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「・・・くっ、ひっ」
腕の中で涙を零す有人の髪に、すりと頬を寄せる。
鬼道家にすぐに馴染んだ守とは違い、有人は二年経った今でも時々こうして涙を流す。
来月からイタリアへ渡るのに、これでは心配で仕方ない。
一ヶ月で帰るが、その間一人で大丈夫なのだろうか。
有人は随分と繊細な子供だ。
賢く機転が利きサッカーも上手く才能もあるのに、随分と手のかかる『弟』だった。
放り出してもいいのだが、それが出来ないのはこの腕の中の存在が柔らかくて暖かいから。
有人はまるで、他に味方がいないとばかりに守に縋りつく。
自分が居ないと死んでしまうのではないかと思えるくらいに心を預け懐いていた。
何故有人が守にここまで懐くのか判らないが、きっと相性が良かったのだろう。
「よーしよし。俺がここにいるから、泣かなくていいんだぞー」
「でも、姉さんも、行ってしまう。俺を置いて、行ってしまう。飛行機は、駄目だ」
嗚咽交じりに途切れ途切れで訴えられ、そう言えば彼の両親は飛行機事故で亡くなったのだったと思い出す。
他にも影山から与えられた資料に色々と載っていたが、資料の内容は今の守にはどうでもよかった。
有人の存在は今や玩具から『弟』へと認識が変わっている。
守だけを頼りにする子供を手放すなど考えられなかった。
サッカー以外に執着するのは初めてで戸惑いも覚えるが、震える手でパジャマを掴んで涙する彼を振り払う気にはならない。
きっと父に見られたら鬼道家の子供として相応しくないと糾弾されるのに、この子を傷つけたくなかった。
すくっと立ち上がると、壁に掛けておいたゴーグルと、机の上に放置しておいた先日の家庭科の授業でエプロンを作る際に利用した布の切れ端を手に取る。
突然離れた守に不安そうに瞳を揺らめかす有人に笑いかけると、普段は試合時に利用しているバンダナで一本に髪を結い上げ有人とお揃いの髪型にし、ゴーグルを掛け布を肩口で結んだ。
「ほら、有人」
「・・・何してるんだ」
「見て判らないのか?」
「・・・・・・」
へらりと笑って見せれば渋い顔をした弟はそっと視線を逸らした。
痛々しいものから目を背けるような態度に憤慨すると、マントとして纏った青い布で有人を包んだ。
何するんだと抵抗する子供を布越しに抱きこむと、必死の勢いで顔を出した彼に笑いかける。
「俺は正義のヒーローだ!有人のためのヒーローだぞ」
「・・・・・・」
「正義のヒーローは凄いんだぞ。どんなに離れててもお前のピンチには駆けつけるんだ。俺はイタリアに行く。でも、一ヶ月で帰って来る。一月ごとにイタリアと日本を交互に行き来して暮らすけど、心は有人とずっと一緒だ」
「・・・姉さん。子供じゃないんだから」
「子供だろ。何大人ぶってんだよ。俺たちは大人の庇護がないとどうしようもない子供だ。だから馬鹿やってもいいんだ。そんなのも判んないからお前は馬鹿だって言うんだよ、有人。毎日電話するし、パソコンにメールも送る。だから寂しくないぞ。お前もいつだって連絡してくれればいい。俺はいつだってお前のことを受け入れる」
「───姉さんは」
「ん?」
「姉さんは、本当に仕方ないな」
そうして笑った有人の笑顔はくしゃくしゃで、今にも泣きそうなのに幸せそうだった。
イタリアへ行き来を始めてから、気がつけば変な癖が付いていた。
観客席に父と並んで座る有人に手を振ると、体に纏うマントと首に下げたゴーグルに苦笑する。
「マモル」
「フィディオ」
昔は敵対チームにいたが、ジュニアユースに上がってからは同じチームの彼は気軽に近寄ってきた。
当然だが彼には自分のような変な装飾品はついておらず、淡い苦笑と呆れを交えた微妙な表情になっている。
口を開こうとした彼を制し、軽く嘆息した。
「言うな。何も言うな」
