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「お前は勝ち続けねばならない」
「判ってる。俺は負けない」
「お前はサッカーの才能がある。だがキーパーだけは許さん。お前が力を解放した瞬間、それは私との別離と思え」
「別離?俺を手放すことなんで出来ないくせに」
「お前にキーパー技は必要ない。覚えた技は、今日限り忘れろ」
「いいよ。俺はキーパーじゃなくてもいい。サッカーが出来れば、それでいいから」
栗色の髪を撫でる手の感触に目を細め、そっと頷く。
キーパー技を忘れろと言うこの人にこそ覚えさせられた技は、きっとこのまま自分の中で未消化なまま埋もれていくのだろう。
是、と答えた自分に満足げに目を細めた影山は、膝の上に抱いた守を床に降ろした。
両親を事故で失い孤児となった自分の才能に目をつけて鬼道家へ引き取らせた男。
自分の祖父を殺したこの男こそ両親を消したのではないかと考えたこともあるが、どうやらそれはなく本当に偶然だったらしい。
両親の記憶として残っているのはサッカーをしたいと望む自分を諌める姿だけ。
だから今自由にフィールドを駆け巡る羽を得た守は、むしろ影山に拾われたことに感謝していた。
自分を復讐の道具としてしか見てなくとも、彼の与えてくれたものは大きい。
サッカーを望む自分にサッカーを教えてくれた。
勝つための手段、そして能力を与えてくれた。
自身の力を解き放てる場と、仲間を用意してくれた。
水を得た魚のように伸びやかに動けるのは、生まれて物心付いてから希求し続けたサッカーをプレイできるからだろう。
サッカーをしていれば全てがどうでもよくなる。
鬼道家の長子として様々な分野でのナンバーワンが求められたが、何もかも受け入れられた。
幸いにして守はサッカー以外の才能も溢れていたらしく、勉強も他のスポーツに関しても他人に遅れを取ったことはない。
アメリカでスキップ制度を利用してはどうかと家庭教師に薦められるほど全てにおいて秀でていた。
だが義理の父がそれとなく意思を問いかけてきた際に諾と答えなかったのは、やはりサッカーがあるからだ。
まだまだ日本で吸収できるものはある。
いずれ海外留学は視野に入れているが、今はまだ時期じゃなかった。
「お前が九歳になったら、イタリアにサッカーで渡らせてやろう」
「本当!?イタリアって言ったら、サッカー大国じゃん」
「本当だ。ただし、お前が私の求めるレベルまで上ってこれたらの話だ。数年は日本とイタリアを行き来し、最年少でジュニアユースに入れ」
「イタリアのジュニアユースか・・・。それって、やっぱ凄くレベルが高いの?」
「当然だ。今のお前が行っても歯が立たない程度には、な」
「そっか。そっかぁ!」
馬鹿にしたように鼻を鳴らした影山に、嬉しくなって笑う。
もう日本での一対多で高学年の相手をしてもプレイに面白みを感じていない守が、それでもまだ歯が立たないという。
更なる高みへの可能性を示され、サッカーに関してだけ貪欲な自分の心が喜ぶ。
まだまだ上がある。まだまだ上手くなれる。
何かを志すものであれば誰だって秘めている望みは、勿論守の中にだってある。
やるからには負けたくない。世界に認められるプレイヤーになりたい。
「イタリアでの経験で、お前はヨーロッパに名を轟かすだろう。そして、次は世界へ」
「うー・・・楽しみだな、総帥!ポジションはどうしようか?何でも出来るけど、絞った方がいいよな!」
「ミッドフィルダーだ。攻守に優れるお前に一番合うだろう。───円堂大介の孫が、私のサッカーで世界に羽ばたく。私も、今から楽しみだよ」
「誰の孫だろうが俺は俺だ。でも利用していいよ。俺も総帥を利用するから。俺をもっともっと強くしてよ。あなたが望む場所の、遥かな上まで行きたいんだ」
「クククっ・・・相変わらず貪欲なことだ」
「まあね」
