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愛してる
--お題サイト:afaikさまより--
■あ 朝焼けの裾を引っぱって【エース→アリス←ユリウス】
時間は有限であり無限だ。
狂った時計が支配する国でもそれは同じで、矛盾しているのに破綻しない論理だ。
珍しく夜の次に来た朝の日の出に、エースはひっそりと眉を細める。
テントの布を少しだけ開ければ、僅かな隙間から豊かな光が溢れた。
「・・・ああ。もう、タイムリミットなのか」
ぽつり、と呟きテントの中に視線を戻す。
直射日光こそ当たってないものの、明るくなった室内に眉間に皺を寄せた少女が小さく唸って布団を顔まで持ち上げた。
その声が子犬の鳴き声に似ていて、エースは一つネタが出来たと嘘がない笑顔を浮かべる。
寝入った時に漏らす声が子犬のようだと、ここには居ない根暗な親友に教えたなら、彼はどんな反応をするだろうか。
引越しの前は彼の塔に住んでいたのだからそれくらいは知っているだろうが、きっとじっとりと眉を寄せて嫌な表情をするのだろう。
早くその顔が見たい。今からとても楽しみだった。
東の空が赤く染まる。
まるで、自分の服と同じ色に、エースはひっそりと息を漏らした。
■い 椅子に残った温もりは【ディー→アリス←ダム】
「寂しいね、兄弟」
「うん。寂しいね、兄弟」
温もりの残る椅子に凭れて、ディーとダムは詰まらなそうに呟く。
実際とても詰まらなかった。
門番の仕事は割が合わないので折角自主的に休暇を得て遊びに来たのに、部屋の主は入れ違いで仕事だと出て行ってしまった。
安い賃金なんだから休めば良いと勧めたのに、居候の身だからだめだと首を振った頑固な少女は、この部屋の滞在許可だけ与えてもういない。
寂しくて、詰まらなくて、なんだか悪い子になってしまいそうだ。
「暇だね、兄弟」
「うん、暇だね兄弟」
ハートの城に遊びに行こうか。追いかけっこは楽しいよ。
遊園地に遊びに行こうか。遊具は刺激的で面白いよ。
ひよこウサギを構おうか。渋柿がたくさん手に入ったし。
他愛もない会話をしながら、それでも二人は動かない。
部屋の主は居ないのに、仄かな温もりが酷い引力を持って二人をこの場に縛り付けた。
「何だかとっても寂しいね」
■し 神域でないかと思えるような【ブラッド→アリス←ビバルディ】
夕暮れ時の薔薇園はとても美しい。
全てが赤く染まった光景はビバルディの心を落ち着かせ凪いだ気分にさせてくれる。
取り分け血を別けた弟が手入れする秘密の花園は、ビバルディのお気に入りだった。
「なんじゃ。今日はお前だけか」
「・・・悪いか」
「いいや?ただ、もの足りぬとは思うがな」
口にしながらビバルディは自分の変化に驚いていた。
この場所は二人きりの世界だった。
誰も知らず、誰も立ち入らず、誰にも秘密の、特別な花園。
いつしか弟の案内でこの場所に姿を見せるようになった少女は、いつの間にか日常としてビバルディの心に食い込んでいた。
警戒心の塊のような自分の心にこれほどするりと入り込んできた存在は未だなく、そしてこれほど心許せる存在もいなかった。
それはきっと、隣に並ぶ弟も同じに違いない。
静かに夕日を眺めているが、その横顔は拗ねた子供と重なった。
きっと、またどうしようもなく下らない内容で喧嘩でもしたのだろう。
それならきっと、次は彼が居ない時間帯を狙って少女はこの場所に来てくれる。
弟ではなく、ビバルディに会いに。
それがとても楽しみで、それがとても面白い。
いつだってクールで気だるげな雰囲気を保とうとするブラッドの、余裕がない態度は酷く愉快だった。
「早く、会いにおいで」
弟ではなく、この自分に。
呟きが聞こえたのだろう。
酷く気難しい表情をしたブラッドは、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
■て 低気圧が残していったもの【ゴーランド→アリス←ボリス】
遊園地の一角に低気圧が発生したのはつい先ほどのことだ。
低気圧はゴーランドとボリスに直撃すると、おどろおどろしい空気を発して去っていった。
「・・・行っちゃったね」
「ああ。行っちまったな」
姿が見えなくなっても未だ呆然とその場に立ち尽くしていた二人は、怒り狂った少女の背中を思い出しふるりと体を震わせる。
般若のように、と表現するのが的確な恐ろしさだった。
武器も持たない殺しをしたことがない少女が放つには怒りは迫力がありすぎて、結局何一つ反論できぬままに全てが終わった。
「こんな怪我、すぐ治るのにね」
「・・・ああ、本当にな」
少女の怒りは良く判らない。
持っている基準が違うのだから仕方ないのだが、変に現実主義なくせに割り切らないのが少女の特徴だ。
血だらけのボリスはいつも通りだし、彼の言うとおり怪我もすぐに治る。
覚悟があれば殺すのは簡単。
役持ちの自分たちが死ぬのは余程油断しないとないのだし、心配するなと軽口を叩いただけなのに。
「和ませようと思ったんだけどなぁ」
「おっさんの軽口が気に入らなかったんじゃないの?」
「いや、俺が来る前から怒ってただろうがお前に。むしろ巻き込まれたのは俺だろう」
「いーや。おっさんが来てから酷くなった」
どっちが悪いと擦り付け合いながら、二人は同時に歩き出す。
放っておけばネガティブな少女の思考が際限なく下降するのが目に見えていたし、何より泣きそうに顔を歪めた少女を放っておけなかった。
軽口を叩きながら思案する。
少女の心を傷つけず、和解する方法は果たして見つかるだろうか。
■る 流転する万物の中の一片【ナイトメア→アリス←グレイ】
「おや?彼女はどこに行ったんだ?」
珍しく真面目に書類仕事をしていた上司が顔を上げると、きょろきょろと周りを見て首を傾げた。
その表情は無防備に見えグレイはひょいと肩を竦める。
目の前の彼がどこまで自分を作っていて、どこからが本心なのか、読める人間は世界に存在しない。
だが母親を見失った子供のような表情は嘘に思えず、グレイは書類で口元を隠すとそっと苦笑した。
