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■エピローグ
それからの話を少しだけしよう。桃色の髪の少女が去った後、江戸のシンボルであった城は見るも無残に焼き崩れた。城の面影も残さず燃えたそこからは、おかしいことに死傷者は出なかった。重症を負ったものも、火傷を負ったものもいた。けれど、あれほどの惨事でありながら誰も命を落とす事がなかった。──少なくとも、確認できる範囲で、だが。
江戸城に火をつけたのは過激派を気取っていた晋助の手によるものだと、町には噂が広まっている。だが過激派の一派が最も活躍していた、惑乱の時代は一年ほどで呆気なく終結を迎えた。今でも、高杉派と名乗る攘夷志士がテロを起こす事はあるが、当時と比べれば頻度は極端に少ない。それは、晋助自身が表に出なくなった理由と密接に関係していると言われているが、真実のところは定かではない。
──焼け落ちた城とともに、桃色の髪をした少女が万事屋から姿を消してから、五度目の春を迎えようとしていた。
「くぁ・・・・・・」
小さく口を開け、だらしない声を出しながらあくびをする。掌で隠すという事などは、考えも付かない。あくびが出ても仕方がないと納得できるほどに、彼のいる場所は暖かだった。麗らかな陽射しを一心に受ける窓辺に、背もたれも心地よい使い慣れた椅子。机の上に両足を投げ出し、新聞を顔に乗せただけの格好は何と気だるく気持ちがいいのだろうか。だらしなさ全開の格好で、死んだ魚のような目をした青年は顔に乗せていた新聞をゆっくりとどけた。
開いてあるページに乗っている見出しを見て、目を細める。
『江戸の城が焼けてから五度目の春』
新しくなったシンボルに、住人たちも慣れてきた。五年という歳月は、それだけの長さがあるのだ。もう何年も開けていない、机の引き出しを睨みつける。そこには、此処にはいないもう一人の万事屋メンバーが身に着けていた髪飾りがある。時が過ぎるにつれ、周りの人間はそのもう一人の話題を持ち出さなくなった。可愛い顔をしていながら、どうしようもなく凶暴で毒舌家だった幼い少女。桃色の髪と、澄んだ瞳が印象的だった彼女。城が焼け落ちた日、きっと銀時は彼女と最後に会った人間だろう。天守閣に消えていく背中を追えばよかったと、何度も後悔した。
本当に、学習しないものだ。あの日、彼女が家を出て行ったときも後悔したのに、同じ事を二度も繰り返すとは。拒絶されて、動けなかったなんて、言い訳にもなりゃしない。嫌がり泣き叫ばれたとしても、銀時はその手を掴むべきだったのだ。変わらない表情の奥で、少女が泣いているのを知っていた。深く傷つき絶望に塗れていたのも。迷ってはいけなかったのに、一瞬の躊躇が銀時から彼女を切り離した。
あの日の火事は彼女が起こしたものではないかと銀時は考えていた。事実、下からつければ周りが早かっただろう火は、一番回りが遅いとかんがえられる天守閣から上がったものだ。下から上にくらべ、上から下というのは結構な時間差が出る。あの時、天守閣に居たと考えられるのは、晋助本人とその腹心たち。彼女と、晋助たちの間でどんな会話がされたかは、今となっては知りようがない。そしてこれから先もしる機会はないのだろう。わかっている事実は、あの日あの時から、彼女の姿を見るものが居なくなったということだけだ。
そこまで考え、銀時は苦笑した。先程から、思い出の中でも彼女の名前を持ち出さない頑固さに、我ながらあきれるくらいだ。だがそれでも、彼女の名前を意識する時を、銀時は決めていた。周りの人間は、彼女がいなくなり死んだものだと考えているが銀時はそうは思っていない。あの食い意地の張った、しぶといチャイナ娘がそう簡単にくたばるところなど考えたこともなかった。この意見には、同じ万事屋のメンバーである新八も同意してくれている。信じているのが一人ではないという事実は、銀時の心を軽くした。
その時、玄関の方で音がした。遠くに行きかけた意識を手繰り寄せ、再び新聞で顔を隠す。今の表情は誰にも見られたくないものだった。それが例え、この家の合鍵を持っている新八だったとしても。
(噂をすれば、影だな)
