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上がる呼吸を整える暇もなく走り続けた。
父に真相を知らされてから三日。
どうしても会いたくて居場所を探した人の手掛かりは、鬼道の息子としての権力を施行しても得れなかった。
学校を休んで心当たりのある場所は全て巡った。
まだ日本に居ることだけは保障してくれた父が黙認してくれるのを知りつつ学校をサボり、車や飛行機で彼女が居そうな場所を尋ねて回った。
寝食も満足に取らず、出来る限りのことをした。
三日間で四キロ痩せたがそんなのを気にする余裕もなかった。
探して探して探して探して、自分だけの力で探せないと理解した瞬間に、一番最初に足を運んだ場所に向かった。
雷門中の校門前に立つと、丁度授業が終わり下校しつつある生徒の間を駆け抜ける。
何事かと振り返る彼らの視線など気にならない。
張っていた意地は欠片も残っておらず、縋れるなら誰相手でも良かった。
上下する肩も、流れる汗もそのままに、ノック一つせず目の前のドアをこじ開ける。
勢い余って激しく音を立てたそれに唖然とする部員と、マネージャーの三人がこちらに視線を向けた。
ぐるりと視線でひと撫でして目的の人物が居ないと判るなり、床に膝を付いて瞼を閉じる。
やはり、ここにも居ない。
「・・・お兄ちゃん?どうしたの?」
「姉さんは・・・円堂守は、何処にいる?」
「円堂?あいつならこの三日学校に来てねぇぞ」
「家の都合だって言ってたから、お前も知ってるんじゃないのか?」
「何で鬼道が・・・ああ、そっか。そういや鬼道は円堂の『弟』なんだっけ?」
「馬鹿!音無の前でそれを言うなって言われてるだろ」
「あ、そうだった!今の無しな」
ざわりと騒ぎ出した部室で複雑そうな表情をする妹に目を細め、落胆のあまり床に手を付く。
彼らは何も知らされてない。
暢気な会話はこれが日常だと告げていて、得られぬ情報は胸を締め付けた。
まさかこのまま居なくなってしまうつもりなのだろうか。
仲間として戦った彼らに何も告げずに。
「そういや、一之瀬も三日前から休んでるよな?」
「あー・・・俺、メール貰ったけど、風邪引いたらしいぜ?」
「一之瀬君が風邪引くなんて珍しいからお見舞いに行くって言ったんだけど断られたのよね」
「うんうん。勝手に突撃しようかと思ったけど、良く考えたらあいつが日本で何処に住んでるか知らなかったんだよな、秋」
「私はてっきり土門君が知ってると思ってたんだけど」
「俺も秋なら知ってると思ってた。おじさんとおばさんはアメリカにまだ居るみたいだし、携帯は電源切られてて電話も繋がらないし、あいつ生きてんのかね?」
「縁起でもないこと言わないの!円堂君も一之瀬君も二人ともムードメーカーだから、いないと寂しいし早く部活に出てきてくれればいいんだけど」
緩く首を振った木野に、土門も苦笑した。
仲睦まじい様子から彼らが親しい間柄にあると察せれたが、そんな事実は今はどうでもいい。
心配そうに水を差し出してくれた妹の手を拒絶して、呼吸を整えた。
可能性は限りなく低い。
それでももう他に頼れる相手が居ない。
「・・・頼む、誰でもいい。姉さんの家を知っているやつが居たら、教えてくれ」
「!?ちょっと、お兄ちゃん!?」
「どうしたんだ、鬼道!?おい、止めろ」
「知らなくても、些細な情報でもいいんだ。───頼む」
床に額を押し付けるようにして頭を下げる。
土下座など生まれて初めてだが、形振り構う余裕はなかった。
何もしないまま失うのは、何も知らされないままに終わるのは、もう御免だった。
高いプライドを曲げてでも望むのは、ただ彼女の存在。
まさか帝国の鬼道がこんな真似をすると思ってもいなかった雷門の面々は必死に押し留めようとするが、体に触れる手を解いてまた頭を下げる。
「どうして、円堂の家を知りたがるんだ?」
「豪炎寺」
「円堂はこの間の試合後、お前と音無を残して帰った。だが、お前らは兄弟なんだよな?鬼道の家に帰れば会えるんじゃないのか?」
「姉さんはもう、鬼道の家に居場所はない」
「どういう意味だ。円堂はお前の姉だろう?どうして、居場所がないなんて」
「あの人は、自己紹介したとき何て言っていた?」
「そりゃ普通に、円堂守って言ってたけどよ。それがどうした?」
「それが全てだ。あの人は、鬼道家との養子縁組を解消している。そして、新たな養子候補として春奈を指名していたんだ」
「私を?」
「そうだ。自分が養子から抜けるからとお前を引き取るように告げ、また居なくなる気だ。今ここで逃がしたら、俺はもう二度とあの人に会えない。あの人は」
息を詰めた雷門サッカー部の様子に、絶望が脳裏を過ぎる。
項垂れて視線を下げれば、襟元を強引に掴まれ顔を上げさせられたと同時に左頬に衝撃が走った。