「彼女なら買い物に行きました。町で評判のケーキ屋で新作を入手すると張り切っていましたよ」
「何!!?一人で出掛けたのか!外は危険だ。私も一緒に───」
そうして今まさに書類を放り投げようとした上司の腕を、がっしりと掴む。
貼り付けた笑顔は鉄壁だ。
「確かに安全といい難いですが彼女なら平気です。俺の部下を護衛につけましたし、大丈夫です。何よりあなたが一緒に居れば、休憩なのに休めないでしょう」
「それはどういう意味だ!?」
「そのままの意味です」
血色の悪い顔を赤らめてまで怒りを訴えるナイトメアをさらりと流すと、笑顔を深めた。
ぐっと喉を詰まらせた彼は、渋々もう一度書類に手を伸ばす。
ここ最近では類を見ないほどの集中力だったのに、ついに飽きが来てしまったらしい。
普段の三倍は仕事をこなしたが、決裁待ちの書類はまだ束になって存在する。
これも日頃の行いの所為だと心から思うが、珍しく真剣に書類を処理している様を目にすれば、僅かばかりの仏心も芽生えよう。
「お土産は新作モンブランだそうです」
「え?」
「帰ってくるまでに仕事が済んでいたら、彼女からのご褒美としてプレゼントすると言ってましたよ」
さらり、と情報を与えると、先ほどまでの仏頂面をあっという間に消し去ったナイトメアは、再び書類へ向き直った。
ほくほくとした表情であの『ナイトメア』に仕事をさせる少女を思い浮かべ、グレイは淡い笑みを浮かべる。
上司にとって特別な少女は、自分にとっても同じ意味で特別で。
「俺にはコーヒーゼリーらしいです。楽しみですね」
だからついつい立場は平等だと言外にきっちりと念押ししてしまうのは、恋する男としては仕方ないだろう。
--お題サイト:afaikさまより--
■あ 朝焼けの裾を引っぱって【エース→アリス←ユリウス】
時間は有限であり無限だ。
狂った時計が支配する国でもそれは同じで、矛盾しているのに破綻しない論理だ。
珍しく夜の次に来た朝の日の出に、エースはひっそりと眉を細める。
テントの布を少しだけ開ければ、僅かな隙間から豊かな光が溢れた。
「・・・ああ。もう、タイムリミットなのか」
ぽつり、と呟きテントの中に視線を戻す。
直射日光こそ当たってないものの、明るくなった室内に眉間に皺を寄せた少女が小さく唸って布団を顔まで持ち上げた。
その声が子犬の鳴き声に似ていて、エースは一つネタが出来たと嘘がない笑顔を浮かべる。
寝入った時に漏らす声が子犬のようだと、ここには居ない根暗な親友に教えたなら、彼はどんな反応をするだろうか。
引越しの前は彼の塔に住んでいたのだからそれくらいは知っているだろうが、きっとじっとりと眉を寄せて嫌な表情をするのだろう。
早くその顔が見たい。今からとても楽しみだった。
東の空が赤く染まる。
まるで、自分の服と同じ色に、エースはひっそりと息を漏らした。
■い 椅子に残った温もりは【ディー→アリス←ダム】
「寂しいね、兄弟」
「うん。寂しいね、兄弟」
温もりの残る椅子に凭れて、ディーとダムは詰まらなそうに呟く。
実際とても詰まらなかった。
門番の仕事は割が合わないので折角自主的に休暇を得て遊びに来たのに、部屋の主は入れ違いで仕事だと出て行ってしまった。
安い賃金なんだから休めば良いと勧めたのに、居候の身だからだめだと首を振った頑固な少女は、この部屋の滞在許可だけ与えてもういない。
寂しくて、詰まらなくて、なんだか悪い子になってしまいそうだ。
「暇だね、兄弟」
「うん、暇だね兄弟」
ハートの城に遊びに行こうか。追いかけっこは楽しいよ。
遊園地に遊びに行こうか。遊具は刺激的で面白いよ。
ひよこウサギを構おうか。渋柿がたくさん手に入ったし。
他愛もない会話をしながら、それでも二人は動かない。
部屋の主は居ないのに、仄かな温もりが酷い引力を持って二人をこの場に縛り付けた。
「何だかとっても寂しいね」
■し 神域でないかと思えるような【ブラッド→アリス←ビバルディ】
夕暮れ時の薔薇園はとても美しい。
全てが赤く染まった光景はビバルディの心を落ち着かせ凪いだ気分にさせてくれる。
取り分け血を別けた弟が手入れする秘密の花園は、ビバルディのお気に入りだった。
「なんじゃ。今日はお前だけか」
「・・・悪いか」
「いいや?ただ、もの足りぬとは思うがな」
口にしながらビバルディは自分の変化に驚いていた。
この場所は二人きりの世界だった。
誰も知らず、誰も立ち入らず、誰にも秘密の、特別な花園。
いつしか弟の案内でこの場所に姿を見せるようになった少女は、いつの間にか日常としてビバルディの心に食い込んでいた。
警戒心の塊のような自分の心にこれほどするりと入り込んできた存在は未だなく、そしてこれほど心許せる存在もいなかった。
それはきっと、隣に並ぶ弟も同じに違いない。
静かに夕日を眺めているが、その横顔は拗ねた子供と重なった。
きっと、またどうしようもなく下らない内容で喧嘩でもしたのだろう。
それならきっと、次は彼が居ない時間帯を狙って少女はこの場所に来てくれる。
弟ではなく、ビバルディに会いに。
それがとても楽しみで、それがとても面白い。
いつだってクールで気だるげな雰囲気を保とうとするブラッドの、余裕がない態度は酷く愉快だった。
「早く、会いにおいで」
弟ではなく、この自分に。
呟きが聞こえたのだろう。
酷く気難しい表情をしたブラッドは、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
■て 低気圧が残していったもの【ゴーランド→アリス←ボリス】
遊園地の一角に低気圧が発生したのはつい先ほどのことだ。
低気圧はゴーランドとボリスに直撃すると、おどろおどろしい空気を発して去っていった。
「・・・行っちゃったね」
「ああ。行っちまったな」
姿が見えなくなっても未だ呆然とその場に立ち尽くしていた二人は、怒り狂った少女の背中を思い出しふるりと体を震わせる。
般若のように、と表現するのが的確な恐ろしさだった。
武器も持たない殺しをしたことがない少女が放つには怒りは迫力がありすぎて、結局何一つ反論できぬままに全てが終わった。
