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額から血を流す円堂が着替えを必要としたため、鉄骨を撤去する作業の間雷門サッカー部の面々は控え室へと戻った。
彼女を女と認識した同輩たちは、学校では部活前に着替えで景気良くすぽすぽ脱いでいたのを今になって恥ずかしがっている。
ドアの前でもんどりうつ仲間を尻目に腕を組んでその様子を眺めていた豪炎寺は、心配そうにドアの傍をうろうろとしていた一之瀬に開かれたそれが直撃した瞬間を目撃した。
結構いい音が廊下に響き、悶絶して蹲った彼に土門が駆け寄る。
「大丈夫か、一之瀬?」
「・・・何とか」
「一之瀬君、ごめんなさい!まさかそんなところに居ると思わなくって」
「いや、気にしないで秋。俺も、こんなとこに居たのが悪いんだから」
「そうそう、木野は気に病む必要ナッシン!一哉の頭は石頭だからな」
「守!?もう、大丈夫なの?」
「当然だろ。ちょっと額切れただけだぞ?あんなん絆創膏張ればちょちょいのちょいだって。切れたのが頭だから出血量が多かっただけだ」
心配そうに駆け寄る一之瀬に、ヘラリと笑った円堂が手を振った。
血で汚れていたユニフォームは綺麗なものに着替えられ、額の傷も再び嵌められたバンダナで窺えない。
結い上げられた髪は自然と流されていて、初対面の時と同じ見た目だ。
黙ったまま眉間に皺を寄せると、隣で立っていた風丸が円堂へ近づき、そっと額に触れた。
「本当に病院に行かなくて大丈夫なのか、まも姉?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとな、ちろた」
柔らかな笑顔を浮かべた彼女は、心配そうに瞳を細める風丸の頭を緩く撫でた。
普段から幼馴染の気安さを感じていたが、『まも姉』などと呼ぶのは始めて聞いた。
円堂の本来の性別を知る豪炎寺の前ですらなかったのに、どこか幼い呼び方は無事な姿を見て気が緩んだ証拠かもしれない。
聞き慣れない呼び名に戸惑う雷門の面々に気づくと、円堂はにっと笑った。
底なしに明るく太陽みたいな笑顔は先ほど影山と対峙していた時のものとは正反対で、絶対零度の氷のような怒りを宿す姿とは重ならない。
本当に同一人物なのか、と首を傾げたくなるが、全てを掴ませてくれない彼女にはまだ秘密がありそうだった。
「とりあえず、中に入れよ。鉄骨片付けるのに十五分は掛かるって言ってたし、今の内に説明するからさ」
「それは、俺たちが聞いてもいいことなのか?」
「ん?どうしてだ?」
「さっきの影山の言葉。あれが嘘じゃないのなら、簡単に話せる内容なのかって聞いてるんだ」
厳つい顔を更に歪めた染岡は、苦々しい顔で頭を掻きながら問う。
口調はぶっきらぼうだが内容は優しい。
染岡の言葉にうんうんと頷く仲間を見て、円堂は眉を下げて笑う。
「染岡はいい奴だなぁ」
「───馬鹿にしてんのか?」
「素直に受け取ってくれよ。本気で褒めてるんだ」
笑ってドアを広げた円堂に促されるまま室内に足を踏み入れ各々適当な場所に座る。
この場に居ないのは監督の響くらいで、彼はフィールド整備が終り次第教えに来てくれる手はずになっていた。
円陣を組むように座った自分たちの真ん中に立つ円堂は、ぽりぽりと指先で頬を掻く。
「正直、さっき影山が話したので話せる内容は全部なんだよな。俺はその昔鬼道家の養子でサッカーを影山に教えてもらっていた。風丸は知ってるだろうけど、子供の頃は思い切りサッカーをやる環境がなかったから凄く嬉しくてさ。影山が教えてくれる技術は全て吸収して糧にした」