がつんとした痛みに抵抗すらしないでいると、赤褐色の瞳がこちらを射抜いている。
確か彼は、雷門サッカー部の前キャプテンの風丸。
特徴的な青緑の髪を一本で結い上げた端正な顔立ちを歪め、ぎらぎらとした目で射殺しそうな勢いでこちらを睨んでいた。
「ふざけるな!」
「止めろ、風丸!」
「まも姉が幸せに暮らしてると思っていたから、鬼道家で愛されてると信じたから、俺は何年も我慢していたんだ!あの人の話題がお前一色になっても、嬉しそうな顔をしてたから、だからあの人が『鬼道守』で居るのを許容していたのに・・・っ、それを、お前らは!」
「風丸、落ち着け!鬼道は何も知らなかったのは判るだろう!?」
「そんなの関係ない!あの人は、他に身寄りがないんだぞ!両親を事故で亡くし、祖父も、親戚も誰一人いなくて、身内と呼べる相手はもう誰も残っていないんだぞ!知らなかったのが言い訳になると思ってるのか!?何でお前ばっかり幸せになるんだ!何でまも姉から何もかも奪う!?お前にも音無にも家族は居るのに、どうしてまも姉から取り上げるんだ!」
「止めるんだ、風丸!円堂が一度でも二人を責めたか!?自分から奪ったと、音無や鬼道に一言でも言ったか?違うだろう?あいつはそんなこと一度でもしなかったはずだ。全てを選ぶのは円堂だ。円堂のためと鬼道を殴るのなら止めろ。そんなこと、あいつは望んでいない」
「うるさい、豪炎寺!!放せ、染岡ぁ!」
自分を押さえつける豪炎寺と染岡を振り切り再び鬼道へと手を伸ばしてきた風丸に、ぐっと奥歯を噛み締める。
抵抗など考え付かなかった。
殴られたかった。責められたかった。誰が相手でもいいから、糾弾して欲しかった。
姉の想いの上で胡坐を掻いていた自分を知り、それでも誰一人として鬼道に何も言わなかった。
あれほど姉を愛していた父は、貝のように口を噤み姉の名前を口にしようともしない。
気遣われたくなかった。いっそボロボロにして欲しかった。
それすら自分を満足させるためでしかないと、自己嫌悪に陥りながらも、風丸の行為に贖罪を促された気にすらなった。
二度とサッカーが出来ないくらい、痛めつけて欲しかった。
なのに。
「はーい、そこまで。喧嘩は止めような」
「円堂!」
「あっちゃー・・・こりゃ、腫れるね。鬼道家の坊ちゃんにやるなぁ、風丸」
「一之瀬!?」
ぱんぱんと手を鳴らす音に次いで、背後から聞こえた声にびくりと体を震わす。
雷門のサッカー部の面々はあからさまに安堵した表情を浮かべ、自分を殴ろうとしていた風丸は泣きそうに顔を歪めた。
緊張の糸が張り詰めていた空間は、暢気な口調により打ち破られた。
こつり、と近づく足音に身を強張らせ、───鬼道の姿などまるで目に入らないとばかりに素通りした背中に息を呑んだ。
まだ見慣れない短い髪にバンダナを巻いたその人は、黒縁の眼鏡を指の腹で押し上げると苦笑する。
仕方がないなと、懐かしさすら感じる笑顔でその人が触れたのは、自分ではなく風丸だった。
怒り心頭に発するとばかりに怒鳴っていた彼はそれだけで大人しくなり、ぐっと目の前の体に抱きつく。
ぽんぽんと手馴れた仕草で背中を叩きながら宥めると、くしゃくしゃになるまで髪を撫でる。
あっという間に落ち着いた風丸に胸を撫で下ろした雷門サッカー部の面々と違い、鬼道は目の前が真っ暗になった。
「ちろたは昔から案外と気が短いよなー。顔は綺麗で可愛いのに」
「可愛いとか綺麗とか言うな」
「気がつけば性格男前だ。昔は泣き虫ボンバーだったくせに」
「っ、子供の頃のことは言うな!」
「あーはいはい。ったく、手が掛かるなぁ、俺の幼馴染は」
親しげな会話から拾った内容は、全て初耳のものばかりだ。
姉に幼馴染と呼べる人が居るとしたら、それは自分も知る鬼道家関連の相手のみだと思い込んでいた。
だがどう見ても目の前の少年はサッカー部との試合が初顔合わせで、それまでは存在自体を知らされていなかった。
向けられる微笑みは優しく、触れる手は慈しみに溢れ、醸し出す雰囲気は極めて親しげだ。
天と地がひっくり返るような衝撃の中、ぽんと肩に手を置かれた。
にこにこと笑いながら自分に触れた少年は、アメリカ帰りの天才『一之瀬一哉』。
「大丈夫?氷か何か、持ってこようか?」
「俺は・・・」
「それとも、自分じゃない別の誰かを優先する守に、それどころじゃない?あはは、じゃあ今から慣れなきゃ駄目だね」
「お前は、何を」
「君はもう守とは何の関係もないんだから。音無っていう妹も居て、鬼道家に帰れば親御さんが居て、それで十分でしょ?守には守の世界があって、君には君の世界がある。それを邪魔する権利が、君にはあるの?」
「俺は、邪魔する気はなくて、ただ、話を」
「話・・・話、ねぇ。何の話をする気だったの?鬼道の家に戻れって?また、自分の姉として暮らせって、そうやって押し付けるの?」
