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「せーんせ、こんにちは」
ひょこりと唐突に顔を出した少女は、明るい笑顔を勝也に向けた。
晴れ晴れとして清々しい表情は何かを吹っ切ったように嬉しげで、眩しいものを見るように目を細める。
笑顔らしきものを見たことはあったが、こんなに幸せそうのは初めてだ。
時間帯は平日の昼。学校をサボって来たのだろう、赤いパーカーとジーパンはスタイリッシュな彼女に良く似合っている。
休憩中でありながらパソコンに向かい仕事をこなしていた勝也は、その手を止めると小さな客人に微笑みかけた。
「こんにちは。何かいいことがあったのかね?」
「うん!あのね、弟と一緒にサッカーの試合したんだ!あいつ凄く上手くなってて驚いちゃった」
「・・・試合を?君も、選手としてサッカーをプレイしたのか?」
「うん」
「鬼道さんは、知っているのか?」
「さあ、どうだろう?言ってないけれど、知ってるんじゃないかな?」
言葉を聞いて、勝也は衝撃で息が詰まった。
彼女がどれほど才能豊かな選手だったか話は聞いている。
自分の息子もそこそこだと思うが、彼女は遥かにそれを超えていた。
イタリアでサッカー留学し、最年少でジュニアユースに上がるほど、性別の壁を押し越える特例を作るほどの有り余る才能。
それを自慢気に話してくれたのは、彼女自身の父である鬼道だったのに。
彼はサッカーを二度と娘にさせたくないと、この病院に初めて現れたときに語っていなかったか。
もしかして彼女の名前が『鬼道』ではなく『円堂』なのは、それに関連するのだろうか。
どちらにせよ、そんな無理をすれば、彼女は。
「君は死にたいのか?」
「俺が?」
「リハビリ程度ならともかく、試合でサッカーをするという意味を、聡明な君が判らないはずがないだろう?何を考えているんだ!」
「・・・でもさ、先生。俺からサッカーを取り上げたら、本当に何も残らなくなる。俺にはサッカー以外何もないもん」
「っ!?」
子供らしくない深い感情を覗かせる瞳。
先ほどまでの歓喜など一瞬で消し飛び、一切の感情を消して首を傾げた。
淡々としているだけに嫌でも彼女の闇が理解でき、勝也はぞっと背筋を凍らせた。
この子は、何という重さを抱えているのか。
ずば抜けた知性、一度見せたことは覚える記憶力、それを自分のものにする技術、豊か過ぎる感性。
何でも出来る子供は、代わりに何も執着していない。
天才とは紙一重な存在だというが、彼女以上にその言葉に相応しい存在を目にしたことはなかった。
「父さんの名前を借りてFXやネット株でお金は稼げる。そこそこ資産も溜まったし、もう独立だって出来る。法律により後見人が必要だから父さんにお願いしたけど、本当ならあの人とはもう繋がりも無くなってるはずなんだ。俺の才能に投資してくれるって言ってたけど、鬼道の娘にはもうなれない。傷が残ったこの体じゃ将来性のある男に嫁ぐのも無理だし、鬼道家には有人っていう有能な跡継ぎも居る。俺が居たら派閥が生まれる可能性が高いから、本当なら全部の縁を切りたいところだ」
「君は」
「二年前、父さんに言われて病院に来たとき先生に病名を知らされて、どうしてって思ったよ。どうして俺なんだって思ったよ。人間なんて世界中に溢れんばかりにいるのに、どうして神様は俺を選んだんだろうって悩んだよ。でも誰を怨めばいいのか、何を憎めばいいのか判らなかった。サッカーを続けるのは無理だって宣告されて、生きている意味を最初に考えた」
「・・・・・・」
「何回死にたいって思ったか判らない。何回絶望したか覚えてない。でも笑ってられたのは、有人が居てくれて、あいつがボールを持って笑ってたからだ。サッカーは楽しいって、嬉しそうにしてたからだ。・・・俺は事故に合わなくとも、どうせサッカーは出来なくなってたはずだった。それでも諦めきれずに努力したのは、サッカーが俺とみんなの縁を結んでくれたものだったからだ。俺にとってサッカーは命と同じだよ。やっててもやらなくても死ぬんなら、全力でやって死にたい」
