。鬼道家の人間ってのは常に何事でもトップであらねばならない。勉強、運動、他にも礼儀作法や芸術、帝王学に護身術。あいつは鬼道家の跡取りだ。いつまでも『姉』に依存して生きていくわけにはいかねえんだよ」
「だが、それでもまだ大人になるまで時間があるだろう?兄弟でいる時間はあるはずだ」
豪炎寺としては当たり前の疑問だった。
兄弟とはいえいつかはそれぞれの道を歩く日は来る。
一番傍に居た互いの場所を見知らぬ誰かに譲り、別の人間と家族を作る。
けれどそれはまだ先の話だ。
中学生の自分たちはまだまだ子供と呼ばれる年齢で、結婚や恋人とよりも兄弟や家族を優先する方が自然に感じた。
一瞬だけ痛みを堪えるように目を細めた円堂に、首を傾げる。
だがその表情は瞬き一つの間には消えていて、気のせいだったのかと真っ直ぐに瞳を覗き込んだ。
「そうだなぁ、例えて言うなら宇宙人の襲来だ」
「はぁ?」
「ある日宇宙人が来て、お前に言うんだ。『お前を近い将来人間が住めない場所に連れて行く。いつ連れて行くかは明確に決めてないが、家族にも二度と合わせない。拒否しようとしても無駄だ。我々には人類の及ばぬ力があり、国家戦力を持ってして抵抗しても無駄だ』ってな」
「宇宙人がか?どうして俺に?」
「お前が選ばれたのに意味はないさ。けれど他の誰でもなくお前を絶対に連れて行くって決めてる。人類の中から結構な確率で選ばれたお前に拒否権はない。そして宇宙人に浚われる事実は誰に告げてもいいけれど、未来は絶対に変えられない。そうしたらさ、お前はどうする?」
何もかもが唐突な質問だ。
先ほどの鬼道の話からどうして宇宙人の襲来になったのかわからない。
戸惑う豪炎寺に、いつもより少し意地の悪い顔をした円堂は、ぴんと立てた指先を振り問いかける。
「どうするって、何を?」
「一番大事な相手に、夕香ちゃんに何て言う?馬鹿正直に『お兄ちゃんはいつかは判らないが、近い将来宇宙人に浚われて二度と会えないから地球で元気に暮らしてろよ』って言うか?」
「いや・・・言わないな」
「じゃあ、どうする?」
例え話だと言ったくせに、嘘や冗談を許さないとじっと覗き込んできた円堂に言葉を詰まらせると、大盛りの皿を持った二人がリビングへ戻ってきた。
さりげなく豪炎寺と円堂の間に身を割り込ませると、一之瀬がどんとナポリタンの乗った皿を机に置く。
同じように空寒くなる視線で睨み付けてきた風丸も、大皿一杯のオムライスを机に置き円堂の隣に腰掛けた。
「俺は連れてく。守が嫌だって言っても、絶対に手を放さないで連れてくから。泣いても喚いても絶対に放したりしないよ。一人で浚われるくらいなら、一蓮托生で巻き込んでやる」
「俺は連れてかない。けれど、地球にいる間はずっとまも姉の傍にいる。でろでろに甘やかして俺なしじゃ居られないようにして、そんで俺が消えてもずっと俺のことを覚えててもらう」
「黙れお子様コンビ。まず俺の話じゃないし。お前らじゃなくて豪炎寺に聞いてるんだ。てかお前ら的なハッピーエンドは若干ヤンデレ入ってて怖いぞ。───そんで、お前ならどうする?一哉みたいに強制的に一緒に宇宙人生活?それとも、風丸みたいに自分無しじゃいられないようにして、そのまま置いていく?」
「俺は───俺なら、そうだな。夕香の前から姿を消す。宇宙人云々は何も教えないし、俺が居なくともおかしくない状況を整えて、それで、俺が居なくても大丈夫な環境を出来るだけ整えて、手を放す」
「二度と会えないのに何も言わないで消えるのか?」
