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「───影山」


気がつけば帝国サイドのベンチの前に、一人の男が立っていた。
襟首まできっちりと隠れる服を着た長身の男は、長く伸びた髪を一本で結んでいる。
過去の幻影が一瞬過ぎり、痛みを堪えるように奥歯を噛み締めた。
怒りで震えそうになる体を、拳を握ることで必死で耐え顎を引いて顔を上げる。
サングラス越しの視線がこちらに向いているのを感じ、精々ふてぶてしく笑って見せた。


「どうした、守?嘗てのように総帥と呼んではくれないのか?」
「相変わらず俺に執着しているみたいだね。でも残念。俺の守備範囲は年齢プラス一回り上までなんだ。条件を超える相手はイケメン以外は相手にしないようにしてんの。だから俺を自分のもの扱いは止めてくれ」
「お前は私の作品だ。天賦の才を持つ、私の最高傑作品。・・・だが、それももう過去になるがな」
「どういう意味だ」
「お前の弟、鬼道有人がお前を超えるということだ。二年間お前が以前の実力を取り戻そうとどれだけ努力したか知らんが、お前はお前自身の過去を越えられない。その可能性もない。ゴールキーパーを選んだのは少しでも体力を温存させるためだろうが、それも無駄だ。何よりお前の才能が一番活きるポジション、それはミッドフィルダー。私が育てた最高の作品のお前は、そのポジションで始めて真価を発揮する!」
「今の俺はあなたが覚えている俺じゃないんだ。俺は雷門のゴールキーパーだ。あなたが唯一正確に俺の実力を知らないポジションだよ。それに無駄かどうかはやってみないと判らない」
「相変わらず生意気なことだな。その程度のチームで実力を抑えつつプレイするのが楽しいか?お前のサッカーはもっと自由なものだったのではないか。フィールドの中で風を切り、勝気な戦略で敵を翻弄し蝶のように舞う。勝つための私の教えを全て無視して、それでも傲慢に勝ち続けたお前は何処に行った?誰もがお前に惹かれ誰もがお前とプレイしたいと望んだ。そのお前は何処に消えた?」
「何言ってんだよ。あなたが作り上げた天才の『鬼道守』は世界中の何処を探したっていないよ。あれ以上ない証拠を差し出してあげたじゃないか。ここに居るのは『円堂守』。あなたが憎み嫉み怨んだ男の孫だ」
「嘗てのお前は天才だった。何人にも執着せず、誰よりも貪欲に上を目指し下を見下ろして笑っていた。私が愛したのはサッカー以外に執着を持たなかった『鬼道守』だ。『円堂守』などという紛い物ではない。───二年前、自らサッカーに決別したお前が何処まで出来るか見てやろう。その体、抱えている爆弾は『一つではない』だろう?」
「関係ないね。俺のサッカーはあなたのサッカーと違う。俺がしたいサッカーは個人が秀でていれば出来るものじゃない。十一人揃って初めて出来るサッカーだ」
「詭弁だな。だが───それがお前だったな、守」


まるで愛しくて仕方ない相手を見詰めるように微笑んだ影山に瞳を眇める。
クツクツと喉を震わせ愉快だと言外に告げる男は、嘗ては恩師と慕った相手だった。
両親を失い他に肉親の無い円堂にサッカーを教えたのは影山だ。
戦略の立て方も技術も、基礎は全て彼に教えてもらった。
納得いかないことは容赦なく拒否してきたが、それでも彼の技の開発に協力したし盗める技術は全て盗んだ。
砂漠の砂が水を吸収するように、与えられた技術を吸収発展させた。
彼がいなければ現在の円堂は居ない。
憎んでいるが感謝している。
お陰で束の間とは言え色々な舞台に立てた。世界でも有数のプレイヤーとサッカーが出来た。
知識も経験も糧となり、同年代の中学生より遥かに広い世界を見てきた。
だが彼の色に染まる気はない。
根本が違いすぎるのだ、円堂と影山では。

『サッカーを愛する』から楽しい円堂。『サッカーを歪んだ形で愛する』から勝ち続ける影山。


「あなたの生涯の最高傑作は俺ですよ、『総帥』。死ぬ瞬間まであなたは俺という幻想から逃げれない」
「ほう?鬼道に成り代わるとでも言うつもりか?捨てるだけでは飽き足らず、今度は鬼道の居場所を奪うのか?」


にやり、と笑った影山は呆然と突っ立っていた鬼道を指差した。
大袈裟なまでに体を震わせた鬼道は、柳眉を吊り上げる。


「そんなことは・・・そんなことはさせない!俺はもうお前に何も奪わせはしない!絶対に・・・絶対に、だ!!」


影山に屈するということは、すなわち鬼道の将来を摘み取ると同意だ。
円堂としては端から影山の与えるものになど興味はなく、鬼道の位置に成り代わりたいという願望もない。
本来なら頼まれても近づきたい人種ではないし、出来れば二度と関わりたくない。
だが彼の傍には自分に捨てられたと思い込んでいる『有人』が居る。
憎まれても嫌われても、『守』は『有人』を愛している。