「養子?鬼道の姉だって言ってたのにか?」
「俺も鬼道も血は繋がってないよ。そうじゃなきゃ鬼道の娘と風丸が幼馴染っておかしいだろ」
「まも姉は昔は稲妻町に住んでいたんだ。小さい頃良く一緒に遊んでもらった。まも姉が鬼道の家に行っても定期的に手紙の遣り取りして、たまに会ったりしてたんだ」
「そうそう。ちろたは昔から俺にべったりで甘えん坊だったんだぜ~」
「まも姉!!」
からかうように笑った円堂に、風丸が顔を赤く染め上げる。
その様子に首を傾げた松野が質問、と手を上げた。
「何でまも姉なんだ?僕たち同じ学年なのに」
「あー・・・俺、学年は同じだけど年は上。つまり、ダブってるってことだな」
「ええ!?じゃ、キャプテンは本当は」
「中学三年生、ってことだ。はは、事故ってアメリカでリハビリしてる間に一年が過ぎちゃってさ。気がつけば留年してた。いやぁ、笑っちまうな」
「笑えねぇよ」
からからと笑う円堂に、染岡が突っ込む。
他の面々も聞いてはいけないことを聞いてしまった、とばかりに微妙な表情をしていた。
そんな彼らとは若干異なる反応をしたのはマネージャーの木野と土門。
彼らは間に一之瀬を挟んで複雑な表情でため息を吐いた。
「それで一之瀬君が円堂君を気に掛けていたのね」
「事故でサッカーが出来ないって、一之瀬と状況は同じだもんな」
「確かに、似てるね。───最初の頃の守はそりゃもう愛想が悪かったんだ。一緒にサッカーしようって誘っても嫌だの一点張りで、どんなに頼んでも誘っても強請っても本当につれなかったんだから。『俺はもうサッカーはしない。ここにはもう来るな、一之瀬』って」
「あん時は本当にしつこかったな。何度来るなって言ってもこっちが動けないのをいいことにボール持って顔出すんだ。きついこと言っても無視してもめげないし、最終的には諦めた。こいつの主張は一つ。『俺は君とサッカーしたい!』だもんな」
「懐かしいよな。でも諦めなくて良かった。それにあの時一緒に訓練したからこそ、今こうして『君』の役に立てるんだから。それに日本に素性を隠してきたお陰で名前で呼び合う権利も貰ったし」
「だってしょうがないだろ。お前気を抜くとすぐに『鬼道』呼びするし。日本であったら名前で呼べって言っとくしかないだろ」
「うんうん。まるでステディな関係みたいだよね」
「いや、単なるフレンドだ」
漫才のように軽い遣り取りだが、中身は存外に重い。
つまり似たような経験をつんだ円堂と一之瀬は、アメリカ時代から真の意味で戦友だったのだろう。
呼びかけも『お前』から、『君』へと変わっている。自然な雰囲気から、そちらの方が慣れているのだと察した。
影山の言葉を思い出し、一之瀬が彼女に過保護だった理由を理解して豪炎寺は納得する。
時折二人にしか判らない空気で会話していたのは、きっと鬼道やアメリカ時代について話していたからだ。
顔を見合わせてくすくすと笑う彼らの雰囲気は独特で、容易に他人が踏み込めないような空気がある。
視界の端で風丸が口を尖らせたのが見え、もやもやとする感情に首を傾げつつ円堂も罪作りだと苦笑した。
「まあ、そんで事故した後に二度とサッカー出来ない宣告貰ったけど、根性でリハビリしてサッカーを続けてます!以上って感じだ。日本に戻ってきたのは、鬼道の家の父から送られたDVDで帝国で試合をしているあいつの映像を見たから。驚いた。昔の鬼道は笑顔でサッカーをしていたのに、今のあいつはサッカーを全く楽しんでいない。勝つためだけにサッカーをして、ちっとも面白そうじゃなかった。共にサッカーする仲間がいて、プレイは信頼し合ってるのに楽しくないなんて嘘だ。感情を殺す鬼道を見て、そんで思ったんだ。このままじゃ『有人』は影山の傀儡になっちまうってな」