「こんな怪我、すぐ治るのにね」
「・・・ああ、本当にな」
少女の怒りは良く判らない。
持っている基準が違うのだから仕方ないのだが、変に現実主義なくせに割り切らないのが少女の特徴だ。
血だらけのボリスはいつも通りだし、彼の言うとおり怪我もすぐに治る。
覚悟があれば殺すのは簡単。
役持ちの自分たちが死ぬのは余程油断しないとないのだし、心配するなと軽口を叩いただけなのに。
「和ませようと思ったんだけどなぁ」
「おっさんの軽口が気に入らなかったんじゃないの?」
「いや、俺が来る前から怒ってただろうがお前に。むしろ巻き込まれたのは俺だろう」
「いーや。おっさんが来てから酷くなった」
どっちが悪いと擦り付け合いながら、二人は同時に歩き出す。
放っておけばネガティブな少女の思考が際限なく下降するのが目に見えていたし、何より泣きそうに顔を歪めた少女を放っておけなかった。
軽口を叩きながら思案する。
少女の心を傷つけず、和解する方法は果たして見つかるだろうか。
■る 流転する万物の中の一片【ナイトメア→アリス←グレイ】
「おや?彼女はどこに行ったんだ?」
珍しく真面目に書類仕事をしていた上司が顔を上げると、きょろきょろと周りを見て首を傾げた。
その表情は無防備に見えグレイはひょいと肩を竦める。
目の前の彼がどこまで自分を作っていて、どこからが本心なのか、読める人間は世界に存在しない。
だが母親を見失った子供のような表情は嘘に思えず、グレイは書類で口元を隠すとそっと苦笑した。
「彼女なら買い物に行きました。町で評判のケーキ屋で新作を入手すると張り切っていましたよ」
「何!!?一人で出掛けたのか!外は危険だ。私も一緒に───」
そうして今まさに書類を放り投げようとした上司の腕を、がっしりと掴む。
貼り付けた笑顔は鉄壁だ。
「確かに安全といい難いですが彼女なら平気です。俺の部下を護衛につけましたし、大丈夫です。何よりあなたが一緒に居れば、休憩なのに休めないでしょう」
「それはどういう意味だ!?」
「そのままの意味です」
血色の悪い顔を赤らめてまで怒りを訴えるナイトメアをさらりと流すと、笑顔を深めた。
ぐっと喉を詰まらせた彼は、渋々もう一度書類に手を伸ばす。
ここ最近では類を見ないほどの集中力だったのに、ついに飽きが来てしまったらしい。
普段の三倍は仕事をこなしたが、決裁待ちの書類はまだ束になって存在する。
これも日頃の行いの所為だと心から思うが、珍しく真剣に書類を処理している様を目にすれば、僅かばかりの仏心も芽生えよう。
「お土産は新作モンブランだそうです」
「え?」
「帰ってくるまでに仕事が済んでいたら、彼女からのご褒美としてプレゼントすると言ってましたよ」
さらり、と情報を与えると、先ほどまでの仏頂面をあっという間に消し去ったナイトメアは、再び書類へ向き直った。
ほくほくとした表情であの『ナイトメア』に仕事をさせる少女を思い浮かべ、グレイは淡い笑みを浮かべる。
上司にとって特別な少女は、自分にとっても同じ意味で特別で。
「俺にはコーヒーゼリーらしいです。楽しみですね」
だからついつい立場は平等だと言外にきっちりと念押ししてしまうのは、恋する男としては仕方ないだろう。
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君が、嫌い
--お題サイト:確かに恋だったさまより--
★マフィアパロ★
■1.心惑わされるのは、(嫌い)【ユリウス】
毎日時計を修理する。
ねじを回し、部品を交換し、油をさして動かぬそれを直し続ける。
朝目が覚めて夜眠るまで、絶え間なくその時間は続く。
ごく稀に自分の部下が訪れ、回収した時計を持ち込む。
ごく稀にこの世界の勢力のどこかが、時計を持ち込み仕事を依頼に来る。
ごく稀に役もちと呼ばれる彼らが、気紛れに訪れ時計を壊す。
時間の狂ったこの世界、狂った住人は好き勝手に行動する。
時計屋であるユリウスの元に訪れるのは大体が狂った人物ばかりで、それは昔から変わらない。
チクタクチクタク時計は進む。
時折、ふと顔を上げ部屋を視線でひと撫でしてからまた時計に意識を向けた。
自分以外誰も居ないはずの部屋に、コーヒーの香がするわけがない。
■2.君なしの日々は、【エース】
「ユリウスがさ、寂しそうなんだ」
笑顔で告げれば、静かな眼差しを向けた彼女はただ一言、『そう』と口にした。
ユリウスはエースの特別だ。
彼はエースを理解してくれ、呆れつつも許容してくれる。
自分より不幸な人間がいるのは心が休まる。
そんな自分を歪んでいるわと嫌そうな顔で評価した少女は、もうどこにも居ない。
「もう会わないつもり?」
「ええ。───ボスの許しが出ない限りは、会わないわ」
「じゃあ二度と会う気はないんだね」
余裕ぶっているが、彼女の主帽子屋がとても狭量なのは知っている。
自分だけでなく、役持ちなら誰もが知っているだろう。
自分の囲いの中にアリスを繋いだ彼が、首輪もそこから伸びる鎖も決して手放さないだろう。
彼はアリスを手に入れた。
それは愛とか恋が絡むものじゃないだけに、彼女にとってもっと深い意味を持つ。
何しろ恋愛なんてごめんだと全てを面倒だと口にしていた彼女が差し出した、それ以外の全てなのだ。
帽子屋が欲したものとは違うだろうに、手にしたものを自由にするはずがない。
独占と執着。彼が抱いた感情は、何を基準にしたものだろう。
「俺も寂しくなるな」
「そう」
興味なさげに視線を反らしたアリスに、エースは笑みを深めた。
帽子屋にだって負けないくらいの執着欲は、どこへ向かえばいいのだろう。
彼女のハートを止めれば、空虚な心は埋まるのだろうか。
■3.沈黙の時間が、【ボリス】
空を見上げれば夜の黒。それに混じって星が輝き月が中天に上っている。
時間の狂ったこの世界で、夜はもう三時間帯連続で続いていた。
いつもはおしゃべりなチェシャ猫は、木の上に寝転び空を見上げる。
夜の時間は好きだ。
闇は心を落ち着かせ、遊び心を擽った。
けれど今日は何故か遊ぶ気分にならず、ぼうっと空を見上げている。
