×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
夕日影
--お題サイト:afaikさまより--
■ゆ 夕飯は待てなくても、帰りは待ってるから
夕日も沈みかけ、空は茜色に染まる。
部屋にある唯一の窓から入り込む日差しは、かの人までは届かぬが闇に強い瞳には彼がどんな表情でいるかはっきりと映し出した。
執務机の上に肘を付き、組んだ掌に顎を乗せた彼は、この夕日が似合う過去を彷彿とさせた。
優しく穏やかで、懐かしく忘れえぬ、ランボの芯を作った過去を。
戻れない日常に思いを馳せるのは郷愁の為せる業。
きっと今回の任務が日本だったからに違いない。
垂れ目がちな瞳を細め笑みを作ると、伊達男然としたそれに眉を下げた彼は淡い苦笑を浮かべた。
その眼差しは部下を見るものではなく、年の離れた弟を仕方ないと見守る兄のようで、それが少しばかり擽ったい。
きっと、彼にとっては自分はいつまでもそんなポジションなんだろうと、それが少しだけ不満だけれど、守護者の中でも最年少で、子供の頃を知られているから覆すのはとても難しい。
「今回の任務の報告書です、ボンゴレ」
「ご苦労様、ランボ」
変わったものは幾つもある。
例えば自分と彼の立場。
例えば自分と彼の居場所。
例えば彼を指すための名称。
例えば彼の持つ権力。
例えば───自分と彼の距離。
守護者といえども、所詮ランボは弱小マフィアの部外者に過ぎず、ボンゴレ内で自分の存在は賛否両論に分かれている。
それでも今いるファミリーから動かないのは、自分の甘さで、それを甘受してくれる彼の甘さ。
ランボが帰るべきは、もう彼の隣ではない。
彼の隣は、ずっと昔に自分の居場所を定めた際に、別たれてしまっている。
その現状を維持するか、それとも別の道を歩むか。
彼はきっと強制せずに、ランボの意見を受け入れるのだろう。
それがとてももどかしく、切ないのだと訴えれば、きっと嵐の守護者に殺されてしまうに違いない。
何しろ彼は昔以上に十代目至上主義になっているし、子供の時分から常に迷惑をかけ続けるランボに厳しい眼差しを向けているから。
それでもいざという時に真っ先に手を貸してくれるのも嵐の守護者で、甘ったれた気質は中々治らない。
情けないと判ってるけれど、手放さないでいてくれる彼らを知っているから。
「おかえり、ランボ」
「───ただいま戻りました、ボンゴレ」
夕日の中、微笑む彼にはにかみながら、やっぱり甘えてしまう。
居場所が違っても出迎えてくれる、この人が誰より好きだった。
■う 受け流したふりをして、こっそり拾った
「ランボさんは絶対に嫌だもんねー!!!」
涙を流し、綱吉のズボンの裾を握る。
彼の影の隠れるようにして前を睨めば、全くの無表情の赤ん坊がこちらに向けて冷めた眼差しを送る。
それにびくりと震え、益々綱吉のズボンを掴んだ。
「こら、ランボ!いい加減にしろ!」
「やだもんねー!」
びーびーと声を上げて泣きながら地団太を踏む。
ぼろぼろになったアフロヘアに、薄汚れた牛柄の服。
鼻水と涙でぼろぼろになった顔を、綱吉のズボンで拭いてやれば『ランボ!?』と悲鳴交じりの声が上がる。
だが何も聞こえない、何も聞きたくない。
ランボは悲しいのだ。
そして怒っているのだ。
「何でランボさんだけ置いてくんだ!ランボさんもツナと一緒に行くー!!」
「だから、これはずっと前から約束してたんだって」
「嫌だー!ランボさんが駄目なら、ツナも行ったら駄目だもんね!」
叫び掴んだズボンを引っ張れば、お出かけ用のそれは皺だらけになり汚れ、外出など出来ないくらいにみすぼらしくなる。
それを狙ったわけではないが、しがみ付いて離れないようひしりと腕の力を強くした。
朝一からリボーンに喧嘩を売り、負けて泣きながら助けを求めた綱吉は、獄寺と山本と一緒に出かけてしまう。
いつもなら見送ったかもしれないが、泣いている今自分を宥めずに出かける綱吉が嫌だった。
ランボの世界はいつだってランボを中心に回り、綱吉だってランボを放っておいてはいけないのに。
いつもなら呆れながらも抱き上げて宥めてくれるはずの彼は、ため息一つで『母さんのとこに行け』と部屋の外を指差しランボを追い払おうとした。