「でもさ、マモル。俺、君との付き合いもそこそこになるけど、そのセンスだけは理解できないよ」
「痛々しいのは自分が一番判ってる。むしろ他人に言われるとむかつく」
「でもそれはないよね。コスプレ?」
「願掛けと言え」
「願掛け?そう言えば昔からここぞという勝負時に、その格好してたね」
「正義のヒーローだからな」
「誰の?」
「弟」
「・・・マモルは相変わらずブラコンだな。今日は弟君来てるの?」
「来てるよ。だから絶対に勝つ」
「一応相手は強豪だよ?前年度のリーグ優勝チームだ」
「関係ないね、俺は勝つ」
「俺は、じゃなくて俺たちは、だろ。今年から仲間なんだから」
「足は引っ張るなよ、『白い流星』。勢いのまま地面に墜落したら爆笑するぞ」
「君こそね、『不屈のポラリス』。北極星が雲に隠れたら旅人は導を失うよ」
にいっと笑い合う。
敵同士であった故に相手の実力は嫌というほど知っている。
フィディオのスピードと感覚、シュート力と観察眼の鋭さを知っているのは守で、同様に守の司令塔としての才能、人を動かすカリスマ性、攻守において優れる技術を知るのもフィディオだ。
そして味方になればこれほど頼もしい存在もないとも、敵であったからこそ理解しあっている。
ハイタッチして隣に並ぶと、歩きながら髪を結う。
普段はバンダナとして扱っているそれでポニーテールを作り、ゴーグルを顔にかければ戦闘準備は万端だ。
影山から送られたゴーグルはここぞという時以外は使用しないが、今日は例外だ。
普段はツインテールにしている守の格好に目を丸めたチームメイトは、守の姿を注視した。
だが向かう視線をさりげなく無視して真っ直ぐと背筋を伸ばす。
「この試合、勝って俺たちが最強の座を奪うぞ」
「大丈夫!いつもの俺たちの実力ならいけるよ」
最年少でありながらチームのムードメイカーである二人の言葉に、周囲にいた仲間はこくりと頷く。
始めこそ年下の二人を認められなかったが、一緒にプレイして彼らの素晴らしい才能に惹きつけられていた。
白い流星と呼ばれるストライカーに、不屈のポラリスと呼ばれる司令塔。
彼らが大丈夫だと言った試合で負けたことなど一度もない。
だから今回も大丈夫。
「行こうぜ、俺たちのフィールドへ」
女でありながらその実力ゆえに男子とチームを組む異質の存在。
ジュニアユースではヨーロッパでも屈指と呼ばれるまでに成長した守は、客席の隅に影山を見つけ少しだけ笑った。
そうして守は、最年少の天才ミッドフィルダーとしてその名をヨーロッパ全域へ轟かせた。
嘗ての彼の予言と、一切違わぬままに。
「帰国する?」
何故、と言わんばかりに不思議そうにこちらを見詰めるフィディオに守は苦笑した。
今はリーグ戦も終わりやや落ち着いている時期だが、それでも違和感を感じずにいられなかったのだろう。
ジュニアユースチームに入ってからそろそろ一年になるが、九歳の頃からライバルとして競い合ってきた間柄だ。
互いに互いを言葉以上に理解している。
それにサッカーでイタリア留学してから、この一年近くは同じ寮生活をしていたのだ。
以前より親しく付き合っているので、余計に突然の行動に疑問を感じるのだろう。
自分自身突然の父からの帰国命令には戸惑いを隠せない。
電話で用件を聞いたが、顔を合わせないと言えないと繰り返され、試合時期でもないので帰国を決意した。
「里帰り?」
「そんなとこ。今なら日本に帰ってもそれほど支障はないだろ」
「試合はないけどマモルがいないと詰まらないな。俺の練習相手はマモルが一番楽しいのに」
「サンキュ、フィディオ。俺もお前と練習するのが一番楽しいよ」
「でも帰っちゃうんだろ?詰まらない」
「一時帰国だって。すぐ戻ってくるさ」
「約束だ、マモル。帰ってきたらまた一緒にプレイしよう」
「おう!約束だな」
笑ったその時は、もう会えないなんて思ってもみなかった。
ずっとずっと一緒に並んでプレイするものと、疑いもしなかった。