ゆっくりと苦笑を浮かべ、銀時は新聞の下で瞼を閉じる。そこら辺の母親よりも口うるさい新八は、だらしない格好をしているとすぐに注意してくるが、己のポリシーという事で、銀時が譲るなど滅多になかった。今日は休みのはずだが、何か急用でも出来たのだろうか。最近、また姉の妙に対するストーカーが酷くなっていたといっていたからそのことかもしれない。そろそろ素直になればいいのに、と考えているのは銀時だけではなかろうが恐ろしくて口に出せるものはまだ居なかった。
カタン、と音がし気配が止まる。動かない銀時に変わり、動いたのはそばで寝ていた定春だった。珍しい、と寝たふりをしながら不思議に思う。この白いケモノは主が居なくなってから、自分から行動をめっきりと活発性を失ったのに。
「ワンワン!!」
久しぶりに聞く鳴き声に、少しだけ驚く。彼が声を上げるのを聞くのは、実に何年ぶりだろう。忠犬ハチ公よろしく、彼女の帰りを毎日寝て待つだけの日々を送っていたケモノは一体何を見つけたのか。
「新八ー、今日は休みのはずだろ?何かあったのか?面倒ごとなら他所に相談してくれ。銀さん、今日は昼寝して過ごすって決めたから。夜になっても昼寝するって決めたから」
だるそうな雰囲気を崩す事無く、頭の後ろで腕を組む。のんびりとした口調もやる気がない態度も何も変わらない。当然新八のこ五月蝿い説教も変わらず、マシンガンの如く降って来るそれをどうかわそうか考えれば。
「ク・・・っ、クク」
ゆったりとした体勢で器用にも体を強張らせる。聞こえてきたのは、新八の声ではなかった。聞き覚えのない──だが、何処か懐かしい声。まさか、という思いに少しずつ新聞を持ち上げる。最初に視界に入ってきたのは、鮮烈な赤。派手と言っても過言でないほどのそれからは見事な体の凹凸にぴったりと沿い男なら十中八九見惚れるほどのプロポーションに喉を鳴らす。だが銀時が意識を取られたのはそんなものではない。恐る恐る少しずつ視線をあげる。すらりとした長い足、引き締まった腰に、形の良い大き目の胸。そして──。
「相変わらずアルな、銀ちゃん」
何よりも、特別に思っていた空の青を映した瞳。あの頃いつもお団子にしていた桃色の髪は、真っ直ぐに腰元まで流れていた。癖一つないそれは、極上な絹糸を思い起こさせる滑らかで艶やか。体つき同様美しくなった面は、嘗ての面影を残しているものの、女だと強烈に意識させる。十人居れば九人は振り返るだろう程の美女は化粧も施していないのに、赤い唇を緩やかに持ち上げた。長すぎる睫に彩られた瞳が好奇心に煌く。子供のように悪戯っぽい表情を浮かべた女性は、鈴を転がしたような声で笑った。
「か・・・ぐら」
漸くの思いで絞り出した声は、掠れて情けなくも震えていた。生きていると思っていたし、信じていたけれど、実際に目の前に現れると驚きは強烈なものだ。五年間、一度も連絡を寄越さなかったくせに、とか、あの日から何してたんだ、とか、ドカンと説教垂れてやろうとか、色々と再び会った時のことをシュミレーションしてたのに、頭は真白になって何も言葉が思いつかない。
「私なりに、整理が付いたから帰ってきたアル。過去が帳消しになるわけじゃなし、私の罪は消えないけど。償う方法を探して来たネ」
微笑みは鮮やかで、考える意識を削ぐ。見知らぬ女性のそれなのに、覚えているあどけない表情とその笑顔は重なった。
「この五年で、色々なことが判ったアル。色んな星を旅して、色んなことを学んだのヨ。本当は、一生此処に帰ってこないでいようかとも思ったアル」
じゃれ付く定春の頭を撫で、何でもないことのように彼女は言った。まるで、会わなかった日々などなかったような自然な口調。千切れんばかりに尻尾を振る定春は、昨日までの老獪な雰囲気を漂わせた犬ではなく、活発で愛らしい子犬と同じ。嬉しくて嬉しくて仕方ないと素直に現し、がぶりがぶりと彼女にかぶりつく。それを片手でいなした神楽は、美しくなっていたが、笑い方に変わりはない。
「銀ちゃんに、話したいことが一杯あるネ。一杯、一杯、たくさんなのヨ。あのね、銀ちゃ──」
「ちっと、黙れ」
話し続ける神楽を、抱きしめる事で無理やり黙らせた。むぐっと胸の奥から声が聞こえたが、構わず全身の力を篭めて抱きしめる。間に机があって体勢的には苦しいし、青い行動は恥ずかしいし、何をどうすればいいのか、考えなんて纏まらない。解決しなきゃいけないことは沢山残っているし、伝えたい事だって沢山あった。けどこれだけは、最初に言おうと決めていた。
「銀ちゃん・・・?」