「影山の傀儡?どういう意味だ」
「子供の頃から影山のサッカーを教えられた俺は、あいつがどんな風に歪んでいるか知っている。サッカーを愛しているが勝ち続けるためになら何でもするのもな。幸いにして鬼道はまだ無事だったが、あいつの教えを忠実に実行するなら『心』は不要。何故って?影山が欲するのは勝利に使うための『駒』だ。替えが利く存在は消耗品としてしか見られない」
「でも円堂は違ったんだろ?私の色に染まらないって言ってたもんな」
「俺は規格外だったんだ。そしてあいつにとって特別だった。何しろ俺の祖父の円堂大介こそ影山が一番憎む存在。俺を最高に仕上げて自分のサッカーで世界を制する。それがあいつの昔の野望だった」
「・・・はぁ、なんとも規模が大きい話だな。世界を取るとは」
呆然と口を開いた半田に、円堂は小さく微笑む。
唇に人差し指を当てた姿はコケティッシュで、髪が長いのも伴い少女にしか見えない。
髪が短ければ中性的な少年にも見えたのに、視覚的な要素は大きいものだと場違いにも感心する。
「あいつは色々な意味で俺に執着してたからな。俺に夢を見ちゃってるの。そんで話を戻すと、鬼道を影山から取り戻さなければヤバイって気がついたものの、今更帝国学園に入学するわけにもいかないし、どうしようって考えてたときに風丸と再会したんだ」
「俺?」
「そう。俺と再会するためにサッカーを続けてきたって言ってくれた風丸と、サッカーしたいなって思った。そんで実際にお前らとサッカーして、こいつらならいけるって思ったんだ。絶対にこいつらなら帝国学園と対等以上に試合できるって、あいつの目を覚まさせる切欠を得れるって」
「・・・円堂」
「染岡は利用されたと思ってないって言ってたけど、ごめんな。俺は結果的にお前らを利用した。一緒にサッカーしたいって思ったのも本当だけど、鬼道の目を覚まさせることが出来るって考えたのも本当だ。だから、ごめん」
真剣な顔で頭を下げた円堂は、普段の陽気な態度は一切なかった。
断罪を待つようその状態でぴくりとも動かず留まる。
円堂は自分に似ている、と強く思った。
試合前にも感じたが、より強く。
自分にとっての夕香が、彼女にとっての鬼道だと笑っていた。
きっとその言葉は、言葉以上の重みがある。
二度とサッカーが出来ないと宣告を受け、それでも努力してリハビリを続けてサッカーを出来る状態になって日本に戻ってきた。
彼女の技術は大したものだ。けれどそれも全盛期を超えれないと影山は言っていた。
同じ選手として、彼女が失ったものの大きさは理解できる。
そしてきっと誰よりも一番理解できたのが、彼女が戦友として選んだ一之瀬だったのだろう。
自分からサッカーを止めた豪炎寺だが、医者にサッカーを出来ないと宣告されたことはない。
それはきっと、自分の意思で諦めるより、遥かに痛いものだろう。
サッカーをしてる円堂の笑顔を知っている。
誰よりも楽しそうに、嬉しそうにボールを扱う彼女を知っている。
サッカーが好きで好きで仕方ない、と全身で訴える姿は眩しく、真っ直ぐに向き合う姿勢は憧れた。
諦めずにサッカーをもう一度プレイ出来たのは彼女のお陰だ。
そしてきっと、同じフィールドに居る彼らもサッカーをする円堂に惹かれているはずだ。
風丸に代わってキャプテンを務める円堂は、もう雷門サッカー部の要だった。
彼女がサッカーに取り組む姿勢に嘘はなく、それが全てだった。