くすりと笑って壁に掛けておいたボールを取る。
ネットから取り出すと、白と黒が交差するそれを膝に当てた。
ピアノやパソコンを操るのにタッチブラウンドがあるが、サッカーに関してもあると思う。
蹴り上げたボールが何処に飛んでくか正確に計算し目も向けずにリフティングをすれば、上機嫌な猫のように影山の唇が孤を描いた。
「そうだ、守。朗報がある」
「何?」
「お前に弟が出来るぞ」
「弟?そいつ、サッカー出来るの?」
「ああ。荒削りだが才能がある。お前の遊び相手になるだろう」
「ふーん、遊び相手ね。総帥が言うなら、可能性はあるんだろうな。でも、ちょっと嬉しいかも」
「嬉しい?お前が?珍しいな、サッカー以外に興味を持つなど」
「俺って一人っ子だったからさ、弟欲しいって前から思ってたんだよね!サッカーが上手ければ尚いい!」
「・・・ククク。精々才能を潰さないことだな。お前の才能は秀で過ぎていて勝手に周りが潰れていく」
「大丈夫!俺、年下の面倒見はいいんだぜ。近所に年下の幼馴染がいたからな」
「まぁ、好きにしろ。お前のための玩具だ」
リフティングしていたボールを影山めがけて軽く蹴る。
それを簡単に受け止めると、のそりと椅子から立ち上がった。
「あれ?今日はもう帰るの?」
「ああ。お前の父親に新しく引き取らせる子供について話があるからな」
「ふーん。ま、いっか。俺もサッカーの練習してこよう。そこまで一緒に行ってあげようか?」
「・・・好きにしろ」
「おう!」
拒絶されないのをいいことに、ネットを片手に追いかける。
ボールを持ってない方の手を握ると、にっと笑いかけた。
そんな自分の行動に、仕方ないとばかりにため息を吐き出した影山は、それでも手を振りほどかずに部屋を後にした。
「・・・ゆうとです」
緊張した面持ちでこちらを見上げてくる子供は、綺麗なルビーアイをしている。
顔立ちも整っていて少しつり上がり気味の瞳が勝気な気性を表していた。
特徴的なドレッドヘアを頭の高い位置で結い上げ、アーモンド形の瞳を瞬かせる。
必死に怯えを隠そうとしているのか、体の脇で握られた拳はぷるぷると震えていた。
無表情でその姿を眺めていた守は、にっと口の端を持ち上げる。
朗らかでありながら悪戯っぽさを残すコケティッシュな笑顔を浮かべると、さっと掌を差し出した。
影山に渡された資料に添付された写真より、実物の方がずっと惹きつけられた。
「私の名前は守。君と同じで、お父さんに貰われてきました。だから緊張することはないですよ。私も君と同じです」
「守は一年ほど前に君と違う施設で引き取った子供だ。優秀な子で勉強もスポーツも何でもこなす。有人、君も何か判らないことがあれば守に聞けばいい。守、影山さんに君がいる間は有人の面倒を君に任すよう言われている。頼めるか?」
「はい、父さん。宜しくね、有人君」
「・・・」
こくり、と頷いた姿に、むずむずと心の奥から不思議な感情が沸きあがってくる。
少し勝気そうで、小さくて可愛い『弟』。
瞳を輝かせて父を見ると、何を言いたいか判ったのかこくりと頷いた。
「父さん、有人君の部屋に案内してきていいですか?」
「構わない。だが夕食までにきちんと戻ってきなさい」
「はい!有人君、行きましょう」
じっと差し出した掌を見詰めたままだった有人は、漸くそろそろと手を伸ばしてきた。
重なったのを感じ、きゅっと掌に力を入れる。
確かこの子には妹が居た筈だが、もしかしたら年上との接触は慣れていないのかもしれない。
妹は苛められっ子だったと資料にあったので、きっと苛めていた相手は年上だったのだろう。
戸惑いを隠せない姿に自然と顔が綻ぶ。
部屋までの道のりを暖かな掌にご満悦になりながら歩けば、あっという間に目的地に到着した。
守の部屋の隣の部屋を改装したのが有人の部屋だ。
扉を開ければ中を覗いた有人は、目をまん丸にしてきょときょとと部屋を見渡した。
「ひろい」