絶対に嫌だと意地を張ったランボとの攻防はすでに長い間続いている気がするが、もしかしたらまだそれほど時間は経ってないのかもしれない。
腕時計を眺めた綱吉が、一つため息を吐く。
深いそれにびくりと体を震わせ、ぎゅうっと掌が白くなるほど力を篭めた。
待ち合わせに間に合わないからと、無理やりに引き離されるのだろうか。
伸ばされた腕をぐずるように避けながら顔を上げると、情けなく眉を下げながらも仕方ないと微笑した彼と目が合った。
ぼろり、と溜まっていた涙が零れ落ちると、指先でそれを拭った彼はいつもどおりにランボを抱き上げると、ぽんぽんと背中をあやすように叩く。
優しいリズムに安堵して、また涙が零れた。
「本当にランボは仕方ないな」
「連れてくのか?」
「だってしょうがないだろ、離れないんだから。獄寺君たちには少し遅れるってメールしとく。どっちにしろ今の時間からだと間に合わないし、服も着替えないといけないしね」
「・・・ツナ?」
「お前はシャワーだ、ランボ。その後、服を着替えてすぐに行くぞ」
「ランボさんも、行っていいの?」
「連れてかないと収まらないだろう?ほら、早く準備しろ」
「───はぁ。本当に甘いなお前は」
「はいはい。どうせ俺は甘いですよー」
くしゃりと頭を撫でられると、次には床の上に下ろされる。
リボーンと軽口の遣り合いをしてる綱吉を見上げ、ランボは嬉しくて笑った。
「泣いた烏がもう笑った」
ぴん、と指先で額を弾かれむっと唇を尖らせる。
リボーンからの絶対零度の眼差しも、もう痛くなんかなかった。
■ひ 陽がどちらから昇るのか確かめに行こうか
夕闇の明かりに紛れ、ランボは彼が居る場所を目指した。
森の奥にあるその場所は、人目につかぬ筈であるのに、白い献花が絶えず添えられている。
緑に囲まれ穏やかなそこは、街中と随分様子が違い、彼にとても似合うと泣きたい気持ちで笑った。
「お久しぶりです、ボンゴレ」
十字架が建てられたそこは墓碑だ。
白く穢れないその色はまさしく彼に相応しく、そんな彼を護るように五つの墓が並んでいる。
嘗て最強と呼ばれていたボンゴレの、ボスと守護者の墓だった。
ランボがここに足を踏み入れたのは、二、三年ぶりだ。
忘れた日は一日たりともなかったが、返事をしない彼の前に立つのは今でも勇気がいることで、溢れる涙はとめどなく流れる。
持ってきた白い薔薇を飾ると、そこから一輪ずつ抜き取り周囲の墓にも沿えた。
最強と呼ばれたボンゴレが崩壊してから早十年。
その時の流れが速いのか遅いのか、ランボは良く判らない。
気づけばいつの間にか彼の年を抜いており、それが悲しくて仕方ない。
貴婦人にするように跪き、そっと墓標を見上げる。
ただ一人生き残ってしまったランボに、彼らは何を望んだのだろう。
生きたいと確かに願ったけど、置いていかれたくなかった。
昔からランボが駄々を捏ねれば大概の場合は折れてくれたのに、ついていきたいと望んだランボの手を払った人。
五人の守護者を連れた彼は、ミルフィオーレの手により斃れた。
遺体を発見したのはランボだ。
それだけは絶対に譲れなくて、自身の命を賭してなした。
けれどそこに満足感はなく、むしろ後悔と罪悪感の中で生きている。
何故、と聞きたい。
何故、置いていったのかと。
「俺、久しぶりにあなたに会ったんです。過去の俺が、十年バズーカーを乱発したみたいで、指輪戦の真っ只中でした。若いボンゴレは俺よりもずっと小さくて、でも覚えているままだった。とても、・・・とても懐かしい人でした」
死んだ相手の中で、まず最初に思い出せなくなるのは声だ。
それを自覚した瞬間、ランボは恐ろしさで発狂しそうだった。
賑やかだったボンゴレ幹部。
鬱陶しいと発砲してきた漆黒の死神。
いつだって百面相しながらそれを諌めていた、ドン・ボンゴレ。
騒々しかった日常の、映像は思い出せるのに、
言っていた台詞も、その時の仕草も思い出せるのに。
声だけは、もう、思い出せない。
だから、今回過去に行けて良かった。
昔の、本当に覚えているより随分と幼い彼らだったけれど、声を聞く事が出来た。
あの頃あんなに大きく感じた人たちが、本当は子供だったのだと、ランボは知ることが出来た。
それが、涙が零れるほど嬉しい。
「俺がもしあなたを追いかけたなら、きっと怒るのでしょうね」