「それが夕香のためだ。知ったら傷つくのなら、何も知らずに笑っていて欲しい。俺が居なくても、夕香には父さんが居る。フクさんや、学校には友達だって居る。だから、何も言わないのが一番いい。記憶ごと消せるならそれが一番いいけど、それは無理だろうからな。いつか大人になってふと思い出したとき、薄情な兄貴が居たなって笑ってくれれば、それがいい」
間に割り込んだ一之瀬の頭をむぎゅっと無遠慮に押しのけた円堂は、豪炎寺の答えに満足げに頷いた。
それにめげずに正面から抱きつく一之瀬に、こっそりと感心する。
円堂の背中から風丸が絶対零度の怒りを放出しているのに彼は全く動じてない。
そして前後からしがみ付かれながらも、こちらも全く動揺してない円堂は二人の内どちらが用意したか知れない小皿とフォークに豪炎寺に差出す。
小皿にナポリタンを取り分けて風丸に、オムライスを取り分けて一之瀬に渡すと、こちらにも料理を取るように促しながら自分はナポリタンとオムライスを半分ずつ皿に載せた。
いつもサッカーの放映があるときは横一列に並んでご飯を食べるが、流石に四人は大きい机でも狭い。
僅かに体がはみ出したが、料理を取るのに支障もないし、いがみ合う二人の間に入る気力もないので押し出されるままに隅に寄る。
いただきます、と手を合わせ食事を開始してから暫くして、ぽつりと円堂が口を開いた。
「豪炎寺なら、そう言うと思ったよ。お前は俺と似てるからな」
「・・・円堂?」
「まあ、つまりそう言うわけだ。俺も弟離れしなきゃ駄目だし、あいつも姉離れする時期だ。俺たちを繋げる糸は、細くて視認するのもやっとなくらいのものだけど、それでもサッカーがあれば繋がってられる。あいつは、もう勝つためだけにサッカーはしない。ちゃんと笑えるようになったし、自分で考えて動ける。それに何よりあいつはもう一人じゃない。支えてくれる仲間がいる。掛け替えのない妹が、暖かい家族が居る。狭い世界の殻を破るには丁度いいだろ」
「手放したのは、鬼道のためか?」
「俺のためだよ。俺ってエゴの塊だから、全部最終的には自分のため。我侭なんだ、基本的に。何ていっても長年お嬢様生活してたからなぁ」
からからと笑う円堂は、信じられないことにナポリタンとオムライスを一口で食べた。
麺類をおかずにご飯を食べる人がいるのは聞いたことあるが、同時に食した相手を見るのは初めてだ。
もぐもぐと租借してそれぞれに感想を言う彼女は味覚は秀でてるのだろうが、何か色々ずれている。
もしかして美味しいのかと真似てみたが、豪炎寺には個々で食べる方が合っているようだった。
眉間に皺を刻んでナポリタンをフォークでまきつつ口に入れる。
どこか懐かしい味のそれは、何となく一之瀬らしい味がした。
繊細でありながら豪快な彼の料理は何でも目分量だ。
オムライスを口にすればケチャップとしっかりと焼かれた卵が美味しく、家庭的な味は風丸らしくて笑ってしまう。
同じ品目を作っても自分ではこういう味は出せないので、妹が目を覚ましたとき用に二人にレシピを教えてもらおうとこっそりと決めた。
それからはDVDに視線が移り、先ほどまでの険悪な様子を忘れたように四人で笑いながら食卓を囲う。
一人人数が増えても賑やかなのは変わらなくて、珍しくサッカー番組以外でテレビをつけたまま食事をしてるのに違和感はなかった。
「ところで」
「ん?」
「宇宙人は、いつ襲来するんだ?」
「ぶはははははっ!それ、天然?天然か、豪炎寺!!」
「・・・・・・」
DVDが終了してから疑問に思っていたことを問うと、やはり爆笑されむっと眉を寄せる。
結局何もかも知らされずに誤魔化されたと気がつくのは、それから遥かに時間が経ってからだった。
部活が終わり、夕香の見舞いも済ませた後なので、外は夜の帳に包まれつつある。
