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【完結:銀時編】


 その瞳を見た瞬間、酷く後悔した。愛しんでいた青天のような青い瞳は、輝きを失いどんよりと濁っていて、虚ろな眼差しは自分の姿を映しても変わることはない。瞳は開いていても少女は何も見ていない。小作りな顔に表情は一切なく、端整な面立ちから精巧な人形のようだ。そこまで考え己の迂闊さに拳を握る。殴ってでも、傷つけてでも止めるべきだったのだ。感情を破壊された少女が、生きる人形になる前に。
 木刀を握り締めた手に力を込め、己の罪を深く懺悔する。あの頃の、感情を読むことが出来た無表情ではなく、全く何を考えてるか読み取らせない表情で彼女は血塗れで立っていた。慈しんだ瞳は硝子玉と変わらない。

「・・・・・・何の用アルか」

 淡々とした声が響く。その場にいた相手は、神楽以外全員地に伏していた。江戸の象徴を護るべき城の護衛がこの程度とは、笑えるくらいに呆気ない。美しかった庭は、神楽一人の行動で元の姿を想像できないくらいに破壊されつくされていた。仲間とは呼べずとも同士と呼べた人間はいない。きっと、今頃は天守閣にたどり着く頃だろう。
 だがそんなことはもう『どうでもいい』。月の光に照らされながら、神楽は傘を差し直す。闇に浮かぶシルエットはとても小さく華奢に見えた。手にした傘の柄を肩に置き、くるりと回す。染み付いた血の鉄錆び臭いにおいが傘の動きに比例し飛散した。本来なら鼻につく噎せ返るような血の匂いは、けれどとうに麻痺した嗅覚のお陰で今更気にならない。

「お前、一人で何しに来たアルか?」

銀髪の、衣服をだらしなく着こなした青年は手に木刀を握っていた。空いている手を着物の胸元に入れ、無造作な格好で神楽を見ている。その姿に見覚えがあるような気がして首を傾げる。死んだ魚のような目は、きりきりと釣りあがっているのに。
 暫く考えたものの、薄霧がかった思考では何も思い出せない。きっと見知った気がするのは気のせいに違いない。最近の神楽は長い事ものを覚えておくことが出来ず、留めておこうと思った記憶もまるで砂のようにサラサラと零れ落ちる。何も覚えていれないならば、この感情はおかしいものだ。
 記憶を留めていない間はとても楽だ。何をしても苦しいと思う気持ちがなく、『あの時』のように罪悪感を抱くことも無い。不意に思い出した『あの時』に眉を寄せる。だが結局何を指すのか神楽には判らず、どうでもいいと感情は立ち消えた。
 今の神楽は晋助に何を命令されても気にならない。何故晋助の言葉を聞き彼と共にいるのかも思い出せないが、それはそれで気にならない。ただ一人で、城のお庭番全員を相手にせよと命令されても、揺らぐような意思はとうの昔に捨て去った。

「──随分と、酷くやらかしたな神楽」
「・・・・・・」

自分の名前を言い当てた青年に、少し驚く。だが表情にそれを表すことはない。最近神楽の名は裏で広まっていると聞いた。ならば彼はきっと指名手配書で知ったのだろう。

「何だよ、この血生クセェ場所。どいつもこいつも致命傷じゃねぇか。何、らしくない事やらかしてんだ」
「お前、何わけ判らないこと言ってるアル」

 右足に力を込め青年との距離を一気に詰める。瞬きの間に目の前に現れた神楽に、けれど青年は驚く事もしない。微動だにせずそこに居る青年に、傘を振りかぶった。

「帰ろう、神楽」

 振り下ろす寸前、聞こえてきた声にギリギリで傘を止める。目と鼻の先にあるそれに、青年はやはりピクリともしない。まるで、神楽の構えている武器など見えていないかのように振舞う。余程豪胆な性格をしているのか、それともこの傘が神楽の武器だと言うことを知らないのだろうか。夜に光る月と酷似した、銀色の髪が空からの光に鈍く光る。青白く美しいそれは、神楽が一番好きな色。