「そんで豪華だろ?判るぜ、戸惑うの。俺も最初そうだったもん」
手を放して部屋を好きに歩かく有人を眺め、うんうんと頷くと、ルビーアイがこちらを向いた。
純粋な驚愕に染まった顔に、こてりと首を傾げる。
そして彼が自分の何に驚いてるか気づくと、緩く口角を持ち上げた。
今の守は典型的なお嬢様ルックだ。
上品な印象の白のワンピースを着て、長い栗色の髪はツインテールにしてオレンジのゴムで結んでいる。
サッカーをする時はズボンだが、基本的に父が女の子らしい姿を好むので家ではいかにも女の子の格好をしている。
この姿で『俺』口調は、確かに違和感があるだろう。
訝しげに見上げる有人の頭を撫でるとその顔を覗き込む。
「悪い。俺、こっちが素なんだ」
「・・・・・・」
「父さんの前では流石にしないけどな。お前の前ではこのままだから、慣れてくれよ」
「・・・・・・」
「あ、苛めようとかそんなのは別にない。むしろお前が可愛くて嬉しいぞ、有人」
「なまえ」
「呼び捨ては嫌か?」
「・・・、いや、じゃない」
「そっか。あ、お前は俺を何て呼ぶ?お姉ちゃん?お姉さま?守さん?」
「ねえさん」
「・・・地味に可愛くないな。お前子供の癖に」
「・・・だめ?」
「お?今の顔は可愛い。よし、可愛いから許してやるぞ、有人!」
照れたように目元を染めて俯く有人に、にいっと笑いかける。
小さい体を抱きしめれば、高い体温が心地よかった。
可愛い可愛いと顔を摺り寄せるたびに、有人の顔が赤くなる。
これはいいプレゼントを貰ったと、有人を抱き上げた。
そして気に入らなかったら教えないでいようと思っていた場所まで歩くと足を止める。
大きな本棚には辞書や辞典がいくつも並び、真新しい本の香りを楽しみつつ少し古びた本を押す。
すると僅かな軋み音も出さずして本棚がスライドし、そこから隣室への扉が現れた。
「これは・・・?」
「俺の部屋への直通ドア。ほら」
ドアを引けば呆気なく開き、隣室への通路ができる。
驚く有人を抱いたまま向かった先は、言葉通り守の部屋だ。
有人の部屋とほとんど同じだが、サッカー雑誌やDVDが多く見られた。
きょろきょろと不思議そうな顔で眺めるのは、有人の部屋だと案内したそこと違い寝室だったからだろう。
勉強机や本棚もあるが、先ほどの応接室のような部屋を想像していたのかもしれない。
奥にあるドアから向かえば同じようなものがあるが、とりあえず案内したいのはこの部屋だったので気にしない。
抱き上げたままの有人を天蓋つきのベッドの上に置くと、壁にかけたサッカーボールを手に取った。
ぽん、とリフティングをする。
スカートなので頭だけを使い器用にしてみせると、有人の瞳がきらきらと輝き始めた。
その顔を眺めて嬉しくなる。
この子供はサッカーが好きだ。
頭上のサッカーボールを強くヘディングし、有人へと飛ばす。
立ち上がろうとしてベッドの上でバランスを崩した彼は、ふわふわの布団に埋もれてしまい、ついでにボールは頭に当たって跳ねた。
「あはは、有人だっせぇ!」
「ちがう!ばしょがわるいだけだ!おれはもっとうまい!」
「ふーん。でも、俺のが上手いけどな」
「おれのがうまい!」
「じゃ、勝負してみるか?どっちが長くリフティング続けれるか」
「・・・でもそのスカートじゃまそう」
「ハンデだよ、ハンデ。俺はヘディングだけでやるしー」
「っ、ならおれも!ヘディングだけでする」
「んじゃ、勝った方の部屋で今日は一緒に寝るんだぞ」
「わかった!」
負けるなど有り得ないが、この場合どちらに転んでも守に損はない。
鬼道家の人間はナンバーワンであり続けなければならない。
まだそれを明確に理解してなさそうな子供に、予め逃げ場を用意してやりたかった。
何しろ久し振りに気に入った相手なのだ。
大切な玩具は大事にするのが守のモットー。
影山に与えられた『弟』がどれだけの才能を持つのか。