「一之瀬先輩、止めてください!お兄ちゃんはまだ何も言ってません!」
「麗しい兄弟愛だな。さすが、血が繋がった本物だけあるよ」
「───何が言いたいんですか」
「別に、何も?ただ、血の繋がらない他人が兄貴の名前を呼ぶこともなくなって、良かったねってくらいかな」
「聞いて、いたんですか?」
顔を青褪めさせた妹に、一之瀬はにこりと微笑んだ。
その表情は確かに笑っている。笑っているが、底知れない闇がある。
怯えたように震える妹を抱きしめて、体を張って庇う。
すると益々一之瀬は笑みを深め、ぞくりと背筋を悪寒が走った。
「ほらほら、一哉もやめろ。ったく見ろよ、音無が怯えちゃってるじゃないか」
「だってさ、守ったら言われっぱなしなんだもん。一言くらい言い返してもいいでしょ」
「するかしないか決めるのは俺だ。お前らは余計なことをしなくていいの」
抱きついていた風丸を背中にくっつけたまま一之瀬の額を指先で弾いた姉は、微苦笑を浮かべるとこちらを向いた。
「悪いな、音無。こいつも悪気はないんだけど、いかんせん基礎の性格が悪いんだ。許してやってくれな」
「何、その言い草。俺は守ほど性格悪くないぞ」
「失礼な。俺も一哉には負けるぞ」
いやいやと額を付き合わせる彼らに、むっと唇を尖らせた風丸が無理やり距離を置かせた。
先ほどまでの偽りの笑顔ではなく、子供のように拗ねた態度で顔を逸らした一之瀬に肩を竦める。
「ホント、ごめんな音無。あんなアホの言うことなんて気にするなよ?」
「キャプテン、でも、私は」
「悪意があるかどうかくらい俺も判るよ。ずっと寂しくて悲しくて、だから混乱しちゃったんだよな?そんな泣きそうな顔するなよ。俺、女の子に泣かれるの弱いんだ」
「ごめんなさい、ごめ」
「あー、だから泣くなって。女の涙は武器になるけど、安売りするようなもんじゃないぞ?」
「音無が謝るのは卑怯だ。謝られたら守は許すしかなくなるじゃないか」
「一哉・・・いい加減にしろ。それ以上は、俺が許さない」
「・・・ごめん」
「俺に謝る必要はない。音無に謝れ」
「嫌だ」
「一哉!!」
「俺は謝らない!守が怒らないから俺が怒っただけだ!俺は悪いことはしてない!だから、絶対に謝らない!」
ぎっと瞳を吊り上げてこちらを睨んだ一之瀬は、すぐに踵を返して部室から出て行った。
その姿を呆然と見送る雷門の面々に、深々とため息を落とした人は頭を掻くと肩を竦める。
戸惑うように立ち竦む人間の中で唯一動いた豪炎寺は、彼女の肩を掴むと僅かに眉尻を下げて問いかけた。
「・・・いいのか?」
「少し頭を冷やさせた方がいいからな。時間がたったら迎えに行くよ。どうせ、何処に居るかは判ってる」
「違う。お前自身だ。お前は本当にいいのかと聞いてるんだ」
「意味がないことを聞くな?豪炎寺。判ってることしか言われてないのに、今更何を気にしてるんだ?お前にしても、風丸にしても、一哉にしても、ちょっと過保護だな」
「そうか。・・・俺は、お前が納得しているならいい」
「豪炎寺が一番聞き分けがいいな。よーしよし」
「やめろ。髪が乱れる」
「あはは、色気づいちゃって。どう思うよ、染岡。豪炎寺が軟派なこと言ってるぞー」
「どうして俺に振るんだよ」
「いや、何となく。染岡って硬派なイメージだし、軟弱なことを言うなってちゃぶ台返ししそうかなって」
「変な期待をすんな!大体部室にちゃぶ台はねぇし、俺は昭和のイメージか!?」
「いやぁ、俺の中の染岡はそんなんだし」
けらけらと笑う彼女に、部室内の空気が緩む。
雷門中のサッカー部の面々は和やかな雰囲気に徐々にペースを取り戻し、腕の中で固まっていた体が強張りを解く。
覚えている通りの姿に無意識に腕が伸びる。
だが、その手は、届く寸前に避けられた。
「それで、本当にどうしたんだ?俺には状況がさっぱりなんだけど」
「鬼道が、お前を探して尋ねて来たんだ。尋常じゃない様子で、いきなり土下座まで始めてよ。お前が何かしたんじゃないのか?」
「俺が?いや、俺は何もしてないぞ?」
「けど、鬼道の家の養子から外れたとか、また居なくなるとかなんとか言ってたぞ?」
「ああ、何だそのことか。態々それを聞きに来たのか、鬼道?」
「───っ、姉、さん?」
「姉さん?俺はもうお前の姉じゃない。聞いたんだろ?帝国との試合当日に鬼道家との養子関係は解消された」
「っ」
「変な奴だな、鬼道。俺たちは本物の兄弟じゃない。鬼道家という繋がりを失くした俺は、お前とはもう何の関係もない赤の他人だ。『鬼道守』はもう存在しない。ここに居るのは『円堂守』。それで、他に何が聞きたいんだっけ?養子を解消したのは教えたし、・・・居なくなるとか何とか?そりゃずっと中学に居続けるわけには行かないだろ。俺たちは成長するんだから。ノット中学浪人」
「そうじゃない、俺が言いたいのは」