「アリス、何してるかな」
中立の立場のボリスは、帽子屋屋敷に遊びに行くのもしばしばだ。
遊園地に滞在しているので一応敵対勢力として数えられているが、門番の双子と友人だし、自称忠犬のウサギや屋敷の主にはペットとして見られている気がした。
「・・・会いたいな」
夜には感傷的になる。
きっと今頃屋敷の庭でお茶会をしているだろう少女を思えば思うほど寂しくなって、胸が苦しい。
「会いに行こうかな」
そう言えば、もう一月は顔を合わせていない。
屋敷に遊びに行っても、いっつもマフィアの仕事で留守にしているアリスは、夜の時間が続けば拘束されているはずだ。
「そうしよ!」
ぴん、と耳を立てたチェシャ猫は、どピンクの尻尾を揺らしドアを開けた。
■4.幸せそうな笑顔も、【ペーター】
「ねぇ、アリス。いつ僕を殺すんですか?」
綺麗な白い手を掴み、そっと頬に当ててペーターは問う。
傷一つないはずだったその掌は、いつの間にか潰れた肉刺で皮膚が硬くなっており、その柳眉を顰めた。
アリスがアリスである限り、彼女を嫌うことなどないが、それでも変わってしまった様子に苛立つ。
アリスは本来ならこんな苦労をするはずがなかった。
幸せになって欲しいからこちらの世界に連れてきたのに、どうしてこんな傷が出来るのか。
返す返すも腹立たしいのは彼女を部下として扱き使う帽子屋であり、同僚として扱うファミリーの面々だ。
城に来てくれれば自分の部屋でアリスが好きな何もかもを用意してもてなすのに、彼女は帽子屋から出たくないと言う。
それが彼女の意思であれば強く出れないのがペーターで、ならばと利用してもらっているが、それも満足いくほどではない。
何しろペーターの首は未だ繋がったままだし、属する勢力も健在だ。
もっと利用して欲しいというのに、遠慮がちな彼女がもどかしい。
「貴女が手を下してくださるなら、僕は逆らったりしないのに」
囁き指先に口付ける。昔ならそれも飛びのいて拒絶されたのだが、今は諾々と受け入れてくれた。
それが少し嬉しい。
「貴方に利用価値がなくなれば、望まなくても殺してあげるわ」
「そうしてください。ああ、でも貴女以外の誰かに殺されてあげる気はありませんから、それだけは覚えておいてくださいね」
優しい宣言に顔を綻ばせば、目を細めてアリスは笑った。
昔と違う笑顔だが、それでもペーターは満足だった。
■5.僕を見ない君が、【グレイ】
「久しぶりだな、アリス」
言葉どおり、本当に久しぶりに顔を見た友人にグレイは思わず声をかけた。
以前と同じルールの会合は、今回もまたナイトメアが司会だ。
しどろもどろの痛すぎるそれは毎回の悩みの種だが、一行に改善されない割りに何故人前に立ちたがるのか。
現在もどちらの上司が素敵か言い争っている。
自称ブラッドの犬のエリオットがブラッドを褒め称えるのは別に構わないが、自分で自分がどれ程尊敬された上司か訴えるナイトメアには呆れしか沸かない。
こちらに振られる相槌を躱しつつ、ブラッドの背後に控えていたアリスに声をかけたのだが。
「これはこれはクローバーの塔の苦労人の登場か」
「・・・帽子屋」
「女性を見るなりナンパか?それならうちの領土の子ではなく、自分のところのにするんだな。女に声をかけて恥を掻きたくないだろう?」
アリスとグレイの間に体を割り込ませたブラッドは、にこりと笑顔を浮かべた。
顔は笑っているくせに目は少しも笑っていない、随分と寒々しい笑顔に眉間に皺を刻む。
「俺はお前に挨拶したわけじゃない」
「悪いが、蜥蜴。アリスは私のものなんだ。私のものに私を通さず声をかけるなど、無礼だと思わないか」
「いつからアリスがお前のものになったと言うんだ、帽子屋。彼女をもの扱いするのはやめてもらおう。彼女は確固とした意思を持つ人間だ」
「そして私の血を分けたファミリーでもある。忠誠心が厚い幹部の一人だと、お前も知っているだろうに」
にい、と笑ったブラッドはアリスの肩を抱くと、見せ付けるように耳に唇を寄せた。
ざわり、と胸の奥から不快感が湧き上がり、思わず隠しているナイフへと手を伸ばす。
「アリス。蜥蜴の奴は君の扱いが不満だそうだが、君はどうだ?」
「今更よ、ブラッド。私は貴方が言うとおり貴方のものだもの。精々上手く使って頂戴」
「だそうだ。アリス直々に答えを聞けばお前も満足だろう。それでは私は失礼するよ。美味しい紅茶を飲みにいく約束をしているのでな。ああ、そうそう。そこできゃんきゃん喚いているウサギは好きにしてくれていい」
勝ち誇った笑みを浮かべるブラッドに、ナイフを投げつける。
すると間にアリスが割り込み、当たる寸前で双子が弾いた。
「お姉さんに手を出さないでよ」
「僕たちいい子にするって約束してるんだから、邪魔しないでよね蜥蜴さん」
子供っぽい口調で苛立ちを含んだ声を出した双子は、グレイを睨み付けた。
「置いていくわよ、ディー、ダム。折角私の奢りなのに、いいの?」
「駄目だよ!早く行こう、兄弟!」
「うん、そうだね兄弟。待ってよ、お姉さん!」
アリスの声にグレイから興味を失った双子は、さっさと踵を返した。
最後までこちらを見なかったなと、遠ざかる少女の背を見送る。
懐かしい笑顔はきっともう見れないのだろう。
--お題サイト:確かに恋だったさまより--
★マフィアパロ★
■1.心惑わされるのは、(嫌い)【ユリウス】
毎日時計を修理する。
ねじを回し、部品を交換し、油をさして動かぬそれを直し続ける。
朝目が覚めて夜眠るまで、絶え間なくその時間は続く。
ごく稀に自分の部下が訪れ、回収した時計を持ち込む。
ごく稀にこの世界の勢力のどこかが、時計を持ち込み仕事を依頼に来る。
ごく稀に役もちと呼ばれる彼らが、気紛れに訪れ時計を壊す。
時間の狂ったこの世界、狂った住人は好き勝手に行動する。
時計屋であるユリウスの元に訪れるのは大体が狂った人物ばかりで、それは昔から変わらない。
チクタクチクタク時計は進む。
時折、ふと顔を上げ部屋を視線でひと撫でしてからまた時計に意識を向けた。
自分以外誰も居ないはずの部屋に、コーヒーの香がするわけがない。