今から楽しみで仕方なかった。
「判ってる。俺は負けない」
「お前はサッカーの才能がある。だがキーパーだけは許さん。お前が力を解放した瞬間、それは私との別離と思え」
「別離?俺を手放すことなんで出来ないくせに」
「お前にキーパー技は必要ない。覚えた技は、今日限り忘れろ」
「いいよ。俺はキーパーじゃなくてもいい。サッカーが出来れば、それでいいから」
栗色の髪を撫でる手の感触に目を細め、そっと頷く。
キーパー技を忘れろと言うこの人にこそ覚えさせられた技は、きっとこのまま自分の中で未消化なまま埋もれていくのだろう。
是、と答えた自分に満足げに目を細めた影山は、膝の上に抱いた守を床に降ろした。
両親を事故で失い孤児となった自分の才能に目をつけて鬼道家へ引き取らせた男。
自分の祖父を殺したこの男こそ両親を消したのではないかと考えたこともあるが、どうやらそれはなく本当に偶然だったらしい。
両親の記憶として残っているのはサッカーをしたいと望む自分を諌める姿だけ。
だから今自由にフィールドを駆け巡る羽を得た守は、むしろ影山に拾われたことに感謝していた。
自分を復讐の道具としてしか見てなくとも、彼の与えてくれたものは大きい。
サッカーを望む自分にサッカーを教えてくれた。
勝つための手段、そして能力を与えてくれた。
自身の力を解き放てる場と、仲間を用意してくれた。
水を得た魚のように伸びやかに動けるのは、生まれて物心付いてから希求し続けたサッカーをプレイできるからだろう。
サッカーをしていれば全てがどうでもよくなる。
鬼道家の長子として様々な分野でのナンバーワンが求められたが、何もかも受け入れられた。
幸いにして守はサッカー以外の才能も溢れていたらしく、勉強も他のスポーツに関しても他人に遅れを取ったことはない。
アメリカでスキップ制度を利用してはどうかと家庭教師に薦められるほど全てにおいて秀でていた。
だが義理の父がそれとなく意思を問いかけてきた際に諾と答えなかったのは、やはりサッカーがあるからだ。
まだまだ日本で吸収できるものはある。
いずれ海外留学は視野に入れているが、今はまだ時期じゃなかった。
「お前が九歳になったら、イタリアにサッカーで渡らせてやろう」
「本当!?イタリアって言ったら、サッカー大国じゃん」
「本当だ。ただし、お前が私の求めるレベルまで上ってこれたらの話だ。数年は日本とイタリアを行き来し、最年少でジュニアユースに入れ」
「イタリアのジュニアユースか・・・。それって、やっぱ凄くレベルが高いの?」
「当然だ。今のお前が行っても歯が立たない程度には、な」
「そっか。そっかぁ!」
馬鹿にしたように鼻を鳴らした影山に、嬉しくなって笑う。
もう日本での一対多で高学年の相手をしてもプレイに面白みを感じていない守が、それでもまだ歯が立たないという。
更なる高みへの可能性を示され、サッカーに関してだけ貪欲な自分の心が喜ぶ。
まだまだ上がある。まだまだ上手くなれる。
何かを志すものであれば誰だって秘めている望みは、勿論守の中にだってある。
やるからには負けたくない。世界に認められるプレイヤーになりたい。
「イタリアでの経験で、お前はヨーロッパに名を轟かすだろう。そして、次は世界へ」
「うー・・・楽しみだな、総帥!ポジションはどうしようか?何でも出来るけど、絞った方がいいよな!」
「ミッドフィルダーだ。攻守に優れるお前に一番合うだろう。───円堂大介の孫が、私のサッカーで世界に羽ばたく。私も、今から楽しみだよ」
「誰の孫だろうが俺は俺だ。でも利用していいよ。俺も総帥を利用するから。俺をもっともっと強くしてよ。あなたが望む場所の、遥かな上まで行きたいんだ」
「クククっ・・・相変わらず貪欲なことだ」
「まあね」
くすりと笑って壁に掛けておいたボールを取る。
ネットから取り出すと、白と黒が交差するそれを膝に当てた。
