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その曲は一風変わった合奏で奏でられた。
何が変わっているかというと、本来なら伴奏であるはずのピアノと、堂々としたヴァイオリンが二人とも主旋律を奏でていたのだ。
しかし別にくどい印象はなく、どころかぴったりと息の合った内容は賞賛に値する。

力強く繊細なピアノ。伸びやかで自由なヴァイオリン。
軽やかに飛び回るヴァイオリンを、ピアノの音が追いかける。
楽しげに、けれど時には切なげに。
狂おしく優しく、そして時には一歩引いて。

きっとこれが彼の思いなんだろうと、音を聞きながら大地は目を細める。
優しいだけじゃなく、強引で強気。
今まで聞いてきた音の中でも、この音が一番大地をひきつけた。
見た感じ淡々としているように見えたのに、この情熱的な部分は憧れる。

「相変わらずだなぁ、土浦は。言葉は素っ気無いくせに、嫌になるくらい情熱的だ」
「・・・葵さん」

いつの間に隣に居たのかと、驚きで目を見開きながら隣を見れば、にこり、と若くして役職つきの彼は内心を読み取らせない。
ポーカーフェイスが得意な大地ですらその足元に及ばないと認めるほど、彼は食えない男だった。
そして幼い頃から実家の関係で知る彼を兄と慕う大地は、とても彼を尊敬している。
兄として、男として。

彼が高校時代にはもう付き合いがあったので、大地はしっかり知っていた。
彼が一途に目の前で演奏を続ける彼女に惚れ続けていることを。
立場的にも見た目的にも魅力溢れる彼には誘惑が多いはずだが、彼の心が動くことは微塵もない。
この何年かの間、一人も女がいなかったとは思わないが、彼の心は欠片も彼女以外を求めてないだろうと、大地は『知って』いた。

そして、彼と自分が、似ているだろうことも。

「聞いてよ、あの音。腹立たしいほどいい音だよね」
「俺は普段の彼の音をさほど知らないですし、さっきも十分良いと思ったけれど、きっと耳がいい葵さんが言うなら本当にいい音なんだろうね」
「嫌になるくらいだよ。あの曲、土浦が一番大事にしてる曲なんだ。好みは別の癖に。・・・どうしてか判る?」
「日野さんに関連する内容ですか?」
「そう。あの曲、星奏の学内コンクールの最終セレクションで二人が演奏した曲なんだって。むかつくよね」

笑顔で放たれた言葉は、背筋がぞくりとくるくらいに恐ろしい。
自分はよく彼に似ているといわれたが、本当にそうだろうかと首を傾げる。
正直、彼みたいに自分を使い分けれていると思わないし、どう考えても経験の差から来る圧力の違いが壁となって立ちはだかっている。
日野の音を理想とし、今でも追いかけ続けている加地は、彼女に何を求めているのか。
そして彼と自分が近いなら、自分はかなでに何を求めているのか。

考え込むでもなく、答えは一つで、淡く苦笑する。

「───葵さんは」
「ん?」
「相変わらず日野さんが好きですよね」

幼い時分、一度だけ彼女と会ったことがある。
公園でヴァイオリンを弾いていた彼女の近くに居た加地を、見たことがある。
何かラインを引かれたように、離れた場所で彼女を見詰める加地の目は、今と変わらず熱の篭った熱いもの。
流れるピアノの音と変わらず、熱く狂おしく切なく焦がれるものだったのに、それでも彼は彼女の隣に居なかった。
その理由を、きっとこの場にいる仲間の中で唯一自分だけが明確に知っている。

茶化すように告げた一言に、端整な顔を綻ばせた加地は照れたように笑った。

「好きだよ。───自分でも、どうしようもないくらいに。彼女は、僕の理想だから」

普段は冷酷なまでに現実主義者の加地が、少年のように微笑む姿は稀なのだと彼女は知っているだろうか。

「土浦の音にも苦しいほど嫉妬する。彼女の音も彼女自身も独占したい。束縛して、僕の傍だけにいて欲しい。僕のために音楽を奏でて欲しい。いい年なのに、子供みたいな青臭い恋を続けてる」

ピアノの音が激しさを増す。
逃げるヴァイオリンを負うように、その手を伸ばし捕まえようとするように。

瞼を閉じれば今も思い出す、あの秋の日の思いで。
あの日演奏する彼女の隣に居たのは、ピアノを奏でる彼でも、彼女の音に焦がれ続ける彼でもなかった。

幼い日の楽しげな演奏が耳に蘇る。

隣に座る加地は、先ほどまで口にしていた言葉が全て嘘のように満足気に音に聞き惚れていた。
もし。
もし本当に自分と彼が似ているなら、かなでには早々に諦めてもらいたいことが一つある。
例え彼女が誰かのものになったとしても、自分は一生彼女を諦めないだろう。
その執着心は、どうしようもないなと。
自分の想いを『青い』と呆気なく称した、大人の彼に倣えるよう、早く大人になりたいと望んだ。

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