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「不動、俺お茶飲みたい。あ、茶葉はこの間買ってきた奴の中からで宜しく。ちなみに俺は先にミルク淹れる派だから」
「くそっ」
「さっきみたいな失敗は勘弁してくれよー。茶葉が浮いたままで茶漉しも使わずとか有り得ないから。ポットとミルクも温めたの使ってね。この間エドガーから貰った一式全部必要だから。それとも不動君は、紅茶の淹れ方も一から教えないと判んないかな?」
「うるせぇ!黙ってみてろ!紅茶くらい完璧に淹れてやる!ミルクティーなんて簡単だ!」
「渋すぎるのは勘弁な。茶葉はアッサムで宜しく。ダージリンとかは嫌だぞ」
「先に言え!もうダージリン使っちまっただろうが!」
「はぁ?茶葉の色見て判んなかったのか?ここにあるダージリンはストレート用だ。ミルクティーには味が濃い茶葉って相場が決まってるだろ」
「───っ、作ってやってんだから黙って飲め!」
ダンっと机を揺らす勢いでティーセットをお盆ごと机に下ろした不動の顔は屈辱で歪んでいる。
怒りで顔は紅潮し今にも湯気が出そうだ。
悔しげに唇を噛み締め、普段の余裕ぶった態度など何処かにかっ飛ばしたらしい彼は、ティーカップにポットから紅茶を注ぐ。
「我侭だなぁ、不動は。紅茶の淹れ方すら知らないんだから、仕方ないか」
「次は絶対完璧なのを淹れてやるよ!涙流して感動するようなレベルでな!」
「あっそ。じゃ、次はエスプレッソな。イタリアエリアでマキネッタでも買ってくるか。本場のみたいにクレマは立たないだろうけど、宿舎で楽しむには十分だし。豆とミルクも用意しなきゃな」
「何だよ、マキネッタとかクレマとか意味が判んねぇよ」
「勉強不足だな。そんなに俺に教えてもらいたいのか?『一週間何でも言う事聞く』って割りに、何も知らないじゃん。───それとも、俺に構って欲しいから知らないフリしてんの、不・動・君」
「!!!?・・・エスプレッソはいつ飲みたいんだ」
「そうだなぁ。イタリアエリアまで買い物に行く時間も考慮すると、明日の昼食後かな」
「豆やミルクは誰が用意する」
「マキネッタ買うついでに俺が買ってくる。エスプレッソの淹れ方講座も開いて欲しいか?」
「必要ない。俺は完璧にエスプレッソを淹れてやる!そん時になって吠え面を掻くなよ!」
「はいはい、精々頑張ってね」
「コーヒー豆のドリップくらい簡単だ!」
「エスプレッソはドリップ式じゃなくてエスプレッソ式だからな~。外で恥掻くから覚えておこうな」
「ぐっ・・・、明日には目にもの見せてやる!」
まるきり悪役のような台詞を吐き食堂から出て行った不動に、その場に居た面々は瞳を丸くした。
まさかあの不動が、円堂にお茶を淹れる場面を見るなんて思ってなかった。
というか、他の誰相手でも驚いただろう。
先ほども怒りながらも手際よくミルクティーを淹れると、そのまま円堂の元にきっちりと運んでいる。
怒鳴って出て行く前に全てをこなすとはある意味律儀だが、全く理解できない展開に驚愕を隠せない。
「───おい、不動の奴どうしたんだ?」
「どうして俺に聞く」
「不動のことはお前か円堂に聞くのが一番だろ?」
話を振られた鬼道は嫌そうな顔を隠しもせず円堂へと視線を向けた。
不動に淹れられた紅茶を口に含み、『四十点だな』と辛口の評価をしている姉は、いつも通り周囲の視線などお構い無しだ。
何処までもマイペースにわが道を歩き、ミルクが分離した紅茶を飲む。
彼女がさして紅茶に拘りのないのは知っているが、あれは中々酷い。
長年放置しておいた缶ジュースでもあるまいに、淹れたてでどうしてああなるのか。
嗜みとして一通りの手順を知る鬼道は、ひっそりと眉間の皺を深める。
「あのぉ」
「どうした壁山」
「実は俺、どうしてか知ってるっす」
「ほう」
「実は昼の休憩時間、俺と小暮と立向居と栗松で休憩室で話していたところに不動さんがやってきたっす」
「それでトランプしようって言われたんで一緒にトランプをしたでやんす」
「俺は反対したんだけどねー。立向居が親しくなるチャンスだからってごり押ししてきたんだ。そんでどうしてそうなったのか覚えてないけど、いつの間にか賭けババ抜きに変わっててさ。俺たち色々とぼったくられそうになってた訳」