思い出すのはいつだって彼の笑顔。
困ったように眉を下げ、情けなくも見える優しげな微笑み。
包み込むように愛してくれた、彼こそがランボの原点だった。
■か 駆け落ちは老後の楽しみに取っておこう
「ボンゴレ!?」
「お、ヤッホー。ランボ」
目を見開くランボに向かい、ひらひらと手を振った彼は明らかにドン・ボンゴレ。
マフィア界最強のボンゴレファミリーを纏めるゴッドファーザーである筈の彼だが、しかし明らかに違っていた。
「何してるんですか!?あなたは!」
悲鳴を押し殺しつつ、慌てて駆け寄る。
彼の姿はいつもの白いスーツではなく、普通の若者が着るようなプリント柄のパーカーにTシャツ、そして黒のチノパンに同色のスニーカー。
変装は黒ぶちめがねと青のキャップ、さらに染められた髪色できっちりと完了している。
目の前の彼を嵐の守護者により呼んで来るよう頼まれたランボからすれば、今にも逃亡してしまいそうな彼の姿は十分に焦りを煽るもので平常心は呆気なく飛ぶ。
「ツナー?準備は出来たか?」
そこに現れた存在により、ランボは己の使命が全うされないのを理解し、涙目になった。
綱吉と同じように変装した姿で現れたのは、雨の守護者の山本武。
一見好青年に見える彼だが、その実獄寺より遙かに恐ろしい本性をしてると、気づきたくもない事実に気づいてしまったのはいつだったか。
綱吉を見詰めるあの穏やかな眼差しが、リボーン同様冴える瞬間をランボは知っている。
現に、今だって一見爽やかな笑顔なのに、瞳の奥は冷たく凍り付いていて、泣き出したいほどの恐怖心に身を震わせるしか出来ない。
「うん、ばっちり!今日はどこに行こうか?」
「そうだなー・・・市場とかはどうだ?魚の新鮮なのあったら捌いて寿司に出来るし、果物とかお菓子も売ってるしな」
「そうだね」
「・・・あ、あの、ボンゴレ・・・」
「ん?」
今や歯の根も会わないほど震えているが、それでも戻った時に何もしませんでしたと獄寺に報告出来よう筈もなく、体中の勇気をかき集め唇を開く。
しかし折角振り絞った勇気も、黒い瞳のひと睨みで喉奥へと消えていった。
その様子を見て何を思ったのか、へらりと緊張感のない笑みを浮かべた綱吉は、つかつかとランボの傍まで来ると癖の強い黒髪を掻き混ぜる。
彼の仕草は呆れるほどに昔から変わらなくて、やっぱり泣きたくなった。
「いい子で待ってろよ、ランボ。葡萄の飴玉買って来てやる」
「俺は、もうそんなに子供じゃありません、ボンゴレ」
「ははっ、子供じゃないって言ってる内はまだまだ子供だよ。お前がもうちょっと大きくなったら一緒に遊びに行こうな」
もう少しで身長だって追い越すのに、琥珀色の瞳を細めた彼は残酷にもそう告げる。
いつだってランボは、彼らの背中を追い続けるままだ。
■げ 劇的な瞬間が、こんなにも穏やかにやってくる
「え・・・?」
信じられない言葉を聞いて、ランボは瞬きを繰り返した。
いつもどおり夕日に照らされた執務室。
陰になる場所に存在する彼は、普段とは違い背後に嵐と雨と晴の守護者を従えてランボを見詰めていた。
その三人は何かあった時に火急でも呼び寄せれる幹部だと、ランボは知っている。
自由に動く霧と雲。
ボンゴレで本邸では幹部と呼ばれ真っ先に浮かぶのは上の指輪を持つ彼ら以外の三人で、彼らが揃って招集された時は大抵の場合覆されぬ決定が済んだ時でもあった。
嫌な予感がして、ランボの額から汗が流れる。
常なら怒りに満ちた眼差しで自分を罵倒する獄寺も、楽しそうに笑いながらからかってくる山本も、暑苦しさ満点に叫んでいる了平もそこにはいなくて、冷静で冷徹なボンゴレの幹部だけがそこにいた。
彼らを背後に従え堂々と座る彼は、綱吉ではなくドン・ボンゴレの顔をしている。
ランボでは想像も出来ないほどの修羅場を潜った、ボンゴレの長がそこにいて、余りの恐怖に血の気が失せた。
机の上に肘を付き、いつもと同じようにくんだ掌に顎を乗せている。
しかし笑顔を取り払っただけで、もう彼は『彼』ではない。
ごくり、と喉を鳴らし唾を飲み込む。
耳にした事実が理解できなくて、首を振りながら問うた。
「今、何て───?」
「聞こえなかったのか?雷の守護者、ランボ。今日を限りにお前の任を解くと言ったんだ」
覇王として、逆らうものは許さないとばかりの傲慢な声。
