忍者ブログ
初回の方は必ずTOPの注意事項をご確認ください。 本家はPCサイトで、こちらはSSSのみとなります。
Calendar
<< 2025/06 >>
SMTWTFS
1234 567
891011 121314
15161718 192021
22232425 262728
2930
Recent Entry
Recent Comment
Category
308   307   306   305   304   303   302   301   300   299   298  
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

円堂が仲間に連れられて去った後も、じっと視線を逸らそうとしない鬼道に源田は眉を顰めた。
つけられたゴーグルのお陰で瞳は見えないが今にも泣いてしまうんじゃないかと思った。
どんなときでもいつだって背筋を伸ばし、凛とした姿で冷静で居た自分たちのキャプテンは、背中を丸めて唇を噛み締め震えている。
こんな鬼道の姿など想像もしたことがなくて、チームのメンバーも戸惑っていた。


「鬼道さん・・・」


どう声を掛ければいいか判らない、と伸ばしかけた腕を引っ込めた佐久間は自分ごとのように悲しそうに眉を下げている。
彼にとって鬼道は同い年ながらも憧れのプレーヤーで、いつだって存在感がある天才ゲームメイカーとして尊敬していた。
だからこそ、今にも倒れてしまうのではないかと思えるくらい青褪める彼をどう扱えばいいのか判らないのだろう。
源田だってそうだ。
同い年でありながら帝国イレブンを率いる鬼道はいつだって頼りがいがあるリーダーで、こんなあからさまに弱さを見せたことはなかっただけに戸惑っている。
知らなかった一面は、自分たちには見せる必要がないからと、我慢して堪えていた部分なのだろうか。
自分たちが頼りないから弱音一つ吐けなかったのかと思うと、不甲斐無さに眩暈がしそうだ。

先ほど影山の口から語られた内容は、とても信じられないものばかりだった。
鬼道の姿とそっくり同じ格好で現れた『円堂守』は、『鬼道守』で、鬼道の姉だったらしい。
そして自分たちと同様に影山に師事し、彼の言葉を借りれば帝国のメンバーの上を行く選手だったと想像が付いた。
実際に攻め込まれた際のシュートの威力、ドリブルのスピード、全体を見て判断する目、さらに帝国一のプレイヤーである鬼道をあっさりと抜き去るコントロールとテクニックは素直に賞賛の一言に尽きる。
幼い頃の鬼道はきっと、自分の上を悠々と行く円堂に憧れていたに違いない。

思えば初めから違和感はあった。
鬼道が変わり始めたのは雷門との試合後で、影山の指示に疑問を唱えだしたのもその頃からだ。
それまで鬼道は勝つためにと影山の教える何もかもを疑問も持たずに受け入れているように見えた。
自分たちだってそうだ。
勝つためにサッカーをしていた自分たちの価値観は、たった一球止められたシュートで根底から揺らいだ。
弱者と信じて疑わなかった廃部寸前の雷門サッカー部の部員に渾身のシュートを止められ、そして円堂が投げたボールを受け取った豪炎寺が必殺のシュートでゴールを割った。
圧倒的な点差があっても負けるなどと微塵も滲ませずに笑う彼らは底知れない何かを感じさせ、そうして自分たちのありように疑問を持つようになった。

今日の試合の前だって鬼道は言っていた。
『俺は──自分のサッカーがしたい』と。
影山に操られるままじゃなく、雷門のように自由なサッカーがしたいと、そういう意味だったのだと今なら判る。
予め勝つように細工された勝負ではなく、正々堂々と正面からぶつかって全力で試合したいと、そう望んだ。
今まで一度だって疑問に感じなかった影山の教えを疑ってでも自分たちのサッカーがしたかったのは、きっと無意識に円堂に惹かれていたからだろう。
そしてそれは鬼道だけではなく、源田や佐久間とて同じだ。
キャプテンである鬼道の言葉にすぐに賛同こそ出来なかったが、今ならはっきりと頷ける。

『自分たちのサッカーがしたい』と。

鬼道は本能で判っていたんじゃないのかと思う。『円堂守』が『鬼道守』だということに。
だからあれほどまでに円堂に拘り幾度も試合を見に行き、そしてスパイまで送り込んで雷門を探らせた。
惹かれる理由を知りたくて、きっと気がつかない内に彼が尊敬したのであろう『姉』と重なった背中を追い続けていた。

自分と同じ格好でピッチに現れた彼女に試合前の会話を忘れるほど激昂したのも、彼らしくない冷静さを欠いたプレイも、全部想いの裏返しだ。
実際降り注ぐ鉄骨に顔を青褪めた鬼道は、震える声で叫んでいたではないか。
『円堂』ではなく、『姉さん』と。
咄嗟に出る言葉は意識してないだけに深層心理を表している。
庇われたと知った瞬間、彼がどんな顔をしていたか知らない。
だが不安に揺れる声は何よりも正確に彼の心境を伝えてきた。


