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「一本!」
道場に響いた声に胸が熱くなり、ついでに目頭も熱くなった。
嬉しくて嬉しくて仕方なく、彼が認められたのがとても誇らしく幸せだ。
胴着を直しつつ白線へと戻る彼と不意に視線が合い小さく笑いかける。
するとガッツポーズこそしなかったが、彼も瞳だけで微笑んでくれた。
その日は、柔道部の記念すべき初試合で、そして二人三脚で部を守り立てた嵐の初勝利の記念日になった。
「嵐くん」
嬉しそうに声を掛けて来た相手にこそりと首を傾げる。
始めた頃の二人きりではなく、今では人数が増えた部員達の人目を避けるようにこっそりと声を掛けて来たマネージャーに違和感を覚えた。
普段なら彼女は明るく誰にでも隔てなく接し、柔道部の紅一点として、そして何よりもマネージャーとして彼らを可愛がっている冬姫の行動にしては珍しい。
「どうかしたのか?」
眉を顰めながらも、釣られて小声で返す。
すると大きな黒目がちの瞳を煌かせた彼女は、悪戯っぽく笑い人差し指を唇に当てた。
「今日、一緒に帰らない?」
「今日?別にいいけど」
「二人でだから、絶対に他の人を誘ったら駄目だよ」
「・・・判った」
普段なら旬平を誘うところだが、態々釘を刺されたのでこくりと頷く。
すると満足そうに微笑んだ彼女は残りの仕事を片付けにさっさと背を向けてしまった。
結局部室の鍵を閉めなくてはいけないと、最後まで仕事をこなす冬姫を待っていたら結果的に二人になった。
部長である嵐とマネージャーである冬姫が最後まで残るのは珍しいことでもないので、一緒に残ると訴える旬平を上手く追い払えば誰も不思議がらずに二人きりの時間は出来る。
ジャージから制服に着替え、荷物を持った冬姫はお待たせと笑うと、それに返事をしながら鍵をかける。
この鍵は面倒であるが毎回職員室へ行き大迫へと返却する。
顧問である彼には感謝しても仕切れない。
自身の仕事もあるだろうに文句を言わずに毎朝早くに出勤し、そして遅くまで残ってくれる。
部のスケジュールの調整も冬姫とあわせ行ってくれるので、本当に頭が上がらない存在だ。
裏庭を突っ切りながら顔を上げると、もう太陽は沈みかけていた。
藍色に染まり始めた紅葉の木を目にすると、もう秋なんだと実感する。
静かに舞う落ち葉がやがて来る冬を連想させ、季節が過ぎる早さに目を瞬かせた。
「今日を覚えてる?」
「ん?」
今まで静かだったくせに、いきなり声を発した冬姫に視線をやる。
だが彼女は真っ直ぐに前を向くだけでこちらを向いては居なかった。
それでも意識はこちらに集中しているのを感じ、眉を片方跳ね上げる。
「今日?」
「そう、今日」
「───別に、今日は何もなかったぞ」
「ふふふ、違うよ。今日じゃなくて、去年の今日」
「去年の今日・・・?」
「もう、薄情だな嵐くんは。去年の今日は柔道部初試合初勝利した日でしょ」
「・・・ああ。───そっか、一年経ったのか」
「経ったんだよ」
漸くこちらを見た冬姫が拗ねたように唇を窄める。
しかし不機嫌な様子は長く続かず、すぐにあわやかな苦笑に変わった。
「早いよねぇ、本当に」
「そうだな」
「びっくりしたよ。ある日家に帰ろうとしたら、いきなり柔道部のマネージャーにならないか、だもの」
「まあ普通は驚くだろうな」
「そうだよ。手作りのビラを持って、真っ直ぐな目をして。無視されても何人もに声をかけてたよね」
「見てたのか?」
「うん。悩んでいた間に観察させてもらった。───ね、どうして私だったの?」
黒い瞳は嵐をじっと見詰めている。
その眼差しを正面で受けながら、そうだな、と呟くと答えを口にした。
「勘」
「勘?」
「そうだ。こいつと一緒なら大丈夫、こいつなら任せられるって思った」
「断られるとか思わなかったの?」