「──・・・ッ」

 不意に酷い頭痛がして、一息跳びで距離を取った。警戒するように瞳を眇め油断なく傘を構える。

「お前、誰アルか?」

 意図せず声は揺れていた。誰の血を浴びても何の感情も沸き起こらなかったのに、それなのに目の前の青年の言葉に情けないほど動揺する。知らない。自分は、目の前の青年など知らない。自分は晋助の駒で、彼が言うとおりに動けばいいだけの存在のはずだ。何も考えず、何も知らず、何に傷つくこともなく。事実、高杉がここで敵を食い止めろと命令したから自分はここに残っている。襲い掛かる惰弱な人間を屠り、囮役をこなすだけ。自分にこんな風に声をかけてくれる存在は、もういないはずなのだ。だって──。

「真選組の奴らで、死んだのは一人もいねぇよ。奴らゴキブリ並にしぶとくて、あんな酷い傷だったのに早い奴はもう退院してる」
「・・・・・・」

 真選組。脳に直接釘を打たれ、ぐりぐりとかき回されるように痛みが広がる。それと同時におぼろげな思考が少しずつ埋まり、薄れていた記憶に色が付き始めた。

「ここにいる奴らも死なせねぇ。お前の手を、これ以上汚させる気はねぇんだ」

 銀髪の青年は、無造作に手に持っていた木刀を構える。気は緩やかなのに、全く隙がない。温和とも取れる表情を浮かべた青年に、神楽の眉根が寄せられる。人形めいた面立ちに初めて感情らしいものが伺えた。それを見て、銀髪の青年は少し笑った。

「お前がいる場所はここじゃねぇだろ。お前の居場所は万事屋の押入れの中で、銀さんの隣だ。お前がいねぇから定春なんて痩せちまって、今じゃもう小力くらいにガリガリだ」
「──小力はガリガリとはいはないアル。何馬鹿なこと言ってるんですか、コノヤロー」

 傘を構えたまま、神楽はポツリと言葉を発した。頭痛がどんどん酷くなる。これ以上思い出すなと警告するように。嫌だと反論する理性と裏腹に、思い出そうと本能が足掻いた。

「お前がいないと、昼ドラ見ても楽しくないし、新八が大量に作った飯は残るし、定春には噛まれるし、ババアにはいびられるし、ジャンプは週一しかでねぇし」
「後半は私は関係ないネ。人の所為にしないで欲しいアル、銀ちゃん」

 突っ込みと同時に無意識に口走った名前。発した瞬間に驚きで固まる。目の前の青年は、先ほどとは違いにんまりと品のよくない笑みを浮かべた。

「ようやく、呼んだな」
「・・・・・・」

 舌打したい気分だった。

「帰って来いよ、神楽」

 空に太陽が浮かんでいるのを説明するような当たり前の口調で彼は微笑む。こんな時なのに、いつもと同じ死んだ魚のような目をした彼に、少しだけ面白く思った。瞼を閉じて少しだけ笑う。彼が言う通りに、その暖かい手に自分の手を重ねれればどれ程幸せであるだろう。感傷だと、理解しつつも神楽はそう思う。けれど、後戻りするには進みすぎている自分を、神楽は誰より知っていた。



 ゆっくりと上がった瞼の下から、銀時の愛する綺麗な青が除き見えた。空の青よりも濃くて、海の青よりも薄い青。綺麗な綺麗なこの世に唯一つの宝玉。飾り物ではなく、意思をしっかりと持った瞳が銀時を射抜くと、やんわりと綻んだ。自分にしか見せない神楽の笑顔。それを見た銀時は、ホッと肩の力を抜いた。一緒に帰る気になったのだと、何の心配もなくそう思った。
 だが、実際の答えは正反対のものだった。

「──駄目アルヨ、銀ちゃん」

 温かみがあるのに、何処か寂しげな声で神楽はキッパリと言った。浮かぶ表情は柔らかな微苦笑で、まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような母親の表情みたいだと、冷静な頭が考える。困惑する銀時に、一緒に暮らしてた頃より大人っぽい仕草で首を傾げた。

「な・・・んで、だよ」

 情けなくも、声が震える。震える体を押さえられず、動揺は隠せない。目の前の少女は、ただ一人、銀時の自制心をあっさりと奪える存在であるのを嫌になるほど自覚した。動揺している銀時を認めても、神楽は一切の容赦をしない。輝くような笑みで、自分の将来はもう決めてしまったと。

(何だよ・・・コレじゃまるで・・・)