ピアノやパソコンを操るのにタッチブラウンドがあるが、サッカーに関してもあると思う。
蹴り上げたボールが何処に飛んでくか正確に計算し目も向けずにリフティングをすれば、上機嫌な猫のように影山の唇が孤を描いた。
「そうだ、守。朗報がある」
「何?」
「お前に弟が出来るぞ」
「弟?そいつ、サッカー出来るの?」
「ああ。荒削りだが才能がある。お前の遊び相手になるだろう」
「ふーん、遊び相手ね。総帥が言うなら、可能性はあるんだろうな。でも、ちょっと嬉しいかも」
「嬉しい?お前が?珍しいな、サッカー以外に興味を持つなど」
「俺って一人っ子だったからさ、弟欲しいって前から思ってたんだよね!サッカーが上手ければ尚いい!」
「・・・ククク。精々才能を潰さないことだな。お前の才能は秀で過ぎていて勝手に周りが潰れていく」
「大丈夫!俺、年下の面倒見はいいんだぜ。近所に年下の幼馴染がいたからな」
「まぁ、好きにしろ。お前のための玩具だ」
リフティングしていたボールを影山めがけて軽く蹴る。
それを簡単に受け止めると、のそりと椅子から立ち上がった。
「あれ?今日はもう帰るの?」
「ああ。お前の父親に新しく引き取らせる子供について話があるからな」
「ふーん。ま、いっか。俺もサッカーの練習してこよう。そこまで一緒に行ってあげようか?」
「・・・好きにしろ」
「おう!」
拒絶されないのをいいことに、ネットを片手に追いかける。
ボールを持ってない方の手を握ると、にっと笑いかけた。
そんな自分の行動に、仕方ないとばかりにため息を吐き出した影山は、それでも手を振りほどかずに部屋を後にした。
「・・・ゆうとです」
緊張した面持ちでこちらを見上げてくる子供は、綺麗なルビーアイをしている。
顔立ちも整っていて少しつり上がり気味の瞳が勝気な気性を表していた。
特徴的なドレッドヘアを頭の高い位置で結い上げ、アーモンド形の瞳を瞬かせる。
必死に怯えを隠そうとしているのか、体の脇で握られた拳はぷるぷると震えていた。
無表情でその姿を眺めていた守は、にっと口の端を持ち上げる。
朗らかでありながら悪戯っぽさを残すコケティッシュな笑顔を浮かべると、さっと掌を差し出した。
影山に渡された資料に添付された写真より、実物の方がずっと惹きつけられた。
「私の名前は守。君と同じで、お父さんに貰われてきました。だから緊張することはないですよ。私も君と同じです」
「守は一年ほど前に君と違う施設で引き取った子供だ。優秀な子で勉強もスポーツも何でもこなす。有人、君も何か判らないことがあれば守に聞けばいい。守、影山さんに君がいる間は有人の面倒を君に任すよう言われている。頼めるか?」
「はい、父さん。宜しくね、有人君」
「・・・」
こくり、と頷いた姿に、むずむずと心の奥から不思議な感情が沸きあがってくる。
少し勝気そうで、小さくて可愛い『弟』。
瞳を輝かせて父を見ると、何を言いたいか判ったのかこくりと頷いた。
「父さん、有人君の部屋に案内してきていいですか?」
「構わない。だが夕食までにきちんと戻ってきなさい」
「はい!有人君、行きましょう」
じっと差し出した掌を見詰めたままだった有人は、漸くそろそろと手を伸ばしてきた。
重なったのを感じ、きゅっと掌に力を入れる。
確かこの子には妹が居た筈だが、もしかしたら年上との接触は慣れていないのかもしれない。
妹は苛められっ子だったと資料にあったので、きっと苛めていた相手は年上だったのだろう。
戸惑いを隠せない姿に自然と顔が綻ぶ。
部屋までの道のりを暖かな掌にご満悦になりながら歩けば、あっという間に目的地に到着した。
守の部屋の隣の部屋を改装したのが有人の部屋だ。
扉を開ければ中を覗いた有人は、目をまん丸にしてきょときょとと部屋を見渡した。
「ひろい」
「そんで豪華だろ?判るぜ、戸惑うの。俺も最初そうだったもん」
手を放して部屋を好きに歩かく有人を眺め、うんうんと頷くと、ルビーアイがこちらを向いた。