年よりも遥かに大人びた少女だと知っていた。
けれど抱えた闇の深さに決められた覚悟は、もう誰が何を言っても拒否されるのだろう。
彼女に病名を告げたのは、主治医として選ばれた勝也本人。
そして少女の華奢な体が過度の運動に耐えられないのを本人より理解しているのも、きっと医者である自分だ。
子供を持つ親として、彼女の言葉を否定したい。
同時に病気と折り合いをつける患者として、どうあっても彼女を止めたい。
「弟とサッカーをプレイしたとき、楽しかった。今の俺は試合中に昔ほど動けないけれど、動悸が激しくて眩暈がして苦しくて、それでもとても嬉しかった。───きっと、あの瞬間に死んだとしても、俺は後悔しなかった」
「───それでも。それでも、私も鬼道さんも、君にまだ生きていて欲しい。私が君の父親なら、何が何でもサッカーを止めてもらいたい」
「心配してくれてありがとう、先生。でも俺はもう選んだんだ。親不孝をするって決めたとき、もっといい娘を父さんに作ってあげたいって。俺みたいな欠陥品じゃなくて、ちゃんとしたいいお嬢さんを見つけてあげたいって」
微笑んだ少女に緩く首を振る。
この子は自分の価値を理解していない。
どんな親にとっても、我が子に代わる相手など居ないと判っていないのだ。
二年前、彼女が病院帰りに事故にあったと聞いた鬼道の青褪めた顔は、その錯乱振りは一生忘れないだろう。
無常な宣告を下されたばかりの娘に心を痛めていた彼は、自分の命を与えてもいいから娘を助けてくれと懇願してきた。
普段の鬼道家の当主としての冷静さはそこになく、仕事もせずに意識の戻らない娘から離れようとしなかった。
影山の勧めでアメリカに病院を移しても足蹴く通い、意識を取り戻したと報告があったときの喜びようはなかった。
ぼろぼろと大の大人が涙を零し、失われずに済んだ命に神に土下座して感謝せんばかりだった。
同じ娘を持つ親として、勝也も涙して喜んだほどだったのに。
「父さんには感謝している。俺に最高の治療を受けさせてくれて、養子から外してくれって我侭も聞いてくれて、それなのに後見人になってくれるばかりか分不相応な家まで与えてくれた。この恩は感謝しても仕切れなくて、一生掛かってでも返したい。けどね、だからこそ負担になりたくないんだ」
「君は間違っている。鬼道さんは」
「父さんにはもうすぐ新しい娘が出来るよ。俺と違って可愛くていい子だ。有人の本当の妹なんだ」
「違う、鬼道さんが欲しいのは新しい娘なんかじゃなくて」
「俺はまた留学するつもり。アメリカか、ドイツか迷ってるけど、近い内に国外へ渡るつもりだ。特待生制度を設けている学校で、勉強をする気だよ。俺は先生みたいな医者になりたい。サッカーは止めないけどね」
微笑む少女に絶望する。
もう何もかも決めてしまっているように見えた。
部外者の勝也が何を言っても、初めから届かないのだ。
サッカーがなくとも頭脳のみで留学権利を持つ彼女は、それでも自分を欠陥品だと見下している。
本当は違うのに。
彼女の父親が望むのは新しい娘じゃなくて、彼女自身であるというのに、どうして想いは届かない。
もし鬼道がサッカーをしているのを知った上で口を出さないなら、それこそが答えだと何故気がつかない。
「夕香ちゃん、早く目を覚ますといいね」
「・・・・・・」
「それじゃ、薬も貰ったから俺は帰るよ。またね、豪炎寺先生」
ぺこりと頭を下げた少女は、未練なく部屋を出て行った。
二年前にサッカーを続けれないと宣告したのは自分自身だ。
勝也はサッカーをしたいと望む少女より、サッカーを止めて欲しいと願った父親に共感した。
今だってそれは変わらない。
自分の子供が命を削ってまでプレイする価値をサッカーに見出せない。
事故にあいながらも奇跡的に命を取り留めた少女に残った病状は、今も尚解決していない。