一番星が夕日の向こうで光り、藍色に染まり始めた空は目に見えて色を変えていく。
辿り着いた高級マンションで、暗証番号と鍵を使って入り口を開く。
オートロックのそこは、手渡された合鍵があれば侵入者にも寛容だ。
もう幾度も通い詰めているので、慣れた仕草でエレベーターの前に足を止める。
時間帯の所為だろうか。
たまに顔を合わせる住人たちともすれ違わず、最上階にあるドアの前まで辿り着けた。
申し訳程度にチャイムを鳴らし、暫く待っても出てこないのでそのまま合鍵を使う。
始めはいいのかと躊躇っていたが、ゲームやサッカーに熱中していると誰も開けてくれないと気づいてから、合鍵を使うのに躊躇いはなくなった。
遠慮していたら弱肉強食を絵に描いたこの家ではやっていけない。
手土産に持たされた林檎の袋が当たらないよう気をつけながらドアを開け、二畳はある玄関で靴を脱いだ。
そこで見慣れない靴を見つけ首を傾げる。
いやある意味では良く見慣れたサッカー用のスパイクなのだが、何処となく見覚えがある気がするそれは、この家では初めて見るものだった。
その傍には脱ぎ散らかされた一之瀬愛用の靴と、きっちりと踵を揃えて置かれた円堂の靴。
ほとんどサイズの変わらないそれらの横に、綺麗に整えて靴を置くと、ついでに脱ぎ散らかされた一之瀬の靴も並べる。
人を感知して自然と明かりがつく廊下を歩きリビングのドアを開けて、持ち主不明の靴が誰のものだったかを思い出した。
「お、豪炎寺」
「インターフォンを鳴らしたんだが出てこなかったから勝手に上がらせてもらった」
「悪い、どうにも動けなくてさ。どうせこの時間に連絡無しで来るのは豪炎寺くらいだし、お前ならいいかなって思って。悪いな」
「いや・・・気にしなくてもいい。それより、その状況は?」
リビングにあるソファを背にした円堂は、背中に風丸、腹に一之瀬をへばり付けて身動き取れぬままテレビを見ていた。
ちなみにリビングにあるテレビは家の中でも一番大きいもので、テレビ台にはDVDプレーヤーとテレビゲームの類が仕舞われていた。
観葉植物が数個と、ソファ、床には寝転べるように絨毯とクッションが置かれるシンプルな部屋は、余計なものがないだけに広々としていた。
ベッドにもなるソファはごろごろしながらDVD鑑賞をするのに役立ち、怠惰な魅力は一度したらやめられない。
真夜中に生放送で海外のサッカーを見るときは、床に布団を敷いてソファに並んで盛り上がるのだが、今はそこまで楽しそうには見えなかった。
腹にしがみついて寝転ぶ一之瀬と、背中から覆いかぶさるようにしている風丸は、火花を散らして睨み合っている。
どんな状況か理解できないが、少なくとも彼女が望んでこうなっているわけじゃなさそうだった。
「いや、一哉捜索隊は割りとすぐに河川敷でいじけているこいつを見つけたから解散しようとしたんだけどさ。家に帰るって駄々を捏ねる一哉と一緒に暮らしてるのが風丸にばれて、俺も行くって引かなくてな。仕舞いには喧嘩始めたから無理やり引き摺ってきたらこの状況だ。どっちかを剥がそうとすればどっちかが挑発行動に出て、俺トイレにすら行けない状態」
「夕飯は?」
「食べてない。こいつらが無駄にへばり付くから、身動き取れないし」
「守が迷惑してるから、風丸放れろ」
「まも姉はお前に迷惑してるんだ。一之瀬が放れろ」
「な?超うざいだろ?仕方ないから放置してテレビ見てた。この間一哉が見たいって借りてきた『絶対に笑っちゃいけない』って縛りのあるお笑いのDVDなんだけど、これがまた秀逸でさ。罰を受ける面々を見て俺、爆笑!」