「あのな、鬼道。俺とのサッカーは楽しかったか?」
「え?」
「影山は勝つためなら何でもしろと教えただろう?でも俺は昔からお前にそんなことは求めてなかった。お前は、この間の雷門とのサッカー、楽しかったか?」
「・・・楽し、かった。久し振りに全力で、前だけを見て、あなたとぶつかった。ボールを蹴るたびに胸がわくわくして、仲間とのパスで心が繋がる気がして、全力で戦った上での負けならば、俺はそれも認められる」
「そっか」
それは良かった、と微笑んだ人は酷く嬉しそうだった。
再び彼女に手を伸ばそうとして、やっぱり触れられなくて。
意図的によけられていると感じどくどくと心臓が早鐘を打つ。
「それならいい。やっぱ、サッカーは楽しいものじゃないとな。俺とお前は兄弟じゃくなったけど、サッカーをしてれば繋がってるさ。いい加減、俺も正義のヒーローごっこするのは恥ずかしいし、お互いそろそろ先に進もうぜ」
「・・・姉さん?」
「だーかーら、俺はもうお前の『姉』じゃねえっての。血の繋がらない姉貴の一人や二人いなくなったってお前には父さんがいる。妹も、支えてくれる仲間もいる。俺は俺の道を歩くから、お前もお前の道を行け。どっちにしろ一生一緒にいるなんて無理なんだし、姉離れするにはいい時期だろ」
にこにこと、掴みどころのない笑顔に、漸く気がついた。
彼女の笑顔は他人向けだ。
きっかりと引かれた一線は、踏み込んでくるなと言外に告げている。
「聞きたいことはそれだけか?なら、俺はもう行くな。一哉が俺を待ってる」
「おい、円堂!?お前この状態で放置する気か!?」
「これ以上放っておいたら本気で一哉がへそを曲げるからな。鬼道には音無が居るからいいだろ?・・・ほら、いい加減おんぶお化けはやめろ、風丸」
「嫌だ。俺も行く」
「お前も?おいおい、本気?」
「本気だ。お・れ・も・い・く!」
顔を押されてもしがみ付いて離れない相手に、妥協したのか肩を落とす。
諦めてそのまま風丸の鞄を壁山に取ってもらうと、腕を巻きつけたままの風丸を引き摺ってドアの前に立った。
「ってーわけで、一哉捜索隊行ってまいります。悪いけど、今日まで部活は休ませてな。キャプテンなのに、ごめんなー。風丸もこの通りだし、今日の部活は染岡の指示で練習してくれ。全国大会に向けて、基礎体力の訓練とフォーメーション確認を重点的に宜しく。それと染岡と豪炎寺はシュート練習に力を入れて、目金は目端が利くからシュート練習のときだけそいつらの技の成長度を書き留めておいてくれ。その間ディフェンス陣は残りのメンバー相手にグランドの半面使って防御練習。特に、土門を見習ってボールカットの強化な。木野と夏美は何でもいいから見てて気がついたことをノートにメモ。音無は・・・そうだな、兄貴が気になるだろうから、今日はお前も休め」
「・・・・・・」
「返事は?」
『は、はい!』
「それじゃ、皆本当に迷惑掛けてごめんな!しっかりと俺たちも特訓しとくから、許してくれ。明日には俺たちも復帰するし、練習も通常通りに戻すから、覚悟しておいてくれよ。ああ、そうだ鬼道。また一緒にサッカーやろうな!」
へらり、と気の抜けた笑顔で手を振ると、そのまま彼女は未練なく部室を後にした。
勢いで返事をしたが、どうすればいいのかと戸惑う雷門中のサッカー部に、ああ、迷惑を掛けていると頭のどこか冷静な部分が訴える。
去った姿に追い縋ることも出来なくて、立ち上がる気力すら持てなかった。
今のは俗に言う最後通牒というものなのだろうか。
それまで積み上げてきた関係はその程度でしかなく、あの日弟と呼んでくれたのは夢だったのだろうか。
苦しくて、悲しくて、悔しくて、それなのに全部自業自得だからと、納得しなくてはと理性は訴える。
何も知らない間は憎んでいて、全てを知った後に元の鞘に戻りたいと望むなど、厚かましいと叫んでる。
だから拒絶されても仕方ないと、捨てられても仕方ないと、自分じゃない自分が囁き、それでも納得出来ないと、心の奥が慟哭する。
「大丈夫か、鬼道?」
「・・・ああ」
「お兄ちゃん、顔色が悪いよ」
「そうか」
「保健室に連れて行ってやった方がいいんじゃねぇ?」
「そうだな。おい、肩を貸してやるから掴まれ」
「・・・・・・」
気を使ってくれているのか、周囲から優しい言葉が降ってくる。
言われるがままに豪炎寺に肩を借りて、体を持ち上げようとした瞬間全身の力が抜けた。
妹の叫び声や、慌てたように触れる手に、ぐっと瞼を閉じる。
「そうか・・・。俺はもう、一人なのか」
黒く染まる視界で漸く理解した現実は、涙も零せないほど呆気ないものだった。
兄弟という関係に依存した挙句、誰よりも執着した絆は崩壊していて、掌に掬い上げたのはその名残ともいえる残骸のみ。
薄れ行く意識の中で見つけた真実に、早く思考も及ばぬ闇へ落ちてしまえと強制的に記憶を閉じた。