「・・・そこに円堂さんが通りかかって、俺たちに代わって不動さんに勝負を持ちかけたんです。ポーカー勝負なんて俺たちは良く判らなかったんですけど、円堂さんも不動さんも慣れた手つきで勝負を始めて。それで何回かゲームを繰り返したところで、円堂さんが賭けを持ちかけたんです」
「それがこれでやんす」
栗松が懐から取り出したのは『誓約書』と書かれている藁半紙だった。
正式文書に乗っ取った形式のそれは、いざと言うとき裁判でも使えるような念の押しようで目を見張る。
日付、名前、拇印、さらに書かれた文章にざっと目を通すと、ふうと一つため息を吐いた。
「これは姉さんが教えた形式だな?」
「はい。円堂さんの分もあったんですが、勝敗が決した瞬間に破り捨てました」
「あの不動さん相手にきっちりと勝ち越して凄かったっす」
「うんうん、格好良かった!あいつの悔しそうな顔ったらなかったよね!うししししし!」
「ポーカーは心理戦じゃなくて何とか理論を唱える極めて学術的ななんたらって言ってたっす。難しくて俺には半分も理解できなかったっす」
「円堂さん自分は負けるはずがないって宣言してましたけど、本当はちょっと心配だったんです。いざとなればムゲン・ザ・ハンドで何とかしようと思ったんですけど、心配無用でした」
「───それはそうだろう。ポーカーで姉さんに勝とうなど無謀すぎる。俺でも遠慮したい。ポーカーは極めて数学的な論理を有するゲームだ。心理戦のみとの印象が強いが、それは素人判断だな。計算により勝率が算出でき、賭け時も引き時も選択できる。だがこれはあくまで、論理的にはと注釈が付くがな」
「どういう意味だ?」
爽やかな笑顔で黒いことを言う立向居に若干引きながら、当然な勝敗に頷く。
不思議そうにこちらを見ている豪炎寺にもポーカーの原理を説明してやろうと口を開いた。
「確率計算により勝率を算出するのは式さえ知っていれば誰にでも出来る。だが機械もなしに脳内でパターンを想定し弾き出すには相当な頭脳が必要だ。俺も幾度か姉さんにポーカーの相手をしてもらったことがあるが、未だに一度も勝てたことはない」
「鬼道さんがですか!?でも、不動さんは何回か勝ってましたよ?」
「それは『勝たせた』んだろう。心理戦略の一つだ。勝ちと負けを交互に繰り返していれば、先入観により対戦相手の実力を見誤る」
「でも円堂さんは確率なんとかって言ってたっすよ?」
「確率論戦略は心理戦略を行う上で望む要素だ。どちらが欠けてもポーカーには勝てない。奥が深いゲームなんだ」
「・・・はぁ、難しいっすねぇ」
「だが一応理解した。つまり不動は姉さんにカモられたんだな」
「え?」
「言っただろう?俺は姉さんに一度も勝てたためしはない、と。相手を立てる意味合い、もしくは戦略的理由以外で姉さんが負けたのは見たことない。プロ相手でも勝つような人だぞ。素人に毛が生えたような子供の賭けポーカーしか知らない不動じゃ姉さんには一生勝てないな」
「つまり、円堂は自分が確実に勝つと知った上で勝負したということか?」
「そうだろうな」
首を傾げた豪炎寺に頷けば、驚きも露に彼は視線を円堂へ向けた。
きっちりとポットに入った紅茶を全て飲み干したらしい円堂は、気がつけば何かをノートに書いている。
鬼道にも見覚えがあるそれは、不動のこの先を予感させるものだった。
「何書いてんだ、円堂?」
「んー?不動の紅茶チェックポイント。まず水をミネラルウォーター利用してる時点からアウトだけど、他にも色々と問題があってさ。折角だから紅茶の淹れ方仕込んでやろうと思って」
「不動に紅茶の淹れ方を?どうして」
「これから淹れる機会が増えるからだよ。はははっ、楽しみだな」
一人でサーフィンでもしていたのだろう。
食堂に姿を現したばかりの綱海が不思議そうに問いかけると、からからと笑って爽やかに円堂が答えた。
どう考えてもこれからも不動を顎で使う気満々の姉の発言に頭を抱えたくなった。
以前から薄々感じていたが、絶対に彼女は不動を気に入っている。
あんなに捩れて素直じゃなく性格の悪い男のどこがいいのか問いただしてやりたいが、聞いたところで納得は出来ないだろうから唇を噛み締めた。
「・・・もしかして円堂さん、定期的に対戦を組むつもりでしょうか?」