 さよならを、言われているみたいじゃないか。飲み込もうとした唾液が、咽喉に絡みつく。先程までは心地よかったはずの風も、突然冷え込んできた気がした。寒いと感じるのは実際に体感温度が下がったのか、それとも心が冷えたからか。
 動けないでいる銀時に、

「バイバイアル、銀ちゃん」

 囁いた後、高く高く神楽は跳躍した。一飛びで城の二階の屋根まで飛び退く脚力は、さすがとしか言いようがない。相棒である傘を肩に置いた神楽は、小さな子供のようにクルクルと楽しげにそれを回した。

「パピーはこの星の人間の、政治のおもちゃにされたアル。私、この星の事、恨んでいるアル」

 声は淡々としていて、逆光で表情は見えない。だから銀時は、その時の神楽の気持ちがわからなかった。神楽が悲しんでいるのは判るのに、根本の部分が理解できなくそれがもどかしくて仕方ない。他でもない今この瞬間、理解しなくてはいけないのに。歯痒さに唇を噛み締めれば、切れた唇から血が滴った。その様子に少しだけ悲しそうに神楽が目を伏せる。

「パピーは何も悪い事してないネ。この星の人間よりも少しばかり強くて、えいりあんはんたーをしていただけだったアル」

 神楽はすぐそこに居る。けれど手を伸ばしても届く事はない。人間である銀時は、いくらなんでも一跳びで屋根まで上がるほどの脚力はない。近くて遠い場所。見えるのに手を伸ばしても届かないそこに神楽は一人佇んだ。

「でもね、銀ちゃん。私、この星の人間の全員を嫌っていたわけじゃないアル。本当は、将軍様が好き好んでパピーを殺したわけじゃない事も知っていたネ。何度も話したし、私のマブダチの兄ちゃんだったし」
「神楽」
「それでも、私は弱いから。私は、私の本能に逆らう事が出来なかったヨ。どうしても、どうしても。許すことが出来なかったネ。──でもきっと、本当に許すことが出来なかったのは。パピーが殺されるのを、ただ黙って見つめていた自分だったのヨ」

 息が詰まり、咽喉が焼け付くように痛い。気管は呼吸を繰り返すたびに、悲鳴を上げた。まだ子供であったはずの少女は、どんな気持ちでこんな言葉を吐いているのだろうか。元々大人びていたが、ちゃんと子供の部分も持っていたのに。それをどんな気持ちで切り捨てたのか。

「私、銀ちゃんと会えてよかった。あなたに会えて、幸せだった」

 訛りのない標準語。それが神楽の想いを嫌になるほど真っ直ぐに伝える。握った拳からは、いつの間にか血が滴っていた。

「万事屋の皆と暮らした時間は、私にとってかけがえのないものでした。銀ちゃんも、新八も。姐御も、ババアもキャサリンも。ついでに、ヅラも、エリーも真選組の奴らも。・・・割と、嫌いじゃなかったアル」

 素直じゃない神楽の、精一杯素直な言葉。不器用なその言葉は、温かな想いが溢れていた。

「だから、私は私なりの後始末をつけなきゃいけないネ」

まわしていた傘を止めると、肩から下ろしてしゅるりと畳む。

「最後に、思い出させてくれてありがとうアル。思い出せなかったら、きっと私はここで死んでたネ。本当に、ありがとうございました」

 影が、ぺこりと頭を下げた。ずっと前から用意されていた言葉を読み上げるように淀みなく告げ、ふわりと柔らかく微笑する。それは滅多に見せない愛らしく優しい神楽独特の微笑み。
 ゆっくりと頭を上げると、頭に手を伸ばし一つになった飾りを外す。そして、銀時に向かって思い切り投げた。顔面すれすれでそれを受け取る。それは一瞬。飾りに意識が逸れた時には、神楽の気配は消える寸前だった。

「さよなら」

 聞こえた声は、幻だろうか。見えぬ姿に瞠目し、体の力が一気に抜ける。残されたのは手に収まった飾り一つ。父から贈られたといっていたそれは、神楽の宝物だった。

「神楽ァァァァァァァァァ!!」

 喉も裂けよと叫んでみても、陽だまりの中当然のように返って来ていた声は、闇に飲まれてもう聞こえない。

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