父に真相を知らされてから三日。
どうしても会いたくて居場所を探した人の手掛かりは、鬼道の息子としての権力を施行しても得れなかった。
学校を休んで心当たりのある場所は全て巡った。
まだ日本に居ることだけは保障してくれた父が黙認してくれるのを知りつつ学校をサボり、車や飛行機で彼女が居そうな場所を尋ねて回った。
寝食も満足に取らず、出来る限りのことをした。
三日間で四キロ痩せたがそんなのを気にする余裕もなかった。
探して探して探して探して、自分だけの力で探せないと理解した瞬間に、一番最初に足を運んだ場所に向かった。
雷門中の校門前に立つと、丁度授業が終わり下校しつつある生徒の間を駆け抜ける。
何事かと振り返る彼らの視線など気にならない。
張っていた意地は欠片も残っておらず、縋れるなら誰相手でも良かった。
上下する肩も、流れる汗もそのままに、ノック一つせず目の前のドアをこじ開ける。
勢い余って激しく音を立てたそれに唖然とする部員と、マネージャーの三人がこちらに視線を向けた。
ぐるりと視線でひと撫でして目的の人物が居ないと判るなり、床に膝を付いて瞼を閉じる。
やはり、ここにも居ない。
「・・・お兄ちゃん?どうしたの?」
「姉さんは・・・円堂守は、何処にいる?」
「円堂?あいつならこの三日学校に来てねぇぞ」
「家の都合だって言ってたから、お前も知ってるんじゃないのか?」
「何で鬼道が・・・ああ、そっか。そういや鬼道は円堂の『弟』なんだっけ?」
「馬鹿!音無の前でそれを言うなって言われてるだろ」
「あ、そうだった!今の無しな」
ざわりと騒ぎ出した部室で複雑そうな表情をする妹に目を細め、落胆のあまり床に手を付く。
彼らは何も知らされてない。
暢気な会話はこれが日常だと告げていて、得られぬ情報は胸を締め付けた。
まさかこのまま居なくなってしまうつもりなのだろうか。
仲間として戦った彼らに何も告げずに。
「そういや、一之瀬も三日前から休んでるよな?」
「あー・・・俺、メール貰ったけど、風邪引いたらしいぜ?」
「一之瀬君が風邪引くなんて珍しいからお見舞いに行くって言ったんだけど断られたのよね」
「うんうん。勝手に突撃しようかと思ったけど、良く考えたらあいつが日本で何処に住んでるか知らなかったんだよな、秋」
「私はてっきり土門君が知ってると思ってたんだけど」
「俺も秋なら知ってると思ってた。おじさんとおばさんはアメリカにまだ居るみたいだし、携帯は電源切られてて電話も繋がらないし、あいつ生きてんのかね?」
「縁起でもないこと言わないの!円堂君も一之瀬君も二人ともムードメーカーだから、いないと寂しいし早く部活に出てきてくれればいいんだけど」
緩く首を振った木野に、土門も苦笑した。
仲睦まじい様子から彼らが親しい間柄にあると察せれたが、そんな事実は今はどうでもいい。
心配そうに水を差し出してくれた妹の手を拒絶して、呼吸を整えた。
可能性は限りなく低い。
それでももう他に頼れる相手が居ない。
「・・・頼む、誰でもいい。姉さんの家を知っているやつが居たら、教えてくれ」
「!?ちょっと、お兄ちゃん!?」
「どうしたんだ、鬼道!?おい、止めろ」
「知らなくても、些細な情報でもいいんだ。───頼む」
床に額を押し付けるようにして頭を下げる。
土下座など生まれて初めてだが、形振り構う余裕はなかった。
何もしないまま失うのは、何も知らされないままに終わるのは、もう御免だった。
高いプライドを曲げてでも望むのは、ただ彼女の存在。
まさか帝国の鬼道がこんな真似をすると思ってもいなかった雷門の面々は必死に押し留めようとするが、体に触れる手を解いてまた頭を下げる。
「どうして、円堂の家を知りたがるんだ?」
「豪炎寺」
「円堂はこの間の試合後、お前と音無を残して帰った。だが、お前らは兄弟なんだよな?鬼道の家に帰れば会えるんじゃないのか?」
「姉さんはもう、鬼道の家に居場所はない」
「どういう意味だ。円堂はお前の姉だろう?どうして、居場所がないなんて」
「あの人は、自己紹介したとき何て言っていた?」
「そりゃ普通に、円堂守って言ってたけどよ。それがどうした?」
「それが全てだ。あの人は、鬼道家との養子縁組を解消している。そして、新たな養子候補として春奈を指名していたんだ」
「私を?」
「そうだ。自分が養子から抜けるからとお前を引き取るように告げ、また居なくなる気だ。今ここで逃がしたら、俺はもう二度とあの人に会えない。あの人は」
息を詰めた雷門サッカー部の様子に、絶望が脳裏を過ぎる。
項垂れて視線を下げれば、襟元を強引に掴まれ顔を上げさせられたと同時に左頬に衝撃が走った。
がつんとした痛みに抵抗すらしないでいると、赤褐色の瞳がこちらを射抜いている。
確か彼は、雷門サッカー部の前キャプテンの風丸。