不安げな声を出し、自分を見つめる青の瞳に、昔を思い出し表情が綻ぶ。上目遣いで見上げる距離は随分と近づいたが、神楽はやはり神楽のまま。安心させるように滑らかな手触りの髪を撫でると唇を耳元に近づける。
「──おかえり、神楽」
思っていたよりも、随分とかっこ悪い声。震えて今にも泣きそうに聞こえる。情けなく揺れた声に、それでも腕の中の神楽は嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。
「ただいま、銀ちゃん」
笑顔で告げられ、銀時はホッと息を吐く。何年もただこの言葉が聞きたかった。自分が居て、新八が居て、定春が居て神楽が居る。そんな暖かい日常を取り戻したかった。失うことに怯えていた日常に、いつの間にか土足で入り込み居心地よく改造してしまった神楽。机の引き出しを探ると、久しぶりに手にし髪飾りを転がす。銀時のところにそれは二つとも揃っていて、久しぶりに見たそれに目元を綻ばせる。
「髪、結ってやるよ。その間に、お前の土産話聞かせろ」
「うん!!」
嬉しそうな声。見た目は変わっても変わらない態度に銀時も安堵する。
それから、夜になって晩御飯を差し入れに来た新八に『どうしてすぐに教えてくれなかったのか』と怒鳴られ、大家であるババアに殴られ、天人である濃い顔をした猫耳の女にあざ笑われ、微笑みの魔王である妙に笑顔でいびられるのだけれど。久しぶりの夜は、ただ、暖かく過ぎて行った。
「銀ちゃん、大好きヨ」
優しい声は、寂しかった日々の全てを帳消しにする力を持って響く。それは腕の中の神楽にだけ使える魔法。可愛らしいよう容姿と裏腹に、天邪鬼で毒舌家の彼女との生活は、嘗てのように騒然とした日々になるのだろう。悩む事もあるだろう。
苦しむ事もあるだろう。神楽の罪は消えないし、過去を償う必要もある。それでも神楽と暮らすことでの苦労は、きっと幸せを含んでいる。明日からは、また優しく騒がしい生活で、自分の人生は埋もれていく。──それが、自分の幸せだ。
随分と柔らかくなった体を腕に抱き、その存在をかみ締める。伝わってくる温もりに、漸く戻った幸せに。誰にも見えないよう、銀時はふわりと微笑んだ。
それからの話を少しだけしよう。桃色の髪の少女が去った後、江戸のシンボルであった城は見るも無残に焼き崩れた。城の面影も残さず燃えたそこからは、おかしいことに死傷者は出なかった。重症を負ったものも、火傷を負ったものもいた。けれど、あれほどの惨事でありながら誰も命を落とす事がなかった。──少なくとも、確認できる範囲で、だが。
江戸城に火をつけたのは過激派を気取っていた晋助の手によるものだと、町には噂が広まっている。だが過激派の一派が最も活躍していた、惑乱の時代は一年ほどで呆気なく終結を迎えた。今でも、高杉派と名乗る攘夷志士がテロを起こす事はあるが、当時と比べれば頻度は極端に少ない。それは、晋助自身が表に出なくなった理由と密接に関係していると言われているが、真実のところは定かではない。
──焼け落ちた城とともに、桃色の髪をした少女が万事屋から姿を消してから、五度目の春を迎えようとしていた。
「くぁ・・・・・・」
小さく口を開け、だらしない声を出しながらあくびをする。掌で隠すという事などは、考えも付かない。あくびが出ても仕方がないと納得できるほどに、彼のいる場所は暖かだった。麗らかな陽射しを一心に受ける窓辺に、背もたれも心地よい使い慣れた椅子。机の上に両足を投げ出し、新聞を顔に乗せただけの格好は何と気だるく気持ちがいいのだろうか。だらしなさ全開の格好で、死んだ魚のような目をした青年は顔に乗せていた新聞をゆっくりとどけた。
開いてあるページに乗っている見出しを見て、目を細める。
『江戸の城が焼けてから五度目の春』
新しくなったシンボルに、住人たちも慣れてきた。五年という歳月は、それだけの長さがあるのだ。もう何年も開けていない、机の引き出しを睨みつける。そこには、此処にはいないもう一人の万事屋メンバーが身に着けていた髪飾りがある。時が過ぎるにつれ、周りの人間はそのもう一人の話題を持ち出さなくなった。可愛い顔をしていながら、どうしようもなく凶暴で毒舌家だった幼い少女。桃色の髪と、澄んだ瞳が印象的だった彼女。城が焼け落ちた日、きっと銀時は彼女と最後に会った人間だろう。天守閣に消えていく背中を追えばよかったと、何度も後悔した。