「正直に言うと、考えてなかったかもしれない。自信過剰になってたわけじゃないのに、どうしてだろうな」
「───変な嵐くん。もし私が断ってたらどうしたの?」
「そん時はマネージャー不在で頑張る。俺は、お前しか考えられなかったし」
嵐の言葉は嘘ではない。
マネージャーにするなら冬姫が良かったし、彼女が駄目なら誰にも頼むつもりはなかった。
自分でも不思議だが、冬姫でないと駄目だと思ったのだ。
彼女がもし是と応えてくれたなら、きっと彼女以上に相棒足らしめる存在はいないと勘が告げた。
「断られても、一回で諦めるつもりはなかったしな」
「え?諦めるつもりなかったの?」
「当たり前だ。俺だって本気で仲間を探してたんだから、すぐに諦めれるならマネージャーになってくれって頼んでない」
「それは・・・そう、だろうね。ああ、きっとそうだね嵐くんなら」
誰も居なくても一人で始めるつもりだった。
部員が一人の部活にマネージャーがいるのもおかしいと判っている。
それでも彼女が欲しかった。
「私ね」
「ん?」
「嵐くんに誘ってもらってよかった。高校入学まで柔道のルールすらしっかり理解できてなかったけど、覚えるのは大変だったし、トレーニングを考えるのも難しかったけど、でも嵐くんに誘ってもらってよかった。嵐くんと二人で柔道を続けてきて、良かったと思ってるよ」
「───そっか。サンキュ、マネージャー。俺も、お前を選んでよかったと思う。俺についてきてくれてありがとな」
「うん」
嬉しそうに首を竦めた冬姫は、嵐へと手を伸ばす。
自分に触れる手を意識しながらも避けないでいると、小さな手に掌を握られた。
「今週の試合、勝とうね。初の団体戦だけど、皆随分と実力は上がってる」
「判ってる。───大丈夫だ、俺たちは勝つ」
握られた掌に力を篭めると、信じてるからと握り返された。
その後貰った必勝のお守りは、今でも嵐の鞄の中で眠っている。
風が冷たくなり始めた、秋の中頃の話であった。
道場に響いた声に胸が熱くなり、ついでに目頭も熱くなった。
嬉しくて嬉しくて仕方なく、彼が認められたのがとても誇らしく幸せだ。
胴着を直しつつ白線へと戻る彼と不意に視線が合い小さく笑いかける。
するとガッツポーズこそしなかったが、彼も瞳だけで微笑んでくれた。
その日は、柔道部の記念すべき初試合で、そして二人三脚で部を守り立てた嵐の初勝利の記念日になった。
「嵐くん」
嬉しそうに声を掛けて来た相手にこそりと首を傾げる。
始めた頃の二人きりではなく、今では人数が増えた部員達の人目を避けるようにこっそりと声を掛けて来たマネージャーに違和感を覚えた。
普段なら彼女は明るく誰にでも隔てなく接し、柔道部の紅一点として、そして何よりもマネージャーとして彼らを可愛がっている冬姫の行動にしては珍しい。
「どうかしたのか?」
眉を顰めながらも、釣られて小声で返す。
すると大きな黒目がちの瞳を煌かせた彼女は、悪戯っぽく笑い人差し指を唇に当てた。
「今日、一緒に帰らない?」
「今日?別にいいけど」
「二人でだから、絶対に他の人を誘ったら駄目だよ」
「・・・判った」
普段なら旬平を誘うところだが、態々釘を刺されたのでこくりと頷く。
すると満足そうに微笑んだ彼女は残りの仕事を片付けにさっさと背を向けてしまった。
結局部室の鍵を閉めなくてはいけないと、最後まで仕事をこなす冬姫を待っていたら結果的に二人になった。
部長である嵐とマネージャーである冬姫が最後まで残るのは珍しいことでもないので、一緒に残ると訴える旬平を上手く追い払えば誰も不思議がらずに二人きりの時間は出来る。
ジャージから制服に着替え、荷物を持った冬姫はお待たせと笑うと、それに返事をしながら鍵をかける。
この鍵は面倒であるが毎回職員室へ行き大迫へと返却する。
顧問である彼には感謝しても仕切れない。
自身の仕事もあるだろうに文句を言わずに毎朝早くに出勤し、そして遅くまで残ってくれる。
