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「サッカーを捨てられるか、守?」
「何を」
「お前がサッカーを捨てられると言うのなら、私もお前の弟に手出しするのは考えてやろうと言っているんだ」


ゆったりとした椅子に腰掛け足を組む男に、守はきつく唇を噛み締めた。
父の命令で帰国した先で待ち受けていたのは、絶望とも取れる宣告。
病院通いを余儀なくされた挙句の影山の発言に、ぎりぎりと拳を握る。
憎くて憎くて仕方ない。
こんな強い感情を他人に向けるのは初めてで、睨み据える守に影山は楽しそうに笑った。


「お前がそんな顔をするのは初めてだ。そんなに弟が大切か」
「大切だよ。あなたの策略どおり、俺は有人を大切だと思い込んだ。震える掌を、縋りつく体を、矜持が高く綺麗な心を、真っ直ぐな眼差しを、その存在を特別だと認識した。全部あなたの筋書き通りに」
「ならばここからも筋書き通りだ。弟が愛しいなら、サッカーを捨てろ」
「それがあなたの狙いか。初めから、俺にサッカーを捨てさせる気でいたのか」
「私を破滅させた円堂大介の孫。才能豊かなその孫を私自身が破滅させる。いいや、違うな。お前は自分から破滅を選ぶ。・・・お前が弟にのめり込まねばこんな目に合わなかった。昔のままのお前なら、世界へ行かせてやろうと思っていたのに」


まるで有人を選んだから壊すとでも言わんばかりの影山に、反吐が出そうだった。
自分でそう仕向けたくせに、逆らって欲しかったと言わんばかりだ。

有人を愛するのは必然だった。
全身で守の存在を欲し依存した子供は、それまで自分を心から必要とされたことがないと思っている守には斬新で、手放しがたい感情を与えた。
玩具だと認識していたのは始めの数ヶ月だけで、気がつけば本当に弟のように思ってた。

それでも少し前ならサッカーと天秤に掛けられても『応』と即答できなかっただろう。
日本へ帰国し一ヶ月。
イタリアへ帰らず病院通いを始めた守の心の隙を付いた問いかけは、いかにも影山らしく計算されていた。
下種なやり方だがその効果は絶大だ。


「お前の弟は帰ってきたお前は帝国のサッカー部へ編入すると思い込んでいる。引き抜くのは簡単だ」
「あなたの支配が本格的になる帝国になんか入ったら、有人の心が潰れる。あいつは俺とは違って優しいんだ。妹を引き取るために努力している。それを邪魔するのはあなたでも許せない」
「許してもらう必要はないな。お前の弟は勝つ方法を欲している。姉であるお前のように強くなりたいと望んでいる。私の元へ来たなら少なくとも望みには近づけるだろう」
「───だが絶対に俺は超せない。才能の差を誰より理解してるのは、俺にサッカーを教えたあなただろう!?」
「そうだな。お前の弟はお前を超える才能はない。だがお前を苦しめるには絶好の餌だ。そして例えお前を超えなくとも、彼の才能は素晴らしい。時期帝国のキャプテンを任せてもいいほどにな」
「っ」


帝国のキャプテンを任される。
それは常勝無敗のチームの責任を負い、影山の叩き込む全てを受け入れるとの言葉に他ならない。
影山の考案する技は体への負担が半端なく、守ですら滅多に使いたいと思えないものばかりだ。
開発に携わった後の疲労感は大きく、選手のことなど考えていない。
勝つために、とそれを全て会得してきたし協力したが、有人の体では耐え切れるはずがない。


「・・・俺が」
「ん?」
「俺がサッカーを捨てたら、有人を壊さないと約束できるか?サッカーを続けられる体を維持させると約束できるか?」
「───そうだな。私からは手を出さないと誓おう。帝国へ引き抜かない」
「そうか」


確約ではないが信じるしかない。
ふっと息を吐き出し、服の上から心臓のある部分を握り締める。
どうせ全ては限られている。なら選ぶべきものは一つしかない。


『姉さん、俺は必ず帝国でスタメン入りをします。それまで待っててください。三年間全国制覇したら春奈を引き取ると父さんが約束してくれたんです!だからお願いです、姉さん。姉さんの力を俺に貸してください!』


久し振りに会った弟は随分と身長が伸び、大人びた話し方をするようになっていた。
それでもくしゃくしゃと頭を撫でれば照れたように顔を赤らめ、おずおずと手を伸ばし守の服を握ってきた。
甘えるのが恥ずかしく、けれども手を伸ばさずに居られないと、『弟』の顔で笑っていた。
守の帰国は帝国に入学するためのものだと、彼は信じ込んでいた。