「頭を上げろ、円堂。何回も言わせんな。俺は、俺たちはお前に利用されたなんて思ってねえって。利用してたってお前が言っても、否定できるくらいお前を見てる。サッカーが好きで好きで仕方ない、円堂守をな。そりゃ何も言わなかったのは水臭いと思うが、それ以外じゃ怒っちゃいねぇよ」
「むしろそんな内容を軽々しく最初に言われても戸惑ってたね」
「そうっすね、前の俺たちなら、きっと凄く重荷に思ったと思うっす」
「俺たちはキャプテンと一緒に一つ一つの試合を勝ち抜いて少しずつ自信をつけたでやんす」
「だから今の俺たちなら円堂の言葉を受け止められる」
「───それにさ、さっきの鬼道の様子を見ると、もう大丈夫なんじゃない?」
「俺もそう思う」
「きっと、鬼道さんも判ってくれてますよ!」
「・・・皆」
頭を上げた円堂は一人一人を見詰め、ありがとう、と呟く。
その笑顔は嬉しげなのに、どこか泣きそうに見えた。
始終無言で話を聞いていた豪炎寺は、立ち上がると真っ直ぐに彼女を見詰める。
思えばそんなに長い付き合いでもないのに、もう何年も一緒にいるような親近感があった。
それはきっと週の半分を彼女の家に入り浸り共に笑い、話し、過ごしていたからだろう。
秘密を抱えていても円堂の態度が嘘じゃなかったのを知っている。
そして彼女の家に行くたび、暖かな雰囲気に凝り固まった心が解れた。
今なら判る。
冗談めかした態度でも円堂はいつだって豪炎寺を気遣ってくれた。
苦しくてどうすればいいか判らず呼吸の仕方すら忘れそうになれば、さりげない仕草で手を伸ばして救ってくれた。
馬鹿馬鹿しいほどの騒がしさで、寂しさや苦しさをふっとばし、いつだって傍に居てくれた。
今度は自分が返す番だ。
「最高のサッカーをしよう。お前の『弟』が、本当のサッカーを思い出すように」
「・・・・・・ありがとう」
眩しいものを見るように目を細めて頷いた彼女は、嬉しそうに笑った。
その笑顔はサッカーをしている最中に見るものと同じで、つられるように豪炎寺も微笑んだ。
彼女を女と認識した同輩たちは、学校では部活前に着替えで景気良くすぽすぽ脱いでいたのを今になって恥ずかしがっている。
ドアの前でもんどりうつ仲間を尻目に腕を組んでその様子を眺めていた豪炎寺は、心配そうにドアの傍をうろうろとしていた一之瀬に開かれたそれが直撃した瞬間を目撃した。
結構いい音が廊下に響き、悶絶して蹲った彼に土門が駆け寄る。
「大丈夫か、一之瀬?」
「・・・何とか」
「一之瀬君、ごめんなさい!まさかそんなところに居ると思わなくって」
「いや、気にしないで秋。俺も、こんなとこに居たのが悪いんだから」
「そうそう、木野は気に病む必要ナッシン!一哉の頭は石頭だからな」
「守!?もう、大丈夫なの?」
「当然だろ。ちょっと額切れただけだぞ?あんなん絆創膏張ればちょちょいのちょいだって。切れたのが頭だから出血量が多かっただけだ」
心配そうに駆け寄る一之瀬に、ヘラリと笑った円堂が手を振った。
血で汚れていたユニフォームは綺麗なものに着替えられ、額の傷も再び嵌められたバンダナで窺えない。
結い上げられた髪は自然と流されていて、初対面の時と同じ見た目だ。
黙ったまま眉間に皺を寄せると、隣で立っていた風丸が円堂へ近づき、そっと額に触れた。
「本当に病院に行かなくて大丈夫なのか、まも姉?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとな、ちろた」
柔らかな笑顔を浮かべた彼女は、心配そうに瞳を細める風丸の頭を緩く撫でた。
普段から幼馴染の気安さを感じていたが、『まも姉』などと呼ぶのは始めて聞いた。
円堂の本来の性別を知る豪炎寺の前ですらなかったのに、どこか幼い呼び方は無事な姿を見て気が緩んだ証拠かもしれない。