純粋な驚愕に染まった顔に、こてりと首を傾げる。
そして彼が自分の何に驚いてるか気づくと、緩く口角を持ち上げた。
今の守は典型的なお嬢様ルックだ。
上品な印象の白のワンピースを着て、長い栗色の髪はツインテールにしてオレンジのゴムで結んでいる。
サッカーをする時はズボンだが、基本的に父が女の子らしい姿を好むので家ではいかにも女の子の格好をしている。
この姿で『俺』口調は、確かに違和感があるだろう。
訝しげに見上げる有人の頭を撫でるとその顔を覗き込む。
「悪い。俺、こっちが素なんだ」
「・・・・・・」
「父さんの前では流石にしないけどな。お前の前ではこのままだから、慣れてくれよ」
「・・・・・・」
「あ、苛めようとかそんなのは別にない。むしろお前が可愛くて嬉しいぞ、有人」
「なまえ」
「呼び捨ては嫌か?」
「・・・、いや、じゃない」
「そっか。あ、お前は俺を何て呼ぶ?お姉ちゃん?お姉さま?守さん?」
「ねえさん」
「・・・地味に可愛くないな。お前子供の癖に」
「・・・だめ?」
「お?今の顔は可愛い。よし、可愛いから許してやるぞ、有人!」
照れたように目元を染めて俯く有人に、にいっと笑いかける。
小さい体を抱きしめれば、高い体温が心地よかった。
可愛い可愛いと顔を摺り寄せるたびに、有人の顔が赤くなる。
これはいいプレゼントを貰ったと、有人を抱き上げた。
そして気に入らなかったら教えないでいようと思っていた場所まで歩くと足を止める。
大きな本棚には辞書や辞典がいくつも並び、真新しい本の香りを楽しみつつ少し古びた本を押す。
すると僅かな軋み音も出さずして本棚がスライドし、そこから隣室への扉が現れた。
「これは・・・?」
「俺の部屋への直通ドア。ほら」
ドアを引けば呆気なく開き、隣室への通路ができる。
驚く有人を抱いたまま向かった先は、言葉通り守の部屋だ。
有人の部屋とほとんど同じだが、サッカー雑誌やDVDが多く見られた。
きょろきょろと不思議そうな顔で眺めるのは、有人の部屋だと案内したそこと違い寝室だったからだろう。
勉強机や本棚もあるが、先ほどの応接室のような部屋を想像していたのかもしれない。
奥にあるドアから向かえば同じようなものがあるが、とりあえず案内したいのはこの部屋だったので気にしない。
抱き上げたままの有人を天蓋つきのベッドの上に置くと、壁にかけたサッカーボールを手に取った。
ぽん、とリフティングをする。
スカートなので頭だけを使い器用にしてみせると、有人の瞳がきらきらと輝き始めた。
その顔を眺めて嬉しくなる。
この子供はサッカーが好きだ。
頭上のサッカーボールを強くヘディングし、有人へと飛ばす。
立ち上がろうとしてベッドの上でバランスを崩した彼は、ふわふわの布団に埋もれてしまい、ついでにボールは頭に当たって跳ねた。
「あはは、有人だっせぇ!」
「ちがう!ばしょがわるいだけだ!おれはもっとうまい!」
「ふーん。でも、俺のが上手いけどな」
「おれのがうまい!」
「じゃ、勝負してみるか?どっちが長くリフティング続けれるか」
「・・・でもそのスカートじゃまそう」
「ハンデだよ、ハンデ。俺はヘディングだけでやるしー」
「っ、ならおれも!ヘディングだけでする」
「んじゃ、勝った方の部屋で今日は一緒に寝るんだぞ」
「わかった!」
負けるなど有り得ないが、この場合どちらに転んでも守に損はない。
鬼道家の人間はナンバーワンであり続けなければならない。
まだそれを明確に理解してなさそうな子供に、予め逃げ場を用意してやりたかった。
何しろ久し振りに気に入った相手なのだ。
大切な玩具は大事にするのが守のモットー。
影山に与えられた『弟』がどれだけの才能を持つのか。
今から楽しみで仕方なかった。
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