特徴的な青緑の髪を一本で結い上げた端正な顔立ちを歪め、ぎらぎらとした目で射殺しそうな勢いでこちらを睨んでいた。
「ふざけるな!」
「止めろ、風丸!」
「まも姉が幸せに暮らしてると思っていたから、鬼道家で愛されてると信じたから、俺は何年も我慢していたんだ!あの人の話題がお前一色になっても、嬉しそうな顔をしてたから、だからあの人が『鬼道守』で居るのを許容していたのに・・・っ、それを、お前らは!」
「風丸、落ち着け!鬼道は何も知らなかったのは判るだろう!?」
「そんなの関係ない!あの人は、他に身寄りがないんだぞ!両親を事故で亡くし、祖父も、親戚も誰一人いなくて、身内と呼べる相手はもう誰も残っていないんだぞ!知らなかったのが言い訳になると思ってるのか!?何でお前ばっかり幸せになるんだ!何でまも姉から何もかも奪う!?お前にも音無にも家族は居るのに、どうしてまも姉から取り上げるんだ!」
「止めるんだ、風丸!円堂が一度でも二人を責めたか!?自分から奪ったと、音無や鬼道に一言でも言ったか?違うだろう?あいつはそんなこと一度でもしなかったはずだ。全てを選ぶのは円堂だ。円堂のためと鬼道を殴るのなら止めろ。そんなこと、あいつは望んでいない」
「うるさい、豪炎寺!!放せ、染岡ぁ!」
自分を押さえつける豪炎寺と染岡を振り切り再び鬼道へと手を伸ばしてきた風丸に、ぐっと奥歯を噛み締める。
抵抗など考え付かなかった。
殴られたかった。責められたかった。誰が相手でもいいから、糾弾して欲しかった。
姉の想いの上で胡坐を掻いていた自分を知り、それでも誰一人として鬼道に何も言わなかった。
あれほど姉を愛していた父は、貝のように口を噤み姉の名前を口にしようともしない。
気遣われたくなかった。いっそボロボロにして欲しかった。
それすら自分を満足させるためでしかないと、自己嫌悪に陥りながらも、風丸の行為に贖罪を促された気にすらなった。
二度とサッカーが出来ないくらい、痛めつけて欲しかった。
なのに。
「はーい、そこまで。喧嘩は止めような」
「円堂!」
「あっちゃー・・・こりゃ、腫れるね。鬼道家の坊ちゃんにやるなぁ、風丸」
「一之瀬!?」
ぱんぱんと手を鳴らす音に次いで、背後から聞こえた声にびくりと体を震わす。
雷門のサッカー部の面々はあからさまに安堵した表情を浮かべ、自分を殴ろうとしていた風丸は泣きそうに顔を歪めた。
緊張の糸が張り詰めていた空間は、暢気な口調により打ち破られた。
こつり、と近づく足音に身を強張らせ、───鬼道の姿などまるで目に入らないとばかりに素通りした背中に息を呑んだ。
まだ見慣れない短い髪にバンダナを巻いたその人は、黒縁の眼鏡を指の腹で押し上げると苦笑する。
仕方がないなと、懐かしさすら感じる笑顔でその人が触れたのは、自分ではなく風丸だった。
怒り心頭に発するとばかりに怒鳴っていた彼はそれだけで大人しくなり、ぐっと目の前の体に抱きつく。
ぽんぽんと手馴れた仕草で背中を叩きながら宥めると、くしゃくしゃになるまで髪を撫でる。
あっという間に落ち着いた風丸に胸を撫で下ろした雷門サッカー部の面々と違い、鬼道は目の前が真っ暗になった。
「ちろたは昔から案外と気が短いよなー。顔は綺麗で可愛いのに」
「可愛いとか綺麗とか言うな」
「気がつけば性格男前だ。昔は泣き虫ボンバーだったくせに」
「っ、子供の頃のことは言うな!」
「あーはいはい。ったく、手が掛かるなぁ、俺の幼馴染は」
親しげな会話から拾った内容は、全て初耳のものばかりだ。
姉に幼馴染と呼べる人が居るとしたら、それは自分も知る鬼道家関連の相手のみだと思い込んでいた。
だがどう見ても目の前の少年はサッカー部との試合が初顔合わせで、それまでは存在自体を知らされていなかった。
向けられる微笑みは優しく、触れる手は慈しみに溢れ、醸し出す雰囲気は極めて親しげだ。
天と地がひっくり返るような衝撃の中、ぽんと肩に手を置かれた。
にこにこと笑いながら自分に触れた少年は、アメリカ帰りの天才『一之瀬一哉』。
「大丈夫?氷か何か、持ってこようか?」
「俺は・・・」
「それとも、自分じゃない別の誰かを優先する守に、それどころじゃない?あはは、じゃあ今から慣れなきゃ駄目だね」
「お前は、何を」
「君はもう守とは何の関係もないんだから。音無っていう妹も居て、鬼道家に帰れば親御さんが居て、それで十分でしょ?守には守の世界があって、君には君の世界がある。それを邪魔する権利が、君にはあるの?」
「俺は、邪魔する気はなくて、ただ、話を」
「話・・・話、ねぇ。何の話をする気だったの?鬼道の家に戻れって?また、自分の姉として暮らせって、そうやって押し付けるの?」
「一之瀬先輩、止めてください!お兄ちゃんはまだ何も言ってません!」
「麗しい兄弟愛だな。さすが、血が繋がった本物だけあるよ」