絶望の淵にあった守が感情を隠して笑ってられたのは有人が居たからだ。
可愛くて愛しい特別な子供。
どんな願いでも叶えてやりたく、出来れば力になってやりたかった。


「後のフォローはあなたがしてくれるのか?」
「ああ。お前が私に確固とした証明を捧げるのであればな」
「・・・判った」


心は決まった。
この先に待つのが暗闇であり完璧な絶望であるのを知っている。
だが他の道は選べない。選ぶ気もない。


「お前は、ついに私の色には染まりきらなかったな、守」
「当然だ。サッカーは楽しいものだ。俺の才能を心行くまで発揮出来る場所を、そして必要なスキルを叩き込んでくれたあなたには感謝してるけど、俺は他の誰でもなく俺自身にしか染まらない」
「・・・その輝きは、私には憎くて仕方なかった。フィールドで風になるお前は誰よりも才能があり輝いていた。『勝つためになら何をしてもいい』という教えを守らないくせに、『勝ち続けた』お前が憎くて仕方なかったよ」


サングラスの奥からこちらを睨み据える影山に、守は笑った。
それは場違いにも無邪気で、だからこそ無神経な微笑み。
背筋を伸ばし真っ直ぐと彼を見詰め、ゆっくりと唇を開く。


「予言してあげますよ、『総帥』。俺とあなたは今、このときを持って道を分かたれる。あなたの手駒として戦う俺は永遠に居なくなります。でもね」
「・・・」
「この先あなたがどれだけの選手を育てようと、どれだけの才能を発掘しようと、俺を超える選手は一人として居ないでしょうよ。そしてあなたは、俺という幻想に一生囚われる。俺を壊して束の間の満足を得た後、掴みかけた頂上への切符を手放したことを一生後悔するでしょう」


言葉は呪いであり予言であり予測だ。
複雑な心境で守を育てた影山は、丹精篭めて作り上げた自身の作品を忘れない。
影山の愛憎入り混じる言葉は、『有人を選ばなければ』と本心を告げた。
愚かなものだ。
自分を愛しながらも憎む男に、守は優しく微笑みかけた。

そうして踵を返すと一度も振り返らずにドアノブに手を掛けた。


「・・・お前を愛していたよ、守」


消えそうなくらい小さな囁きに心を閉ざし、守はその場を後にした。


ゆったりとした足取りで、病院から離れる。
父に頼んで病院通いは有人へ秘密にしてもらっているが、正門には鬼道家の車が止まっているはずだった。
それを無視して裏門から出ると、滅多に人通りがないため裏道として車が良く利用する道へと足を向ける。
人が居ないので遠慮なくスピードを増す車が多いそこで守は笑った。


「ごめん、有人」


一歩前に踏み出せば、闇に覆われ始めた世界でもライトをつけていなかった車が甲高いブレーキ音を響かせた。
近づく破壊者に頬を涙が伝い落ちる。
どうか何も知らないでくれと願う。
守が取った行動は自己満足でありエゴでしかない。
『どうせサッカーが出来なくなる』のであれば、よりマシな選択肢を選びたかった守のエゴだ。

もっと走りたかった。
もっと強い敵とやりあいたかった。
もっと凄いプレイヤーになりたかった。
もっと仲間とサッカーをしたかった。

全てが叶わなくなるなら、せめて誰かの役に立ったと、そう、思い込みたかった。
それが最愛の存在であれば尚のこと。

どん、と体に激しい衝撃が走り、暫くの浮遊感の後地面へと叩きつけられる。
暗転する意識の中で思い描いたのはやっぱり弟のこと。
これから自分の裏切りにあい、そして妹を今よりもずっと希求するようになるだろう。
それでも憎しみだけでサッカーをして欲しくないと望む自分は傲慢だ。

けれど、とちらりと思う。
守の選択は勝ち続けたいと望む彼の糧になるだろうけれど、それで良かったのだろうか。
サッカーを楽しむものだと教えたのは自分なのに、正反対の道を選ばせることになる。
憎しみは心を強くする。守への恨みを糧に、影山の行為にも心は潰れなくなるだろう。
だがそれが正しいのか判らない。
それでもここで有人からサッカーを取り上げたら、彼の望みは叶えられなくなる。
妹を引き取り一緒に暮らす。
子供の頃から幾度も口にしている彼の夢を、破壊することになる。
それは認められなかった。

自分が居なくなっても、影山が引き抜かずとも、有人は絶対に自分の意思で帝国へ行く。
そこが自分の望みを叶える一番確実な場所で、姉である自分を育て上げた影山の力に縋るだろう。
サッカーを出来る体を維持すると影山は言ったが、有人はどうなってしまうのだろう。
技術のみを磨いて、あの繊細な弟は大丈夫なのだろうか。

自分の存在は影山の手により隠されるだろう。
事故を起こした事実も、守の存在自体を彼の傍に置かないはずだ。
父も上手く言い包め自分に都合よく動かすだろう。

意識が途絶える間際に、会えなくなるのは嫌だな、と。
笑顔の弟を思い描き、最後の一粒の涙を零した。

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