ひょこりと唐突に顔を出した少女は、明るい笑顔を勝也に向けた。
晴れ晴れとして清々しい表情は何かを吹っ切ったように嬉しげで、眩しいものを見るように目を細める。
笑顔らしきものを見たことはあったが、こんなに幸せそうのは初めてだ。
時間帯は平日の昼。学校をサボって来たのだろう、赤いパーカーとジーパンはスタイリッシュな彼女に良く似合っている。
休憩中でありながらパソコンに向かい仕事をこなしていた勝也は、その手を止めると小さな客人に微笑みかけた。
「こんにちは。何かいいことがあったのかね?」
「うん!あのね、弟と一緒にサッカーの試合したんだ!あいつ凄く上手くなってて驚いちゃった」
「・・・試合を?君も、選手としてサッカーをプレイしたのか?」
「うん」
「鬼道さんは、知っているのか?」
「さあ、どうだろう?言ってないけれど、知ってるんじゃないかな?」
言葉を聞いて、勝也は衝撃で息が詰まった。
彼女がどれほど才能豊かな選手だったか話は聞いている。
自分の息子もそこそこだと思うが、彼女は遥かにそれを超えていた。
イタリアでサッカー留学し、最年少でジュニアユースに上がるほど、性別の壁を押し越える特例を作るほどの有り余る才能。
それを自慢気に話してくれたのは、彼女自身の父である鬼道だったのに。
彼はサッカーを二度と娘にさせたくないと、この病院に初めて現れたときに語っていなかったか。
もしかして彼女の名前が『鬼道』ではなく『円堂』なのは、それに関連するのだろうか。
どちらにせよ、そんな無理をすれば、彼女は。
「君は死にたいのか?」
「俺が?」
「リハビリ程度ならともかく、試合でサッカーをするという意味を、聡明な君が判らないはずがないだろう?何を考えているんだ!」
「・・・でもさ、先生。俺からサッカーを取り上げたら、本当に何も残らなくなる。俺にはサッカー以外何もないもん」
「っ!?」
子供らしくない深い感情を覗かせる瞳。
先ほどまでの歓喜など一瞬で消し飛び、一切の感情を消して首を傾げた。
淡々としているだけに嫌でも彼女の闇が理解でき、勝也はぞっと背筋を凍らせた。
この子は、何という重さを抱えているのか。
ずば抜けた知性、一度見せたことは覚える記憶力、それを自分のものにする技術、豊か過ぎる感性。
何でも出来る子供は、代わりに何も執着していない。
天才とは紙一重な存在だというが、彼女以上にその言葉に相応しい存在を目にしたことはなかった。
「父さんの名前を借りてFXやネット株でお金は稼げる。そこそこ資産も溜まったし、もう独立だって出来る。法律により後見人が必要だから父さんにお願いしたけど、本当ならあの人とはもう繋がりも無くなってるはずなんだ。俺の才能に投資してくれるって言ってたけど、鬼道の娘にはもうなれない。傷が残ったこの体じゃ将来性のある男に嫁ぐのも無理だし、鬼道家には有人っていう有能な跡継ぎも居る。俺が居たら派閥が生まれる可能性が高いから、本当なら全部の縁を切りたいところだ」
「君は」
「二年前、父さんに言われて病院に来たとき先生に病名を知らされて、どうしてって思ったよ。どうして俺なんだって思ったよ。人間なんて世界中に溢れんばかりにいるのに、どうして神様は俺を選んだんだろうって悩んだよ。でも誰を怨めばいいのか、何を憎めばいいのか判らなかった。サッカーを続けるのは無理だって宣告されて、生きている意味を最初に考えた」
「・・・・・・」
「何回死にたいって思ったか判らない。何回絶望したか覚えてない。でも笑ってられたのは、有人が居てくれて、あいつがボールを持って笑ってたからだ。サッカーは楽しいって、嬉しそうにしてたからだ。・・・俺は事故に合わなくとも、どうせサッカーは出来なくなってたはずだった。それでも諦めきれずに努力したのは、サッカーが俺とみんなの縁を結んでくれたものだったからだ。俺にとってサッカーは命と同じだよ。やっててもやらなくても死ぬんなら、全力でやって死にたい」