部のスケジュールの調整も冬姫とあわせ行ってくれるので、本当に頭が上がらない存在だ。
裏庭を突っ切りながら顔を上げると、もう太陽は沈みかけていた。
藍色に染まり始めた紅葉の木を目にすると、もう秋なんだと実感する。
静かに舞う落ち葉がやがて来る冬を連想させ、季節が過ぎる早さに目を瞬かせた。
「今日を覚えてる?」
「ん?」
今まで静かだったくせに、いきなり声を発した冬姫に視線をやる。
だが彼女は真っ直ぐに前を向くだけでこちらを向いては居なかった。
それでも意識はこちらに集中しているのを感じ、眉を片方跳ね上げる。
「今日?」
「そう、今日」
「───別に、今日は何もなかったぞ」
「ふふふ、違うよ。今日じゃなくて、去年の今日」
「去年の今日・・・?」
「もう、薄情だな嵐くんは。去年の今日は柔道部初試合初勝利した日でしょ」
「・・・ああ。───そっか、一年経ったのか」
「経ったんだよ」
漸くこちらを見た冬姫が拗ねたように唇を窄める。
しかし不機嫌な様子は長く続かず、すぐにあわやかな苦笑に変わった。
「早いよねぇ、本当に」
「そうだな」
「びっくりしたよ。ある日家に帰ろうとしたら、いきなり柔道部のマネージャーにならないか、だもの」
「まあ普通は驚くだろうな」
「そうだよ。手作りのビラを持って、真っ直ぐな目をして。無視されても何人もに声をかけてたよね」
「見てたのか?」
「うん。悩んでいた間に観察させてもらった。───ね、どうして私だったの?」
黒い瞳は嵐をじっと見詰めている。
その眼差しを正面で受けながら、そうだな、と呟くと答えを口にした。
「勘」
「勘?」
「そうだ。こいつと一緒なら大丈夫、こいつなら任せられるって思った」
「断られるとか思わなかったの?」
「正直に言うと、考えてなかったかもしれない。自信過剰になってたわけじゃないのに、どうしてだろうな」
「───変な嵐くん。もし私が断ってたらどうしたの?」
「そん時はマネージャー不在で頑張る。俺は、お前しか考えられなかったし」
嵐の言葉は嘘ではない。
マネージャーにするなら冬姫が良かったし、彼女が駄目なら誰にも頼むつもりはなかった。
自分でも不思議だが、冬姫でないと駄目だと思ったのだ。
彼女がもし是と応えてくれたなら、きっと彼女以上に相棒足らしめる存在はいないと勘が告げた。
「断られても、一回で諦めるつもりはなかったしな」
「え?諦めるつもりなかったの?」
「当たり前だ。俺だって本気で仲間を探してたんだから、すぐに諦めれるならマネージャーになってくれって頼んでない」
「それは・・・そう、だろうね。ああ、きっとそうだね嵐くんなら」
誰も居なくても一人で始めるつもりだった。
部員が一人の部活にマネージャーがいるのもおかしいと判っている。
それでも彼女が欲しかった。
「私ね」
「ん?」
「嵐くんに誘ってもらってよかった。高校入学まで柔道のルールすらしっかり理解できてなかったけど、覚えるのは大変だったし、トレーニングを考えるのも難しかったけど、でも嵐くんに誘ってもらってよかった。嵐くんと二人で柔道を続けてきて、良かったと思ってるよ」
「───そっか。サンキュ、マネージャー。俺も、お前を選んでよかったと思う。俺についてきてくれてありがとな」
「うん」
嬉しそうに首を竦めた冬姫は、嵐へと手を伸ばす。
自分に触れる手を意識しながらも避けないでいると、小さな手に掌を握られた。
「今週の試合、勝とうね。初の団体戦だけど、皆随分と実力は上がってる」
「判ってる。───大丈夫だ、俺たちは勝つ」
握られた掌に力を篭めると、信じてるからと握り返された。
その後貰った必勝のお守りは、今でも嵐の鞄の中で眠っている。
風が冷たくなり始めた、秋の中頃の話であった。
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