本当に、学習しないものだ。あの日、彼女が家を出て行ったときも後悔したのに、同じ事を二度も繰り返すとは。拒絶されて、動けなかったなんて、言い訳にもなりゃしない。嫌がり泣き叫ばれたとしても、銀時はその手を掴むべきだったのだ。変わらない表情の奥で、少女が泣いているのを知っていた。深く傷つき絶望に塗れていたのも。迷ってはいけなかったのに、一瞬の躊躇が銀時から彼女を切り離した。
あの日の火事は彼女が起こしたものではないかと銀時は考えていた。事実、下からつければ周りが早かっただろう火は、一番回りが遅いとかんがえられる天守閣から上がったものだ。下から上にくらべ、上から下というのは結構な時間差が出る。あの時、天守閣に居たと考えられるのは、晋助本人とその腹心たち。彼女と、晋助たちの間でどんな会話がされたかは、今となっては知りようがない。そしてこれから先もしる機会はないのだろう。わかっている事実は、あの日あの時から、彼女の姿を見るものが居なくなったということだけだ。
そこまで考え、銀時は苦笑した。先程から、思い出の中でも彼女の名前を持ち出さない頑固さに、我ながらあきれるくらいだ。だがそれでも、彼女の名前を意識する時を、銀時は決めていた。周りの人間は、彼女がいなくなり死んだものだと考えているが銀時はそうは思っていない。あの食い意地の張った、しぶといチャイナ娘がそう簡単にくたばるところなど考えたこともなかった。この意見には、同じ万事屋のメンバーである新八も同意してくれている。信じているのが一人ではないという事実は、銀時の心を軽くした。
その時、玄関の方で音がした。遠くに行きかけた意識を手繰り寄せ、再び新聞で顔を隠す。今の表情は誰にも見られたくないものだった。それが例え、この家の合鍵を持っている新八だったとしても。
(噂をすれば、影だな)
ゆっくりと苦笑を浮かべ、銀時は新聞の下で瞼を閉じる。そこら辺の母親よりも口うるさい新八は、だらしない格好をしているとすぐに注意してくるが、己のポリシーという事で、銀時が譲るなど滅多になかった。今日は休みのはずだが、何か急用でも出来たのだろうか。最近、また姉の妙に対するストーカーが酷くなっていたといっていたからそのことかもしれない。そろそろ素直になればいいのに、と考えているのは銀時だけではなかろうが恐ろしくて口に出せるものはまだ居なかった。
カタン、と音がし気配が止まる。動かない銀時に変わり、動いたのはそばで寝ていた定春だった。珍しい、と寝たふりをしながら不思議に思う。この白いケモノは主が居なくなってから、自分から行動をめっきりと活発性を失ったのに。
「ワンワン!!」
久しぶりに聞く鳴き声に、少しだけ驚く。彼が声を上げるのを聞くのは、実に何年ぶりだろう。忠犬ハチ公よろしく、彼女の帰りを毎日寝て待つだけの日々を送っていたケモノは一体何を見つけたのか。
「新八ー、今日は休みのはずだろ?何かあったのか?面倒ごとなら他所に相談してくれ。銀さん、今日は昼寝して過ごすって決めたから。夜になっても昼寝するって決めたから」
だるそうな雰囲気を崩す事無く、頭の後ろで腕を組む。のんびりとした口調もやる気がない態度も何も変わらない。当然新八のこ五月蝿い説教も変わらず、マシンガンの如く降って来るそれをどうかわそうか考えれば。
「ク・・・っ、クク」
ゆったりとした体勢で器用にも体を強張らせる。聞こえてきたのは、新八の声ではなかった。聞き覚えのない──だが、何処か懐かしい声。まさか、という思いに少しずつ新聞を持ち上げる。最初に視界に入ってきたのは、鮮烈な赤。派手と言っても過言でないほどのそれからは見事な体の凹凸にぴったりと沿い男なら十中八九見惚れるほどのプロポーションに喉を鳴らす。だが銀時が意識を取られたのはそんなものではない。恐る恐る少しずつ視線をあげる。すらりとした長い足、引き締まった腰に、形の良い大き目の胸。そして──。
「相変わらずアルな、銀ちゃん」
何よりも、特別に思っていた空の青を映した瞳。あの頃いつもお団子にしていた桃色の髪は、真っ直ぐに腰元まで流れていた。癖一つないそれは、極上な絹糸を思い起こさせる滑らかで艶やか。体つき同様美しくなった面は、嘗ての面影を残しているものの、女だと強烈に意識させる。十人居れば九人は振り返るだろう程の美女は化粧も施していないのに、赤い唇を緩やかに持ち上げた。長すぎる睫に彩られた瞳が好奇心に煌く。子供のように悪戯っぽい表情を浮かべた女性は、鈴を転がしたような声で笑った。