聞き慣れない呼び名に戸惑う雷門の面々に気づくと、円堂はにっと笑った。
底なしに明るく太陽みたいな笑顔は先ほど影山と対峙していた時のものとは正反対で、絶対零度の氷のような怒りを宿す姿とは重ならない。
本当に同一人物なのか、と首を傾げたくなるが、全てを掴ませてくれない彼女にはまだ秘密がありそうだった。
「とりあえず、中に入れよ。鉄骨片付けるのに十五分は掛かるって言ってたし、今の内に説明するからさ」
「それは、俺たちが聞いてもいいことなのか?」
「ん?どうしてだ?」
「さっきの影山の言葉。あれが嘘じゃないのなら、簡単に話せる内容なのかって聞いてるんだ」
厳つい顔を更に歪めた染岡は、苦々しい顔で頭を掻きながら問う。
口調はぶっきらぼうだが内容は優しい。
染岡の言葉にうんうんと頷く仲間を見て、円堂は眉を下げて笑う。
「染岡はいい奴だなぁ」
「───馬鹿にしてんのか?」
「素直に受け取ってくれよ。本気で褒めてるんだ」
笑ってドアを広げた円堂に促されるまま室内に足を踏み入れ各々適当な場所に座る。
この場に居ないのは監督の響くらいで、彼はフィールド整備が終り次第教えに来てくれる手はずになっていた。
円陣を組むように座った自分たちの真ん中に立つ円堂は、ぽりぽりと指先で頬を掻く。
「正直、さっき影山が話したので話せる内容は全部なんだよな。俺はその昔鬼道家の養子でサッカーを影山に教えてもらっていた。風丸は知ってるだろうけど、子供の頃は思い切りサッカーをやる環境がなかったから凄く嬉しくてさ。影山が教えてくれる技術は全て吸収して糧にした」
「養子?鬼道の姉だって言ってたのにか?」
「俺も鬼道も血は繋がってないよ。そうじゃなきゃ鬼道の娘と風丸が幼馴染っておかしいだろ」
「まも姉は昔は稲妻町に住んでいたんだ。小さい頃良く一緒に遊んでもらった。まも姉が鬼道の家に行っても定期的に手紙の遣り取りして、たまに会ったりしてたんだ」
「そうそう。ちろたは昔から俺にべったりで甘えん坊だったんだぜ~」
「まも姉!!」
からかうように笑った円堂に、風丸が顔を赤く染め上げる。
その様子に首を傾げた松野が質問、と手を上げた。
「何でまも姉なんだ?僕たち同じ学年なのに」
「あー・・・俺、学年は同じだけど年は上。つまり、ダブってるってことだな」
「ええ!?じゃ、キャプテンは本当は」
「中学三年生、ってことだ。はは、事故ってアメリカでリハビリしてる間に一年が過ぎちゃってさ。気がつけば留年してた。いやぁ、笑っちまうな」
「笑えねぇよ」
からからと笑う円堂に、染岡が突っ込む。
他の面々も聞いてはいけないことを聞いてしまった、とばかりに微妙な表情をしていた。
そんな彼らとは若干異なる反応をしたのはマネージャーの木野と土門。
彼らは間に一之瀬を挟んで複雑な表情でため息を吐いた。
「それで一之瀬君が円堂君を気に掛けていたのね」
「事故でサッカーが出来ないって、一之瀬と状況は同じだもんな」
「確かに、似てるね。───最初の頃の守はそりゃもう愛想が悪かったんだ。一緒にサッカーしようって誘っても嫌だの一点張りで、どんなに頼んでも誘っても強請っても本当につれなかったんだから。『俺はもうサッカーはしない。ここにはもう来るな、一之瀬』って」
「あん時は本当にしつこかったな。何度来るなって言ってもこっちが動けないのをいいことにボール持って顔出すんだ。きついこと言っても無視してもめげないし、最終的には諦めた。こいつの主張は一つ。『俺は君とサッカーしたい!』だもんな」
「懐かしいよな。でも諦めなくて良かった。それにあの時一緒に訓練したからこそ、今こうして『君』の役に立てるんだから。それに日本に素性を隠してきたお陰で名前で呼び合う権利も貰ったし」