「だろうな。姉さんは不動みたいなタイプを構うのが好きなんだ。それに負けたままでは不動も簡単には引き下がらないだろう」
「円堂さん勇気あるっす。俺はとても構えないっす」
「円堂は器が大きいからな」
「いや、豪炎寺。そうじゃない。あれは嫌がっている相手を弄り回すのが好きなだけだ。抗う相手を構いたくなるらしい。全く解せない」
「嫌がって爪を立てる猫を構うのと同じってこと?」
「似て非なるものだろうが、そんなとこだろう」
「やっぱり円堂さんは凄いでやんす。色々な意味で尊敬するでやんす」
ありとあらゆる面で新たな尊敬を集める話題の人は、暢気にルーズリーフに文字を書きとめていく。
その光景が嘗ての自分との関係を髣髴とさせ、そう言えばポーカー勝負のたびに紅茶を淹れる腕が上がったのだと思い出した。
さすがに不動のように誓約書まで書かされなかったが、当時ポーカーとチェスの勝負を挑むたびにどちらが紅茶を淹れるかを賭けていた気がする。
思えばあれは姉なりの気の使い方だったのかもしれない。
滅多にないとはいえ大人相手に給仕する機械は幾度もあったし、茶葉や紅茶の種類による淹れ方の変化、抽出時間にブレンド方法と蓄えた知識は無駄にならなかった。
だが果たして不動相手にその技術は必要なのかと頭を捻る部分ではあるが。
円堂の思惑が判らず首を捻っていると、斜め前でがたりと音がした。
視線をやれば何か思いつめたような顔で立向居が立っている。
嫌な予感がする、とひっそりと眉根を寄せて行動を見守っていると、綱海と談笑しながらノートを纏める円堂の元へてくてくと歩いた。
「円堂さん!」
「ん?どうした、立向居?」
「俺と将棋で勝負してください!」
「・・・将棋?何でまた突然?」
「不動さんばかり相手にするのはずるいです!俺とも勝負して、同じ権利を賭けてください!」
「って言ってもなぁ。可愛い後輩をカモにするのは忍びないし。立向居は将棋が出来るのか?」
「はい!あと、囲碁も出来ます!」
さりげなく自分が勝つと遠まわしに言っている円堂に気づかず、立向居は拳を握って勢い込む。
そんな彼の様子を座ったまま眺めている仲間たちは、突然の行動に驚きつつも納得した。
「・・・随分と渋い趣味っすねぇ」
「爺くさいって正直に言ったら?うしししし」
「意外なようで納得の特技でやんす」
「立向居の雰囲気には似合ってるな」
「ああ。むしろ似合いすぎている」
雰囲気がおっとりしている立向居は、縁側でお茶を飲みながら将棋や囲碁をしていても違和感がない。
サッカー少年なのに汗臭いイメージが見た目にないからだろうか。
それとも年寄りに可愛がられるイメージがあるからかもしれない。
立向居の勢いに困ったように眉を下げた円堂は、ぽんと手を鳴らした。
「なら、チェスを覚えてみないか?囲碁や将棋が得意ならチェスも嵌ると思うぞ?」
「チェス・・・ですか?」
「丁度この間貰ったチェスセットがあるんだ。使ってないから貸してやるよ」
「でも俺、本当に何も知らなくて」
「大丈夫、俺が教えてやるから。戦術ゲームは戦略を整えるのにも有効だ。覚えて損はないだろう。そこの残りの一年坊」
『はい!?』
突然に呼びかけられ、彼らの背筋がぴんと伸びる。
色々と後ろめたい部分があるからだろうが、びくびくしながら円堂の様子を窺っていた。
そんな彼らの態度も意に介さず、彼女は笑顔を浮かべたまま続ける。
「お前らにも教えてやろうか?中学生でチェスが出来るってかっこいい響きだろ?」
「言われてみればそうっすね」
「ハイソなイメージがあるでやんす!」
「えー?そうか?」
「そうそう。二セットあるからまとめて教えてやる。豪炎寺と有人はどうする?」
「俺は久し振りに姉さんとポーカーがしたい」
「俺は別に・・・」
「それじゃ豪炎寺もポーカーな。覚えておくとサッカーにも応用が利くぞ。ルールはやっぱホールデムだな」
「ホールデム?」
「広域で楽しまれるポーカーの一つだ。テキサス・ホールデム。よくカジノで扱っているスタイルだな」
「そうか。サッカーに役立つなら頼む」
サッカーに役立つと聞き、素直に豪炎寺も頷いた。
豪炎寺なら頭もいいし鍛えれば鬼道のいい対戦相手になるだろう。