「か・・・ぐら」
漸くの思いで絞り出した声は、掠れて情けなくも震えていた。生きていると思っていたし、信じていたけれど、実際に目の前に現れると驚きは強烈なものだ。五年間、一度も連絡を寄越さなかったくせに、とか、あの日から何してたんだ、とか、ドカンと説教垂れてやろうとか、色々と再び会った時のことをシュミレーションしてたのに、頭は真白になって何も言葉が思いつかない。
「私なりに、整理が付いたから帰ってきたアル。過去が帳消しになるわけじゃなし、私の罪は消えないけど。償う方法を探して来たネ」
微笑みは鮮やかで、考える意識を削ぐ。見知らぬ女性のそれなのに、覚えているあどけない表情とその笑顔は重なった。
「この五年で、色々なことが判ったアル。色んな星を旅して、色んなことを学んだのヨ。本当は、一生此処に帰ってこないでいようかとも思ったアル」
じゃれ付く定春の頭を撫で、何でもないことのように彼女は言った。まるで、会わなかった日々などなかったような自然な口調。千切れんばかりに尻尾を振る定春は、昨日までの老獪な雰囲気を漂わせた犬ではなく、活発で愛らしい子犬と同じ。嬉しくて嬉しくて仕方ないと素直に現し、がぶりがぶりと彼女にかぶりつく。それを片手でいなした神楽は、美しくなっていたが、笑い方に変わりはない。
「銀ちゃんに、話したいことが一杯あるネ。一杯、一杯、たくさんなのヨ。あのね、銀ちゃ──」
「ちっと、黙れ」
話し続ける神楽を、抱きしめる事で無理やり黙らせた。むぐっと胸の奥から声が聞こえたが、構わず全身の力を篭めて抱きしめる。間に机があって体勢的には苦しいし、青い行動は恥ずかしいし、何をどうすればいいのか、考えなんて纏まらない。解決しなきゃいけないことは沢山残っているし、伝えたい事だって沢山あった。けどこれだけは、最初に言おうと決めていた。
「銀ちゃん・・・?」
不安げな声を出し、自分を見つめる青の瞳に、昔を思い出し表情が綻ぶ。上目遣いで見上げる距離は随分と近づいたが、神楽はやはり神楽のまま。安心させるように滑らかな手触りの髪を撫でると唇を耳元に近づける。
「──おかえり、神楽」
思っていたよりも、随分とかっこ悪い声。震えて今にも泣きそうに聞こえる。情けなく揺れた声に、それでも腕の中の神楽は嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。
「ただいま、銀ちゃん」
笑顔で告げられ、銀時はホッと息を吐く。何年もただこの言葉が聞きたかった。自分が居て、新八が居て、定春が居て神楽が居る。そんな暖かい日常を取り戻したかった。失うことに怯えていた日常に、いつの間にか土足で入り込み居心地よく改造してしまった神楽。机の引き出しを探ると、久しぶりに手にし髪飾りを転がす。銀時のところにそれは二つとも揃っていて、久しぶりに見たそれに目元を綻ばせる。
「髪、結ってやるよ。その間に、お前の土産話聞かせろ」
「うん!!」
嬉しそうな声。見た目は変わっても変わらない態度に銀時も安堵する。
それから、夜になって晩御飯を差し入れに来た新八に『どうしてすぐに教えてくれなかったのか』と怒鳴られ、大家であるババアに殴られ、天人である濃い顔をした猫耳の女にあざ笑われ、微笑みの魔王である妙に笑顔でいびられるのだけれど。久しぶりの夜は、ただ、暖かく過ぎて行った。
「銀ちゃん、大好きヨ」
優しい声は、寂しかった日々の全てを帳消しにする力を持って響く。それは腕の中の神楽にだけ使える魔法。可愛らしいよう容姿と裏腹に、天邪鬼で毒舌家の彼女との生活は、嘗てのように騒然とした日々になるのだろう。悩む事もあるだろう。
苦しむ事もあるだろう。神楽の罪は消えないし、過去を償う必要もある。それでも神楽と暮らすことでの苦労は、きっと幸せを含んでいる。明日からは、また優しく騒がしい生活で、自分の人生は埋もれていく。──それが、自分の幸せだ。
随分と柔らかくなった体を腕に抱き、その存在をかみ締める。伝わってくる温もりに、漸く戻った幸せに。誰にも見えないよう、銀時はふわりと微笑んだ。
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