だがそれを拒絶できる面々はこの中にはおらず、ランボ自身もその恐怖に圧倒され頷いてしまいそうになる。
しかしそれを何とか踏ん張ると、もう一度口を開いた。
「どうしてですか、ボンゴレ!今はボンゴレ狩りも多くなり、一人でも戦力が惜しい時期でしょう!?」
「そうだな。お前がボンゴレならば、俺はお前にそう言わなかった。だが残念ながらお前は純然なる俺の家族ではない。指輪を速やかに返却し、ボヴィーノへ帰るといい」
「っ!!?」
『家族ではない』との言葉に、頭を殴られるよりも強い衝撃が走り、視界がぶれた。
気がつけば涙が溢れ、出ない言葉の代わりに懸命に首を振る。
しかしその意思は彼の合図で動いた守護者達に阻まれ、長いこと指に嵌っていた指輪は奪われた。
何故、や、どうして、という言葉が幾度も脳裏に点滅する。
しかし幾ら考えても、ランボの中に答えは導き出せず、視界だけがただ揺れた。
いつもなら泣いているランボを目にすれば慰めてくれるはずの青年は、置物か何かを見ているように感情を揺らさず眺めているだけ。
その眼差しが怖くて、もっと傷つく言葉を言われるのではないかと思って、彼が誰かも忘れ無言で踵を返すと逃れるようにドアへと向かった。
「俺の可愛い泣き虫ランボ。ちゃんと家族の中に帰れよ」
聞こえた声に振り返ったが、やはり彼の表情は微塵も変わらず、気のせいだと首を振る。
ドアをあけて飛び出した先で、涙を零しても慰めを求めた人はどこにもいない。
■夕日影
訃報を聞いた瞬間、ランボは唇を噛み締めた。
あの日の意味を理解し、彼から離れた自分を悔やんだ。
どうして気づかなかったのだろう。
どうして理解しなかったのだろう。
どうして自分のことしか考えれなかったのだろう。
どうして言われるがままに行動してしまったのだろう。
眼下に置かれた棺を眺め、涙すら出せずに一人慟哭する。
白い花の中に埋もれるように、まるで眠ってるのではないかと思えるくらいに美しい人がそこにいた。
跪き頬を手の甲で撫でる。
久しぶりに触れたその人に温度はなく、ランボの瞳から涙が零れた。
「ボンゴレ・・・っ」
彼の手を取り、頬に当てる。
蝋のように詰めたい感触に、涙腺が決壊したように涙が止まらない。
温度のある雫が落ちても彼の掌すら温かくならず、その現実が恐ろしい。
彼は知っていたのだろうか、自分が死ぬ未来を。
知っていたのに変わらなかったのだろうか。
ランボをボヴィーノへと帰し、対策を練りながら当たり前にそこに居たのだろうか。
自分が死ぬその場所へ、向かって行ったのだろうか。
綱吉の死に、ボンゴレは混乱している。
嵐は乱れ、雨は苦しみ、晴は嘆き、霧は去って、雲は消えた。
統制が取れていない組織は彼が居た時分には想像出来ないほどに脆く、彼がどれ程の存在だったか今更ながらに身に染みる。
寂しい、悲しい、切ない。
魂の一部を捥がれたように、心が生きていられない。
「ツナ、ツナぁー!」
名を呼べば帰ってきてくれるんじゃないかと、ありえない望みを抱いて繰り返し叫ぶ。
この名を呼ぶのは実に何年ぶりで、なのに本人に届かないのが酷くもどかしい。
彼は、ランボの人生の半分以上を傍にいて過ごした人。
涙を流せば呆れながらも、慰め叱咤してくれた人。
どうして彼は、こんな棺の中に眠っているのだろう。
どうしていつもみたいに、呆れた苦笑を浮かべてくれないのだろう。
どうして『泣き虫ランボ』と揶揄してくれないのだろう。
どうして、どうして、どうして、どうして。
「ヅナーぁ、つなぁ!」
幼い子供みたいな泣き声は、自分のものだろうか。
最近漸く格好つけれるようになったのに、昔の駄々っ子に逆戻りだ。
でも、いい。
そんなのはどうでもいい。
情けなくても格好悪くても馬鹿でも我侭でもいいから。
「お願い、起きて、ツナっ」
今までの人生で一番の我侭を。
どうか叶えて、俺の大事な人。
泣きすぎで頭が痛くなり、叫びすぎで声が掠れる。
それなのに、俺に甘いその人は、夕闇に影を作りただ眠るだけ。
--お題サイト:afaikさまより--
■ゆ 夕飯は待てなくても、帰りは待ってるから
夕日も沈みかけ、空は茜色に染まる。
部屋にある唯一の窓から入り込む日差しは、かの人までは届かぬが闇に強い瞳には彼がどんな表情でいるかはっきりと映し出した。