「俺は・・・この試合を、棄権する」
「鬼道」
「影山を疑い、探っていたのは俺なのに、冷静さを欠きお前たちを、そして正々堂々と向かってきた雷門サッカー部を危険に晒した。何も、見てなかった。何も、見えなかった。あの人が姿を表しただけで、全部一瞬で吹っ飛んだ。勝つことだけしか考えられなかった。お前たちのことも、何もかも考えていなかった」
「・・・鬼道」


罪人が背負う罪を懺悔するよう震えながら告げる鬼道は、今にも壊れてしまいそうだった。
源田とて鬼道が決めたなら棄権するのに異論はない。
何しろ一歩間違えば自分たちの監督は彼らの選手生命を潰していた。
目の前で鉄骨が降り注ぐ瞬間を見て惨事を想像し恐怖を感じなかった仲間はいないだろう。
だから、責任を取って試合を放棄するというなら、それも仕方ないと思う。
けど。


「お前は本当にそれでいいのか、鬼道」
「源田・・・?」
「本当に後悔しないのか?続きをするために控え室に戻った円堂を前に、棄権していいのか?」
「俺はっ・・・、俺は二年前あの人が姿を消してからずっと憎み続けていた。帝国で共にサッカーをしようと頼んだのに、何も言わずに居なくなったあの人を怨んだ。子供の頃鬼道家に引き取られた俺を本当の弟のようにして可愛がってくれるあの人を尊敬していた。勉強も運動も、サッカーですら一度も勝てたためしはなく、いつだって笑って俺の上を行く人だった。───強烈に憧れた。『鬼道守』という存在が、俺にとって支えだったんだ」
「・・・鬼道さん」
「あの人が姿を消し、俺は心の拠り所を失った。あの人は絶対に俺を裏切ったりしないと信じていただけに、自分を保つためにも憎むしかなかった。知らなかったんだ。誰よりもサッカーを愛し、サッカーに愛されたあの人が、二度とサッカーをプレイ出来ないと宣告されていたなんて。一月も意識を失って、その間に影山によって渡米させられていたなんて、知らなかったんだ・・・。ただあの人を憎み、彼女を育てた影山に縋り、姉さんを超えて、そして父さんに自分の約束を叶えて貰うことしか考えてなかった。そんな俺が、あの人の前でするサッカーなんて」


ないんだ、と搾り出すように告げた鬼道は悔恨に塗れていた。
涙を零していないのが不思議なくらい声は震えていて、背中を丸める彼はとても小さく見えた。
唇を噛み締めて黙り込む仲間を一人一人見て、源田はゆっくりと腹に溜まっていた息を吐き出す。
このままでは鬼道は駄目になる。
それはきっと誰も望んでいない。彼が憎んでいたと語った、彼自身の姉もそうだろう。


「円堂は、お前を『弟』と呼んだ。お前が円堂を『姉さん』と呼んでも拒絶しなかった。身を挺してお前を庇ったのは、そういうことじゃないのか?」
「・・・どういう意味だ?」
「影山も言っていただろう。『サッカーを出来なくなった自分を知ればお前が傷つくから、怨まれるのを承知で父に頼んだ』って。あいつは全てをわかった上で、お前が自分を憎むのを承知の上で、それでも黙っていたんだろう?それはお前にサッカーを続けて欲しかったからじゃないのか?」
「・・・・・・」
「お前はもし二年前に円堂がサッカーが出来ない体になったと知ったら、それでもサッカーを続けられたか?」
「俺は」
「違うだろう?お前はきっと、サッカーを出来なくなっていたはずだ。続けていたとしても、今ほどの実力は得ていなかったんじゃないか?だから、円堂は何も言わなかった」
「お前に姉さんの何が判る!?」
「何も判らん。俺が円堂と顔を合わせたのは今日が二回目だ。けどな、それでも一つ判ることがある。あいつは、サッカーが好きだ。そして恐らくお前のことも大切に思っている。だってそうだろう?あいつは自分をなんと言われても余裕を崩さなかったのに、影山がお前を傷つけようと牙を剥いた瞬間、空恐ろしくなるほどの怒りを宿した。お前の激昂など生ぬるく感じるくらい、あいつの怒りは深く鋭かった。それに、あいつは言ってただろう?『姉』が『弟』を護るのに、理由なんて要らないって」
「・・・・・・」
「お前が棄権すると言うなら、俺たちはお前の判断に従おう。だがきっと円堂は、そして雷門イレブンもそんなことは望まない。鉄骨が降ってきても俺たちを何一つ責めなかったあいつらに応えるには、全力で俺たちのサッカーをプレイするべきじゃないのか?お前が居たから強くなれたと言った円堂に、それが本気で応える術じゃないのか?お前が憧れた円堂は、こういう場面でサッカーを放棄することで満足する、そんな『姉』だったのか?」


