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【完結:高杉編】





 まるで、遅効性の毒を飲んでいるようだった。少しずつ四肢は絡め取られ、身動きできる幅は狭まる。痛みはとっくに麻痺した。それでも、思考だけは冴え冴えと研ぎ澄まされる。変に冴えた頭のどこかが、他人に命令されてしているのではなく自分の意思でしているのだと、はっきりとした自覚を持った。



「・・・・・・これで、終わりアル」

 静かな声。目の前には、嘗て夜の間だけ友達のような関係だった男。待っていたと囁いた彼は、現状を理解しているのかと問いたくなるくらい優しく微笑んでいた。

「また、来ると思っていた」

 真っ赤に飛び散る血の中で、伏して動かない部下の間で。その微笑は、本当に場違いなもの。緩く手首を振り、右手の傘を構えなおした。青かったはずの傘は、血を吸い過ぎて変色し、今では元が何色か判らない。使い込まれたそれは体の延長と同じで、息を吸うのと同じくらい自然に扱える。もう、この傘が青かったのを知っていた存在は随分と減った。

「止まれないアルヨ」
「判っている」
「お前のこと、嫌いじゃなかったネ」
「──それも、判っていた」
「そよちゃんは、傷一つつけずに逃がしたアル。私が一番信頼でいる人たちが助け出したから、絶対安心ヨ」
「そうか。・・・それは、あの万事屋のことか?」

 神楽は返事をしない。返事をしないのが、何よりの返事だった。瞬きすらせず将軍は真っ直ぐな目で神楽を見る。銀時は、この将軍は飾りみたいなものだと言っていたけれど、彼は一本筋の入った男でもあった。命を今まさに刈り取られるのに慌てた様子すら見せない。

「あいつらの、勢力を殺ぐ事も出来、そよも安全。なるほど、一石二鳥だな」
「・・・そうアルネ。でも、本当は一石三鳥ヨ」

 チラリと神楽が微笑む。初めて見た微笑に、将軍が言葉に詰まった。年相応の笑顔に何故と唇を動かす前に、意味は間もなく理解させられた。
 激しい音とともに、城が揺れる。江戸のシンボルとしてなまじの攻撃ではビクともしないこの城が。発信源は足の下。

「まさか・・・」
「そのまさか、ネ。この城は、なくなるアル。パピーを殺した幕府の象徴。天導衆も潰したアル。これで、私の復讐は完結ヨ」
「お主、まさか・・・」
「バイバイ、将軍様」

 手を伸ばしてきた男に、ふっと目を細める。傘のトリガーを引くのに躊躇はない。必死な眼差しで伸ばされた手が届く前に。
パンッ
 響いた音は、一発。けれど、それだけで十分だった。倒れ行く男の目は見開かれ、訴えかけるように神楽を捉える。絶命する間際までも人を心配するのかと、神楽の唇が歪んだ。
 考えに沈む間もなく二度目の振動が神楽を襲う。木造である部分が大半のこの建物だ。火は簡単に燃え広がる。行きに爆弾を数十箇所仕掛けた。時限性のそれは、ちょうどいいタイミングで威力を上げる。一つを引き金に爆発の音は段々と感覚が狭くなった。きっと、この炎の中なら、大丈夫だ。
 全てが終わったと瞼を閉じる。瞑ったそこに映るのは、いつだって銀の鈍い輝き。大好きで、憧れていた存在。死んだ魚の目をしているくせに、馬鹿みたいに懐と器の大きかった男。何度も何度もひどい目に合わされながら、それでも神楽に手を伸ばし続けてくれた、神楽を神楽で居させてくれた人。
 でも。

「もう、必要ないアルヨ、銀ちゃん。私は、初めから終わりを決めてたネ」

 まるで彼が目の前に立っているように、ちょうど彼の目線を見上げ神楽は笑った。そう。始めから終わりなんて決めていた。
 三度目の振動。火の手はまだ下のはずだが、気のせいか室温も上がった気がする。