執務机の上に肘を付き、組んだ掌に顎を乗せた彼は、この夕日が似合う過去を彷彿とさせた。
優しく穏やかで、懐かしく忘れえぬ、ランボの芯を作った過去を。
戻れない日常に思いを馳せるのは郷愁の為せる業。
きっと今回の任務が日本だったからに違いない。
垂れ目がちな瞳を細め笑みを作ると、伊達男然としたそれに眉を下げた彼は淡い苦笑を浮かべた。
その眼差しは部下を見るものではなく、年の離れた弟を仕方ないと見守る兄のようで、それが少しばかり擽ったい。
きっと、彼にとっては自分はいつまでもそんなポジションなんだろうと、それが少しだけ不満だけれど、守護者の中でも最年少で、子供の頃を知られているから覆すのはとても難しい。
「今回の任務の報告書です、ボンゴレ」
「ご苦労様、ランボ」
変わったものは幾つもある。
例えば自分と彼の立場。
例えば自分と彼の居場所。
例えば彼を指すための名称。
例えば彼の持つ権力。
例えば───自分と彼の距離。
守護者といえども、所詮ランボは弱小マフィアの部外者に過ぎず、ボンゴレ内で自分の存在は賛否両論に分かれている。
それでも今いるファミリーから動かないのは、自分の甘さで、それを甘受してくれる彼の甘さ。
ランボが帰るべきは、もう彼の隣ではない。
彼の隣は、ずっと昔に自分の居場所を定めた際に、別たれてしまっている。
その現状を維持するか、それとも別の道を歩むか。
彼はきっと強制せずに、ランボの意見を受け入れるのだろう。
それがとてももどかしく、切ないのだと訴えれば、きっと嵐の守護者に殺されてしまうに違いない。
何しろ彼は昔以上に十代目至上主義になっているし、子供の時分から常に迷惑をかけ続けるランボに厳しい眼差しを向けているから。
それでもいざという時に真っ先に手を貸してくれるのも嵐の守護者で、甘ったれた気質は中々治らない。
情けないと判ってるけれど、手放さないでいてくれる彼らを知っているから。
「おかえり、ランボ」
「───ただいま戻りました、ボンゴレ」
夕日の中、微笑む彼にはにかみながら、やっぱり甘えてしまう。
居場所が違っても出迎えてくれる、この人が誰より好きだった。
■う 受け流したふりをして、こっそり拾った
「ランボさんは絶対に嫌だもんねー!!!」
涙を流し、綱吉のズボンの裾を握る。
彼の影の隠れるようにして前を睨めば、全くの無表情の赤ん坊がこちらに向けて冷めた眼差しを送る。
それにびくりと震え、益々綱吉のズボンを掴んだ。
「こら、ランボ!いい加減にしろ!」
「やだもんねー!」
びーびーと声を上げて泣きながら地団太を踏む。
ぼろぼろになったアフロヘアに、薄汚れた牛柄の服。
鼻水と涙でぼろぼろになった顔を、綱吉のズボンで拭いてやれば『ランボ!?』と悲鳴交じりの声が上がる。
だが何も聞こえない、何も聞きたくない。
ランボは悲しいのだ。
そして怒っているのだ。
「何でランボさんだけ置いてくんだ!ランボさんもツナと一緒に行くー!!」
「だから、これはずっと前から約束してたんだって」
「嫌だー!ランボさんが駄目なら、ツナも行ったら駄目だもんね!」
叫び掴んだズボンを引っ張れば、お出かけ用のそれは皺だらけになり汚れ、外出など出来ないくらいにみすぼらしくなる。
それを狙ったわけではないが、しがみ付いて離れないようひしりと腕の力を強くした。
朝一からリボーンに喧嘩を売り、負けて泣きながら助けを求めた綱吉は、獄寺と山本と一緒に出かけてしまう。
いつもなら見送ったかもしれないが、泣いている今自分を宥めずに出かける綱吉が嫌だった。
ランボの世界はいつだってランボを中心に回り、綱吉だってランボを放っておいてはいけないのに。
いつもなら呆れながらも抱き上げて宥めてくれるはずの彼は、ため息一つで『母さんのとこに行け』と部屋の外を指差しランボを追い払おうとした。
絶対に嫌だと意地を張ったランボとの攻防はすでに長い間続いている気がするが、もしかしたらまだそれほど時間は経ってないのかもしれない。
腕時計を眺めた綱吉が、一つため息を吐く。
深いそれにびくりと体を震わせ、ぎゅうっと掌が白くなるほど力を篭めた。
待ち合わせに間に合わないからと、無理やりに引き離されるのだろうか。
伸ばされた腕をぐずるように避けながら顔を上げると、情けなく眉を下げながらも仕方ないと微笑した彼と目が合った。