素直な彼は基本的に飲み込みもいいし何事に対してもセンスがある。
盛り上がる周囲に乗り遅れたと思ったのか、円堂の隣に居た綱海が彼女の肩に腕を伸ばすとその体を引き寄せた。
ぐっと近づく距離に鬼道の眉間の皺が三割り増しで深くなり、豪炎寺は静かに眉を跳ね上げる。
「おい円堂。どうして俺には声を掛けねえんだよ」
「綱海には向いてないだろ。賭けてもいいが絶対に飽きるね。代わりにフォカッチャの作り方教えてやるよ。料理は嫌いじゃないだろ?」
「フォカッチャって、この間のイタリアのパンか?」
「うん。美味い美味いって結局人の分を一枚半も奪ったあのパンだよ」
「そいりゃいいな!作り方を覚えりゃいつでも食えるしな!よし、土方も誘っておこう!」
「そんなら他に興味ありそうな奴にも声掛けといてくれ。時間は───そうだな、明日の昼に種を作っておいて、お前らが練習中に焼いといてやるよ!」
「マジか!この間の奴みたいにバーガー状にしといてくれよな!」
「よし、任せろ。代わりにカロリー計算は任せた」
「またぁ!?」
「美味いものを食うためのスポーツ選手の嗜みだろ。ちゃんと野菜とかのバランスも考えろよ」
うんざりとして机に上半身を項垂れた綱海に、少しだけ疳の虫も大人しくなる。
種類を豊富に作るならカロリー計算も中々手間になるだろう。
スポーツ選手には必須だが慣れるまで面倒なものだ。
「んじゃ、飲み物は不動任せだな。デミタス・・・はまぁいいか。どうせお前らエスプレッソ飲めないだろうし。ミルクティーの再テストだな」
「ええー?俺もエスプレッソ飲んでみたい!」
「小暮、身長伸びなくなるかもしれないぞ?」
「っ!?エスプレッソは身長伸びなくなるの?」
「まぁ、一口だけ俺のを分けてやるからそれで我慢な。絶対に飲み干せないから」
「・・・ラテにすればいいんじゃないんですか、姉さん。どうせミルクも買ってくるんでしょう?」
「そうだけどな。ま、次回の楽しみに持ち越してくれ」
苦笑した円堂にゴーグル越しに鬼道は目を細めた。
不動は初回はどうせ失敗すると見越しているのだろう。
エスプレッソは抽出時間も短いが慣れるまでコツがいる。
イタリア帰りの姉のために必死に練習した自分が一番良く知っている。
「それなら、俺がラテを淹れます」
「へ?有人が?」
「それならいでしょう?マキネッタは二つ、あとデミタスは俺の分もお願いします」
「・・・しょうがないなぁ。んじゃ、お前の分も用意してくるよ」
我侭を言う子供を宥めるように甘い調子で囁いた円堂が、鬼道の案に頷いた。
そして周りを見て微笑む。
「有人のラテは美味いぞ!明日はパンと一緒に豪勢に食べようぜ!」
『おう!!』
「何でこの俺がお前らの分まで紅茶淹れなきゃなんねえんだよ!!」
全く状況を知らされていなかった不動が、前日必死で資料を集めて頭に叩き込んだエスプレッソの淹れ方を円堂に披露しようとしたときに、初めて試食会が企画されていたのを知って絶叫する。
しかものうのうとそこに居るマネージャーには紅茶を用意しろ、なんて命令されて切れて側頭部まで真っ赤にして憤怒した。
だが怒りを向けられた円堂は不動の苛立ちを華麗にスルーすると、焼きたてのフォカッチャ片手ににこりと微笑む。
「不動君。君の一週間は俺に委ねられているのをお忘れなく。怨むならポーカーが弱い自分を怨むんだな」
「俺は弱くねぇ!」
「そんなこと言って、呆気なく俺の前に敗北したくせに。あー、負け犬の遠吠えって聞くのは心地いいなぁ」
「っ!!!円堂!お前に再戦を申し込む!あの誓約書の期限が切れた瞬間がお前の最後の時だ!」
「何処の三流悪役だよって突っ込みたくなる台詞だけど、いいぞ。その申し込み受けて立とう。申し込みはお前からだし方法は俺が選ぶ。・・・そうだな、ポーカーだと実力差がありすぎるから、チェスに変えるか。公式ルールに乗っ取ってプレイするから精々頑張るんだな」
「絶対に泣かせてやるからな!!」
地団太踏んで悔しがる不動に、円堂は頷いた。
その笑顔を隣で眺めていた鬼道は、姉の趣味の悪さにじとりと眉間の皺を深めた。
人心操作が得意な姉は、これを期に不動を周囲と馴染ませようとしたのだろうが、面白い気分にはならない。
怒り狂いながらも紅茶を淹れる準備を始める部分を気に入ってるのだろうと何となく察してしまい、やはりこいつは嫌いだとうんざりとした。