ぎりと奥歯を噛み締めて俯いた鬼道は、白くなるまで握り締めていた拳をゆっくりと解いた。
気を落ち着けるように深呼吸を繰り返し昂ぶりすぎた感情の所為で震えていた体を治めた。
自分の体に巻かれたマントをきゅっと掴み、吐息混じりに違う、と囁く。


「俺が憧れたあの人は、サッカーを愛するあの人は、絶対にそんなことを望んだりしない。影山に教えを受けていたあのときだって、ずっと今と何一つ変わらなかった。俺たちと同じように勝つためだけのサッカーを叩き込まれたはずなのに、全部知らない顔でボールを持って、『サッカーしようぜ!』と、『サッカーは楽しいもんだ』と笑ってる人だった」


眉間の皺を失くして笑う鬼道は、初めて自分たちの上ではなく横に並んでいると感じた。
仲間だと信じていたのは今までも一緒だ。
けれど───漸く、『自分たちのサッカー』が始まると、そんな予感がした。


「弱気なことを言ってすまない。俺は帝国サッカー部のキャプテンなのにな」
「鬼道さん・・・確かにあなたは俺たちのキャプテンです。ですが同時に仲間です」
「そうです、鬼道さん。俺たちで雷門に目にもの見せてやりましょう!俺たち四十年間無敗の帝国サッカー部です!」
「俺たちは勝ちます。影山が居なくたって俺たちにはあなたが居る」
「俺たちのサッカーを見せてやろう。そして最強が誰か、証明してやるんだ」


円陣を組み掌を差し出せば、全員が同じように重ねた。
一番上に鬼道が手を置き、一人一人の顔を眺める。
その顔に迷いはなく、長い霧の中を彷徨う旅人が出口を見つけたように清々しい笑顔を浮かべていた。


「俺は勝ちたい。あの頃はずっと背中を追い続けていた。けど今の俺は昔と違う。勝って、あの人に見てもらいたい。俺がどれだけ成長したか、あの人に近づいたのか。そしてあの人を追い越せるのかを知りたい。雷門に勝利しフットボールフロンティアで優勝した暁には───父さんに約束を守ってもらい、今度こそ兄弟全員で一緒に」


言葉の途中で途切れた願いは、一般家庭ならありふれてささやかで、けれどきっと鬼道の中では何よりも重い願い。
勝ちたい、とより強く想う。
鬼道のためにも、そして自分のためにも。

鬼道が憧れ影山が執着した『鬼道守』。
そして自分たちの価値観を覆した『円堂守』。
彼女を倒し、自分たちの強さを証明したい。


「俺たちは勝つ!無敗である帝国学園の名にかけて!」
『おうっ!!』


鬨の声を上げれば間を置かずしてグランド整備終了のアナウンスが入った。
控え室のある通路から雷門サッカー部が顔を出す。
鬼道が拘るその人は先ほどまでと違い、髪をツインテールにしてあの日と同じようにオレンジ色のバンダナを頭に巻いていた。
色目に見覚えがあり、さっきまではあのバンダナで髪を結っていたのだと気づく。
鬼道とお揃いの格好で現れた円堂は、マントもゴーグルもなく、ただの『円堂』としてそこに居た。
雷門イレブンの中心に居る彼女は、今までの遣り取り全てを忘れたように仲間と一緒に笑っている。
その笑顔で、源田は自分が間違っていないのを確信した。

彼女は鬼道を怨んでいないし、憎んでもいない。
サッカーが出来なくなったと宣告されたなどと信じられないくらい明るい笑顔で、仲間とのサッカーを楽しんでいる。
そしてきっと、鬼道の言葉通りなら、彼女は絶対に勝ちにくる。

一瞬だけこちらを見た円堂と視線があった気がして、どくりと心臓が跳ねた。
試合再開のホイッスルが待ち遠しくて、全力でプレイする瞬間が楽しみで仕方なかった。
こんな高揚感長らく忘れていたと苦笑し、自分の護るべきエリアへ立つ。
同じポジションを預かる人間として、サッカーを志す一人のプレイヤーとして、円堂には絶対に負けたくなかった。

拍手[10回]

PR

フリーエリア
Template & Icon by kura07 / Photo by Abundant Shine
Powered by [PR]
/ 忍者ブログ