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雷門サッカー部の仲間の中心で、トロフィーを掲げ笑っている幼馴染に目を細め風丸は笑った。
肩を小突き合い腕を組んで、全員でもぎ取った優勝に、仲間で勝ち取った『結果』に喜び分かち合う。
普段の飄々とした姿ではなく、子供みたいに顔をくしゃくしゃにしている円堂に胸がぽっと温かくなった。

元々風丸がサッカーを始めた切欠は円堂にある。
子供の頃ご近所に住んでいた彼女はサッカーをしたいと強請っては母親に叱られ悲しそうにしていた。
そんな姿を何度も見た風丸は、大好きなお姉ちゃんのために両親にサッカーボールを買ってもらい、鉄塔広場で二人で始めたのが最初だった。
ボールを蹴る円堂の笑顔が眩しくて、二人でしょっちゅう内緒で遊んだ。
今思えば泥だらけの姿で帰路に着いた自分たちに疑問は色々あっただろうに、あえて不問にしていたのではないかとも思う。
だが円堂の両親はもうこの世におらず、もう二度と確認する機会はなかった。

帝国側に視線をやれば、負けたというのにどこか清々しい笑顔を浮かべるメンバーたちから少し離れた場所で、ぽつんと立って円堂を見詰める少年が一人。
特徴的なドレッドヘアとゴーグルにマントといういでだちの彼は、寂しそうに微笑を浮かべていた。
風丸はそんな少年から視線を逸らすと、彼の妹を今度は見詰める。
鬼道と同じような寂寥感漂う雰囲気で兄を見詰める少女は、円堂を見詰める彼に俯きぐっと唇を噛み締めた。


「───行かないのか?」
「え?」


揉み合って喜ぶ仲間から離れた場所に立っている少女に近づくと、端的に問いかける。
弾かれたように顔を上げた音無は、何を言われたか判らないとばかりにぱちぱちと瞬きを繰り返した。
初めから気づいていたわけではないが、途中から確信していた。
彼女こそ昔鬼道家に居た円堂から貰った手紙に書いてあった、『有人の妹』だと。
『春奈』という名前しか知らなかったので同名の他人だと思っていたが、試合が始まる直前から円堂を見詰める眼差しで気がついた。
嫉妬交じりの苦しそうな視線は、風丸にも覚えがあるものだ。
もっとも彼がその想いを抱いた相手は大好きな『まも姉』の弟になった『有人』に対してだったけれど。


「何処にですか?」
「鬼道の元へさ。君は彼の妹だろう?」
「っ!?どうしてそれを?」
「俺は円堂の幼馴染だ。子供の頃から定期的に送られてきた手紙に、『有人』のことや『有人の妹』のことがしょっちゅう書かれてた。可愛がっている弟には、大事に思ってる妹が居るってな」
「お兄ちゃんが、私の話を?」
「ああ。鬼道の口癖は『いつか春奈と一緒に暮らしたい』だったそうだ。何回も何回も手紙に書かれてたから、名前の漢字まで覚えてしまった。あれは、君のことだろう?」
「私と一緒に暮らしたいって、お兄ちゃんが・・・」


口元を押さえて瞳を潤ませた音無に苦笑する。
やはり彼女は何も知らされていなかったのだろう。
ずっと子供の頃から『有人』を知らない風丸が知っていた事実は、妹である『春奈』には何も伝わっていなかった。
だからここで二の足を踏んで兄の下へといけないのだ。
ふっと嘆息して苦笑する。
彼らは何処まで頑固で不器用な兄妹なのか。


「───俺は子供の頃からずっと『有人』が嫌いだった」
「え?」
「あいつが来る前、まも姉の特別は俺だけだった。まも姉は俺だけの姉さんだったのに、『有人』が現れてからずっと『弟』のことばかりだ。『有人が笑った』、『有人は頑張り屋だ』、『有人は努力家で真っ直ぐだ』。彼女からの手紙はいつの間にか『有人』で一杯で、急に現れて『弟』に納まったあいつを酷く嫉んだ。あいつさえ居なければ、あいつさえ来なければってね」
「そんなの!お兄ちゃんは悪くないじゃないですか!お兄ちゃんはたまたま鬼道の家に居たキャプテンの弟になっただけじゃないですか!」
「そうだ。そして円堂も、たまたま鬼道の家に来た『有人』の姉になっただけだ。音無の円堂に対する苛立ちだって筋違いだ。円堂は昔から『有人が大事にする妹なら協力してやりたい』って言ってた。『有人が望むなら、引き取ってもらえるように父さんに頼む』と」
「キャプテンが、そんなことを・・・」
「円堂は鬼道を本当に大事に思っている。大事な相手の大事な奴も大事だって笑ってる奴だ。円堂にとっては、君も大事な相手なんだ」
「・・・・・・」
「行ってやってくれ。鬼道のために、そしてあいつを大事にしている円堂のために」


背中を押してやると、泣きそうに顔を歪めて、そして一直線に鬼道へと向かった。
お兄ちゃんと呼ぶ声がピッチに響き、視線の集まる中で音無は鬼道へ抱きついた。
驚き戸惑う鬼道は、おずおずと手を伸ばすと妹の体を抱きしめる。
繊細な宝を扱うような力加減に苦笑すると、ぽんと肩を叩かれた。


「ありがと、ちろた」
「・・・まも姉。これで、良かったのか?」
「当然だろ?これでめでたくハッピーエンドってな」


嬉しそうに抱き合う二人を見詰める円堂の眼差しはとても優しげで幸せそうだ。
それでも、けれど、と思う。
この人は、幸せそうに見えるあの光景に自分を含んだことは一度もないと、風丸は知っていた。
円堂が求めた『弟』の幸せの先に、彼女は何故か存在しない。
手紙にはいつだってこう書かれていた。

『弟と弟の妹と、二人で一緒に暮らせるといい。折角兄弟がいるんだから、二人で一緒が一番いい。だから俺は弟に協力したい。二人が兄弟として暮らせるように。贋物が本物になるように』

幼い風丸は彼女の言葉の意味が判らなかった。
けれど、今になってどうしてこんなに不安になるのだろう。
愛しいものを見つめて笑う円堂は嬉しそうなのに、彼女が喜べば嬉しいはずなのに、どうして。


「さて、俺たちも帰ろうか」
「え?けど、音無は」
「兄弟水入らずの時間だぞ?野暮なこと言ってんじゃないよ。鬼道の家なら音無を送るくらい簡単だ、置いていってもいいだろう。───俺たちは雷門に戻って部室で祝勝会上げようぜ!」
『おう!!』


腕を振り上げた円堂につられるように、雷門のメンバーも声を上げる。
率先してピッチを抜け出した円堂に、風丸はそっと眉を顰めた。

───いつだってあの人は、一つも本音を教えてくれない。

優しくて強い彼女は笑顔で周りを惑わして、押し込めた感情は人知れず何処に行くのだろう。
昔は甘えるだけで気づかなかった不器用な姿に、本音を吐き出させることが出来ない無力な自分が悔しくて仕方なかった。

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