「くそっ」
「さっきみたいな失敗は勘弁してくれよー。茶葉が浮いたままで茶漉しも使わずとか有り得ないから。ポットとミルクも温めたの使ってね。この間エドガーから貰った一式全部必要だから。それとも不動君は、紅茶の淹れ方も一から教えないと判んないかな?」
「うるせぇ!黙ってみてろ!紅茶くらい完璧に淹れてやる!ミルクティーなんて簡単だ!」
「渋すぎるのは勘弁な。茶葉はアッサムで宜しく。ダージリンとかは嫌だぞ」
「先に言え!もうダージリン使っちまっただろうが!」
「はぁ?茶葉の色見て判んなかったのか?ここにあるダージリンはストレート用だ。ミルクティーには味が濃い茶葉って相場が決まってるだろ」
「───っ、作ってやってんだから黙って飲め!」
ダンっと机を揺らす勢いでティーセットをお盆ごと机に下ろした不動の顔は屈辱で歪んでいる。
怒りで顔は紅潮し今にも湯気が出そうだ。
悔しげに唇を噛み締め、普段の余裕ぶった態度など何処かにかっ飛ばしたらしい彼は、ティーカップにポットから紅茶を注ぐ。
「我侭だなぁ、不動は。紅茶の淹れ方すら知らないんだから、仕方ないか」
「次は絶対完璧なのを淹れてやるよ!涙流して感動するようなレベルでな!」
「あっそ。じゃ、次はエスプレッソな。イタリアエリアでマキネッタでも買ってくるか。本場のみたいにクレマは立たないだろうけど、宿舎で楽しむには十分だし。豆とミルクも用意しなきゃな」
「何だよ、マキネッタとかクレマとか意味が判んねぇよ」
「勉強不足だな。そんなに俺に教えてもらいたいのか?『一週間何でも言う事聞く』って割りに、何も知らないじゃん。───それとも、俺に構って欲しいから知らないフリしてんの、不・動・君」
「!!!?・・・エスプレッソはいつ飲みたいんだ」
「そうだなぁ。イタリアエリアまで買い物に行く時間も考慮すると、明日の昼食後かな」
「豆やミルクは誰が用意する」
「マキネッタ買うついでに俺が買ってくる。エスプレッソの淹れ方講座も開いて欲しいか?」
「必要ない。俺は完璧にエスプレッソを淹れてやる!そん時になって吠え面を掻くなよ!」
「はいはい、精々頑張ってね」
「コーヒー豆のドリップくらい簡単だ!」
「エスプレッソはドリップ式じゃなくてエスプレッソ式だからな~。外で恥掻くから覚えておこうな」
「ぐっ・・・、明日には目にもの見せてやる!」
まるきり悪役のような台詞を吐き食堂から出て行った不動に、その場に居た面々は瞳を丸くした。
まさかあの不動が、円堂にお茶を淹れる場面を見るなんて思ってなかった。
というか、他の誰相手でも驚いただろう。
先ほども怒りながらも手際よくミルクティーを淹れると、そのまま円堂の元にきっちりと運んでいる。
怒鳴って出て行く前に全てをこなすとはある意味律儀だが、全く理解できない展開に驚愕を隠せない。
「───おい、不動の奴どうしたんだ?」
「どうして俺に聞く」
「不動のことはお前か円堂に聞くのが一番だろ?」
話を振られた鬼道は嫌そうな顔を隠しもせず円堂へと視線を向けた。
不動に淹れられた紅茶を口に含み、『四十点だな』と辛口の評価をしている姉は、いつも通り周囲の視線などお構い無しだ。
何処までもマイペースにわが道を歩き、ミルクが分離した紅茶を飲む。
彼女がさして紅茶に拘りのないのは知っているが、あれは中々酷い。
長年放置しておいた缶ジュースでもあるまいに、淹れたてでどうしてああなるのか。
嗜みとして一通りの手順を知る鬼道は、ひっそりと眉間の皺を深める。
「あのぉ」
「どうした壁山」
「実は俺、どうしてか知ってるっす」
「ほう」
「実は昼の休憩時間、俺と小暮と立向居と栗松で休憩室で話していたところに不動さんがやってきたっす」
「それでトランプしようって言われたんで一緒にトランプをしたでやんす」
「俺は反対したんだけどねー。立向居が親しくなるチャンスだからってごり押ししてきたんだ。そんでどうしてそうなったのか覚えてないけど、いつの間にか賭けババ抜きに変わっててさ。俺たち色々とぼったくられそうになってた訳」