腕の中で涙を零す有人の髪に、すりと頬を寄せる。
鬼道家にすぐに馴染んだ守とは違い、有人は二年経った今でも時々こうして涙を流す。
来月からイタリアへ渡るのに、これでは心配で仕方ない。
一ヶ月で帰るが、その間一人で大丈夫なのだろうか。
有人は随分と繊細な子供だ。
賢く機転が利きサッカーも上手く才能もあるのに、随分と手のかかる『弟』だった。
放り出してもいいのだが、それが出来ないのはこの腕の中の存在が柔らかくて暖かいから。
有人はまるで、他に味方がいないとばかりに守に縋りつく。
自分が居ないと死んでしまうのではないかと思えるくらいに心を預け懐いていた。
何故有人が守にここまで懐くのか判らないが、きっと相性が良かったのだろう。
「よーしよし。俺がここにいるから、泣かなくていいんだぞー」
「でも、姉さんも、行ってしまう。俺を置いて、行ってしまう。飛行機は、駄目だ」
嗚咽交じりに途切れ途切れで訴えられ、そう言えば彼の両親は飛行機事故で亡くなったのだったと思い出す。
他にも影山から与えられた資料に色々と載っていたが、資料の内容は今の守にはどうでもよかった。
有人の存在は今や玩具から『弟』へと認識が変わっている。
守だけを頼りにする子供を手放すなど考えられなかった。
サッカー以外に執着するのは初めてで戸惑いも覚えるが、震える手でパジャマを掴んで涙する彼を振り払う気にはならない。
きっと父に見られたら鬼道家の子供として相応しくないと糾弾されるのに、この子を傷つけたくなかった。
すくっと立ち上がると、壁に掛けておいたゴーグルと、机の上に放置しておいた先日の家庭科の授業でエプロンを作る際に利用した布の切れ端を手に取る。
突然離れた守に不安そうに瞳を揺らめかす有人に笑いかけると、普段は試合時に利用しているバンダナで一本に髪を結い上げ有人とお揃いの髪型にし、ゴーグルを掛け布を肩口で結んだ。
「ほら、有人」
「・・・何してるんだ」
「見て判らないのか?」
「・・・・・・」
へらりと笑って見せれば渋い顔をした弟はそっと視線を逸らした。
痛々しいものから目を背けるような態度に憤慨すると、マントとして纏った青い布で有人を包んだ。
何するんだと抵抗する子供を布越しに抱きこむと、必死の勢いで顔を出した彼に笑いかける。
「俺は正義のヒーローだ!有人のためのヒーローだぞ」
「・・・・・・」
「正義のヒーローは凄いんだぞ。どんなに離れててもお前のピンチには駆けつけるんだ。俺はイタリアに行く。でも、一ヶ月で帰って来る。一月ごとにイタリアと日本を交互に行き来して暮らすけど、心は有人とずっと一緒だ」
「・・・姉さん。子供じゃないんだから」
「子供だろ。何大人ぶってんだよ。俺たちは大人の庇護がないとどうしようもない子供だ。だから馬鹿やってもいいんだ。そんなのも判んないからお前は馬鹿だって言うんだよ、有人。毎日電話するし、パソコンにメールも送る。だから寂しくないぞ。お前もいつだって連絡してくれればいい。俺はいつだってお前のことを受け入れる」
「───姉さんは」
「ん?」
「姉さんは、本当に仕方ないな」
そうして笑った有人の笑顔はくしゃくしゃで、今にも泣きそうなのに幸せそうだった。
イタリアへ行き来を始めてから、気がつけば変な癖が付いていた。
観客席に父と並んで座る有人に手を振ると、体に纏うマントと首に下げたゴーグルに苦笑する。
「マモル」
「フィディオ」
昔は敵対チームにいたが、ジュニアユースに上がってからは同じチームの彼は気軽に近寄ってきた。
当然だが彼には自分のような変な装飾品はついておらず、淡い苦笑と呆れを交えた微妙な表情になっている。
口を開こうとした彼を制し、軽く嘆息した。
「言うな。何も言うな」
「でもさ、マモル。俺、君との付き合いもそこそこになるけど、そのセンスだけは理解できないよ」
「痛々しいのは自分が一番判ってる。むしろ他人に言われるとむかつく」