ぼろり、と溜まっていた涙が零れ落ちると、指先でそれを拭った彼はいつもどおりにランボを抱き上げると、ぽんぽんと背中をあやすように叩く。
優しいリズムに安堵して、また涙が零れた。
「本当にランボは仕方ないな」
「連れてくのか?」
「だってしょうがないだろ、離れないんだから。獄寺君たちには少し遅れるってメールしとく。どっちにしろ今の時間からだと間に合わないし、服も着替えないといけないしね」
「・・・ツナ?」
「お前はシャワーだ、ランボ。その後、服を着替えてすぐに行くぞ」
「ランボさんも、行っていいの?」
「連れてかないと収まらないだろう?ほら、早く準備しろ」
「───はぁ。本当に甘いなお前は」
「はいはい。どうせ俺は甘いですよー」
くしゃりと頭を撫でられると、次には床の上に下ろされる。
リボーンと軽口の遣り合いをしてる綱吉を見上げ、ランボは嬉しくて笑った。
「泣いた烏がもう笑った」
ぴん、と指先で額を弾かれむっと唇を尖らせる。
リボーンからの絶対零度の眼差しも、もう痛くなんかなかった。
■ひ 陽がどちらから昇るのか確かめに行こうか
夕闇の明かりに紛れ、ランボは彼が居る場所を目指した。
森の奥にあるその場所は、人目につかぬ筈であるのに、白い献花が絶えず添えられている。
緑に囲まれ穏やかなそこは、街中と随分様子が違い、彼にとても似合うと泣きたい気持ちで笑った。
「お久しぶりです、ボンゴレ」
十字架が建てられたそこは墓碑だ。
白く穢れないその色はまさしく彼に相応しく、そんな彼を護るように五つの墓が並んでいる。
嘗て最強と呼ばれていたボンゴレの、ボスと守護者の墓だった。
ランボがここに足を踏み入れたのは、二、三年ぶりだ。
忘れた日は一日たりともなかったが、返事をしない彼の前に立つのは今でも勇気がいることで、溢れる涙はとめどなく流れる。
持ってきた白い薔薇を飾ると、そこから一輪ずつ抜き取り周囲の墓にも沿えた。
最強と呼ばれたボンゴレが崩壊してから早十年。
その時の流れが速いのか遅いのか、ランボは良く判らない。
気づけばいつの間にか彼の年を抜いており、それが悲しくて仕方ない。
貴婦人にするように跪き、そっと墓標を見上げる。
ただ一人生き残ってしまったランボに、彼らは何を望んだのだろう。
生きたいと確かに願ったけど、置いていかれたくなかった。
昔からランボが駄々を捏ねれば大概の場合は折れてくれたのに、ついていきたいと望んだランボの手を払った人。
五人の守護者を連れた彼は、ミルフィオーレの手により斃れた。
遺体を発見したのはランボだ。
それだけは絶対に譲れなくて、自身の命を賭してなした。
けれどそこに満足感はなく、むしろ後悔と罪悪感の中で生きている。
何故、と聞きたい。
何故、置いていったのかと。
「俺、久しぶりにあなたに会ったんです。過去の俺が、十年バズーカーを乱発したみたいで、指輪戦の真っ只中でした。若いボンゴレは俺よりもずっと小さくて、でも覚えているままだった。とても、・・・とても懐かしい人でした」
死んだ相手の中で、まず最初に思い出せなくなるのは声だ。
それを自覚した瞬間、ランボは恐ろしさで発狂しそうだった。
賑やかだったボンゴレ幹部。
鬱陶しいと発砲してきた漆黒の死神。
いつだって百面相しながらそれを諌めていた、ドン・ボンゴレ。
騒々しかった日常の、映像は思い出せるのに、
言っていた台詞も、その時の仕草も思い出せるのに。
声だけは、もう、思い出せない。
だから、今回過去に行けて良かった。
昔の、本当に覚えているより随分と幼い彼らだったけれど、声を聞く事が出来た。
あの頃あんなに大きく感じた人たちが、本当は子供だったのだと、ランボは知ることが出来た。
それが、涙が零れるほど嬉しい。
「俺がもしあなたを追いかけたなら、きっと怒るのでしょうね」
思い出すのはいつだって彼の笑顔。
困ったように眉を下げ、情けなくも見える優しげな微笑み。
包み込むように愛してくれた、彼こそがランボの原点だった。
■か 駆け落ちは老後の楽しみに取っておこう
「ボンゴレ!?」
「お、ヤッホー。ランボ」
目を見開くランボに向かい、ひらひらと手を振った彼は明らかにドン・ボンゴレ。
マフィア界最強のボンゴレファミリーを纏めるゴッドファーザーである筈の彼だが、しかし明らかに違っていた。