「・・・そこに円堂さんが通りかかって、俺たちに代わって不動さんに勝負を持ちかけたんです。ポーカー勝負なんて俺たちは良く判らなかったんですけど、円堂さんも不動さんも慣れた手つきで勝負を始めて。それで何回かゲームを繰り返したところで、円堂さんが賭けを持ちかけたんです」
「それがこれでやんす」
栗松が懐から取り出したのは『誓約書』と書かれている藁半紙だった。
正式文書に乗っ取った形式のそれは、いざと言うとき裁判でも使えるような念の押しようで目を見張る。
日付、名前、拇印、さらに書かれた文章にざっと目を通すと、ふうと一つため息を吐いた。
「これは姉さんが教えた形式だな?」
「はい。円堂さんの分もあったんですが、勝敗が決した瞬間に破り捨てました」
「あの不動さん相手にきっちりと勝ち越して凄かったっす」
「うんうん、格好良かった!あいつの悔しそうな顔ったらなかったよね!うししししし!」
「ポーカーは心理戦じゃなくて何とか理論を唱える極めて学術的ななんたらって言ってたっす。難しくて俺には半分も理解できなかったっす」
「円堂さん自分は負けるはずがないって宣言してましたけど、本当はちょっと心配だったんです。いざとなればムゲン・ザ・ハンドで何とかしようと思ったんですけど、心配無用でした」
「───それはそうだろう。ポーカーで姉さんに勝とうなど無謀すぎる。俺でも遠慮したい。ポーカーは極めて数学的な論理を有するゲームだ。心理戦のみとの印象が強いが、それは素人判断だな。計算により勝率が算出でき、賭け時も引き時も選択できる。だがこれはあくまで、論理的にはと注釈が付くがな」
「どういう意味だ?」
爽やかな笑顔で黒いことを言う立向居に若干引きながら、当然な勝敗に頷く。
不思議そうにこちらを見ている豪炎寺にもポーカーの原理を説明してやろうと口を開いた。
「確率計算により勝率を算出するのは式さえ知っていれば誰にでも出来る。だが機械もなしに脳内でパターンを想定し弾き出すには相当な頭脳が必要だ。俺も幾度か姉さんにポーカーの相手をしてもらったことがあるが、未だに一度も勝てたことはない」
「鬼道さんがですか!?でも、不動さんは何回か勝ってましたよ?」
「それは『勝たせた』んだろう。心理戦略の一つだ。勝ちと負けを交互に繰り返していれば、先入観により対戦相手の実力を見誤る」
「でも円堂さんは確率なんとかって言ってたっすよ?」
「確率論戦略は心理戦略を行う上で望む要素だ。どちらが欠けてもポーカーには勝てない。奥が深いゲームなんだ」
「・・・はぁ、難しいっすねぇ」
「だが一応理解した。つまり不動は姉さんにカモられたんだな」
「え?」
「言っただろう?俺は姉さんに一度も勝てたためしはない、と。相手を立てる意味合い、もしくは戦略的理由以外で姉さんが負けたのは見たことない。プロ相手でも勝つような人だぞ。素人に毛が生えたような子供の賭けポーカーしか知らない不動じゃ姉さんには一生勝てないな」
「つまり、円堂は自分が確実に勝つと知った上で勝負したということか?」
「そうだろうな」
首を傾げた豪炎寺に頷けば、驚きも露に彼は視線を円堂へ向けた。
きっちりとポットに入った紅茶を全て飲み干したらしい円堂は、気がつけば何かをノートに書いている。
鬼道にも見覚えがあるそれは、不動のこの先を予感させるものだった。
「何書いてんだ、円堂?」
「んー?不動の紅茶チェックポイント。まず水をミネラルウォーター利用してる時点からアウトだけど、他にも色々と問題があってさ。折角だから紅茶の淹れ方仕込んでやろうと思って」
「不動に紅茶の淹れ方を?どうして」
「これから淹れる機会が増えるからだよ。はははっ、楽しみだな」
一人でサーフィンでもしていたのだろう。
食堂に姿を現したばかりの綱海が不思議そうに問いかけると、からからと笑って爽やかに円堂が答えた。
どう考えてもこれからも不動を顎で使う気満々の姉の発言に頭を抱えたくなった。
以前から薄々感じていたが、絶対に彼女は不動を気に入っている。
あんなに捩れて素直じゃなく性格の悪い男のどこがいいのか問いただしてやりたいが、聞いたところで納得は出来ないだろうから唇を噛み締めた。
「・・・もしかして円堂さん、定期的に対戦を組むつもりでしょうか?」
「だろうな。姉さんは不動みたいなタイプを構うのが好きなんだ。それに負けたままでは不動も簡単には引き下がらないだろう」