「だってしょうがないだろ。お前気を抜くとすぐに『鬼道』呼びするし。日本であったら名前で呼べって言っとくしかないだろ」
「うんうん。まるでステディな関係みたいだよね」
「いや、単なるフレンドだ」
漫才のように軽い遣り取りだが、中身は存外に重い。
つまり似たような経験をつんだ円堂と一之瀬は、アメリカ時代から真の意味で戦友だったのだろう。
呼びかけも『お前』から、『君』へと変わっている。自然な雰囲気から、そちらの方が慣れているのだと察した。
影山の言葉を思い出し、一之瀬が彼女に過保護だった理由を理解して豪炎寺は納得する。
時折二人にしか判らない空気で会話していたのは、きっと鬼道やアメリカ時代について話していたからだ。
顔を見合わせてくすくすと笑う彼らの雰囲気は独特で、容易に他人が踏み込めないような空気がある。
視界の端で風丸が口を尖らせたのが見え、もやもやとする感情に首を傾げつつ円堂も罪作りだと苦笑した。
「まあ、そんで事故した後に二度とサッカー出来ない宣告貰ったけど、根性でリハビリしてサッカーを続けてます!以上って感じだ。日本に戻ってきたのは、鬼道の家の父から送られたDVDで帝国で試合をしているあいつの映像を見たから。驚いた。昔の鬼道は笑顔でサッカーをしていたのに、今のあいつはサッカーを全く楽しんでいない。勝つためだけにサッカーをして、ちっとも面白そうじゃなかった。共にサッカーする仲間がいて、プレイは信頼し合ってるのに楽しくないなんて嘘だ。感情を殺す鬼道を見て、そんで思ったんだ。このままじゃ『有人』は影山の傀儡になっちまうってな」
「影山の傀儡?どういう意味だ」
「子供の頃から影山のサッカーを教えられた俺は、あいつがどんな風に歪んでいるか知っている。サッカーを愛しているが勝ち続けるためになら何でもするのもな。幸いにして鬼道はまだ無事だったが、あいつの教えを忠実に実行するなら『心』は不要。何故って?影山が欲するのは勝利に使うための『駒』だ。替えが利く存在は消耗品としてしか見られない」
「でも円堂は違ったんだろ?私の色に染まらないって言ってたもんな」
「俺は規格外だったんだ。そしてあいつにとって特別だった。何しろ俺の祖父の円堂大介こそ影山が一番憎む存在。俺を最高に仕上げて自分のサッカーで世界を制する。それがあいつの昔の野望だった」
「・・・はぁ、なんとも規模が大きい話だな。世界を取るとは」
呆然と口を開いた半田に、円堂は小さく微笑む。
唇に人差し指を当てた姿はコケティッシュで、髪が長いのも伴い少女にしか見えない。
髪が短ければ中性的な少年にも見えたのに、視覚的な要素は大きいものだと場違いにも感心する。
「あいつは色々な意味で俺に執着してたからな。俺に夢を見ちゃってるの。そんで話を戻すと、鬼道を影山から取り戻さなければヤバイって気がついたものの、今更帝国学園に入学するわけにもいかないし、どうしようって考えてたときに風丸と再会したんだ」
「俺?」
「そう。俺と再会するためにサッカーを続けてきたって言ってくれた風丸と、サッカーしたいなって思った。そんで実際にお前らとサッカーして、こいつらならいけるって思ったんだ。絶対にこいつらなら帝国学園と対等以上に試合できるって、あいつの目を覚まさせる切欠を得れるって」
「・・・円堂」
「染岡は利用されたと思ってないって言ってたけど、ごめんな。俺は結果的にお前らを利用した。一緒にサッカーしたいって思ったのも本当だけど、鬼道の目を覚まさせることが出来るって考えたのも本当だ。だから、ごめん」