「・・・・・・とりあえずその状態でもお前がそれほど困ってないのは判った。だが夕飯はきちんと摂った方がいい。何か簡単なものでも作ろうか?」
「サンキュー!さすが豪炎寺。いい男は言うことが違うね。ぐずぐずとくっついて喧嘩し続けるお子様と比べるべくもないな。やっぱ、料理できる男はいいねぇ」
「俺も料理くらい出来るよ、守!」
「俺だって、簡単な料理くらい出来る」
「・・・守の食事は俺が作るから、ここで待ってろよ風丸君」
「まも姉の食事は俺が作るから、お前こそここで待ってろ一之瀬君」
「あー、至極面倒な奴らだな。んじゃ、一哉は大盛りナポリタン。ちろたは炊飯器のご飯全部使ってシンプルオムライス。一哉、正々堂々と勝負する気なら、ちゃんとちろたに台所の使い方は教えるように。はい、よーいどん!」
ぱん、と叩き鳴らされた音に反射的に立ち上がった二人は、押し合いながら台所へ消えていく。
カウンター越しにサッカーのチャージの勢いで肩をぶつけ合う二人は、それぞれ冷蔵庫の中身を取り出し豪い勢いで料理を始めた。
怪我をしないかとはらはらしてると、怪我したらその時点で失格な、と煽るように円堂が茶々を入れ、二人の勢いが増す。
唖然とその様子を見守っていると、肩が凝ったのか腕をぐるぐると回してストレッチを開始した円堂は、豪炎寺に笑いかけた。
「助かったよ、豪炎寺。引き剥がす切欠を探してたけど、これが中々難しくてさ。食料も確保できるし、一石二鳥だな。俺たちはDVDでも見てのんびりと待ってようぜ。それとも、お前は晩御飯食べた?」
「いや、まだだ。そうだ。これ、フクさんが持って行くようにって」
「林檎?うわ、超嬉しい!俺、フルーツ大好き!」
「じゃあ、デザートにでもするか?後で剥いてやる」
「マジで?じゃあ、皆で食べようか」
にこにことした円堂はいつもど何も変わらない。
部活が始まる前の騒動も忘れたように、否、何の意味もないとばかりに笑う姿に、豪炎寺は違和感を覚える。
円堂は鬼道を、自分にとっての夕香と同じだと言っていた。
その言葉の重みは誰より豪炎寺が理解している。
だからこそ、部活前の行動を不思議に思った。
サッカー部の面々は納得したようだったが、もう少し内側に入れてもらっている自覚があるだけに気がつく。
もし自分なら、夕香があんなに真っ青な顔で、尋常じゃない様子で自分を探していたなら、もっと動揺するはずだ。
けれど円堂に動揺は見れなかった。突然の行動に驚いてもおかしくないのに、『全くの普段どおり』だった。
まるで、鬼道が現れるのを予想していたようだ。
何もかも判ってて、予定調和だから驚愕しないように見えた。
テレビではなく、ソファに凭れて座る円堂の顔をじっと見ていると、ふうと嘆息された。
ぽんぽんと自分の横を叩くと無言で促される。
誘われるままに腰を下ろすと、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
最近気がついたのだが、この家にいる円堂はプライベートモードに切り替わるらしい。
部活や学校にいるときより、スキンシップ過多になり年下扱いされる。
振り払うほどではないが、乱れる髪にじっとりと眉を寄せると笑われた。
「で?豪炎寺君は、俺に何を聞きたいのかな?」
「・・・鬼道はあの後倒れた」
「そうだろうな。ありゃ二、三日は寝てないぞ。顔の扱け方とか目のしたの隈とか、制服の下の体の痩せ方。どうせ俺と鬼道家の養子の解消に泡食って俺の居場所を探してたんだろ」
「そこまで判ってるのなら、どうしてもっときちんと話を聞かないんだ?あいつはお前と話をしに来たんだぞ?」