■2.君なしの日々は、【エース】
「ユリウスがさ、寂しそうなんだ」
笑顔で告げれば、静かな眼差しを向けた彼女はただ一言、『そう』と口にした。
ユリウスはエースの特別だ。
彼はエースを理解してくれ、呆れつつも許容してくれる。
自分より不幸な人間がいるのは心が休まる。
そんな自分を歪んでいるわと嫌そうな顔で評価した少女は、もうどこにも居ない。
「もう会わないつもり?」
「ええ。───ボスの許しが出ない限りは、会わないわ」
「じゃあ二度と会う気はないんだね」
余裕ぶっているが、彼女の主帽子屋がとても狭量なのは知っている。
自分だけでなく、役持ちなら誰もが知っているだろう。
自分の囲いの中にアリスを繋いだ彼が、首輪もそこから伸びる鎖も決して手放さないだろう。
彼はアリスを手に入れた。
それは愛とか恋が絡むものじゃないだけに、彼女にとってもっと深い意味を持つ。
何しろ恋愛なんてごめんだと全てを面倒だと口にしていた彼女が差し出した、それ以外の全てなのだ。
帽子屋が欲したものとは違うだろうに、手にしたものを自由にするはずがない。
独占と執着。彼が抱いた感情は、何を基準にしたものだろう。
「俺も寂しくなるな」
「そう」
興味なさげに視線を反らしたアリスに、エースは笑みを深めた。
帽子屋にだって負けないくらいの執着欲は、どこへ向かえばいいのだろう。
彼女のハートを止めれば、空虚な心は埋まるのだろうか。
■3.沈黙の時間が、【ボリス】
空を見上げれば夜の黒。それに混じって星が輝き月が中天に上っている。
時間の狂ったこの世界で、夜はもう三時間帯連続で続いていた。
いつもはおしゃべりなチェシャ猫は、木の上に寝転び空を見上げる。
夜の時間は好きだ。
闇は心を落ち着かせ、遊び心を擽った。
けれど今日は何故か遊ぶ気分にならず、ぼうっと空を見上げている。
「アリス、何してるかな」
中立の立場のボリスは、帽子屋屋敷に遊びに行くのもしばしばだ。
遊園地に滞在しているので一応敵対勢力として数えられているが、門番の双子と友人だし、自称忠犬のウサギや屋敷の主にはペットとして見られている気がした。
「・・・会いたいな」
夜には感傷的になる。
きっと今頃屋敷の庭でお茶会をしているだろう少女を思えば思うほど寂しくなって、胸が苦しい。
「会いに行こうかな」
そう言えば、もう一月は顔を合わせていない。
屋敷に遊びに行っても、いっつもマフィアの仕事で留守にしているアリスは、夜の時間が続けば拘束されているはずだ。
「そうしよ!」
ぴん、と耳を立てたチェシャ猫は、どピンクの尻尾を揺らしドアを開けた。
■4.幸せそうな笑顔も、【ペーター】
「ねぇ、アリス。いつ僕を殺すんですか?」
綺麗な白い手を掴み、そっと頬に当ててペーターは問う。
傷一つないはずだったその掌は、いつの間にか潰れた肉刺で皮膚が硬くなっており、その柳眉を顰めた。
アリスがアリスである限り、彼女を嫌うことなどないが、それでも変わってしまった様子に苛立つ。
アリスは本来ならこんな苦労をするはずがなかった。
幸せになって欲しいからこちらの世界に連れてきたのに、どうしてこんな傷が出来るのか。
返す返すも腹立たしいのは彼女を部下として扱き使う帽子屋であり、同僚として扱うファミリーの面々だ。
城に来てくれれば自分の部屋でアリスが好きな何もかもを用意してもてなすのに、彼女は帽子屋から出たくないと言う。
それが彼女の意思であれば強く出れないのがペーターで、ならばと利用してもらっているが、それも満足いくほどではない。
何しろペーターの首は未だ繋がったままだし、属する勢力も健在だ。
もっと利用して欲しいというのに、遠慮がちな彼女がもどかしい。
「貴女が手を下してくださるなら、僕は逆らったりしないのに」
囁き指先に口付ける。昔ならそれも飛びのいて拒絶されたのだが、今は諾々と受け入れてくれた。
それが少し嬉しい。
「貴方に利用価値がなくなれば、望まなくても殺してあげるわ」
「そうしてください。ああ、でも貴女以外の誰かに殺されてあげる気はありませんから、それだけは覚えておいてくださいね」
優しい宣言に顔を綻ばせば、目を細めてアリスは笑った。
昔と違う笑顔だが、それでもペーターは満足だった。
■5.僕を見ない君が、【グレイ】
「久しぶりだな、アリス」
言葉どおり、本当に久しぶりに顔を見た友人にグレイは思わず声をかけた。
以前と同じルールの会合は、今回もまたナイトメアが司会だ。
しどろもどろの痛すぎるそれは毎回の悩みの種だが、一行に改善されない割りに何故人前に立ちたがるのか。
現在もどちらの上司が素敵か言い争っている。
自称ブラッドの犬のエリオットがブラッドを褒め称えるのは別に構わないが、自分で自分がどれ程尊敬された上司か訴えるナイトメアには呆れしか沸かない。
こちらに振られる相槌を躱しつつ、ブラッドの背後に控えていたアリスに声をかけたのだが。
「これはこれはクローバーの塔の苦労人の登場か」
「・・・帽子屋」
「女性を見るなりナンパか?それならうちの領土の子ではなく、自分のところのにするんだな。女に声をかけて恥を掻きたくないだろう?」
アリスとグレイの間に体を割り込ませたブラッドは、にこりと笑顔を浮かべた。
顔は笑っているくせに目は少しも笑っていない、随分と寒々しい笑顔に眉間に皺を刻む。
「俺はお前に挨拶したわけじゃない」
「悪いが、蜥蜴。アリスは私のものなんだ。私のものに私を通さず声をかけるなど、無礼だと思わないか」
「いつからアリスがお前のものになったと言うんだ、帽子屋。彼女をもの扱いするのはやめてもらおう。彼女は確固とした意思を持つ人間だ」
「そして私の血を分けたファミリーでもある。忠誠心が厚い幹部の一人だと、お前も知っているだろうに」
にい、と笑ったブラッドはアリスの肩を抱くと、見せ付けるように耳に唇を寄せた。
ざわり、と胸の奥から不快感が湧き上がり、思わず隠しているナイフへと手を伸ばす。
「アリス。蜥蜴の奴は君の扱いが不満だそうだが、君はどうだ?」
「今更よ、ブラッド。私は貴方が言うとおり貴方のものだもの。精々上手く使って頂戴」
