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「あなたがお兄ちゃんを私から奪ったのね!?鬼道の家に引き取られてからお兄ちゃんは人が変わってしまった。一度も会いに来てくれなかったし、手紙一つくれなかった。───私を忘れてしまった。私が、邪魔だったから」


誰も居ない帝国の廊下に響いた声に、そっと目を伏せる。
悲痛な叫び声を上げる少女を前に、円堂は何も言わず成すがままだ。
涙を流しながら幾度も胸を叩く音無は、ただ兄を請うる小さな女の子に見えた。
兄としての鬼道を愛し、欲し、望んでいた少女。
世界にただ二人しか居ない兄弟と思っていたのに、兄に別の兄弟がいたと知り混乱しているのだろう。
殴られるままになっていた円堂は、小さな体をきゅっと抱きしめた。

裏切られたと絶望する少女に、教えてやらなくてはならない。
何故鬼道が努力し続けたのかを。
それは『守』を超えるためでもなければ、鬼道の家に相応しくなるためでもない。
根本にあるのは妹への強い執念。
一人っ子の円堂にはきっと本当に理解できない情念があったから。


「音無」
「いや、放して!」
「俺のことはいくら嫌ってもいい。だが有人のことは否定しないでやってくれ」
「有人なんて呼ばないで!───血の繋がらない、他人の癖に!」


言った瞬間しまったと口を押さえた音無に、円堂は苦笑した。
自分自身が傷ついたように瞳を潤ませて俯いた音無の頭を緩く撫でる。
僅かに体が震え、彼が守りたかったのはこの少女かと改めて思った。


「そう。俺は他人だ。鬼道の家を捨てた俺は、もう有人と兄弟でもない」
「・・・円堂先輩」
「だがそれでも『弟』だったんだ。だから最後に『姉』として弁明させてくれ。あいつがお前に会いに行かなかったのは、それが父さんとの約束だったからだ。あいつが鬼道の家で努力し続けたのは、いいや今も努力し続けているのは、お前を鬼道の家に引き取るためだ。もう一度一緒に暮らすために、あいつは何年も努力し続けた。『フットボールフロンティアで三年間優勝し続けること』。それがお前を引き取る条件だ」
「私を・・・引き取る?お兄ちゃんは、私を捨てたんじゃ」
「捨てるわけないだろ。俺と違ってお前らは本当の兄弟だぞ。いつだってあいつはお前を気に掛けてたし、一日としてお前の話題が出ない日はなかったぜ?」
「嘘」
「本当だ。だから、そうあいつを嫌わないでやってくれよ。一度、正面からぶつかってみてやってくれ」
「・・・信じられない」
「ならあいつのプレイを見ればいい。あいつの本気を感じてやってくれ」


くしゃり、ともう一度頭を撫でると立ち尽くす音無から身を離す。
青いマントを揺らししばらく歩き、いくつか角を曲がったところで足を止めた。


「立ち聞きは、趣味がよくないんじゃない?」
「───すまない」


振り返れば困ったように眉を下げた豪炎寺がいて、揺れる瞳から動揺を感じると円堂は笑う。
無口で威圧感がある雰囲気を持っているため勘違いされやすいだろうが、豪炎寺は根本がとても素直だ。
他の面々に比べれば表情が豊かに変化するわけじゃないが、それでも見ていれば僅かな変化で感情が悟れる。
きゅっと寄せられた眉根だとか、揺らいでいる瞳だとか、口元を押さえる指先の震えだとか、呆れるくらいに正直だ。


「俺が女だって黙っててくれてありがとうな」
「黙っていたのは鬼道に知られず近づくためか」
「ああ。それともう一つ。言ったろ?お前にとっての夕香ちゃんみたいな存在が俺にも居るって」
「俺にとっての夕香が、お前にとっての鬼道だったんだな」


