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夜中、酷い寝汗を掻いて目を覚ました。
 肩を上下させベッドサイドの目覚し時計を手に取り時間を確認する。
 デジタル時計の表示は午前三時。まだ眠ってから一時間も経っていない。

「何だったんだ」

 時計を力任せに握り、憤怒を篭め呟く。一時間の短い間に見たとは思えないくらい濃縮された夢だった。
 有り得ない内容で、夢なら夢らしくさっさと消えてしまえばいいのに何故か焼きついて離れない。

「ふざけるな。この俺があんな女に」

 夢で見た玲士そっくりの男は、女の後を追い自殺した。
 死に行く瞬間が生きた中で一番穏やかな心地など、どんなマゾだ。
 馬鹿馬鹿しく一考する価値すらない夢。しかも王子だ姫だと下らないオプションつき。

「何なんだ、あのリアリティのない夢は」

 童話のパロディーかと全力で突っ込みたいくらいに下らない夢だったが、リアリティがなくとも現実感はあった。
 現に鰐に噛み千切られた腕がまだ痺れている気がして数度振る。血が流れていないか確認してしまい、鋭く舌打ちした。
 夢の中の玲士は、大臣の息子だった。
 しかも絵に描いたような名家の出身で、将来を約束されレールが轢かれた人生を送りそれに満足していた。彼の目標は国を豊かにし守る事、そして。

「女を守るだと?しかも、あいつは───」

 彼が守りたいと思っていたもう一つは、彼が想い焦がれた存在。
 単純に愛してると一言で表せない複雑な感情を抱いていたが、根本は彼女へと焦がれる気持ち。玲士にとって最悪にも、その王女は随分と見知った顔をしていた。
 ずきずき痛む頭に手をやり深呼吸を繰り返す。
 どくどくと早鐘のように打っていた鼓動は少し落ちつきを取り戻し、玲士に冷静さを与える。
 夢の中で、玲士・・・否、別人であると信じる『彼』は、彼女の幼馴染だった。
 子供の頃から二人で過ごし、共にあるのを疑問視せず、お互いのいいところ悪いところ全てを理解し支え合えるいいパートナーだった。
 寛厚な彼女は可憐な容姿と華奢な身体を持ち、随分と鈍く運動神経はなかったが人に愛される才能を持っていた。
 夢の中の彼は国への理念を持ち、冷静な判断力と時に冷酷になれる部分があり、恐れられながらも尊敬されていた。
 彼らは二人で居るのに何の疑問もなく、彼の妹も含め随分と仲睦まじかった。特に幼い頃は身分の差を考えず、色々な事をして過ごしていた。
 年を経ても根本的な関係は変わらず、毎日毎日突拍子もない彼女に振りまわされ、彼は怒りながらも面倒を見て、妹はそれを楽しそうに微笑んでいた。
 変わらぬと信じていた日常が崩れたのは、彼女が縁談を結んでからだ。
 彼女が選んだのは栄えている帝国の跡取。第一王子である彼は、第一王女である彼女を望んだ。
 一国の王女と王子でも、彼らの関係は対等ではない。王子の国は大陸でも随一と言われる発展を遂げていて、国の発展を望むならまたとない縁談だった。
 それは、本当は彼だって判っていたのだ。
 彼が変わってしまったのは、尊敬していた彼の父の言葉が切欠だった。
 長年見ているだけで諦めていたあの存在が手に入るかもしれない。それは彼の強固な理性を崩し、選んでは行けない道を選択させた。
 国のためだと建前を翳し、彼の望みは一つだけ。

「愚かな」

 他に言葉はない。彼は愚かな男で、彼自身誰よりもそれを理解していた。
 国を考えるなら、縁談を受けた方がいいに決まっている。自国の文化は薄れても、技術や食料、そして大国の庇護を受けるとなればメリットが大きく、付きつけられた条件も悪いものではなかった。
 彼女はそれを理解していたから、選択したのだ。
 本当に国を想っていたのは、革命を起こした彼ではなく、自分を捧げる覚悟をしていた彼女の方だったのに。

「貴様は、そこまでして手に入れたかったのか」

 問いかけに答えはないけれど、玲士はその答えを知っていた。
 彼は彼女の選択を受け入れられなかった。それが全てだ。彼女の問いを否定できなかった、それは彼自身が理解していたからだ。どれだけ己が愚かであるか。
 彼は彼女を怨んでいた。
 国を第一と考え自分を捨てていくと感じたから。
 彼は彼女を憎んでいた。
 共に発展させると誓いを立てたのに、それを忘れてしまったと思ったから。
 彼は彼女を嫌っていた。
 いつだって彼を掻き乱し冷静な判断力を奪ったから。
 だが。

「貴様は愚かだ」

 彼は彼女を欲していた。
 太陽に焦がれる人のように。もしくは月が欲しいと泣く子供のように。
 彼の取った行動は浅はかで同意できない。愚の骨頂であり馬鹿だと唾棄すべき行為だ。
 だが全てを否定できないのは。

「俺も、同じだからと言うのか」

 玲士はかなでが憎い。玲士の音楽を否定し受け入れてくれなかった彼女が。そしてあれほど玲士が羨んだ音を捨て、ひっそりと表舞台から去った行為が。
 憎くて憎くて憎すぎて───今では憎んでいるのか愛してるのかも判らない。
 焦がれて欲して望んで願って。
 ただ、かなでだけが玲士を変えられ、狂おしいまでの強制力で玲士を支配する。

「貴様も同じだと言うのか」

 『月が綺麗ですね』と彼女の言葉を理解した瞬間、恨みや憎しみも確かにあるのに、彼を支配したのは紛れも無い歓喜。
 国を守るのを誇りとしていた自分を踏みにじり、道を違えさせた彼女を殺してしまいたいほど憎んでいたのに、他の男のものになると微笑んだ彼女を消し去りたいほど怨んでいたのに。
 たった一言で、彼女は彼を変えてしまった。

「俺は、違う。違うはずだ」

 耳鳴りがしきつく瞼を閉じる。
 神南との戦いで漸く元の音に近づいた彼女。玲士が憧れ一心に見詰めつづけた輝きをかなでは取り戻し始めていた。

「俺は違う」

 玲士が望むのはかなでとの別離。
 かなでの音を完膚なきまでに破壊して、奪われた欠片を取り戻すこと。
 彼のように繋がれたいなどと願っていない。望んでいないはずだ。
 時計の時間がまた刻まれる。
 訣別のときは数時間後に迫っていた。

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