「だそうだ。アリス直々に答えを聞けばお前も満足だろう。それでは私は失礼するよ。美味しい紅茶を飲みにいく約束をしているのでな。ああ、そうそう。そこできゃんきゃん喚いているウサギは好きにしてくれていい」
勝ち誇った笑みを浮かべるブラッドに、ナイフを投げつける。
すると間にアリスが割り込み、当たる寸前で双子が弾いた。
「お姉さんに手を出さないでよ」
「僕たちいい子にするって約束してるんだから、邪魔しないでよね蜥蜴さん」
子供っぽい口調で苛立ちを含んだ声を出した双子は、グレイを睨み付けた。
「置いていくわよ、ディー、ダム。折角私の奢りなのに、いいの?」
「駄目だよ!早く行こう、兄弟!」
「うん、そうだね兄弟。待ってよ、お姉さん!」
アリスの声にグレイから興味を失った双子は、さっさと踵を返した。
最後までこちらを見なかったなと、遠ざかる少女の背を見送る。
懐かしい笑顔はきっともう見れないのだろう。
「私があなたにお話できることは何もありませんわ、ブラッド様」
繊細な美貌を持つ賢い貴婦人は、動揺を押し隠すと普段どおりの微笑みを浮かべて小首を傾げた。
妹と似た色をした髪がゆらりと揺れ首筋から流れ落ちる。
その様に幾百人の男が見惚れたとしても、ブラッドは対した感慨は抱かない。
注意深く瞳の奥で観察していたらしい彼女は、そこで初めて人間らしい表情を見せた。
先ほどまでの精巧な人形さながらの微笑ではなく、淡い苦笑を浮かべたのだ。
何故彼女が突然人らしい感情を表に出したのか判らず、警戒するように目を細める。
だが瞬きする間に感情を笑顔の内に押し殺したロリーナは、くすくすと鈴を転がしたような声で笑った。
「ブラッド様、聞こえてらして?お伝えしたように私はあなたの望む答えを差し上げれませんの」
「何故だ」
「『何故』と私に問うあなただからこそ、何もお答え出来ませんのよ」
くすくすと優雅に取り出した扇子の内で微笑む美女に、ブラッドは眉間に皺を刻んだ。
答えられないと彼女は『答えた』。
つまり、それこそが答えだということだ。
王侯貴族が隠しておかなくてはいけない醜聞がそこにあると匂わせ、けれどそれを明言しない。
ロリーナは本当にアリスの姉であろうかと首を捻りたくなるが、アリスの方が王族らしくなく真っ直ぐなのだろう。
自分を捻くれていると表現するくせに、彼女は愚かなまでに素直だ。
自分の感情を瞳に乗せ、ブラッドを見詰めてしまうくらいに。
持っていたステッキで掌を打ちつけ、不機嫌に鼻を鳴らす。
つまりは、『そういうこと』なのだろう。
胸に沸き起こる不快感を何とか飲み下し、苛立ちを発散してしまいそうな自分を無理に抑える。
目の前に居る女の前で自分を曝け出すなど、そんな『不名誉』はありえない。
ブラッド・デュプレはプライドが高く人に心を許さない。
だからこそ心の奥深くでとぐろを巻く黒い感情を表に出さず、常にあるように余裕ある笑みをゆったりと浮かべた。
「私に『答えることが出来ない』。それが君の言い分であると理解していいのか?」
「ふふふ」
笑うばかりの彼女は、これ以上何か情報を漏らすつもりはないらしい。
知りたければ自分で調べろと言外に語るロリーナは、ブラッドを眺め笑みを深めるだけ。
「君は」
「はい」
「本当にアリスの姉か?」
全く似ていないと言葉の外で告げれば、瞳を丸くした彼女は、次には嬉しそうに破顔した。
「私はアリスの姉ですわ。彼女は私の最高の自慢ですもの」
嘘偽りないと断言できるほどに、そう告げたロリーナの瞳は輝いていた。
厄介なものだなと呟くと、言葉どおりに厄介な相手を半眼で眺めたブラッドはさっさと踵を返す。
「出来れば、君は敵に回したくないな」
「最高の賛辞ですわ、ブラッド様」
背を向けている為声しか聞こえないが、鮮やかな笑顔で礼を取っているだろう女性に、ブラッドは苦笑した。
繊細な美貌を持つ賢い貴婦人は、動揺を押し隠すと普段どおりの微笑みを浮かべて小首を傾げた。
妹と似た色をした髪がゆらりと揺れ首筋から流れ落ちる。
その様に幾百人の男が見惚れたとしても、ブラッドは対した感慨は抱かない。
注意深く瞳の奥で観察していたらしい彼女は、そこで初めて人間らしい表情を見せた。
先ほどまでの精巧な人形さながらの微笑ではなく、淡い苦笑を浮かべたのだ。
何故彼女が突然人らしい感情を表に出したのか判らず、警戒するように目を細める。
だが瞬きする間に感情を笑顔の内に押し殺したロリーナは、くすくすと鈴を転がしたような声で笑った。
「ブラッド様、聞こえてらして?お伝えしたように私はあなたの望む答えを差し上げれませんの」
「何故だ」
「『何故』と私に問うあなただからこそ、何もお答え出来ませんのよ」
くすくすと優雅に取り出した扇子の内で微笑む美女に、ブラッドは眉間に皺を刻んだ。
答えられないと彼女は『答えた』。
つまり、それこそが答えだということだ。
王侯貴族が隠しておかなくてはいけない醜聞がそこにあると匂わせ、けれどそれを明言しない。
ロリーナは本当にアリスの姉であろうかと首を捻りたくなるが、アリスの方が王族らしくなく真っ直ぐなのだろう。
自分を捻くれていると表現するくせに、彼女は愚かなまでに素直だ。
自分の感情を瞳に乗せ、ブラッドを見詰めてしまうくらいに。
持っていたステッキで掌を打ちつけ、不機嫌に鼻を鳴らす。
つまりは、『そういうこと』なのだろう。
胸に沸き起こる不快感を何とか飲み下し、苛立ちを発散してしまいそうな自分を無理に抑える。
目の前に居る女の前で自分を曝け出すなど、そんな『不名誉』はありえない。
ブラッド・デュプレはプライドが高く人に心を許さない。
だからこそ心の奥深くでとぐろを巻く黒い感情を表に出さず、常にあるように余裕ある笑みをゆったりと浮かべた。
「私に『答えることが出来ない』。それが君の言い分であると理解していいのか?」
「ふふふ」
笑うばかりの彼女は、これ以上何か情報を漏らすつもりはないらしい。
知りたければ自分で調べろと言外に語るロリーナは、ブラッドを眺め笑みを深めるだけ。
「君は」
「はい」