「でもそれはないよね。コスプレ?」
「願掛けと言え」
「願掛け?そう言えば昔からここぞという勝負時に、その格好してたね」
「正義のヒーローだからな」
「誰の?」
「弟」
「・・・マモルは相変わらずブラコンだな。今日は弟君来てるの?」
「来てるよ。だから絶対に勝つ」
「一応相手は強豪だよ?前年度のリーグ優勝チームだ」
「関係ないね、俺は勝つ」
「俺は、じゃなくて俺たちは、だろ。今年から仲間なんだから」
「足は引っ張るなよ、『白い流星』。勢いのまま地面に墜落したら爆笑するぞ」
「君こそね、『不屈のポラリス』。北極星が雲に隠れたら旅人は導を失うよ」
にいっと笑い合う。
敵同士であった故に相手の実力は嫌というほど知っている。
フィディオのスピードと感覚、シュート力と観察眼の鋭さを知っているのは守で、同様に守の司令塔としての才能、人を動かすカリスマ性、攻守において優れる技術を知るのもフィディオだ。
そして味方になればこれほど頼もしい存在もないとも、敵であったからこそ理解しあっている。
ハイタッチして隣に並ぶと、歩きながら髪を結う。
普段はバンダナとして扱っているそれでポニーテールを作り、ゴーグルを顔にかければ戦闘準備は万端だ。
影山から送られたゴーグルはここぞという時以外は使用しないが、今日は例外だ。
普段はツインテールにしている守の格好に目を丸めたチームメイトは、守の姿を注視した。
だが向かう視線をさりげなく無視して真っ直ぐと背筋を伸ばす。
「この試合、勝って俺たちが最強の座を奪うぞ」
「大丈夫!いつもの俺たちの実力ならいけるよ」
最年少でありながらチームのムードメイカーである二人の言葉に、周囲にいた仲間はこくりと頷く。
始めこそ年下の二人を認められなかったが、一緒にプレイして彼らの素晴らしい才能に惹きつけられていた。
白い流星と呼ばれるストライカーに、不屈のポラリスと呼ばれる司令塔。
彼らが大丈夫だと言った試合で負けたことなど一度もない。
だから今回も大丈夫。
「行こうぜ、俺たちのフィールドへ」
女でありながらその実力ゆえに男子とチームを組む異質の存在。
ジュニアユースではヨーロッパでも屈指と呼ばれるまでに成長した守は、客席の隅に影山を見つけ少しだけ笑った。
そうして守は、最年少の天才ミッドフィルダーとしてその名をヨーロッパ全域へ轟かせた。
嘗ての彼の予言と、一切違わぬままに。
「帰国する?」
何故、と言わんばかりに不思議そうにこちらを見詰めるフィディオに守は苦笑した。
今はリーグ戦も終わりやや落ち着いている時期だが、それでも違和感を感じずにいられなかったのだろう。
ジュニアユースチームに入ってからそろそろ一年になるが、九歳の頃からライバルとして競い合ってきた間柄だ。
互いに互いを言葉以上に理解している。
それにサッカーでイタリア留学してから、この一年近くは同じ寮生活をしていたのだ。
以前より親しく付き合っているので、余計に突然の行動に疑問を感じるのだろう。
自分自身突然の父からの帰国命令には戸惑いを隠せない。
電話で用件を聞いたが、顔を合わせないと言えないと繰り返され、試合時期でもないので帰国を決意した。
「里帰り?」
「そんなとこ。今なら日本に帰ってもそれほど支障はないだろ」
「試合はないけどマモルがいないと詰まらないな。俺の練習相手はマモルが一番楽しいのに」
「サンキュ、フィディオ。俺もお前と練習するのが一番楽しいよ」
「でも帰っちゃうんだろ?詰まらない」
「一時帰国だって。すぐ戻ってくるさ」
「約束だ、マモル。帰ってきたらまた一緒にプレイしよう」
「おう!約束だな」
笑ったその時は、もう会えないなんて思ってもみなかった。
ずっとずっと一緒に並んでプレイするものと、疑いもしなかった。
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