「私がいなくなっても、銀ちゃんの所為じゃないアル。気にしないでいいのヨ」

 穏やかな微笑みはとても深く、年を取った老人が昔を懐かしむような色をしている。手が届かない過去を見て、諦観に彩られていた。

「悲しまないでね、銀ちゃん。私は、大丈夫なんだから。自分で選んだ道アル。自分のケツは、自分で拭くネ」

 天守閣からも夜空は見える。嘗て将軍と呼ばれた男が立っていた場所に視線を向ければ、神楽の大好きな青白い月。ずっと眺めていたいけど、最後に月を眺めるつもりはなかった。きっと、上空からはヘリが取材をしているはずで、城の消化のための手段もそろそろ講じられるだろう。
 四度目の振動。今度は、すぐ下からのそれに苦笑する。室温は自覚できるほどに上がり、額から汗が吹き出てきた。考える時間は、もう僅かしかない。

「・・・熱い、アルな。汗が止まらないアル」

 一人で、神楽は話し続ける。

「死ぬって、こういうことだったネ。何度も死に掛けてるけど、焼死っていうのは案外とキッツイアル」

 床に胡坐を掻くと傘をクルクルとまわす。幼い仕草は無邪気で、血に塗れたその場所に似つかわしくないものだった。だが、他にする事など何もない。神楽に出来るのは死体に囲まれたこの部屋で、ただ死を待つ、それだけ。

「こいつらと、心中カ。はっきり言って、色気もへったくれもないアル。折角美少女に生まれたのに、王子様は現れなかったネ」

 『オー、ゴット』とおどけた調子で肩を竦めた瞬間。

「なーにが、『オー、ゴット』だ。お前、またオレが買ってやった服、穴だらけにしたな」
「・・・・・・!?」

 聞こえるはずのない声に、神楽の肩がびくりと動く。空耳かと思ったが、それにしてはあまりにもはっきりとした声だった。背後に生まれた気配に、何故、という言葉が頭を廻る。自分の知っている彼なら、この場にいるはずがないのに。

「一人漫才してて楽しいか?」
「・・・晋助?」
「何だよ、じゃじゃ馬姫」

 出会った当初の懐かしい呼び名。今日と同じ青白い月の日に初めて神楽を見た時も、彼は同じ呼び名で神楽を呼んだ。昨日のように鮮やかで、思い出せないくらいに昔に感じる過去に。

「何しに来たアルか・・・?」
「何って・・・自殺しようって言う馬鹿の見物」

 ゆっくりと振り返った先には、脳裏に浮かんだ通りの男の姿。腕を組んで柱にもたれた彼は、うっそりと笑う。間もなく火の手が回る、この天守閣の一角で。心底楽しそうな笑みは、此処が死線であるからだろう。生と死の狭間で、彼は一番生き生きと輝く。

「随分といい趣味してるアル」
「我ながら、そう思うぜ。何てったって、逃げる手段を思いつく前に此処にたどり着いちまったしな」
「・・・何て言ったアル?」
「だから、逃げる手段を考えてないって言ったんだよ」
「・・・・・・」

 晋助の言葉に、神楽は一拍を置いた後。

「ぎゃー!?」

 これ以上ない位の大声で叫んだ。

「いやー!!最後の最後がこんな変態片目と心中だなんて!絶対にイヤー!!」
「・・・何だよ?オレじゃ不満ってのか?」
「不満だらけアル。例えて言うならたこ焼きの中にタコが入っていなかった時くらい不満ネ」
「だから、そのワケのわかんねぇ例えはやめろとけ」
「ごっさ、判りやすいアル!──お前、本気カ!?」

 叫んだ瞬間、最後の仕掛けが爆発した。一拍置き、周りの壁が火に包まれる。熱波が髪を揺らし、晋助のトレードマークである女物の羽織を飛ばす。
 正真正銘、逃げ場は何処にもなくなった。ここは天守閣。飛び降りて助かる、何て奇跡は人には使えない。
 今や汗は止まらず、呼吸も段々と苦しくなってきた。黒い煙が部屋を汚染し、しゃがみ込んでいる神楽にも襲い掛かる。それなのに炎の中に立つ晋助は、息苦しさなど欠片も感じさせない飄々とした態度を崩さず、あまりにも堂々としている彼に、やはり彼は支配する側にいるんだと気づく。

「・・・な?逃げ場も、逃げ道もなくなった」

 ニヤリ、と彼は満足そうに笑った。眼帯に隠されていない隻眼は不可思議な色を湛え、今まさに死に直結する場面であるのにそれすら愉快だと哂っている。狂っている。背筋にぞわりと産毛が逆立つ。死の淵でさえ、こんなに満足そうに笑った相手を神楽は今まで見たことがない。