「本当にアリスの姉か?」
全く似ていないと言葉の外で告げれば、瞳を丸くした彼女は、次には嬉しそうに破顔した。
「私はアリスの姉ですわ。彼女は私の最高の自慢ですもの」
嘘偽りないと断言できるほどに、そう告げたロリーナの瞳は輝いていた。
厄介なものだなと呟くと、言葉どおりに厄介な相手を半眼で眺めたブラッドはさっさと踵を返す。
「出来れば、君は敵に回したくないな」
「最高の賛辞ですわ、ブラッド様」
背を向けている為声しか聞こえないが、鮮やかな笑顔で礼を取っているだろう女性に、ブラッドは苦笑した。
悲しそうに笑った少女の顔が忘れられない。
痛みを堪え、それでも出来ないと身を縮めた彼女は、何かに怯える子供のようだった。
華奢な体を震わせ、一歩二歩とブラッドから距離を置く。
(───何故だ)
その瞳は、ブラッドを向いている。
向いているのに、その瞳にはブラッドは映っていない。
彼女はブラッドを通して、別の誰かを見ていた。
その瞬間、心を巡ったのは怒り、妬み、苛立ち、反感。
心配していた想いは一瞬で塗り替えられ、その華奢な肩を掴み思い切り揺さぶりたくなる。
そんな自分の強すぎる感情に戸惑いを覚え、その油断で彼女は走り去った。
「アリス!」
足は縫い付けられたように動かせず、焦燥が滲み出る声に、舌打した。
気づかぬ内に、思ったよりも侵食されていたのだと、その瞬間に理解してしまった自分が、殺したいほど憎かった。
「───久しぶりだな、お嬢さん」
「あら、ブラッド様。ご機嫌麗しゅう」
庭で優雅に侍女に給仕させお茶を飲んでいた姫は、侍女を下がらせると流れるような動きで立ち上がると一礼した。
小国ながらも大国の王や王子へとその名が広まるほどの美姫の彼女は、白百合のようだと誉れ高い微笑みを浮かべるとブラッドの許可を待つ。
視線を合わすことすら許可が必要で、確かに彼女は控えているのに、彼女の頭が真に自分へと向かい垂れているわけではないと直感し鼻を鳴らした。
「頭を上げろ。そんな茶番は必要ない」
「まあ、ブラッド様。随分な仰りようですわ。今日のブラッド様は何処かいつもと違う雰囲気をまとってらっしゃりますわね」
「・・・私が言いたいことくらい、判っているのだろう?」
「申し訳ございません。私、人の機微には疎くて・・・。お役に立てずにこの身を嘆くばかりです」
大国であるブラッドの国の大臣ですら怯む視線に、けれども柳のような乙女は取り出した扇子で口元を隠すと悲しげに目を伏せた。
その様子に騙される男は数多いだろうが、知りたい情報を引き出せぬブラッドからすれば苛立たしいだけ。
睨みつけてもさらりと躱すこの女狐ぶりは大したものだ。
いっそ自分の側近へとスカウトしたいくらいだと、苦々しい思いで睨みつければ、楽しそうに彼女は笑う。
どうあっても自分から切り出そうとしない彼女に、業を煮やしたのはやはりブラッドだった。
「アリスのことだ」
「妹がどうかしまして?」
ことり、と小首を傾げる彼女は無邪気に見えたが、その瞳が油断なく光っているのに気がついた。
言わせて貰おう。
彼女を小鳥のように愛らしいと表現する男は単なる愚者だ。
本性は生まれたばかりの子を護る雌ライオンのように油断ならない。
こんなときでもなければ面白いと会話を続けるだろうが、生憎今はそんな気分にならなかった。
「君は以前、アリスは私を選ばないと言ったな」
「ええ、申し上げましたわ」
「それは今でも変わらずか」
「ええ、ブラッド様。私も本当に残念ですのよ」
「口先だけの言葉はいい。───私が聞きたい事柄は一つ」
「何かしら?」
「君が想像するとおりだよ。・・・何故、アリスが私を選ばないと断言できるのか、君に聞きたい。答えてくれ、ロリーナ嬢」
敢えてその名を口にすれば、意表を突かれたとばかりに、彼女───ロリーナはその美しい瞳を見開く。
漸くまともに自分を見た瞳に、ブラッドは満足気に口角を上げた。
痛みを堪え、それでも出来ないと身を縮めた彼女は、何かに怯える子供のようだった。
華奢な体を震わせ、一歩二歩とブラッドから距離を置く。
(───何故だ)
その瞳は、ブラッドを向いている。
向いているのに、その瞳にはブラッドは映っていない。
彼女はブラッドを通して、別の誰かを見ていた。
その瞬間、心を巡ったのは怒り、妬み、苛立ち、反感。
心配していた想いは一瞬で塗り替えられ、その華奢な肩を掴み思い切り揺さぶりたくなる。
そんな自分の強すぎる感情に戸惑いを覚え、その油断で彼女は走り去った。
「アリス!」
足は縫い付けられたように動かせず、焦燥が滲み出る声に、舌打した。
気づかぬ内に、思ったよりも侵食されていたのだと、その瞬間に理解してしまった自分が、殺したいほど憎かった。
「───久しぶりだな、お嬢さん」
「あら、ブラッド様。ご機嫌麗しゅう」
庭で優雅に侍女に給仕させお茶を飲んでいた姫は、侍女を下がらせると流れるような動きで立ち上がると一礼した。
小国ながらも大国の王や王子へとその名が広まるほどの美姫の彼女は、白百合のようだと誉れ高い微笑みを浮かべるとブラッドの許可を待つ。
視線を合わすことすら許可が必要で、確かに彼女は控えているのに、彼女の頭が真に自分へと向かい垂れているわけではないと直感し鼻を鳴らした。
「頭を上げろ。そんな茶番は必要ない」
「まあ、ブラッド様。随分な仰りようですわ。今日のブラッド様は何処かいつもと違う雰囲気をまとってらっしゃりますわね」
「・・・私が言いたいことくらい、判っているのだろう?」
「申し訳ございません。私、人の機微には疎くて・・・。お役に立てずにこの身を嘆くばかりです」
大国であるブラッドの国の大臣ですら怯む視線に、けれども柳のような乙女は取り出した扇子で口元を隠すと悲しげに目を伏せた。
その様子に騙される男は数多いだろうが、知りたい情報を引き出せぬブラッドからすれば苛立たしいだけ。
睨みつけてもさらりと躱すこの女狐ぶりは大したものだ。
いっそ自分の側近へとスカウトしたいくらいだと、苦々しい思いで睨みつければ、楽しそうに彼女は笑う。