年よりも遥かに大人びた少女だと知っていた。
けれど抱えた闇の深さに決められた覚悟は、もう誰が何を言っても拒否されるのだろう。
彼女に病名を告げたのは、主治医として選ばれた勝也本人。
そして少女の華奢な体が過度の運動に耐えられないのを本人より理解しているのも、きっと医者である自分だ。
子供を持つ親として、彼女の言葉を否定したい。
同時に病気と折り合いをつける患者として、どうあっても彼女を止めたい。
「弟とサッカーをプレイしたとき、楽しかった。今の俺は試合中に昔ほど動けないけれど、動悸が激しくて眩暈がして苦しくて、それでもとても嬉しかった。───きっと、あの瞬間に死んだとしても、俺は後悔しなかった」
「───それでも。それでも、私も鬼道さんも、君にまだ生きていて欲しい。私が君の父親なら、何が何でもサッカーを止めてもらいたい」
「心配してくれてありがとう、先生。でも俺はもう選んだんだ。親不孝をするって決めたとき、もっといい娘を父さんに作ってあげたいって。俺みたいな欠陥品じゃなくて、ちゃんとしたいいお嬢さんを見つけてあげたいって」
微笑んだ少女に緩く首を振る。
この子は自分の価値を理解していない。
どんな親にとっても、我が子に代わる相手など居ないと判っていないのだ。
二年前、彼女が病院帰りに事故にあったと聞いた鬼道の青褪めた顔は、その錯乱振りは一生忘れないだろう。
無常な宣告を下されたばかりの娘に心を痛めていた彼は、自分の命を与えてもいいから娘を助けてくれと懇願してきた。
普段の鬼道家の当主としての冷静さはそこになく、仕事もせずに意識の戻らない娘から離れようとしなかった。
影山の勧めでアメリカに病院を移しても足蹴く通い、意識を取り戻したと報告があったときの喜びようはなかった。
ぼろぼろと大の大人が涙を零し、失われずに済んだ命に神に土下座して感謝せんばかりだった。
同じ娘を持つ親として、勝也も涙して喜んだほどだったのに。
「父さんには感謝している。俺に最高の治療を受けさせてくれて、養子から外してくれって我侭も聞いてくれて、それなのに後見人になってくれるばかりか分不相応な家まで与えてくれた。この恩は感謝しても仕切れなくて、一生掛かってでも返したい。けどね、だからこそ負担になりたくないんだ」
「君は間違っている。鬼道さんは」
「父さんにはもうすぐ新しい娘が出来るよ。俺と違って可愛くていい子だ。有人の本当の妹なんだ」
「違う、鬼道さんが欲しいのは新しい娘なんかじゃなくて」
「俺はまた留学するつもり。アメリカか、ドイツか迷ってるけど、近い内に国外へ渡るつもりだ。特待生制度を設けている学校で、勉強をする気だよ。俺は先生みたいな医者になりたい。サッカーは止めないけどね」
微笑む少女に絶望する。
もう何もかも決めてしまっているように見えた。
部外者の勝也が何を言っても、初めから届かないのだ。
サッカーがなくとも頭脳のみで留学権利を持つ彼女は、それでも自分を欠陥品だと見下している。
本当は違うのに。
彼女の父親が望むのは新しい娘じゃなくて、彼女自身であるというのに、どうして想いは届かない。
もし鬼道がサッカーをしているのを知った上で口を出さないなら、それこそが答えだと何故気がつかない。
「夕香ちゃん、早く目を覚ますといいね」
「・・・・・・」
「それじゃ、薬も貰ったから俺は帰るよ。またね、豪炎寺先生」
ぺこりと頭を下げた少女は、未練なく部屋を出て行った。
二年前にサッカーを続けれないと宣告したのは自分自身だ。
勝也はサッカーをしたいと望む少女より、サッカーを止めて欲しいと願った父親に共感した。
今だってそれは変わらない。
自分の子供が命を削ってまでプレイする価値をサッカーに見出せない。
事故にあいながらも奇跡的に命を取り留めた少女に残った病状は、今も尚解決していない。
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