「あのな、豪炎寺。俺と鬼道は、夕香ちゃんとお前と違う。鬼道家の人間ってのは常に何事でもトップであらねばならない。勉強、運動、他にも礼儀作法や芸術、帝王学に護身術。あいつは鬼道家の跡取りだ。いつまでも『姉』に依存して生きていくわけにはいかねえんだよ」
「だが、それでもまだ大人になるまで時間があるだろう?兄弟でいる時間はあるはずだ」
豪炎寺としては当たり前の疑問だった。
兄弟とはいえいつかはそれぞれの道を歩く日は来る。
一番傍に居た互いの場所を見知らぬ誰かに譲り、別の人間と家族を作る。
けれどそれはまだ先の話だ。
中学生の自分たちはまだまだ子供と呼ばれる年齢で、結婚や恋人とよりも兄弟や家族を優先する方が自然に感じた。
一瞬だけ痛みを堪えるように目を細めた円堂に、首を傾げる。
だがその表情は瞬き一つの間には消えていて、気のせいだったのかと真っ直ぐに瞳を覗き込んだ。
「そうだなぁ、例えて言うなら宇宙人の襲来だ」
「はぁ?」
「ある日宇宙人が来て、お前に言うんだ。『お前を近い将来人間が住めない場所に連れて行く。いつ連れて行くかは明確に決めてないが、家族にも二度と合わせない。拒否しようとしても無駄だ。我々には人類の及ばぬ力があり、国家戦力を持ってして抵抗しても無駄だ』ってな」
「宇宙人がか?どうして俺に?」
「お前が選ばれたのに意味はないさ。けれど他の誰でもなくお前を絶対に連れて行くって決めてる。人類の中から結構な確率で選ばれたお前に拒否権はない。そして宇宙人に浚われる事実は誰に告げてもいいけれど、未来は絶対に変えられない。そうしたらさ、お前はどうする?」
何もかもが唐突な質問だ。
先ほどの鬼道の話からどうして宇宙人の襲来になったのかわからない。
戸惑う豪炎寺に、いつもより少し意地の悪い顔をした円堂は、ぴんと立てた指先を振り問いかける。
「どうするって、何を?」
「一番大事な相手に、夕香ちゃんに何て言う?馬鹿正直に『お兄ちゃんはいつかは判らないが、近い将来宇宙人に浚われて二度と会えないから地球で元気に暮らしてろよ』って言うか?」
「いや・・・言わないな」
「じゃあ、どうする?」
例え話だと言ったくせに、嘘や冗談を許さないとじっと覗き込んできた円堂に言葉を詰まらせると、大盛りの皿を持った二人がリビングへ戻ってきた。
さりげなく豪炎寺と円堂の間に身を割り込ませると、一之瀬がどんとナポリタンの乗った皿を机に置く。
同じように空寒くなる視線で睨み付けてきた風丸も、大皿一杯のオムライスを机に置き円堂の隣に腰掛けた。
「俺は連れてく。守が嫌だって言っても、絶対に手を放さないで連れてくから。泣いても喚いても絶対に放したりしないよ。一人で浚われるくらいなら、一蓮托生で巻き込んでやる」
「俺は連れてかない。けれど、地球にいる間はずっとまも姉の傍にいる。でろでろに甘やかして俺なしじゃ居られないようにして、そんで俺が消えてもずっと俺のことを覚えててもらう」
「黙れお子様コンビ。まず俺の話じゃないし。お前らじゃなくて豪炎寺に聞いてるんだ。てかお前ら的なハッピーエンドは若干ヤンデレ入ってて怖いぞ。───そんで、お前ならどうする?一哉みたいに強制的に一緒に宇宙人生活?それとも、風丸みたいに自分無しじゃいられないようにして、そのまま置いていく?」
「俺は───俺なら、そうだな。夕香の前から姿を消す。宇宙人云々は何も教えないし、俺が居なくともおかしくない状況を整えて、それで、俺が居なくても大丈夫な環境を出来るだけ整えて、手を放す」
「二度と会えないのに何も言わないで消えるのか?」