「何してるんですか!?あなたは!」
悲鳴を押し殺しつつ、慌てて駆け寄る。
彼の姿はいつもの白いスーツではなく、普通の若者が着るようなプリント柄のパーカーにTシャツ、そして黒のチノパンに同色のスニーカー。
変装は黒ぶちめがねと青のキャップ、さらに染められた髪色できっちりと完了している。
目の前の彼を嵐の守護者により呼んで来るよう頼まれたランボからすれば、今にも逃亡してしまいそうな彼の姿は十分に焦りを煽るもので平常心は呆気なく飛ぶ。
「ツナー?準備は出来たか?」
そこに現れた存在により、ランボは己の使命が全うされないのを理解し、涙目になった。
綱吉と同じように変装した姿で現れたのは、雨の守護者の山本武。
一見好青年に見える彼だが、その実獄寺より遙かに恐ろしい本性をしてると、気づきたくもない事実に気づいてしまったのはいつだったか。
綱吉を見詰めるあの穏やかな眼差しが、リボーン同様冴える瞬間をランボは知っている。
現に、今だって一見爽やかな笑顔なのに、瞳の奥は冷たく凍り付いていて、泣き出したいほどの恐怖心に身を震わせるしか出来ない。
「うん、ばっちり!今日はどこに行こうか?」
「そうだなー・・・市場とかはどうだ?魚の新鮮なのあったら捌いて寿司に出来るし、果物とかお菓子も売ってるしな」
「そうだね」
「・・・あ、あの、ボンゴレ・・・」
「ん?」
今や歯の根も会わないほど震えているが、それでも戻った時に何もしませんでしたと獄寺に報告出来よう筈もなく、体中の勇気をかき集め唇を開く。
しかし折角振り絞った勇気も、黒い瞳のひと睨みで喉奥へと消えていった。
その様子を見て何を思ったのか、へらりと緊張感のない笑みを浮かべた綱吉は、つかつかとランボの傍まで来ると癖の強い黒髪を掻き混ぜる。
彼の仕草は呆れるほどに昔から変わらなくて、やっぱり泣きたくなった。
「いい子で待ってろよ、ランボ。葡萄の飴玉買って来てやる」
「俺は、もうそんなに子供じゃありません、ボンゴレ」
「ははっ、子供じゃないって言ってる内はまだまだ子供だよ。お前がもうちょっと大きくなったら一緒に遊びに行こうな」
もう少しで身長だって追い越すのに、琥珀色の瞳を細めた彼は残酷にもそう告げる。
いつだってランボは、彼らの背中を追い続けるままだ。
■げ 劇的な瞬間が、こんなにも穏やかにやってくる
「え・・・?」
信じられない言葉を聞いて、ランボは瞬きを繰り返した。
いつもどおり夕日に照らされた執務室。
陰になる場所に存在する彼は、普段とは違い背後に嵐と雨と晴の守護者を従えてランボを見詰めていた。
その三人は何かあった時に火急でも呼び寄せれる幹部だと、ランボは知っている。
自由に動く霧と雲。
ボンゴレで本邸では幹部と呼ばれ真っ先に浮かぶのは上の指輪を持つ彼ら以外の三人で、彼らが揃って招集された時は大抵の場合覆されぬ決定が済んだ時でもあった。
嫌な予感がして、ランボの額から汗が流れる。
常なら怒りに満ちた眼差しで自分を罵倒する獄寺も、楽しそうに笑いながらからかってくる山本も、暑苦しさ満点に叫んでいる了平もそこにはいなくて、冷静で冷徹なボンゴレの幹部だけがそこにいた。
彼らを背後に従え堂々と座る彼は、綱吉ではなくドン・ボンゴレの顔をしている。
ランボでは想像も出来ないほどの修羅場を潜った、ボンゴレの長がそこにいて、余りの恐怖に血の気が失せた。
机の上に肘を付き、いつもと同じようにくんだ掌に顎を乗せている。
しかし笑顔を取り払っただけで、もう彼は『彼』ではない。
ごくり、と喉を鳴らし唾を飲み込む。
耳にした事実が理解できなくて、首を振りながら問うた。
「今、何て───?」
「聞こえなかったのか?雷の守護者、ランボ。今日を限りにお前の任を解くと言ったんだ」
覇王として、逆らうものは許さないとばかりの傲慢な声。
だがそれを拒絶できる面々はこの中にはおらず、ランボ自身もその恐怖に圧倒され頷いてしまいそうになる。
しかしそれを何とか踏ん張ると、もう一度口を開いた。
「どうしてですか、ボンゴレ!今はボンゴレ狩りも多くなり、一人でも戦力が惜しい時期でしょう!?」
「そうだな。お前がボンゴレならば、俺はお前にそう言わなかった。だが残念ながらお前は純然なる俺の家族ではない。指輪を速やかに返却し、ボヴィーノへ帰るといい」