どうあっても自分から切り出そうとしない彼女に、業を煮やしたのはやはりブラッドだった。
「アリスのことだ」
「妹がどうかしまして?」
ことり、と小首を傾げる彼女は無邪気に見えたが、その瞳が油断なく光っているのに気がついた。
言わせて貰おう。
彼女を小鳥のように愛らしいと表現する男は単なる愚者だ。
本性は生まれたばかりの子を護る雌ライオンのように油断ならない。
こんなときでもなければ面白いと会話を続けるだろうが、生憎今はそんな気分にならなかった。
「君は以前、アリスは私を選ばないと言ったな」
「ええ、申し上げましたわ」
「それは今でも変わらずか」
「ええ、ブラッド様。私も本当に残念ですのよ」
「口先だけの言葉はいい。───私が聞きたい事柄は一つ」
「何かしら?」
「君が想像するとおりだよ。・・・何故、アリスが私を選ばないと断言できるのか、君に聞きたい。答えてくれ、ロリーナ嬢」
敢えてその名を口にすれば、意表を突かれたとばかりに、彼女───ロリーナはその美しい瞳を見開く。
漸くまともに自分を見た瞳に、ブラッドは満足気に口角を上げた。
誰にでも失恋の一度や二度は経験があると思う。
初恋は実らないと世間でも評判だし、初めての恋が永遠に続く、なんて幻想を抱いてるわけでもない。
でも、それでも。
恋している間は、それが永遠に続くと思っていたいのは、誰だって同じ。
「アリス」
耳を震わすテノールの声。
滑らかで聞きよいそれは、アリスが覚えている人のものと酷似していて、今すぐに耳を塞ぎ逃げ出したい気に駆られる。
こちらを見詰める瞳の色は覚えているものと同じで、日に照らされて艶めく黒髪も同じ。
眼も鼻も口も上手に配置された端整な顔も、一瞬見ただけなら勘違いしてしまいそうだ。
「アリス」
もう一度名を呼ばれ、持っていたティーカップを机に置いた。
このままでは、震える手が紅茶入りのそれを支えきれる自信がなく、瞳を伏せた。
「アリス?」
訝しげに上がる語尾に普段篭められる皮肉はなく、止めてと懇願しそうになる。
今すぐ逃げ出したくて仕方ないが、安っぽい矜持がそれを許さなかった。
何故今更と思う心と、忘れれるはずがないと訴える心。
交互に現れる想いに、苦しくて切なくて泣きたくなる。
彼は、『彼』じゃない。
違うと知ってる。
似ているだけの赤の他人。
「どうしたんだ?アリス」
そうでなければ、あの顔であの声で、アリスを、アリスだけを案じる声を出すはずがない。
『彼』が、アリスを見るわけがないのだ。
「アリス?」
伸ばされた手を、振り払う。
マナー違反と知りつつ、音を立てて椅子から立ち上がると慌てて距離を取った。
こちらを見詰める瞳は疑問符が浮かび、払われた手を空いた手で押さえた。
趣味の悪いシルクハットに、彼が好まなかった黒い衣服。
掛けていた眼鏡もない。
浮かんでいた柔和な笑みも、柔らかで穏やかな雰囲気も。
違う、彼は、『彼』ではない。
そんなの判っているのに。
「・・・アリス」
眉間にくっきりと皺を寄せ、アリスの名を呼ぶあの人は誰だ。
こちらに手を伸ばそうとするあの男は、誰。
「っ、アリス」
頬を熱い何かが伝う。
それを見た彼が慌てたようにこちらへと距離を詰めようとし、ひゅっと喉が震えた。
「来ないでっ!!」
語尾が掠れ、全身で放った言葉に彼の体が固まりついた。
瞳を大きく見開き、唖然とした表情で。
初めて見る間抜けな姿に、少しだけ笑う余裕が出来た。
そう。
彼は、『彼』ではない。
「・・・ごめんなさい。今日は帰るわ、『ブラッド』」
最後の涙がぽろりと零れ、顎を伝って地に落ちた。
初恋は実らないと世間でも評判だし、初めての恋が永遠に続く、なんて幻想を抱いてるわけでもない。
でも、それでも。
恋している間は、それが永遠に続くと思っていたいのは、誰だって同じ。
「アリス」
耳を震わすテノールの声。
滑らかで聞きよいそれは、アリスが覚えている人のものと酷似していて、今すぐに耳を塞ぎ逃げ出したい気に駆られる。
こちらを見詰める瞳の色は覚えているものと同じで、日に照らされて艶めく黒髪も同じ。
眼も鼻も口も上手に配置された端整な顔も、一瞬見ただけなら勘違いしてしまいそうだ。
「アリス」
もう一度名を呼ばれ、持っていたティーカップを机に置いた。
このままでは、震える手が紅茶入りのそれを支えきれる自信がなく、瞳を伏せた。
「アリス?」
訝しげに上がる語尾に普段篭められる皮肉はなく、止めてと懇願しそうになる。
今すぐ逃げ出したくて仕方ないが、安っぽい矜持がそれを許さなかった。
何故今更と思う心と、忘れれるはずがないと訴える心。
交互に現れる想いに、苦しくて切なくて泣きたくなる。
彼は、『彼』じゃない。
違うと知ってる。
似ているだけの赤の他人。
「どうしたんだ?アリス」
そうでなければ、あの顔であの声で、アリスを、アリスだけを案じる声を出すはずがない。
『彼』が、アリスを見るわけがないのだ。
「アリス?」
伸ばされた手を、振り払う。
マナー違反と知りつつ、音を立てて椅子から立ち上がると慌てて距離を取った。
こちらを見詰める瞳は疑問符が浮かび、払われた手を空いた手で押さえた。
趣味の悪いシルクハットに、彼が好まなかった黒い衣服。
掛けていた眼鏡もない。
浮かんでいた柔和な笑みも、柔らかで穏やかな雰囲気も。
違う、彼は、『彼』ではない。
そんなの判っているのに。
「・・・アリス」
眉間にくっきりと皺を寄せ、アリスの名を呼ぶあの人は誰だ。
こちらに手を伸ばそうとするあの男は、誰。
「っ、アリス」
頬を熱い何かが伝う。
それを見た彼が慌てたようにこちらへと距離を詰めようとし、ひゅっと喉が震えた。
「来ないでっ!!」
語尾が掠れ、全身で放った言葉に彼の体が固まりついた。
瞳を大きく見開き、唖然とした表情で。
初めて見る間抜けな姿に、少しだけ笑う余裕が出来た。
そう。
彼は、『彼』ではない。
「・・・ごめんなさい。今日は帰るわ、『ブラッド』」
最後の涙がぽろりと零れ、顎を伝って地に落ちた。
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