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■エピローグ




 大き目の黒い服に眉根を寄せる。少し素材が硬く感じるのは、きっとこの服がまだ卸し立てだからだろう。首元に巻いたスカーフが窮屈な気がして指を突っ込んで調整する。呼吸が楽になると、ようやく一歩を踏み出した。
 和風の部屋から抜け出ると、長い廊下を只管に歩く。小さく軋みを上げる廊下にも、賑やかな話し声にもようやく慣れた。幾つか角を曲がると、目的の場所まで辿り着く。

「おはよーアル!」

 元気に声を上げて障子を開ければ、軽やかな声にざわめきが一瞬止まり。

『おはよーございます!チャイナさん!!』

 野太い合唱が大きく響いた。満面の笑みで迎えてくれるむさ苦しい男達をかき分けて自分の指定席に潜り込む。その間にも左右から伸ばされる掌が幾度も桃色の髪を撫でた。それを厭うでもなく好きにさせれば、さらさらの髪が僅かに乱れる。 
 左右の席はもう埋まっている指定席に、その姿のまま座り込んだ。

「おっせーぞ、チャイナ。朝食は7時だっていつも言ってンだろ」
「寝すぎると、ただでさえ少ない脳みそが蒸発しちゃいますぜィ」

 黒髪の硬質な顔立ちの美青年に、金茶の優男風の美男子。タイプの違う色男に両側を挟まれても神楽の表情はピクリとも動かない。自らも並び立つものが少ない美貌を動かすことなく、神楽はひょいと肩を竦めた。首を越すくらいの短さになり、随分と軽くなった頭を振ってにたりと笑う。愛らしい容姿に似合わない表情は、なのに不思議なほど少女には似合う。

「やれやれ。乙女は身支度に時間がかかるのは常識アル。これだからもてない男は」

 首を振ると、左隣の金茶の髪の男と同程度の長さの桃色の髪が頬を掠めた。神楽の皮肉にスッと一瞬目を細めた沖田は、やはり無表情なままに応戦する。

「乙女?乙女なんて此処にいましたかィ?仮にも武装警察真選組の屯所に?悪いけど一度もここで女なんか見たことないねィ」
「ああん?私のどこを見ると女以外の何かにみえるって言うんですか、コノヤロー」

 額を押し付け合い、ギリギリと睨みあう二人は、一見すれば人形のように端整な面立ちの似合いのカップルに見えなくもないのに、小憎らしい表情で互いを貶める日課に予断はない。毎日の恒例とも言える遣り取りに土方はため息を漏らし、正面に座る近藤は高らかに笑い声を上げた。それは聞くものを不快にさせるものではなく、思わず和んでしまうほど裏表がない快活さを持ち、毒気を抜かれた二人は眼垂れあいながらも額を離す。

「まあまあ、二人とも。朝飯ぐらいは仲良く食おうや」
「チッ、ウルセーゴリラが」
「もてない男筆頭のゴリラが」
「え?オレを責めるの?オレ、何か悪い事した!?」

 先ほどまで喧嘩していたとは思えない息の合い方をする二人に、近藤は戸惑ったような声を上げる。相性最悪と常々豪語する二人は、時に他の追随を許さぬコンビネーションを見せる瞬間があった。苛立ち混じりに舌打ちした素直じゃない二人が、何だかんだ言いつつも言う事を聞くのは目の前の男の言葉だからだ。何もかもを包み込む器を持った近藤を、彼らは密かに尊敬している。
 神楽の為そうとした望みは叶わなかったけど、代わりに得たものもある。以前と違う環境に場所。復讐は果たせなかったけど、それでも神楽は満足だ。燻る火種は胸の奥に仕舞い、きっと二度と顔を出さない。
 真選組の人間は鷹揚だった。全員神楽自身が殺しかけたのに、わだかまりの『わ』の字も出さない。馬鹿な奴らだ、と思う。馬鹿で、馬鹿で大馬鹿で、でも大馬鹿だけど気持ちがいい奴らだ。
 鬼の副長は無言でご飯にマヨネーズを只管練って、マイペースなサド王子は神楽の後ろから土方にちょっかいを出す。鈍感な局長は、それを見て呵呵大笑。釣られた隊士も呵呵大笑。
 居心地のいい場所。もう戻れないと思っていた陽だまりの中神楽は笑う。それは、本当に奇跡だ。



 あの日、神楽は一人で死ぬつもりだった。江戸の象徴を全てを破壊しつくして、それを道連れに終わる気だった。なのに、この馬鹿な男達はその身をもって全力で止めた。
 手加減なんか一切していない。振るう傘に迷いはなく、目的の為に躊躇もなかった。負ける要素はなかったはずの戦いで、それでも非力なはずの人間に夜兎である神楽は敗れ去った。
 どうしようもない程強引な手管。彼らを気絶させた後、向かうはずだった江戸城の仕掛けが爆発し、炎上した柱に巻かれ長かった髪は短くなった。
 罪が消え去ったわけではない。汚した手は一生血に濡れたまま。それでも、監視という名目で彼らは神楽を懐にしまいこんだ。これから先、一生を真選組で過ごさなくてはいけない。犯罪者のレッテルも消えない。罪を償えと近藤は言い、守ってやると宣言した。自由を失い鎖で繋がれる。篭に閉じ込められたと同様の一生が神楽を待っているが、幸せは沢山転がっていた。万事屋のメンバーにも会いたいだけ会えるし、休日だってないわけじゃない。闇に沈むのではなく、傘を差して陽の下を歩ける。
 悲しんでいる時間は終わった。復讐したくても、自分は彼らに止められてしまう。全てを捨てても果たしたい願いだったのに、──自分が止まる、言い訳が出来た。それにどうしようもない程安堵した自分がいた。
 大丈夫。
 喧騒に包まれた食堂で、顔を俯ける。拳を開いて手に色がついてないのに微笑んだ。

(私はもう、大丈夫アル。パピー)

 穏やかな気持ちは表情に出る。何も知らないフリしてその安らかな顔を真選組の隊士が覗いてるのに、神楽は気づかない。それほどに彼らに心を許していた。
 大丈夫。
 もう一度だけ心の中で囁くと、思い出の中の父親が穏やかに笑ったような気がした。

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