「───何が言いたいんですか」
「別に、何も?ただ、血の繋がらない他人が兄貴の名前を呼ぶこともなくなって、良かったねってくらいかな」
「聞いて、いたんですか?」
顔を青褪めさせた妹に、一之瀬はにこりと微笑んだ。
その表情は確かに笑っている。笑っているが、底知れない闇がある。
怯えたように震える妹を抱きしめて、体を張って庇う。
すると益々一之瀬は笑みを深め、ぞくりと背筋を悪寒が走った。
「ほらほら、一哉もやめろ。ったく見ろよ、音無が怯えちゃってるじゃないか」
「だってさ、守ったら言われっぱなしなんだもん。一言くらい言い返してもいいでしょ」
「するかしないか決めるのは俺だ。お前らは余計なことをしなくていいの」
抱きついていた風丸を背中にくっつけたまま一之瀬の額を指先で弾いた姉は、微苦笑を浮かべるとこちらを向いた。
「悪いな、音無。こいつも悪気はないんだけど、いかんせん基礎の性格が悪いんだ。許してやってくれな」
「何、その言い草。俺は守ほど性格悪くないぞ」
「失礼な。俺も一哉には負けるぞ」
いやいやと額を付き合わせる彼らに、むっと唇を尖らせた風丸が無理やり距離を置かせた。
先ほどまでの偽りの笑顔ではなく、子供のように拗ねた態度で顔を逸らした一之瀬に肩を竦める。
「ホント、ごめんな音無。あんなアホの言うことなんて気にするなよ?」
「キャプテン、でも、私は」
「悪意があるかどうかくらい俺も判るよ。ずっと寂しくて悲しくて、だから混乱しちゃったんだよな?そんな泣きそうな顔するなよ。俺、女の子に泣かれるの弱いんだ」
「ごめんなさい、ごめ」
「あー、だから泣くなって。女の涙は武器になるけど、安売りするようなもんじゃないぞ?」
「音無が謝るのは卑怯だ。謝られたら守は許すしかなくなるじゃないか」
「一哉・・・いい加減にしろ。それ以上は、俺が許さない」
「・・・ごめん」
「俺に謝る必要はない。音無に謝れ」
「嫌だ」
「一哉!!」
「俺は謝らない!守が怒らないから俺が怒っただけだ!俺は悪いことはしてない!だから、絶対に謝らない!」
ぎっと瞳を吊り上げてこちらを睨んだ一之瀬は、すぐに踵を返して部室から出て行った。
その姿を呆然と見送る雷門の面々に、深々とため息を落とした人は頭を掻くと肩を竦める。
戸惑うように立ち竦む人間の中で唯一動いた豪炎寺は、彼女の肩を掴むと僅かに眉尻を下げて問いかけた。
「・・・いいのか?」
「少し頭を冷やさせた方がいいからな。時間がたったら迎えに行くよ。どうせ、何処に居るかは判ってる」
「違う。お前自身だ。お前は本当にいいのかと聞いてるんだ」
「意味がないことを聞くな?豪炎寺。判ってることしか言われてないのに、今更何を気にしてるんだ?お前にしても、風丸にしても、一哉にしても、ちょっと過保護だな」
「そうか。・・・俺は、お前が納得しているならいい」
「豪炎寺が一番聞き分けがいいな。よーしよし」
「やめろ。髪が乱れる」
「あはは、色気づいちゃって。どう思うよ、染岡。豪炎寺が軟派なこと言ってるぞー」
「どうして俺に振るんだよ」
「いや、何となく。染岡って硬派なイメージだし、軟弱なことを言うなってちゃぶ台返ししそうかなって」
「変な期待をすんな!大体部室にちゃぶ台はねぇし、俺は昭和のイメージか!?」
「いやぁ、俺の中の染岡はそんなんだし」
けらけらと笑う彼女に、部室内の空気が緩む。
雷門中のサッカー部の面々は和やかな雰囲気に徐々にペースを取り戻し、腕の中で固まっていた体が強張りを解く。
覚えている通りの姿に無意識に腕が伸びる。
だが、その手は、届く寸前に避けられた。
「それで、本当にどうしたんだ?俺には状況がさっぱりなんだけど」
「鬼道が、お前を探して尋ねて来たんだ。尋常じゃない様子で、いきなり土下座まで始めてよ。お前が何かしたんじゃないのか?」
「俺が?いや、俺は何もしてないぞ?」
「けど、鬼道の家の養子から外れたとか、また居なくなるとかなんとか言ってたぞ?」
「ああ、何だそのことか。態々それを聞きに来たのか、鬼道?」
「───っ、姉、さん?」
「姉さん?俺はもうお前の姉じゃない。聞いたんだろ?帝国との試合当日に鬼道家との養子関係は解消された」
「っ」
「変な奴だな、鬼道。俺たちは本物の兄弟じゃない。鬼道家という繋がりを失くした俺は、お前とはもう何の関係もない赤の他人だ。『鬼道守』はもう存在しない。ここに居るのは『円堂守』。それで、他に何が聞きたいんだっけ?養子を解消したのは教えたし、・・・居なくなるとか何とか?そりゃずっと中学に居続けるわけには行かないだろ。俺たちは成長するんだから。ノット中学浪人」
「そうじゃない、俺が言いたいのは」
「あのな、鬼道。俺とのサッカーは楽しかったか?」
「え?」