肯定する代わりにくしゃりと笑う。
頬を指先で掻いて照れ隠しするように瞳を細めた。


「今はあんなだけどさ、小さい頃は可愛かったんだぜ。何処に行くにもカルガモの子供みたいにちょこちょこちょこちょこ後ろをついてきてさ。二言目には姉さん、姉さんって満面の笑みを浮かべて俺の服を掴むんだ。身長は高くなった、態度はでかくなった。小生意気で何処の三流悪役だよ、って突っ込みたくなる態度だけど、どうしてかな。俺には昔のあいつのままに見えるんだ。俺が一人で出かけるときに見せた、今にも泣きそうな顔を思い出しちまう。・・・馬鹿だよな。あいつはあんなに俺を嫌ってるのに」
「───そんなものだろう、兄弟の上は。どうしたって下に甘くなる」
「そうだな」


ふっと口元を綻ばせた豪炎寺に、円堂も頷く。
そして高く結った髪の下で腕を組むと、へらり、と笑った。


「ところで、一哉。いつまで隠れてるつもり?」
「あれ?気づいてたの?」
「当たり前だ。豪炎寺の後ろで堂々と立ち聞きしてただろうが」
「あはは!呼んでくれないから気づいてないのかと思った。・・・それにしても、やっぱそのスタイルが守には似合うね」
「マントにゴーグル?自分で言うのもあれだけど、これは俺の趣味じゃないぞ」
「違う違う。髪だよ。ポニーテール。短い髪も可愛かったけど、やっぱり風に靡く長い髪の方が俺は好きだな」
「あー、はいはい」


エクステをつけた頭をかき混ぜれば、機嫌よさそうに一之瀬が笑った。
あっという間に距離を詰めると首にかじりつく。
昔と違い身長差もほとんどないので、肩の上に顔を置いた彼はそのまま頬を摺り寄せてきた。
大型犬に懐かれたみたいだと苦笑すると、むっと眉間に皺を寄せた豪炎寺と目が合う。
へらりと笑いかければ、つんと視線を逸らされた。


「弟の目を覚まさせるんでしょ、守。二年間待ってやっと巡って来た機会だ。ちゃんとものにしなよ」
「ああ」


耳元で囁かれた言葉に力強く頷く。
鬼道も努力したかもしれないが、円堂とてこの二年間ただアメリカに渡っていた訳ではない。
機嫌が降下したらしい豪炎寺に苦笑し、抱きついたままの一之瀬の頭を撫でて体を離す。


「豪炎寺も、協力してくれよ」
「───一之瀬が居れば俺は要らないんじゃないか?」
「何、拗ねてんだよ。ばっかだなぁ、豪炎寺は。俺にはお前の力も必要だし、頼むよ」


はははと笑いかければ、綺麗な澄んだ瞳で瞬きを繰り返した豪炎寺はため息を一つ落として頷いた。
何だかんだ言って人がいい豪炎寺に微笑む。

ピッチへ向かう入り口を瞳を眇めて睨みつける。
首に下げられたゴーグルに、体に纏わりつく青いマント。
懐かしい感覚だ。
マントが体に纏わり付く感覚も、首に下げられたゴーグルの感触も。
今の鬼道と同じように与えられたゴーグルをしっかりと顔につけ、このマントを風に靡かせて幼い鬼道とサッカーをした。


『俺は正義のヒーローだ!有人のためのヒーローだぞ』


そう言って笑えば、彼もくしゃりと笑ってくれたから。

外されたゴーグルは首で心もとなく揺れる。
もう二度と使うつもりはないのに、捨てれないのはこれに篭められた想いがあるからだ。
怨んでも怨みきれない、憎んでも憎みきれないのは、与えられた思い出が辛いものだけではないがゆえ。
だからこそ正さなければならない。
捨てれないからこそ、新しく始めたい。


「俺は帰って来ました、総帥。弟は、必ず返してもらいます」


嘗ての恩師に牙を剥く。
譲れないものを、得るために。
凝り固まった闇を、溶かすために。


「何か言ったか?」
「いや、何にも」


不思議そうな顔をして振り返った豪炎寺に笑いかけると、一之瀬の手を取り彼に続いた。

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