一方的にその手を放したが、彼を想わない日はなかった。
一番傍に居なくてはいけない時期に離れたことが一生の傷を残したなら、一生をかけて償おう。
何を購いにすることも厭わないから、彼から『有人』を奪い返さねばならない。
そうでなければ、彼の道を影山と切り離さなければ、勝つ執念に染まりきってしまったなら、もう二度と『有人』は日の当たる道を歩けない。
影山の意思のままに操られる人形となり、歪んだ感情でサッカーに向き合う傀儡となる。
それだけは許してはいけない。
勝手な都合で彼を手放した『守』こそが、責任を持って止めなくてはいけないのだ。

悲痛な声で叫んだ鬼道がマントを翻し帝国のベンチへと向かう。
その姿を見送って服の上から胸の部分を掴むと、深呼吸して背筋を伸ばした。
自分を奇異の眼差しで見詰める雷門中のメンバーを視線でひと撫でし、ひゅっと息を吸い込む。


「・・・円堂」
「ごめん、皆。そしてありがとう。雷門中のサッカー部だったから、俺はこの場所に立てている。俺は本当に、お前らとサッカーがやれて嬉しいんだ。サッカーは楽しいものだと思い出させてくれるお前らと、プレイ出来て嬉しいんだ」
「円堂」


影山の言うとおり、現在のこのチームでは円堂の実力は活かしきれない。
二年前のハンデを負った今でも差がありすぎる。
しかしそれは影山が丹精篭めて育てたらしい帝国の面々に対しても言える言葉だ。
もし万が一あのチームに入っても、円堂の本気のプレイに応えられる相手などいないだろう。
『鬼道守』が居た高みは、この程度の器に収まるものではないのだ。
『円堂守』は『鬼道守』の片鱗しか持っていないが、それでも彼らの上を行く実力を円堂は有している。
鬼道を前にした瞬間だけ僅かに実力を発揮したが、一之瀬と協力して打ったシュートも本来の威力の三分の一もない。
むしろ一之瀬の力を借りない自分一人のシュートの方が遥かな威力を持つものが打てただろう。
その気になれば帝国のプレイヤー程度なら一人でごぼう抜きも出来た。
彼らの中で一番の実力者であろう鬼道ですら、予想以上に実力はあったが想定内の枠を超えなかったのだから。

しかし円堂は一人でプレイする気はない。
『円堂守』の本気のプレイは雷門中サッカー部と協力して戦うことだ。
突出した個人技に全てを頼らせるのではなく、彼らは全員が一丸となって闘うことで個の能力を超える。著しい実力者は現在のこのチームでは障害にしかならず、むしろバランスを崩すだろう。
『守』の望むサッカーは、愛しているサッカーは、自分一人では出来ないのだ。

そして何より円堂の真の力を知り、彼らが潰れるさまは見たくなかった。

昔は相手の実力不足だと、潰れるならそれもまた一興と思っていたが、そんな心を変えてくれたのは弟の存在だった。
だから彼にも思い出して欲しい。
勝つため以外にも、大切なものがあるのだと。
このチームなら、そして鬼道を想う人間が居るあのチームなら、きっと彼に思い出させれる。
彼らの実力を全開まで引き出してプレイする。心を重ねて仲間とサッカーをする。
それが昔からの自分のプレイスタイル。


「昔の俺は鬼道の性を名乗っていた。あそこに居る『鬼道有人』は血の繋がらない兄弟だった。見ての通り俺はあいつに心の底から憎まれている。だか『姉』として、最後の役目を果たしたい。何も話さないで助けてくれって言うのは図々しいって判ってる。けど、頼む。どうか、鬼道の目を覚まさせるために今は力を貸してくれ」


こちらを見詰める仲間たちに深々と頭を下げる。
助けてもらえるなら土下座だって厭わない。
自分は一度サッカーを捨てた身だ。
それでものこのことこの場に帰ってくるほどに、執着があるのだ。


「・・・頭を上げろ、円堂」
「風丸」
「俺たちは誰もお前に利用されたなんて思っちゃいねぇよ」
「染岡」
「俺たちがここまでこれたのは、キャプテンがいたからっす。苦しい時でも辛い時でもキャプテンは俺たちを一回も見捨てたりしなかったっす」
「壁山」
「そうでやんす。だから今度は俺たちがキャプテンを支える番でやんす」
「栗松」
「でも、あとできちんと理由は聞かせてよね。そうじゃなきゃ納得しないから」
「マックス」
「まさか円堂が女の子とはね。だから一之瀬が気を使ってたわけだ」
「あはは、ごめんね皆。俺はこっちの方が見慣れてるんだ」
「邪心がだだもれだからてっきりそっちの道に行ったのかと思ったぜ。でも、漸く判った。こうなりゃ、協力するっきゃないでしょ。お前が俺を信じてくれたように、俺だってお前を信じるよ」
「土門」