「それが夕香のためだ。知ったら傷つくのなら、何も知らずに笑っていて欲しい。俺が居なくても、夕香には父さんが居る。フクさんや、学校には友達だって居る。だから、何も言わないのが一番いい。記憶ごと消せるならそれが一番いいけど、それは無理だろうからな。いつか大人になってふと思い出したとき、薄情な兄貴が居たなって笑ってくれれば、それがいい」
間に割り込んだ一之瀬の頭をむぎゅっと無遠慮に押しのけた円堂は、豪炎寺の答えに満足げに頷いた。
それにめげずに正面から抱きつく一之瀬に、こっそりと感心する。
円堂の背中から風丸が絶対零度の怒りを放出しているのに彼は全く動じてない。
そして前後からしがみ付かれながらも、こちらも全く動揺してない円堂は二人の内どちらが用意したか知れない小皿とフォークに豪炎寺に差出す。
小皿にナポリタンを取り分けて風丸に、オムライスを取り分けて一之瀬に渡すと、こちらにも料理を取るように促しながら自分はナポリタンとオムライスを半分ずつ皿に載せた。
いつもサッカーの放映があるときは横一列に並んでご飯を食べるが、流石に四人は大きい机でも狭い。
僅かに体がはみ出したが、料理を取るのに支障もないし、いがみ合う二人の間に入る気力もないので押し出されるままに隅に寄る。
いただきます、と手を合わせ食事を開始してから暫くして、ぽつりと円堂が口を開いた。
「豪炎寺なら、そう言うと思ったよ。お前は俺と似てるからな」
「・・・円堂?」
「まあ、つまりそう言うわけだ。俺も弟離れしなきゃ駄目だし、あいつも姉離れする時期だ。俺たちを繋げる糸は、細くて視認するのもやっとなくらいのものだけど、それでもサッカーがあれば繋がってられる。あいつは、もう勝つためだけにサッカーはしない。ちゃんと笑えるようになったし、自分で考えて動ける。それに何よりあいつはもう一人じゃない。支えてくれる仲間がいる。掛け替えのない妹が、暖かい家族が居る。狭い世界の殻を破るには丁度いいだろ」
「手放したのは、鬼道のためか?」
「俺のためだよ。俺ってエゴの塊だから、全部最終的には自分のため。我侭なんだ、基本的に。何ていっても長年お嬢様生活してたからなぁ」
からからと笑う円堂は、信じられないことにナポリタンとオムライスを一口で食べた。
麺類をおかずにご飯を食べる人がいるのは聞いたことあるが、同時に食した相手を見るのは初めてだ。
もぐもぐと租借してそれぞれに感想を言う彼女は味覚は秀でてるのだろうが、何か色々ずれている。
もしかして美味しいのかと真似てみたが、豪炎寺には個々で食べる方が合っているようだった。
眉間に皺を刻んでナポリタンをフォークでまきつつ口に入れる。
どこか懐かしい味のそれは、何となく一之瀬らしい味がした。
繊細でありながら豪快な彼の料理は何でも目分量だ。
オムライスを口にすればケチャップとしっかりと焼かれた卵が美味しく、家庭的な味は風丸らしくて笑ってしまう。
同じ品目を作っても自分ではこういう味は出せないので、妹が目を覚ましたとき用に二人にレシピを教えてもらおうとこっそりと決めた。
それからはDVDに視線が移り、先ほどまでの険悪な様子を忘れたように四人で笑いながら食卓を囲う。
一人人数が増えても賑やかなのは変わらなくて、珍しくサッカー番組以外でテレビをつけたまま食事をしてるのに違和感はなかった。
「ところで」
「ん?」
「宇宙人は、いつ襲来するんだ?」
「ぶはははははっ!それ、天然?天然か、豪炎寺!!」
「・・・・・・」
DVDが終了してから疑問に思っていたことを問うと、やはり爆笑されむっと眉を寄せる。
結局何もかも知らされずに誤魔化されたと気がつくのは、それから遥かに時間が経ってからだった。
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