真剣な顔で頭を下げた円堂は、普段の陽気な態度は一切なかった。
断罪を待つようその状態でぴくりとも動かず留まる。
円堂は自分に似ている、と強く思った。
試合前にも感じたが、より強く。
自分にとっての夕香が、彼女にとっての鬼道だと笑っていた。
きっとその言葉は、言葉以上の重みがある。
二度とサッカーが出来ないと宣告を受け、それでも努力してリハビリを続けてサッカーを出来る状態になって日本に戻ってきた。
彼女の技術は大したものだ。けれどそれも全盛期を超えれないと影山は言っていた。
同じ選手として、彼女が失ったものの大きさは理解できる。
そしてきっと誰よりも一番理解できたのが、彼女が戦友として選んだ一之瀬だったのだろう。
自分からサッカーを止めた豪炎寺だが、医者にサッカーを出来ないと宣告されたことはない。
それはきっと、自分の意思で諦めるより、遥かに痛いものだろう。
サッカーをしてる円堂の笑顔を知っている。
誰よりも楽しそうに、嬉しそうにボールを扱う彼女を知っている。
サッカーが好きで好きで仕方ない、と全身で訴える姿は眩しく、真っ直ぐに向き合う姿勢は憧れた。
諦めずにサッカーをもう一度プレイ出来たのは彼女のお陰だ。
そしてきっと、同じフィールドに居る彼らもサッカーをする円堂に惹かれているはずだ。
風丸に代わってキャプテンを務める円堂は、もう雷門サッカー部の要だった。
彼女がサッカーに取り組む姿勢に嘘はなく、それが全てだった。
「頭を上げろ、円堂。何回も言わせんな。俺は、俺たちはお前に利用されたなんて思ってねえって。利用してたってお前が言っても、否定できるくらいお前を見てる。サッカーが好きで好きで仕方ない、円堂守をな。そりゃ何も言わなかったのは水臭いと思うが、それ以外じゃ怒っちゃいねぇよ」
「むしろそんな内容を軽々しく最初に言われても戸惑ってたね」
「そうっすね、前の俺たちなら、きっと凄く重荷に思ったと思うっす」
「俺たちはキャプテンと一緒に一つ一つの試合を勝ち抜いて少しずつ自信をつけたでやんす」
「だから今の俺たちなら円堂の言葉を受け止められる」
「───それにさ、さっきの鬼道の様子を見ると、もう大丈夫なんじゃない?」
「俺もそう思う」
「きっと、鬼道さんも判ってくれてますよ!」
「・・・皆」
頭を上げた円堂は一人一人を見詰め、ありがとう、と呟く。
その笑顔は嬉しげなのに、どこか泣きそうに見えた。
始終無言で話を聞いていた豪炎寺は、立ち上がると真っ直ぐに彼女を見詰める。
思えばそんなに長い付き合いでもないのに、もう何年も一緒にいるような親近感があった。
それはきっと週の半分を彼女の家に入り浸り共に笑い、話し、過ごしていたからだろう。
秘密を抱えていても円堂の態度が嘘じゃなかったのを知っている。
そして彼女の家に行くたび、暖かな雰囲気に凝り固まった心が解れた。
今なら判る。
冗談めかした態度でも円堂はいつだって豪炎寺を気遣ってくれた。
苦しくてどうすればいいか判らず呼吸の仕方すら忘れそうになれば、さりげない仕草で手を伸ばして救ってくれた。
馬鹿馬鹿しいほどの騒がしさで、寂しさや苦しさをふっとばし、いつだって傍に居てくれた。
今度は自分が返す番だ。
「最高のサッカーをしよう。お前の『弟』が、本当のサッカーを思い出すように」
「・・・・・・ありがとう」
眩しいものを見るように目を細めて頷いた彼女は、嬉しそうに笑った。
その笑顔はサッカーをしている最中に見るものと同じで、つられるように豪炎寺も微笑んだ。
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