「円堂さん勇気あるっす。俺はとても構えないっす」
「円堂は器が大きいからな」
「いや、豪炎寺。そうじゃない。あれは嫌がっている相手を弄り回すのが好きなだけだ。抗う相手を構いたくなるらしい。全く解せない」
「嫌がって爪を立てる猫を構うのと同じってこと?」
「似て非なるものだろうが、そんなとこだろう」
「やっぱり円堂さんは凄いでやんす。色々な意味で尊敬するでやんす」
ありとあらゆる面で新たな尊敬を集める話題の人は、暢気にルーズリーフに文字を書きとめていく。
その光景が嘗ての自分との関係を髣髴とさせ、そう言えばポーカー勝負のたびに紅茶を淹れる腕が上がったのだと思い出した。
さすがに不動のように誓約書まで書かされなかったが、当時ポーカーとチェスの勝負を挑むたびにどちらが紅茶を淹れるかを賭けていた気がする。
思えばあれは姉なりの気の使い方だったのかもしれない。
滅多にないとはいえ大人相手に給仕する機械は幾度もあったし、茶葉や紅茶の種類による淹れ方の変化、抽出時間にブレンド方法と蓄えた知識は無駄にならなかった。
だが果たして不動相手にその技術は必要なのかと頭を捻る部分ではあるが。
円堂の思惑が判らず首を捻っていると、斜め前でがたりと音がした。
視線をやれば何か思いつめたような顔で立向居が立っている。
嫌な予感がする、とひっそりと眉根を寄せて行動を見守っていると、綱海と談笑しながらノートを纏める円堂の元へてくてくと歩いた。
「円堂さん!」
「ん?どうした、立向居?」
「俺と将棋で勝負してください!」
「・・・将棋?何でまた突然?」
「不動さんばかり相手にするのはずるいです!俺とも勝負して、同じ権利を賭けてください!」
「って言ってもなぁ。可愛い後輩をカモにするのは忍びないし。立向居は将棋が出来るのか?」
「はい!あと、囲碁も出来ます!」
さりげなく自分が勝つと遠まわしに言っている円堂に気づかず、立向居は拳を握って勢い込む。
そんな彼の様子を座ったまま眺めている仲間たちは、突然の行動に驚きつつも納得した。
「・・・随分と渋い趣味っすねぇ」
「爺くさいって正直に言ったら?うしししし」
「意外なようで納得の特技でやんす」
「立向居の雰囲気には似合ってるな」
「ああ。むしろ似合いすぎている」
雰囲気がおっとりしている立向居は、縁側でお茶を飲みながら将棋や囲碁をしていても違和感がない。
サッカー少年なのに汗臭いイメージが見た目にないからだろうか。
それとも年寄りに可愛がられるイメージがあるからかもしれない。
立向居の勢いに困ったように眉を下げた円堂は、ぽんと手を鳴らした。
「なら、チェスを覚えてみないか?囲碁や将棋が得意ならチェスも嵌ると思うぞ?」
「チェス・・・ですか?」
「丁度この間貰ったチェスセットがあるんだ。使ってないから貸してやるよ」
「でも俺、本当に何も知らなくて」
「大丈夫、俺が教えてやるから。戦術ゲームは戦略を整えるのにも有効だ。覚えて損はないだろう。そこの残りの一年坊」
『はい!?』
突然に呼びかけられ、彼らの背筋がぴんと伸びる。
色々と後ろめたい部分があるからだろうが、びくびくしながら円堂の様子を窺っていた。
そんな彼らの態度も意に介さず、彼女は笑顔を浮かべたまま続ける。
「お前らにも教えてやろうか?中学生でチェスが出来るってかっこいい響きだろ?」
「言われてみればそうっすね」
「ハイソなイメージがあるでやんす!」
「えー?そうか?」
「そうそう。二セットあるからまとめて教えてやる。豪炎寺と有人はどうする?」
「俺は久し振りに姉さんとポーカーがしたい」
「俺は別に・・・」
「それじゃ豪炎寺もポーカーな。覚えておくとサッカーにも応用が利くぞ。ルールはやっぱホールデムだな」
「ホールデム?」
「広域で楽しまれるポーカーの一つだ。テキサス・ホールデム。よくカジノで扱っているスタイルだな」
「そうか。サッカーに役立つなら頼む」
サッカーに役立つと聞き、素直に豪炎寺も頷いた。
豪炎寺なら頭もいいし鍛えれば鬼道のいい対戦相手になるだろう。
素直な彼は基本的に飲み込みもいいし何事に対してもセンスがある。
盛り上がる周囲に乗り遅れたと思ったのか、円堂の隣に居た綱海が彼女の肩に腕を伸ばすとその体を引き寄せた。