「っ!!?」
『家族ではない』との言葉に、頭を殴られるよりも強い衝撃が走り、視界がぶれた。
気がつけば涙が溢れ、出ない言葉の代わりに懸命に首を振る。
しかしその意思は彼の合図で動いた守護者達に阻まれ、長いこと指に嵌っていた指輪は奪われた。
何故、や、どうして、という言葉が幾度も脳裏に点滅する。
しかし幾ら考えても、ランボの中に答えは導き出せず、視界だけがただ揺れた。
いつもなら泣いているランボを目にすれば慰めてくれるはずの青年は、置物か何かを見ているように感情を揺らさず眺めているだけ。
その眼差しが怖くて、もっと傷つく言葉を言われるのではないかと思って、彼が誰かも忘れ無言で踵を返すと逃れるようにドアへと向かった。
「俺の可愛い泣き虫ランボ。ちゃんと家族の中に帰れよ」
聞こえた声に振り返ったが、やはり彼の表情は微塵も変わらず、気のせいだと首を振る。
ドアをあけて飛び出した先で、涙を零しても慰めを求めた人はどこにもいない。
■夕日影
訃報を聞いた瞬間、ランボは唇を噛み締めた。
あの日の意味を理解し、彼から離れた自分を悔やんだ。
どうして気づかなかったのだろう。
どうして理解しなかったのだろう。
どうして自分のことしか考えれなかったのだろう。
どうして言われるがままに行動してしまったのだろう。
眼下に置かれた棺を眺め、涙すら出せずに一人慟哭する。
白い花の中に埋もれるように、まるで眠ってるのではないかと思えるくらいに美しい人がそこにいた。
跪き頬を手の甲で撫でる。
久しぶりに触れたその人に温度はなく、ランボの瞳から涙が零れた。
「ボンゴレ・・・っ」
彼の手を取り、頬に当てる。
蝋のように詰めたい感触に、涙腺が決壊したように涙が止まらない。
温度のある雫が落ちても彼の掌すら温かくならず、その現実が恐ろしい。
彼は知っていたのだろうか、自分が死ぬ未来を。
知っていたのに変わらなかったのだろうか。
ランボをボヴィーノへと帰し、対策を練りながら当たり前にそこに居たのだろうか。
自分が死ぬその場所へ、向かって行ったのだろうか。
綱吉の死に、ボンゴレは混乱している。
嵐は乱れ、雨は苦しみ、晴は嘆き、霧は去って、雲は消えた。
統制が取れていない組織は彼が居た時分には想像出来ないほどに脆く、彼がどれ程の存在だったか今更ながらに身に染みる。
寂しい、悲しい、切ない。
魂の一部を捥がれたように、心が生きていられない。
「ツナ、ツナぁー!」
名を呼べば帰ってきてくれるんじゃないかと、ありえない望みを抱いて繰り返し叫ぶ。
この名を呼ぶのは実に何年ぶりで、なのに本人に届かないのが酷くもどかしい。
彼は、ランボの人生の半分以上を傍にいて過ごした人。
涙を流せば呆れながらも、慰め叱咤してくれた人。
どうして彼は、こんな棺の中に眠っているのだろう。
どうしていつもみたいに、呆れた苦笑を浮かべてくれないのだろう。
どうして『泣き虫ランボ』と揶揄してくれないのだろう。
どうして、どうして、どうして、どうして。
「ヅナーぁ、つなぁ!」
幼い子供みたいな泣き声は、自分のものだろうか。
最近漸く格好つけれるようになったのに、昔の駄々っ子に逆戻りだ。
でも、いい。
そんなのはどうでもいい。
情けなくても格好悪くても馬鹿でも我侭でもいいから。
「お願い、起きて、ツナっ」
今までの人生で一番の我侭を。
どうか叶えて、俺の大事な人。
泣きすぎで頭が痛くなり、叫びすぎで声が掠れる。
それなのに、俺に甘いその人は、夕闇に影を作りただ眠るだけ。
PR
更新内容
|
(06/28)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(03/31)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/30)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/25)
(03/24)
(03/24)
(03/24)
(03/23)
(03/14)
(03/14)
(03/13)
(03/13)
(03/13)
(03/11)
(03/10)
(03/08)
カテゴリー
|
リンク
|
フリーエリア
|