「影山は勝つためなら何でもしろと教えただろう?でも俺は昔からお前にそんなことは求めてなかった。お前は、この間の雷門とのサッカー、楽しかったか?」
「・・・楽し、かった。久し振りに全力で、前だけを見て、あなたとぶつかった。ボールを蹴るたびに胸がわくわくして、仲間とのパスで心が繋がる気がして、全力で戦った上での負けならば、俺はそれも認められる」
「そっか」
それは良かった、と微笑んだ人は酷く嬉しそうだった。
再び彼女に手を伸ばそうとして、やっぱり触れられなくて。
意図的によけられていると感じどくどくと心臓が早鐘を打つ。
「それならいい。やっぱ、サッカーは楽しいものじゃないとな。俺とお前は兄弟じゃくなったけど、サッカーをしてれば繋がってるさ。いい加減、俺も正義のヒーローごっこするのは恥ずかしいし、お互いそろそろ先に進もうぜ」
「・・・姉さん?」
「だーかーら、俺はもうお前の『姉』じゃねえっての。血の繋がらない姉貴の一人や二人いなくなったってお前には父さんがいる。妹も、支えてくれる仲間もいる。俺は俺の道を歩くから、お前もお前の道を行け。どっちにしろ一生一緒にいるなんて無理なんだし、姉離れするにはいい時期だろ」
にこにこと、掴みどころのない笑顔に、漸く気がついた。
彼女の笑顔は他人向けだ。
きっかりと引かれた一線は、踏み込んでくるなと言外に告げている。
「聞きたいことはそれだけか?なら、俺はもう行くな。一哉が俺を待ってる」
「おい、円堂!?お前この状態で放置する気か!?」
「これ以上放っておいたら本気で一哉がへそを曲げるからな。鬼道には音無が居るからいいだろ?・・・ほら、いい加減おんぶお化けはやめろ、風丸」
「嫌だ。俺も行く」
「お前も?おいおい、本気?」
「本気だ。お・れ・も・い・く!」
顔を押されてもしがみ付いて離れない相手に、妥協したのか肩を落とす。
諦めてそのまま風丸の鞄を壁山に取ってもらうと、腕を巻きつけたままの風丸を引き摺ってドアの前に立った。
「ってーわけで、一哉捜索隊行ってまいります。悪いけど、今日まで部活は休ませてな。キャプテンなのに、ごめんなー。風丸もこの通りだし、今日の部活は染岡の指示で練習してくれ。全国大会に向けて、基礎体力の訓練とフォーメーション確認を重点的に宜しく。それと染岡と豪炎寺はシュート練習に力を入れて、目金は目端が利くからシュート練習のときだけそいつらの技の成長度を書き留めておいてくれ。その間ディフェンス陣は残りのメンバー相手にグランドの半面使って防御練習。特に、土門を見習ってボールカットの強化な。木野と夏美は何でもいいから見てて気がついたことをノートにメモ。音無は・・・そうだな、兄貴が気になるだろうから、今日はお前も休め」
「・・・・・・」
「返事は?」
『は、はい!』
「それじゃ、皆本当に迷惑掛けてごめんな!しっかりと俺たちも特訓しとくから、許してくれ。明日には俺たちも復帰するし、練習も通常通りに戻すから、覚悟しておいてくれよ。ああ、そうだ鬼道。また一緒にサッカーやろうな!」
へらり、と気の抜けた笑顔で手を振ると、そのまま彼女は未練なく部室を後にした。
勢いで返事をしたが、どうすればいいのかと戸惑う雷門中のサッカー部に、ああ、迷惑を掛けていると頭のどこか冷静な部分が訴える。
去った姿に追い縋ることも出来なくて、立ち上がる気力すら持てなかった。
今のは俗に言う最後通牒というものなのだろうか。
それまで積み上げてきた関係はその程度でしかなく、あの日弟と呼んでくれたのは夢だったのだろうか。
苦しくて、悲しくて、悔しくて、それなのに全部自業自得だからと、納得しなくてはと理性は訴える。
何も知らない間は憎んでいて、全てを知った後に元の鞘に戻りたいと望むなど、厚かましいと叫んでる。
だから拒絶されても仕方ないと、捨てられても仕方ないと、自分じゃない自分が囁き、それでも納得出来ないと、心の奥が慟哭する。
「大丈夫か、鬼道?」
「・・・ああ」
「お兄ちゃん、顔色が悪いよ」
「そうか」
「保健室に連れて行ってやった方がいいんじゃねぇ?」
「そうだな。おい、肩を貸してやるから掴まれ」
「・・・・・・」
気を使ってくれているのか、周囲から優しい言葉が降ってくる。
言われるがままに豪炎寺に肩を借りて、体を持ち上げようとした瞬間全身の力が抜けた。
妹の叫び声や、慌てたように触れる手に、ぐっと瞼を閉じる。
「そうか・・・。俺はもう、一人なのか」
黒く染まる視界で漸く理解した現実は、涙も零せないほど呆気ないものだった。
兄弟という関係に依存した挙句、誰よりも執着した絆は崩壊していて、掌に掬い上げたのはその名残ともいえる残骸のみ。
薄れ行く意識の中で見つけた真実に、早く思考も及ばぬ闇へ落ちてしまえと強制的に記憶を閉じた。
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