ぐっと近づく距離に鬼道の眉間の皺が三割り増しで深くなり、豪炎寺は静かに眉を跳ね上げる。
「おい円堂。どうして俺には声を掛けねえんだよ」
「綱海には向いてないだろ。賭けてもいいが絶対に飽きるね。代わりにフォカッチャの作り方教えてやるよ。料理は嫌いじゃないだろ?」
「フォカッチャって、この間のイタリアのパンか?」
「うん。美味い美味いって結局人の分を一枚半も奪ったあのパンだよ」
「そいりゃいいな!作り方を覚えりゃいつでも食えるしな!よし、土方も誘っておこう!」
「そんなら他に興味ありそうな奴にも声掛けといてくれ。時間は───そうだな、明日の昼に種を作っておいて、お前らが練習中に焼いといてやるよ!」
「マジか!この間の奴みたいにバーガー状にしといてくれよな!」
「よし、任せろ。代わりにカロリー計算は任せた」
「またぁ!?」
「美味いものを食うためのスポーツ選手の嗜みだろ。ちゃんと野菜とかのバランスも考えろよ」
うんざりとして机に上半身を項垂れた綱海に、少しだけ疳の虫も大人しくなる。
種類を豊富に作るならカロリー計算も中々手間になるだろう。
スポーツ選手には必須だが慣れるまで面倒なものだ。
「んじゃ、飲み物は不動任せだな。デミタス・・・はまぁいいか。どうせお前らエスプレッソ飲めないだろうし。ミルクティーの再テストだな」
「ええー?俺もエスプレッソ飲んでみたい!」
「小暮、身長伸びなくなるかもしれないぞ?」
「っ!?エスプレッソは身長伸びなくなるの?」
「まぁ、一口だけ俺のを分けてやるからそれで我慢な。絶対に飲み干せないから」
「・・・ラテにすればいいんじゃないんですか、姉さん。どうせミルクも買ってくるんでしょう?」
「そうだけどな。ま、次回の楽しみに持ち越してくれ」
苦笑した円堂にゴーグル越しに鬼道は目を細めた。
不動は初回はどうせ失敗すると見越しているのだろう。
エスプレッソは抽出時間も短いが慣れるまでコツがいる。
イタリア帰りの姉のために必死に練習した自分が一番良く知っている。
「それなら、俺がラテを淹れます」
「へ?有人が?」
「それならいでしょう?マキネッタは二つ、あとデミタスは俺の分もお願いします」
「・・・しょうがないなぁ。んじゃ、お前の分も用意してくるよ」
我侭を言う子供を宥めるように甘い調子で囁いた円堂が、鬼道の案に頷いた。
そして周りを見て微笑む。
「有人のラテは美味いぞ!明日はパンと一緒に豪勢に食べようぜ!」
『おう!!』
「何でこの俺がお前らの分まで紅茶淹れなきゃなんねえんだよ!!」
全く状況を知らされていなかった不動が、前日必死で資料を集めて頭に叩き込んだエスプレッソの淹れ方を円堂に披露しようとしたときに、初めて試食会が企画されていたのを知って絶叫する。
しかものうのうとそこに居るマネージャーには紅茶を用意しろ、なんて命令されて切れて側頭部まで真っ赤にして憤怒した。
だが怒りを向けられた円堂は不動の苛立ちを華麗にスルーすると、焼きたてのフォカッチャ片手ににこりと微笑む。
「不動君。君の一週間は俺に委ねられているのをお忘れなく。怨むならポーカーが弱い自分を怨むんだな」
「俺は弱くねぇ!」
「そんなこと言って、呆気なく俺の前に敗北したくせに。あー、負け犬の遠吠えって聞くのは心地いいなぁ」
「っ!!!円堂!お前に再戦を申し込む!あの誓約書の期限が切れた瞬間がお前の最後の時だ!」
「何処の三流悪役だよって突っ込みたくなる台詞だけど、いいぞ。その申し込み受けて立とう。申し込みはお前からだし方法は俺が選ぶ。・・・そうだな、ポーカーだと実力差がありすぎるから、チェスに変えるか。公式ルールに乗っ取ってプレイするから精々頑張るんだな」
「絶対に泣かせてやるからな!!」
地団太踏んで悔しがる不動に、円堂は頷いた。
その笑顔を隣で眺めていた鬼道は、姉の趣味の悪さにじとりと眉間の皺を深めた。
人心操作が得意な姉は、これを期に不動を周囲と馴染ませようとしたのだろうが、面白い気分にはならない。
怒り狂いながらも紅茶を淹れる準備を始める部分を気に入ってるのだろうと何となく察してしまい、やはりこいつは嫌いだとうんざりとした。
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