「お前、頭がおかしいアル」
「はッ・・・そうかも知れねぇな。でなきゃ、他人の自殺に付き合ってやるなんて酔狂なマネできないだろうよ」
「・・・おかしいアル」

 もう一度だけ呟くと、神楽はがくりと腕をついた。視界がくらくらと揺れ、真っ直ぐ体を立てるのすら辛い。煙のまわりが予定より早く、意識が朦朧としてきた。最後の力を振り絞り顔を上げる。平然と立っている男は、やはり変態だ。
 動けない神楽に近づくと、さも当然のように高杉は隣に腰を下ろした。そして、神楽が動けないのをいい事に、ひょいと抱き上げ膝の上に乗せる。

「・・・熱いアル」
「そりゃ、周りが燃えてんだから仕方ねぇな」

 弱々しくもがく神楽を抱きしめた。その力は弱くなく、振り解くのは難しい。晋助の熱が移り、一層熱さが募り呼吸が早くなる。

「な、死ぬまで話してようぜ」
「はァ?」
「話だよ、話。暗い死に方は似あわねぇからな」
「・・・馬鹿アルな、お前。でも、話してもいいアル。昔の銀ちゃんの話を聞かせてヨ」
「銀時?あいつは、昔も今もそうかわらねぇ」
「・・・・・・」
「昔も今みたいな目して、授業はほとんど寝てばかり。剣の修行も人が見てるとこじゃ、手抜いてばかりだったな」
「・・・・・・」

 珍しく穏やかな晋助の声。彼が過去を語るのは初めてだと、薄れる意識で気がついた。物語のように紡がれる話は神楽の知らない銀時を教え、もっともっとと望むのに、段々と瞼が重くなる。篭った煙の所為だろうか。サウナよりも遙かに暑い場所なのに、段々と眠気が襲ってきた。頭ががんがんと痛み視界がぼやける。彼の声を子守唄に、神楽はついに意識を手放した。



「・・・じゃじゃ馬?」

 腕の中の体が力を失ったのに気がついて、晋助は軽く腕を揺らしたが全くの無反応。まるで幼子のような邪気のない姿に、晋助は淡く苦笑した。それは、何時以来からか見せなくなった優しい微笑み。誰も見てないからこそ浮かべた笑みに、自分が笑えるんだと思い出す。随分と長い間忘れていた感覚だった。

「お前は、よくやったよ」

 心からの賞賛の言葉。髪飾りのなくなった髪を緩やかに撫でる。さらり、と熱を持った桃色の髪は晋助の手に留まることなく零れ落ちた。自分のものだと言う印をつけたくて、馬鹿みたいに真っ黒な服を彼女に贈った。初めそれは銀時に見せ付けるためだと思っていたが、最近になって違うという事に気がついた。本当の理由は簡単。独占欲というものだ。
 晋助は、この無鉄砲で馬鹿なまでに自分の正義を貫いた少女を気に入っていた。何時の頃からか目的と手段が入れ替わり、手放さないためならどんな事も出来るくらいに。

「このオレが、女の後追い自殺とはな。中々に笑える結末だぜ」

 江戸の騒乱。神楽の望んだ通りに、幕府は相当な打撃を受けた。復旧には時間がかかるだろうし、新たな象徴を選ぶのに詮議も重ねられるだろう。その間都市は機能せず、政治家達は惑い揺れる。彼女流の復讐は見事に果たしたと言えるだろう。

「本当に、たいしたものだ」

 額にかかる髪を上げ、秀でたそこに唇を落とす。暖かというより熱い肌は、もうほとんど動く事はない。掌を翳せば微かな呼気が感じられ、それだけが神楽の生を実感させる。

「火事、か。火事と喧嘩は江戸の花。花になって死んでくっていうのも、まあ一興なのかもな」

 呟くと同時に、天上の梁が音を立て始める。柱はもう数本焼けて折れていた。天上が落ちてくるのもあと僅かの間だろう。火の爆ぜる音は絶え間なく、舐めるように肌を焼く。

「我が心 焼くも我れなり はしきやし 君に恋ふるも 我が心から」

 焼け崩れた天井に晋助はうっそりと哂った。威勢を誇る炎に飲み込まれ、彼らの姿はすぐに赤い勢力に消えていった。



*我が心焼くも我れなりはしきやし君に恋ふるも我が心から
【釈】私の心を憎しみの炎で焼くのも自分なら、あなたを愛する心も同じ私の心から

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