顔を巡らせば残りのメンバーもにこりと微笑み、ぐっと親指を立ててきた。
懐かしい感覚。
まだフィールドを自由に駆け回れたときに、同じような仲間がいた。
『サッカーは楽しいものだ』と胸を張って言える、そんな仲間が。
『守』が『有人』に見せたいのは、思い出させたいのは、そんなサッカーなのだ。


「ありがとう」


『鬼道守』はヨーロッパ屈指の天才プレイヤーだった。
対して『円堂守』はその栄光の全てを失い、地べたから這い上がった存在でしかない。
嘗ての名声は今はもう手が届かぬ光の彼方に存在し、二度と立てない場所だと知っている。
毎日に絶望し、取り上げられた全てに涙を飲んだのも一度や二度ではない。
けれどある日唐突に気づいた。
世界の舞台に立てなくても、自分はサッカーが出来る場所があるのだと。
そして自分が弟のためとエゴを振りかざした結果に気づき、愕然とした。
何という恐ろしいことをしてしまったのか。何という愚かな真似をしてしまったのか、と。

無意識に掛けたリミッターを解除するのは、今の円堂には死刑宣告と同じだ。
自分の選んだ道の結末を覆すために、文字通り命を掛ける。

円陣を組んで、こちらに視線を向ける仲間に微笑む。
そしてゆっくりと口を開いた。


「前半に無理をした鬼道の負担を考えると、皇帝ペンギン2号は打ててあともう一発。それさえ凌げばこの試合、必ず勝てる」
「ああ」
「この試合が終わったら、全部話す。だから、頼む。この試合もう一点奪って絶対に勝ってくれ。ゴールは俺が割らせない」
「判った」
「信じてるぜ、キャプテン」
「雷門の守護神として、きちっと活躍してよね」
「そうそう。円堂はあくまでキーパー。俺たちも毎度期待してるわけじゃない」
「・・・サンキュ、皆。───後半は豪炎寺にボールを集めろ、勢いに乗って点を奪うぞ!俺たちは帝国に勝つ!!」
『おう!!』


円堂の実力の片鱗を見せつけても、円堂の力のみを頼りにしないと言い切る彼らが誇らしい。
実力の差があっても、彼らは対等な仲間だ。
組んでいた円陣から離れると、視線を感じて顔を上げる。
そして激しい憎悪を向ける鬼道と目が合い、少しだけ泣きたくなった。

振り切るようにこちらから視線を外し、離れた場所にぽつんと立っている音無へ近づく。
怯えた小動物のようにこちらを見上げた少女に、柔らかく微笑んだ。


「安心しろ、音無。俺たちがこの試合に勝っても帝国はフットボールフロンティアへの参加権は失わない」
「───どういうことですか?」
「勉強不足だな、マネージャー。前年度優勝校は特別枠があるんだよ。だからあいつの望みを挫く訳じゃない。ここで負けても、あいつはきっとお前を得るために優勝を目指す」
「どうして」
「ん?」
「どうして、私にそんなこと言うんです。私は円堂先輩に・・・キャプテンに酷いこと言ったのに」
「簡単だよ、音無。『有人』の妹は、俺にとっても特別だ。なんて言っても可愛い弟の大事な妹なんだからな。───お前の兄貴を取ってごめんな」
「っ・・・ごめんなさい。ごめんなさぃ、ごめんなさい!酷いこと言って、ごめんなさい!」
「泣くなよ。鬼道がお前に自分から全てを話すまで、その涙は取っておいてやってくれ。・・・俺なんかのために、泣いてくれてありがとな」


指先で零れ落ちる綺麗な雫を拭ってやる。
少女は自分と違ってとても綺麗だ。

この子なら、後悔しない。
『有人』が愛するこの少女になら、全てを渡してもきっと後悔しない。

胸の前で手を組み祈るように見詰める音無に微笑むと、首に掛けていたゴーグルとマントを外して渡す。
この行動が、真の意味での過去との決別の瞬間だった。

本当の敵は、『守』に誘われ顔を出した。
戦うべき相手を前に昂ぶる神経をぐっと抑える。

『どんな時でも冷静さを欠くな』

それは影山が最初に叩き込んだ基礎で基盤。
体中に絡みつくねちっこい視線に嘲笑を浮かべる。
高みの見物を気取っていれば良かったのに、のこのこと我慢しきれず同じ土俵に上がってくれた男に感謝を。
お陰様で『影山零治』という人間の有様を余すことなく見せてやれる。

先ほどピッチで確認した違和感は、円陣を組んだ際に仲間には伝えた。
彼がどのタイミングで何をするか、影山の性格を知る円堂には良く判る。

だが少しだけ心配も残った。
普段の冷静さを欠いている鬼道率いる帝国のチームはこの異変に気付いているのだろうか。
熱くなりすぎている鬼道に、円堂は緩く首を振った。

弟を助けるのは姉の役目。
以前は放棄したそれを、今度こそ果たせばいいだけだ。

間もなく吹かれる試合開始のホイッスルに、気を引き締めてピッチへ上がった。

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